地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

雨が増えたから水害が増えた、それだけでは説明できない

 近年、短時間に猛烈な雨が降る場面が珍しくなくなった。気象庁の統計でも、1時間に50mm以上の雨が降る回数は、1976年から1985年までの平均と比べて、2015年から2024年には約1.5倍に増えている。1時間80mm以上では約1.7倍、100mm以上では約1.8倍となっており、短時間強雨そのものが増えているという認識には、統計的な裏付けがある。

 そのため豪雨による浸水が起きると、もっと太い排水管を造るべきだ、地下に大きな貯留施設を設けるべきだ、強力なポンプを増設すべきだという議論が出てくる。もちろん、既存の排水能力そのものを超える雨が降っているなら、こうした設備増強は不可欠になる。

 しかし、浸水が起きた場所を詳しく見ていくと、問題は必ずしも設備の大きさだけではない。道路脇の側溝に泥がたまり、集水ますが落ち葉で覆われ、草が流入口を塞いでいることで、地下に十分な排水管があっても雨水がそこへ入れない場合があるからである。

 つまり豪雨対策では、地下に何があるかだけではなく、地表の水がそこへきちんと入れる状態になっているかも同じくらい重要になる。巨大な設備があっても入口が塞がっていれば、その能力は十分に使われない。

排水能力は、最も弱い場所で決まる

 排水システムの仕組みは、難しい計算をしなくても概念的には理解できる。道路の側溝や集水ますから水を取り込む能力、地下の排水管が水を流す能力、さらにその先でポンプや河川へ放流する能力があり、実際の排水能力は、その中で最も小さい能力に制約される。

 たとえば、側溝や集水ますから毎秒40の水しか取り込めないのに、地下管路が毎秒100、下流施設が毎秒120を処理できるとする。この場合、実際に流せる量は毎秒40にすぎないため、地下管を100から150へ拡張しても、入口が40のままなら排水能力はほとんど改善しない。

 反対に、側溝や集水ますが毎秒120を取り込めても、地下管路が毎秒50しか流せないなら、この地域では側溝をいくら清掃しても実効能力は50を超えないため、管路や貯留施設の増強が必要になる。

 豪雨対策で最初に考えるべきことは、「大型設備か清掃か」という二者択一ではなく、排水システムのどこが最も弱い部分になっているのかということである。水理学的にいえば、ボトルネックがどこにあるのかを確かめなければ、対策費をかけても期待した効果が得られない可能性がある。

側溝や集水ますの詰まりは、実際に排水能力を大きく落とす

 側溝や集水ますの清掃が重要だという話は、単なる経験論ではない。近年の研究では、雨水流入口の閉塞によって水を取り込む能力が実際に低下することが確認されている。

 ある都市規模の研究では、多数の流入口を調査した結果、閉塞が軽い場合でも雨水の捕捉量が約7%低下し、深刻な閉塞では約50%低下する場合が示された。これは、地下の排水管に余力があったとしても、地表からそこへ入る経路が塞がれていれば、実際に利用できる排水能力が大きく低下することを意味している。

 別の研究でも、流入口や管路の閉塞が大きくなるほど、浸水範囲や浸水深が増加する傾向が確認されている。したがって、落ち葉や泥、ごみ、草による閉塞が浸水を悪化させるという考え方そのものには、十分な科学的根拠がある。

 もっとも、ここで注意しなければならないのは、閉塞を除けば浸水がすべて解決するわけではないということである。流入口をきれいにして大量の水を地下へ送れるようになっても、その先の排水管がすでに限界なら、水はそこで詰まる。

 清掃によって大きな効果が出るのは、側溝や集水ますの閉塞が実際のボトルネックになっている場所である。逆に、管路容量やポンプ能力そのものが不足している場所では、大型施設の増強が必要になる。

豪雨の日に突然、排水能力が失われるわけではない

 側溝や集水ますの詰まりは、一晩で起きるわけではない。晴れた日が続く間に少しずつ砂がたまり、落ち葉が重なり、草が伸び、その上にごみが引っかかる。普段は雨が少ないため、その変化に誰も気付かず、道路も普通に使えている。

 ところが短時間に強い雨が降ると、それまで見えなかった小さな変化が一気に表面化する。道路に降った水が集水ますへ入れなくなれば、地形の低い方向へ流れ始め、交差点や住宅地のくぼ地に集まることで、住民から見れば突然の浸水として現れる。

 しかし、浸水が突然起きたとしても、原因のすべてがその日に生まれたわけではない。何か月もかけて蓄積していた泥や落ち葉が、豪雨によって初めて問題として見えるようになっただけかもしれない。

 防災の難しさはここにある。災害が発生している時間は数時間でも、災害への備えは1年中続いているため、豪雨対策とは雨が降っている最中の仕事だけではなく、雨が降っていない日に排水機能を維持する仕事でもある。

すべての側溝を同じ頻度で掃除する必要はない

 側溝や集水ますを清掃すればよいといっても、地域内のすべての場所を同じ頻度で管理するのは現実的ではない。人員にも予算にも限界があり、高齢化が進む地域では、住民が重い側溝のふたを持ち上げて泥をすくうこと自体が難しくなっている。

 そこで重要になるのが、どこを優先して管理するかという考え方である。研究の中には、都市内の流入口を分析した結果、重要度の高い上位約25%の流入口が、表面を流れる雨水の約70%を処理していたという結果もある。

 もちろん、この70%と25%という数字をそのまま日本全国の自治体に当てはめることはできない。地形や土地利用、道路勾配、降雨特性が違えば結果も変わるが、それでも「すべての流入口が同じ役割を持っているわけではない」という考え方は重要である。

 過去に何度も水がたまった交差点、周囲より低い道路、落ち葉が集まりやすい場所、道路勾配の変化する場所、広い集水域から雨水が集中する場所を先に点検すれば、限られた人員でも防災効果を高められる可能性がある。

 つまり、必要なのは単純な側溝清掃の回数を増やすことではなく、危険度の高い場所を特定し、重点的に維持管理することである。

問題は「誰が掃除するのか」というところに移っていく

 側溝や集水ますの維持が重要だとしても、それを住民任せにすればよいわけではない。高齢者が多い地域では、側溝のふたを持ち上げることや、泥を運び出すことには危険が伴い、交通量の多い道路での作業はさらに危険になる。

 そのため本当に必要なのは、「地域で掃除しましょう」という呼びかけだけではなく、誰が点検し、誰が作業し、どの場所をどの頻度で見て、異常を見つけた場合にどこへ連絡するのかという仕組みをつくることである。

 この問題は、日本の地方自治体にとってすでに現実の課題になっている。国の資料では、地方公共団体の下水道担当職員はピーク時と比べて約6割まで減少しており、特に人口規模の小さい自治体では、少人数で多くの施設を維持している場合が少なくない。

 市区町村の土木部門全体を見ても、職員数は長期的に減少傾向にあり、技術系職員が5人以下しかいない自治体も多い。施設そのものが残っていても、それを点検し、異常を見つけ、補修する人が不足すれば、地域全体の防災力は低下していく。

 これまで社会基盤といえば、道路、橋、河川、下水道といった構造物そのものを指すことが多かったが、人口減少社会では、その構造物を維持する人材まで含めて社会基盤と考える必要がある。

大きな設備と日常管理は競争相手ではない

 ここまで読むと、巨大な排水施設を造るより、側溝を掃除する人を増やした方がよいように感じるかもしれないが、科学的にはそこまで単純ではない。

 大型施設と維持管理は、どちらか一方を選ぶものではない。大型施設は排水能力の上限を引き上げ、維持管理はその能力を現実に使える状態に保つという、異なる役割を持っている。

 たとえば、自動車に高性能なエンジンを積んでも、タイヤの空気が抜け、オイルも交換されていなければ十分に走れない。しかし、整備さえすれば小さなエンジンでも高速道路を速く走れるということにはならない。

 排水設備も同じである。側溝や集水ますを清掃することで本来の能力を回復できる地域もあれば、管路やポンプの能力そのものが不足しているため、大規模な設備増強が避けられない地域もある。

 重要なのは、大型設備を造る前に、既存の排水システムが本来の能力を発揮しているのかを確かめることである。閉塞によって能力を失っているのなら、まずそれを回復させる方が合理的であり、それでも浸水するなら、その時点で設備能力そのものの不足を検討すればよい。

「大型設備は高い、人を置く方が安い」とは単純に言えない

 豪雨対策では、設備を造るより人を配置した方が安いと思われがちだが、これも単純には比較できない。仮に排水施設の改良に5,000万円かかったとしても、その設備を50年間使用できるなら、単純平均では年間100万円相当になる。

 一方で、維持管理要員を1人配置し、人件費や車両費、資材費を含めて年間500万円かかれば、50年間では2億5,000万円になる。実際には設備の修繕費、人件費の変化、物価上昇、金利、浸水による被害軽減額などを考慮しなければならないため、どちらが安いかは地域ごとに異なる。

 したがって、「大きな設備を造るより人を確保した方が安い」と一般化するのは適切ではない。より正確なのは、大きな設備投資をする前に、今ある排水設備が閉塞によって能力を失っていないかを確認し、その回復に必要な費用と、新しい設備を造る費用を比較することである。

 この順序で考えれば、限られた税金をどこへ使うべきかという判断も変わってくる。

これからの豪雨対策は「設備の量」より「機能しているか」を見る

 豪雨対策という言葉を聞くと、私たちはどうしても新しい排水管や地下貯留施設を想像する。しかし、地域の安全を決めるのは設備の大きさだけではなく、その設備が豪雨の瞬間に本当に機能する状態にあるかどうかである。

 大量の雨が降ったとき、道路脇の小さな集水ますが落ち葉で塞がれていれば、その先にある大きな排水管は十分に働けない。その意味では、1枚の落ち葉や数cmの泥が、数百m先の地下設備の能力を無駄にする可能性さえある。

 一方で、側溝を完璧に掃除しても地下管路の能力が足りなければ、浸水は防げない。したがって必要なのは、清掃か大型工事かを感覚で選ぶことではなく、排水経路を一つのシステムとして調べ、最も弱い場所から改善することである。

 豪雨対策で最初に問うべきことは、「何を造るか」ではない。「今ある排水設備は、本来の能力を本当に発揮できているのか」である。

豪雨対策は、雨が降っていない日に決まる

 水害が起きると、私たちは猛烈な雨やあふれる川を見て、同じように大きな対策を考えたくなる。しかし、雨水の流れをたどっていけば、その最初の入口は道路脇の小さな側溝や集水ますであり、そこで水が止まれば、その先にどれほど立派な設備があっても十分には使えない。

 だからこそ、豪雨対策で本当に必要なのは、巨大な設備か側溝清掃かという単純な選択ではなく、地域ごとに排水システムの弱点を見つけることである。入口が詰まっているなら清掃と点検体制を強化し、管路が不足しているなら増強し、下流側の能力が足りないなら貯留やポンプ設備を考える。

 その中でも、人が現場を歩き、異常を見つけ、雨が降る前に詰まりを取り除く仕事は、これから人口が減っていく地域ほど重要になる。設備だけが残り、それを維持する人がいなくなれば、社会基盤は存在していても機能しなくなるからである。

 豪雨対策は、雨が降っている日の数時間だけで決まるものではない。晴れた日に側溝をのぞき込み、泥や落ち葉を取り除き、必要な場所を記録し、その情報を次の点検につなげるという地味な作業の積み重ねによって、初めて巨大な排水設備も本来の力を発揮する。

 大きな排水施設を造る前に、まず側溝を掃除する人を確保する方が先なのか。その答えは、地域によって違う。

 しかし、どの地域にも共通する原則がある。最初に確認すべきなのは設備の大きさではなく、雨水が入口から出口まで滞りなく流れる状態になっているかどうかであり、豪雨対策の本当の出発点は、そこにある。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

有限会社アードレでは、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る