地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

道路を1本越えると、水道料金が変わる

 同じ生活圏にあり、同じスーパーや病院を利用しているのに、道路を1本越えて住所が隣の自治体になると、水道料金が変わることがある。蛇口から出てくる水に大きな違いがあるようには見えないため、「自治体によって水の値段が違うのはなぜだろう」と疑問に感じる人もいるだろう。しかし、水道料金は単純な水そのものの価格ではなく、水源から家庭の蛇口まで安全な水を届け、その仕組みを維持し続けるための費用を利用者が分担した結果なのである。

 川や地下水、ダムなどから取った水は、必要に応じて浄水場で処理され、配水池やポンプ、水道管を通って家庭へ届けられる。その間には電力、人件費、薬品費、修繕費がかかり、古くなった水道管や施設はいずれ更新しなければならない。したがって、料金を見るときには「水はいくらなのか」ではなく、「この地域では安全な水を届け続けるために、どれだけの仕組みを維持しなければならないのか」と考えた方が実態に近い。

本当の境界は自治体よりも水道事業にある

 まず重要なのは、自治体の境界を越えれば必ず料金が変わるわけではないということである。市町村が単独で水道事業を運営している地域もあれば、複数の自治体が共同で運営している地域や、広域的な水道事業から水の供給を受けている地域もある。そのため、行政上の市境や町境と、水道事業の範囲は必ずしも一致しない。

 つまり、料金が変わる本質的な理由は「隣の市や町へ入ったから」ではなく、利用する水道事業や料金体系が変わることにある。そして、それぞれの事業には異なる水源、施設、管路、人口構成、財務状況があるため、その違いが最終的に料金へ反映される。地図には見えなくても、私たちの足元には行政区域とは別の「水道の地図」が広がっているのである。

水道料金は自由に決められるわけではない

 もっとも、水道事業者が好きな金額を自由に設定できるわけではない。水道法では、料金は能率的な経営の下で必要となる適正な原価を基礎とし、事業を健全に維持できる公正妥当なものであることが求められている。水道事業者には料金体系を設計する裁量があるが、その裁量は原価や公平性、事業の継続性といった条件の中で行使される。

 したがって、隣の自治体より料金が高いという事実だけで、「行政が高い値段を付けている」と判断することはできない。料金の背後には、どこから水を取るのか、どの程度の処理が必要なのか、どれだけ長い水道管を維持しているのか、今後どの程度の設備更新が必要なのかといった、その地域固有の事情がある。

同じ水でも、届けるまでの費用は違う

 料金差を生む代表的な要因が水源と地形である。良質な地下水を比較的利用しやすい地域では、浄水工程を簡素にできる場合がある一方、遠方のダムや河川から取水し、高度な浄水処理を行う地域では、それだけ多くの設備や費用を必要とする。ただし、地下水であれば必ず安いわけではなく、深い井戸からくみ上げる電力や、水質に応じた処理が必要になることもある。

 地形も無視できない。低い場所から高台まで水を送るにはポンプが必要であり、住宅が広い範囲に点在していれば、少ない利用者のために長い水道管を維持しなければならない。反対に、平坦な市街地に住宅が密集していれば、比較的短い管路で多くの世帯へ水を届けられる。この違いは、同じ量の水を供給するとしても、1世帯当たりが負担する設備費に差を生む。

小さな水道事業ほど高コストになりやすい

 この構造は統計にも表れている。2023年度の地方公営企業のデータでは、水1立方メートルを供給するために必要な給水原価は全国平均で177.6円だったのに対し、給水人口1万人未満の水道事業では235.5円、簡易水道では286.2円となっている。一方、給水人口30万人以上の水道事業では165.5円であり、全体として小規模な事業ほど給水原価が高くなる傾向がみられる。

 もちろん、人口が多ければ必ず安くなるわけではない。大都市では大規模な施設や高度な処理、古い管路の更新など別の費用がかかるため、人口規模だけで料金を説明することはできない。それでも、住宅がまばらな地域ほど1人当たりの管路延長が長くなりやすく、小規模事業ほど設備費を少人数で支えることになるという構造は、水道料金を理解するうえで重要である。

人口が減っても、水道管は簡単には減らせない

 人口減少が進む地域では、この問題がさらに大きくなる。例えば、年間1億円の固定的な費用を1万人で負担すれば1人当たり1万円だが、8000人なら1万2500円、6000人なら約1万6667円になる。現実の水道経営はこのような単純な割り算ではないものの、利用者が減っても施設費が同じ割合では減らないという基本構造は変わらない。

 水道は設備投資の割合が大きい事業であり、水を使う量が減ったからといって、浄水場や水道管、配水池を同じ割合で小さくできるわけではない。節水型トイレや洗濯機が普及すれば家庭の使用量は減るが、特に従量料金からの収入が減る一方で、固定的な維持費は残る。そのため、人口減少と節水が重なる地域では、少ない利用者で既存の水道網を支えるという難しい問題が生じる。

安い料金が、必ずしも良い経営とは限らない

 水道料金を比較するときには、現在の安さだけを見るのも危険である。水道管や浄水場には寿命があり、古くなれば更新や耐震化が必要になる。過去に大量の設備を整備した地域では、それらが同じ時期に老朽化し、今後まとまった更新費用が必要になることもある。

 料金が安い理由が、良好な水源や高い人口密度、効率的な運営にあるなら問題はない。しかし、必要な更新工事を先送りしているために現在の負担が小さく見えている可能性もある。反対に、料金が比較的高くても、将来の更新に備えて計画的に投資している事業もあるため、水道事業を評価するには、料金だけでなく給水原価や管路更新率、財務状況なども合わせて見る必要がある。

同じ20立方メートルでも請求額は変わる

 料金差には、原価だけでなく料金表の設計も影響する。多くの水道事業では、使用量にかかわらず一定額を負担する基本料金と、使用量に応じて増える従量料金を組み合わせているが、その割合や単価は事業によって異なる。そのため、少人数世帯では安い地域が、使用水量の多い世帯でも安いとは限らない。

 2023年度には、家庭が1か月に20立方メートル使用した場合の水道料金は全国平均で3368円だった。2009年度の3096円から上昇しているが、この平均値の背後には地域ごとの大きな違いがある。同じ20立方メートルを使っても、水源条件や人口密度、設備の状態、料金体系が違えば、請求額も変わるのである。

「水道が高い」と感じたら下水道料金も確認する

 もう1つ注意したいのが、上水道と下水道の混同である。家庭へ水を届ける上水道料金と、使用後の水を処理する下水道使用料は別の制度だが、実際には一緒に請求されることが多い。そのため、請求書の合計額を見て「この地域は水道が高い」と感じても、差の一部または多くが下水道使用料による場合がある。

 地域間の家計負担を比べるのであれば、上水道だけの料金なのか、それとも上下水道を合わせた支払額なのかを区別する必要がある。単純な水道料金ランキングだけでは、実際の生活負担を正確に比較できないこともある。

広域化しても、すぐ安くなるとは限らない

 人口減少への対応策として、複数の自治体や水道事業者が施設や業務を共同化する広域化が進められている。浄水場や管理業務を効率化し、職員や設備を共同利用できれば、小規模な事業をそれぞれ単独で維持するより経営を安定させられる可能性がある。

 しかし、事業を統合すれば直ちに料金が下がるわけではない。それまで別々に運営されてきた地域には、異なる料金水準や施設の老朽度、借入金、更新需要が残っているためである。広域化の本来の目的は、単純に現在の料金を安くすることよりも、人口が減る時代にも水道を持続できる経営基盤をつくることにある。

蛇口の向こうには、その地域の姿がある

 水道料金を単なる公共料金として見ると、隣の自治体との違いは不思議に感じられる。しかし、その金額をたどっていけば、水源、地形、住宅の密度、人口減少、施設の老朽化、将来の更新費用まで、その地域が抱える条件が見えてくる。

 道路を1本越えたから水の価値が変わるのではない。安全な水をそこまで届ける仕組みと、それを支える利用者の数、施設の状態、将来必要になる費用、そしてその負担をどのように分けるかが違うのである。蛇口をひねれば当たり前のように水が出るが、その当たり前を維持する条件は地域ごとに異なる。水道料金とは、見えない地下の設備と地域の人口、そして過去から未来へ続くインフラの負担を、毎月の請求書の上に数字として映し出した小さな財務諸表なのである。

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人口が減っても、街の骨格は小さくならない

 人口が三万人から二万人へ減ったからといって、市の面積が三分の二になるわけではない。八千人いた町が五千人になっても、山あいまで延びた道路が短くなることはなく、地中に埋められた水道管や下水道管が人口に合わせて消えてくれるわけでもない。橋はそこに架かったままであり、役場・市役所から遠い地区にもごみ収集車は向かい、誰かが倒れれば救急車が走る。人口が減少しても、それまでに整備された道路、橋梁、水道、公共施設などの物理的な骨格は、すぐには小さくならないのである。

 人口減少が地方にとって難しいのは、税収や労働力が減るという問題に加え、人口が多かった時代につくられた都市や集落の構造を、少なくなった住民と限られた財源で支え続けなければならないことにある。人口が半分になっても維持管理費が半分になるとは限らず、むしろ施設の老朽化が進めば、人口減少と更新費の増大が同時に起こる可能性がある。これまでと同じ場所に同じ施設を残し続けることが、将来の住民にとって本当に合理的なのかという問いを避けられなくなっている。

 国立社会保障・人口問題研究所が2023年12月に公表した地域別将来推計人口は、2020年の国勢調査を基礎として、原則として市区町村別に2050年までの人口を推計している。将来人口は一定の仮定に基づく推計であり、一人単位でその通りになることを保証するものではない。また、市町村全体の人口減少率が、その内部にある住宅団地や集落にも一律に当てはまるわけではない。それでも、多くの地域で人口減少と高齢化が長期的な政策課題になるという見通しには、十分な根拠がある。重要なのは、将来の人口を完全に予測することではなく、複数の人口シナリオを想定した上で、街の構造をどのように変えていくかを早い段階から検討することである。

 そこで考えたいのが、「街はどこから縮むべきなのか」という問いである。ただし、本稿でいう「撤退」は、人口の少ない地域から住民を強制的に移転させることでも、行政サービスを一方的に打ち切ることでもない。道路や水道をどの範囲まで更新するのか、公共交通をどのような方式で維持するのか、公共施設をどこへ集約するのか、新しい住宅や公共投資をどこへ誘導するのかを、住民の生活と権利を尊重しながら長い時間の中で組み替えることを意味している。さらに、比較検討した結果、現在の施設や集落を維持する方が合理的であるなら、その選択も当然含まれる。

遠い地区から撤退すれば合理的なのか

 街を地図だけで眺めるなら、答えは簡単に見えるかもしれない。役場・市役所や駅、病院、スーパーから遠い地域ほど維持管理が大変なのだから、中心部から離れた場所への投資を減らし、外側から少しずつ縮小すればよいという考え方である。中心部に施設と人口を集めれば行政効率が高まるという発想には一定の合理性があるが、中心部からの距離とインフラの維持費は必ずしも比例しない。実際の費用は、住宅の分布、道路や管路の配置、施設の状態、地形、他地区との接続関係などによって大きく変わるからである。

 架空の「朝凪市」を考えてみよう。人口三万人、面積百平方キロメートルの地方都市で、2050年には人口が一万八千人まで減るという仮定を置く。市役所と駅がある中心部から十二キロ離れたA地区には百五十人が暮らしている。一方、中心部からわずか四キロのB地区には百人が暮らしている。距離だけを見ればA地区の方が不利であり、最初に公共投資を縮小する候補として考えたくなるだろう。しかし住宅の配置とインフラの構造まで調べると、その判断が逆転する可能性がある。

 A地区では百五十人が一本の幹線道路沿いに比較的まとまって住んでいるのに対し、B地区は丘陵地に造成された住宅地で、空き家を挟みながら住宅が広く散在しているとしよう。仮にA地区で必要な水道管の延長が三キロ、B地区では六キロだとすれば、一人当たりの管路延長はA地区が二十メートル、B地区が六十メートルとなり、B地区はA地区の三倍になる。人口が少ないだけでなく、同じ住民数を支えるために必要な設備の延長が大きいことが、B地区の特徴なのである。

 もちろん、管路延長が三倍だからといって、維持管理費も正確に三倍になるわけではない。水道管の口径、材質、地盤、標高差、ポンプ設備の有無、漏水の状況、他地区へ水を供給する機能などによって費用は変化する。道路についても、単純な延長だけでなく幅員、舗装面積、交通量、橋梁や斜面対策の必要性が影響する。それでも、中心部からの距離だけでなく、一人の生活を支えるためにどれだけのインフラを必要とするのかを測定すれば、遠いA地区より近いB地区の方が高コストである可能性が見えてくる。

 ここで重要になる人口密度とは、単なる人の混み具合ではない。一定の範囲に整備された道路、水道、ごみ収集、公共交通などを、どれだけの人数で共同利用できるかに関係する指標でもある。ただし、市町村全体の人口密度が低いからといって、すべての地区の維持管理が非効率とは限らない。広大な農地や森林を含む自治体でも、実際の居住地がまとまっていれば生活インフラを比較的効率よく配置できる場合がある。反対に、市街地の面積が小さくても、住宅が斜面や谷筋へ複雑に広がっていれば、住民数に対して多くの設備が必要になることがある。

 しかし、一人当たりの管路延長や道路延長を計算しただけで、B地区を先に縮小すべきだと結論するのも早計である。例えばA地区では十年前に水道管が更新され、幹線道路の舗装も比較的新しい一方、B地区では高度経済成長期の終わりごろに整備された管路が今後十年以内に更新期を迎え、地区へ入る橋も大規模補修を必要としているとする。今年一年の維持管理費には大きな違いがなくても、今後三十年間に必要となる更新投資まで含めれば、両地区の費用構造は大きく異なる可能性がある。

 人口減少時代のインフラを考えるとき、現在の維持管理費だけでは将来の合理性を判断できない。重要なのは、人口が減少していく過程で、道路、水道、橋梁、公共施設がいつ更新期を迎え、その時点でどの程度の利用者が存在し、どのような代替方式を選べるかということである。ただし、更新期を迎えた施設を必ず全面的に造り替える必要があるわけでもない。点検結果や劣化状況によっては部分補修や延命化が合理的な場合もあり、代替方式の方がかえって高額になることもある。街の再編には地図だけでなく、施設の寿命を示す時計と、将来の選択肢を比較する計算が必要になるのである。

人口が減るほど重くなる平均費用

 ここで、人口とインフラ費用の関係をもう少し数理的に考えてみたい。ある地区の年間費用を、人口が変わっても大きく減らない固定費と、人口に応じて変化する費用に分けて考える。道路や管路の維持管理、施設の基本的な運営などには固定費的な性格があり、水の使用量やごみの排出量などには利用者数によって変動する部分がある。実際の費用構造はもっと複雑だが、この単純な区分だけでも人口減少が与える影響を理解できる。

 仮に、ある地区で人口にかかわらず年間六百万円の固定費が必要だとする。人口が五百人なら一人当たり年間一万二千円だが、百人になると六万円、五十人では十二万円になる。人口が五百人から四百五十人へ五十人減った場合、一人当たり固定費の増加率は約一一%であるのに対し、百人から五十人へ同じ五十人が減った場合には二倍になる。これは人口減少に伴って固定費そのものが増加したからではなく、変わらない費用を分担する人数が少なくなった結果である。

 数学的に見れば、固定費が一定のとき、一人当たり固定費は人口に反比例する。人口が小さくなるほど、同じ一人の減少によって一人当たりの平均費用が大きく変化するという性質を持つ。人口が半分になっても管路延長が半分になるわけではなく、橋も必要な限り一本丸ごと維持しなければならないため、人口減少が進む地区ほど平均費用の上昇が問題になりやすい。ただし、これは固定費が一定という仮定に基づく説明であり、実際には施設の廃止、共同利用、設備の縮小、管理方式の変更などによって固定費そのものを減らせる場合もある。

 ここで「平均費用」と「限界費用」は区別しなければならない。平均費用は総費用を利用者数で割ったものであり、限界費用はサービスの供給量を一単位増やすときに必要となる追加費用を指す。人口減少によって一人当たり平均費用が増加することと、限界費用が増加することは同じではない。例えば固定費が六百万円で変動費が一人当たり一定なら、人口が減って平均費用が上昇しても、利用者一人を追加するための費用が同じ割合で増えるとは限らない。撤退や再編を判断するときには、平均費用の大きさだけでなく、政策を変更した場合に実際に削減できる費用を調べる必要がある。

 この削減可能な費用を考えることは、行政の意思決定で特に重要になる。人口百人の地区に年間二千万円の費用がかかっているとしても、その地区の住宅がなくなれば二千万円すべてが節約できるとは限らない。地区内の道路が隣接地区への主要道路であったり、水道管がその先の集落へ水を送る幹線であったりすれば、居住人口が減っても維持しなければならない設備が残る。また、水道の費用は水道事業の料金収入や会計制度と関係し、道路の費用は国、県、市町村などの管理主体や財源によって負担構造が異なる。一人当たり行政費用が高いことは、必ずしもその地区の住民が同額を直接負担していることも、撤退によって同額が節約されることも意味しないのである。

 一方、人口が減ることで生活サービスが急に低下する現象も考えなければならない。固定費が一定のモデルでは一人当たり費用は連続的に増加するが、公共交通の便数や施設の存続は、必ずしも連続的に変化するわけではない。一日百人が利用するバス路線の利用者が九十人になっても、運行本数が自動的に一割減るわけではないが、需要や運転手、運行費の条件が変化すれば、五便から三便へ減便する判断が行われるかもしれない。さらに条件が悪化すれば運行方式の変更や路線廃止に至ることもあり、その時点で住民の生活利便性が大きく変化する。

 減便によって通院や買い物が難しくなれば、地域の商業施設や医療機関の利用者が減り、それらのサービスがさらに縮小する可能性もある。その結果、生活の不便さが新たな転出を促し、人口減少とサービス縮小が互いに影響し合うことになる。ただし、こうした悪循環が必ず発生するわけではなく、代替交通やサービス提供方式の工夫によって影響を抑えられる場合もある。重要なのは、人口が滑らかに減っていても、施設の閉鎖や運行本数の変更といった意思決定を境に、暮らしの条件が階段状に変わる場合があるという点である。

 したがって、「人口百人以下の地区から撤退する」という一律の基準には十分な合理性がない。百人しか住んでいなくても住宅がまとまり、施設が新しく、周辺地区とサービスを共同利用できる地域は維持しやすいかもしれない。反対に三百人いても、住宅が散在し、複数の橋や長い管路を必要とし、大規模更新が同時に迫っている地区では将来費用が高くなる可能性がある。人口規模は重要な指標だが、それだけで撤退の優先順位を決めることはできないのである。

災害リスクと生活ネットワークが判断を変える

 ここまでなら、人口密度と施設の更新費を組み合わせれば撤退順序を決められるように見える。しかし、朝凪市のA地区が海沿いの低地にあり、津波や河川氾濫による被害の危険性が比較的高い一方、B地区は浸水危険性の低い高台にあるとすれば、評価はさらに変化する。平常時の維持管理費と更新費だけならB地区の再編が有利に見えても、将来の災害による建物被害、避難の困難さ、復旧費、人的被害などを考慮すれば、A地区への新たな住宅投資を抑える方が合理的になる可能性がある。

 ただし、高台であることだけで安全性を判断することもできない。丘陵地には土砂災害や道路の寸断など別の危険性が存在する場合があり、海沿いでも地形や避難経路、防災対策によって危険性は異なる。災害リスクを比較する際には、単純な危険区域の有無だけでなく、想定される災害の規模、発生可能性、被害を受ける人口、避難可能性、復旧に要する時間などを総合的に検討する必要がある。発生確率を十分に推定できない巨大災害については、単一の期待被害額だけに頼らず、複数の被害シナリオで政策の安全性を検証することが重要になる。

 さらに、災害による生命の危険を、すべて金額に換算して比較することにも限界がある。行政費用が安いという理由だけで住民を重大な危険にさらす選択は、合理的な政策とはいえない。人命保護や避難の実効性について最低限の安全基準を設定し、その条件を満たす選択肢の中で費用を比較する方法も必要になる。つまり、行政費用を小さくすることと、災害に対する安全性を高めることは、同時に考えるべき別の政策目的なのである。

 ところが、A地区とB地区の比較には、まだ考慮すべき点が残っている。仮にB地区に診療所があり、地区住民百人だけでなく、周囲三地区の住民を含む合計五百人が利用しているとしよう。B地区への交通や道路の機能を縮小した結果、診療所の運営が難しくなった場合、影響を受ける可能性があるのはB地区の百人だけではない。周辺地区の住民にも通院時間の増加や医療アクセスの悪化が生じるかもしれず、その損失を考慮するとB地区を維持する方が合理的になる可能性がある。

 ここで重要なのは、ある地区の価値を、そこに住んでいる人数だけで評価できないということである。街には道路と水道のネットワークがあり、その上に医療、買い物、教育、公共交通、福祉といった生活サービスのネットワークが重なっている。人口の少ない地区でも、周辺地域を結ぶ道路や生活拠点があれば、地域全体にとって重要な役割を担っている場合がある。反対に、人口が比較的多い地区でも、他地区のサービスを支える機能が小さく、代替経路や代替施設が十分にあるなら、再編の影響が限定的な場合もある。

 数学のネットワーク理論で考えるなら、重要なのは各地区の人口や施設数だけではなく、ある結節点や道路を利用できなくしたとき、ネットワーク全体の機能がどれほど変化するかということである。橋一本を閉じた場合に周辺住民の迂回時間が何分増えるのか、診療所を集約した場合に通院時間が著しく長くなる住民が何人いるのか、公共交通の一部を廃止した場合に自動車を運転できない住民がどの程度影響を受けるのかを調べる。これらの評価によって、人口が少ないという理由だけでは見落としていた地区の重要性が明らかになる可能性がある。

 さらに、道路や医療、商業などの利用圏は市町村の境界と一致しない。ある自治体の住民にとって、隣の自治体の病院やスーパーの方が近く、日常的に利用しやすい場合もある。道路、救急医療、公共交通などは広域的に機能しているため、個々の市町村の財政だけを最適化した結果が、生活圏全体で最も合理的な配置になるとは限らない。特に人口規模の小さい自治体では、行政区域ごとの費用削減だけではなく、周辺自治体を含む広域的なサービス配置を検討することが重要になる。

一つの総合点では決められない撤退順序

 このように人口密度、将来の更新費、災害リスク、交通や医療のネットワークを順番に考慮すると、最初は簡単に見えた撤退順位が何度も入れ替わることになる。A地区とB地区の比較でも、中心部からの距離だけならA地区、管路延長や更新費を重視すればB地区、災害リスクを重視すれば再びA地区というように、評価する目的や条件によって結論は変わる。これらは架空の条件に基づく思考実験であって、現実の地域で同じ逆転が起きることを証明したものではないが、単純な指標だけでは合理的な判断が難しいことを示している。

 そこで必要になるのが、多目的最適化という考え方である。行政には、今後三十年間の道路、水道、公共施設などの総費用を抑えたいという目的がある一方、住民の通院や買い物に必要な時間を長くしたくないという目的もある。救急医療へのアクセスを確保し、災害時の安全性を高め、既存住民に過大な移転負担をかけないことも重要になる。しかし、これらの目的をすべて同時に最良の状態へ近づけることは難しく、ある目的を改善すると別の目的が悪化する場合がある。

 例えば行政費用だけを最小化するなら、公共施設を中心部の一か所へ集約する案が有利になるかもしれない。しかし、集約によって周辺地区の通院時間や行政手続きに必要な移動時間が増える可能性がある。反対に、すべての住民が短時間でサービスを利用できることを重視すれば、複数の地区に施設を配置する必要が生じ、今度は建物や設備、人員の維持費が増える。さらに安全性を優先すると、既存の中心市街地を拠点として維持すること自体を再検討しなければならない場合もある。

 ここで数理モデルが果たす役割は、唯一の正解を自動的に決めることではない。例えば、公共施設を集約すれば三十年間でいくら費用が減るのか、その結果として住民の移動時間が何分増えるのか、救急医療への到達時間を短くするためには追加でどの程度の投資が必要なのかを、できる限り明確にすることである。その上で、費用が少なく、生活上の負担も小さいというように、ほかの案より明らかに優れた選択肢があれば、それを優先的に検討できる。複数の目的の間で交換条件が残る場合には、どの負担をどこまで許容するのかを行政と住民が判断する必要がある。

 もっとも、人口は人、費用は円、移動時間は分、災害危険度は発生確率や被害規模で表されるため、これらを恣意的に一つの総合点へ換算することには危険がある。点数の付け方や各項目の重みを変えただけで順位が大きく入れ替わるなら、その順位だけを根拠として政策を決定することは適切ではない。また、平均移動時間が短いという結果が得られても、一部の高齢者や障害のある人、通学する子どもなどに長い移動時間や過大な負担が集中している可能性がある。住民全体の平均値だけでなく、最も条件の悪い地域や住民の状況も確認する必要がある。

 行政の意思決定には、効率性だけでなく公平性が求められる。全体の費用を減らせるとしても、特定の集落だけに著しい不利益を集中させる案が、そのまま社会的に望ましいとは限らない。移転先で住宅を確保できるか、農業や漁業などの生業を継続できるか、地域社会とのつながりが失われないかといった問題も考慮しなければならない。金額に換算しやすい行政費用だけで結論を出すのではなく、安全性や最低限の生活サービスを確保する条件を設定した上で、政策による利益と不利益が誰に生じるのかを明らかにすることが重要なのである。

何を変えるかだけでなく、いつ変えるか

 撤退順序の問題をさらに難しくするのは、人口と施設の状態が毎年変化していくことである。朝凪市でB地区の水道管が2035年に大規模更新期を迎えると予測されているなら、その年になって初めて代替方式を考えるのでは遅い可能性がある。更新までの期間を使って、現在の管路を更新する案、小規模な設備へ切り替える案、周辺地区と供給方式を再編する案などを検討し、必要な調査、設計、制度上の手続き、住民との協議を進めることが望ましい。

 また、2035年の段階でどの方式が最適になるかも、現在の情報だけでは確定しない。想定より人口減少が緩やかであれば既存設備を更新する方が合理的かもしれず、逆に人口減少が進み、技術的に優れた代替方式が実用化されれば、別の選択が有利になる可能性もある。更新期の十分前から複数の選択肢を準備し、人口、費用、技術、住民構成の変化に応じて判断を見直すことが必要になる。

 これは動的最適化の考え方に近い。現在の一回限りの判断で将来すべてを固定するのではなく、人口分布、施設の老朽化、財政、人員、住民の生活条件が時間とともに変化することを前提として、各時点の選択が将来の選択肢にどのような影響を与えるかまで考慮する方法である。例えば2026年の時点で道路を閉鎖する必要がなくても、2038年に大規模な更新費が発生する見通しなら、そこまでの約十二年間を使って代替交通や住宅政策を準備することができる。現在の施設を使い続けられる時間は、単なる猶予期間ではなく、将来の政策転換に備えるための資源にもなる。

 将来の費用を比較する場合には、支出する時期が異なることにも注意しなければならない。例えば、現在必要になる十億円と二十年後に必要になる十億円は、財政計画や資金調達の観点から同じ条件ではない。将来の支出を一定の割引率で現在価値に換算する考え方を利用すれば、更新時期の異なる政策案を比較しやすくなる。ただし、物価上昇を含む名目金額と物価変動を除いた実質金額を混在させたり、割引率を根拠なく設定したりすれば、結果を誤る可能性がある。評価期間の設定、割引率、将来の工事費、施設の残存価値などについて、条件を明示した分析が必要になる。

 さらに、施設を廃止した場合に節約できる費用だけでなく、廃止や再編によって新たに発生する費用も計算しなければならない。住宅移転を伴う場合には移転費用や住宅確保の支援が必要になり、受入地区の道路や水道、公共施設を増強しなければならない場合もある。既存施設の撤去費用や跡地管理費が発生することも考えられる。年間の維持管理費が高い地区であっても、移行に必要な費用が非常に大きければ、長期間にわたって現状を維持する方が合理的なこともある。

 ここで重要になるのは、人口や更新費の予測には必ず不確実性があるということである。人口減少率、建設工事費、施設寿命、災害、技術革新などの条件を少し変えただけで政策順位が逆転するなら、その結果を確定的な答えとして扱うべきではない。人口減少が速い場合と緩やかな場合、更新費が大きく上昇する場合と比較的安定する場合など、複数のシナリオを設定して結果を比較する必要がある。さまざまな条件の下でも極端に不利になりにくく、将来の選択肢を残せる政策は、不確実性の高い時代において重要な価値を持つ。

 また、人口分布そのものも政策の影響を受ける。公共交通を維持すれば居住を続けられる住民がいる一方、交通サービスが失われれば転出が進むかもしれない。医療、商業、住宅環境の改善によって、人口減少が予測より緩やかになる可能性もある。人口予測を固定したまま施設の最適配置を計算すると、施設配置が将来人口に与える影響を見落とすことになるため、可能であれば人口とサービスの相互作用まで考慮した分析が望ましい。

 このように考えると、撤退とは更新費が高くなった施設を順番に廃止していく政策ではないことが分かる。老朽化する施設の状態と人口減少の進み方を比較し、代替方式への移行費用を含めた長期的な効果を検証しながら、いつ、何を、どの程度変えるかを選択する政策なのである。

施設を守ることと、生活を守ることは同じではない

 水道は、この違いを考える上で分かりやすい例である。人口が増加していた時代には、大規模な浄水施設から広い範囲へ管路を延ばし、多くの利用者へ安定して水を供給する集約型の仕組みに合理性があった。しかし利用者が大きく減少した地域では、少数の住民のために長い管路を更新し続けることが、必ずしも最も効率的な方式とは限らない。技術的・制度的な条件を満たす場合には、小規模な浄水設備などを利用した分散型の供給方式を比較する余地がある。

 ただし、分散型に切り替えれば必ず費用が安くなるわけではない。設備を小規模にしても水質管理、保守点検、災害時の供給体制、運転管理などは必要であり、複数の小規模設備を維持する方が高額になる可能性もある。また、水道法には水道事業者の給水義務が規定されており、人口が少なくなったという理由だけで既存利用者への給水を一方的に打ち切れるものではない。事業計画や認可、水質基準、管理責任などの制度的条件を満たした上で、安全性と供給の継続性を確保することが前提になる。

 ここで本当に守るべきものは、水道管という設備そのものではなく、住民が安全な水を継続して利用できる状態である。同じように、路線バスという運行形態を変えずに残すことだけが目的なのではなく、自動車を運転できない住民にも必要な移動手段を確保することが目的になる。診療所という建物をすべての地区に残すことが目的なのではなく、住民が必要な医療を適切な時間内に受けられる状態を維持することが重要なのである。

 公共交通では、利用者が減ったからといって直ちに路線を廃止するのではなく、運行本数の見直し、予約型の乗合交通、複数地区を結ぶ交通、既存の輸送資源の共同利用などを比較することが考えられる。ただし、新しい交通方式にも予約受付、配車管理、車両、運転手などの費用が必要であり、必ず従来のバスより安価とは限らない。さらに、高齢者が利用する場合には、車両が存在するだけでは十分ではなく、通院や買い物に必要な時間帯に利用できるか、帰宅手段を確保できるか、運賃を負担できるかなどを確認する必要がある。

 医療についても同様である。日常的な診療や慢性疾患の管理では、身近な場所で継続的に診療を受けられることに価値がある。一方、重症救急や高度な手術などでは、医療従事者、設備、診療経験などを一定の拠点へ集約する方が合理的になる場合がある。あらゆる医療機能を各地区へ均等に置こうとすれば、限られた医師や設備が分散しすぎる可能性があるが、すべてを一か所へ集約すれば、高齢者の日常的な通院や継続的な治療が難しくなる。医療の種類や緊急性に応じて、分散すべき機能と集約すべき機能を区別する必要がある。

 特に救急医療では、病院までの直線距離よりも、発症から適切な治療が始まるまでの時間が重要になる。十キロ先の医療機関へ搬送しても必要な治療ができず、さらに別の病院へ搬送しなければならないなら、最初から専門的な治療が可能な医療機関を選ぶ方が早い場合もある。ただし、患者の状態によっては近隣の医療機関で初期治療を行うことが重要になるため、すべての患者を遠方の高度医療機関へ直接搬送すべきというわけではない。疾患、緊急度、受入能力、搬送時間などを考慮し、適切な医療へ到達するまでの時間を評価することが必要になる。

 距離よりも生活に必要な時間を重視する考え方は、医療以外にも利用できる。スーパーまで七キロ離れていても、自動車で容易に移動できる住民にとっては大きな負担にならないかもしれない。反対に二キロしか離れていなくても、坂道が多く、公共交通も利用できなければ、高齢者にとっては買い物が難しい場合がある。役場・市役所まで十キロあっても、多くの手続きをオンラインや近隣窓口で済ませられれば、行政サービスへのアクセスは維持できる。もっとも、電子的な手続きが難しい住民への支援も必要であり、単純なデジタル化だけですべての問題が解決するわけではない。

 街を地図上の距離だけでなく、必要なサービスを利用するための所要時間、費用、利用可能性によって評価すると、道路、交通、医療、商業、教育、行政が一つの生活システムとして見えてくる。人口減少時代に守るべきなのは、必ずしも既存の施設配置そのものではなく、住民が生活を維持するために必要な機能なのである。

街は円形ではなく、複数の拠点と交通の網へ変わる

 ここまでの条件を踏まえると、朝凪市の将来像は、中心部へ向かって同心円状に縮小する姿とは限らなくなる。市役所、駅、商業施設、中核的な医療機関が集まる第一の生活拠点を維持しながら、離れた地域には第二、第三の生活拠点を配置し、それらを交通や通信などで結ぶ構造が合理的な場合もある。人口の少ない地区についても直ちに居住を禁止するのではなく、施設の更新期や住宅の建替え時期に合わせて代替方式を検討し、新たな住宅や公共投資を将来もサービスを維持しやすい地域へ誘導していく方法が考えられる。

 この考え方は、国が進めてきたコンパクト・プラス・ネットワークの方向性とも整合している。立地適正化計画などの制度では、居住や医療、福祉、商業などの都市機能を適切な場所へ誘導し、公共交通と組み合わせることが重視されている。ただし、立地適正化計画は住民を強制的に移転させる制度ではなく、居住誘導区域の外側を一律に居住禁止とするものでもない。また、都市計画区域外の農山村や集落については、同じ制度だけで再編を進められるわけではなく、農村政策、公共交通政策、公共施設管理などとの連携が必要になる。

 実際に街の構造を変えるためには、行政が自由に決められることと、法律や管理責任によって制約されることを区別しなければならない。道路や橋梁にはそれぞれ管理者が存在し、水道には給水義務や事業上の手続きがあり、公共交通には運行に関する制度がある。さらに住民の居住や財産に関わる問題を、単なる費用計算だけで処理することはできない。都市計画上の居住誘導と、既存住宅の撤去やインフラの供用廃止は別の政策行為であり、それぞれ異なる制度的条件を満たす必要がある。

 だからこそ、街の再編は一つの行政部門だけで完結しない。道路、水道、都市計画、交通、医療、福祉、防災、財政などの部門が、同じ将来人口と施設の更新見通しを共有しなければ、ある部門では集約を進め、別の部門では同じ地区に大規模な新規投資を行うといった矛盾が生じる可能性がある。各施設の更新計画を個別に立てるだけでなく、地域全体の人口配置や生活拠点の将来像と整合させることが重要になる。

 また、街の再編を進める場合には、住民が将来を見通せるようにすることが欠かせない。ある地区について今後の公共投資を抑える方針を検討するなら、その理由、代替サービス、実施時期、生活への影響を明らかにしなければならない。住宅の建替えや相続、空き家化の時期などに合わせて居住誘導を進める方法は、急激な移転よりも負担を抑えられる可能性があるが、それでも住民の事情は一様ではない。高齢者や経済的に移転が難しい世帯が不利益を受けないよう、具体的な支援策と長期的な対話が必要になる。

 最終的な都市構造を地図に描けば、それは一つの中心へ向かって円形に小さくなる姿ではなく、複数の生活拠点が交通やサービスによって結ばれた、星座のような形になるかもしれない。ただし、その形がすべての自治体で正解になるわけでもない。既存中心市街地に災害リスクが集中しているなら新たな安全な拠点を育てる必要があるかもしれず、既存の集落配置が十分に効率的なら大きな再編を行わない方が合理的な場合もある。街の形は、人口規模だけでなく地形、災害、施設、産業、交通、住民の生活圏などによって決まるのである。

成り行きで縮む街と、計画的に変わる街

 ここで、最初の「街はどこから縮むべきなのか」という問いに戻りたい。中心部から最も遠い地区を最初に縮めればよいわけではなく、人口が最も少ない地区や一人当たり行政費用が最も高い地区を機械的に選べばよいわけでもない。施設の将来更新費、代替方式への移行費用、災害安全性、住民生活への影響、広域的なネットワーク上の役割を比較した上で、現状維持よりも再編した方が社会全体として望ましいと判断できるところから、段階的に構造を変えることが合理的なのである。

 さらに、ここでいう合理性は行政の財政支出が最小になることだけを意味しない。維持管理費の削減によって得られる利益から、代替設備の導入費、移転支援、生活上の不利益などを考慮し、安全性や最低限のサービス水準が確保されるかを検証しなければならない。数理モデルの役割は、どの地区を切り捨てるかを自動的に順位付けすることではなく、政策を変えた場合に何が改善し、何が悪化し、その影響がどの住民へ及ぶかを明らかにすることである。

 同時に、政策を変更しないという判断にも費用とリスクがある。道路、橋梁、水道、公共施設、公共交通のすべてを、今までと同じ場所で同じ方式のまま維持しようとすれば、限られた財源と人員が広い範囲へ配分される。その結果、必要な補修が先送りされ、水道更新が遅れ、公共交通の運行本数が減り、老朽化した公共施設が十分な機能を果たせなくなる可能性がある。施設を一つも廃止していないにもかかわらず、全体のサービス水準が徐々に低下していくという事態である。

 しかし、すべてを残そうとしてすべてを少しずつ失う可能性があるからといって、早く撤退すればよいという結論にもならない。大規模な更新費が必要になる前に十分な準備を行い、別の供給方式や交通手段へ円滑に移行できるなら、住民生活への負担を抑えながら費用を削減できる可能性がある。一方、移行費用が高く、代替手段の安全性や利便性が十分でない場合には、既存施設を修繕しながら使い続けることが適切な場合もある。必要なのは撤退を急ぐことではなく、現状維持と政策変更の双方を検証し、将来の選択肢を失わない時期に判断することである。

 成り行きで縮む街と、将来を見通して構造を変える街の違いは、ここにある。成り行きに任せれば、道路が損傷し、水道管が更新期を迎え、商店が閉店し、医師が引退し、バスの運転手が不足するたびに、住民はその変化への対応を迫られる。これに対して計画的な再編では、人口の将来見通しと施設の更新時期を事前に把握し、複数の代替案を用意しながら、必要なサービスが突然失われる事態を避けようとする。ただし、計画を立てること自体が成功を保証するわけではなく、実施後も人口、費用、生活への影響を継続的に測定し、必要に応じて方針を修正する仕組みが不可欠である。

 人口三万人の市が一万八千人になっても、住民の生活水準まで機械的に五分の三になるわけではない。人口八千人の町が五千人になったとしても、生活機能の維持に必要な費用やサービス水準が、人口比率だけで決まることはない。人口が減少しても、施設の共同利用、技術の変更、広域連携、交通手段の再編などによって、生活の質を維持できる可能性はある。ただし、その実現可能性は地域によって異なり、人口減少が著しい地区では従来と同等のサービスを維持することが困難な場合もある。重要なのは、人口を維持することと、生活の質を維持することを同じ問題として扱わないことである。

 人口増加時代の街づくりでは、新しい道路を延ばし、住宅地を広げ、公共施設を建設することが大きな政策課題だった。しかし、人口減少時代には、既存の施設をいつまで利用し、何を共同化し、どこへ機能を集約し、どのサービスを別の方式へ転換するのかという、異なる種類の意思決定が必要になる。それは単に建設の反対を行うことではなく、人口、距離、費用、時間、災害、医療、交通、住民の生活条件を重ね合わせて、限られた資源から得られる社会的な利益を高めようとする政策技術なのである。

 街を縮めるという言葉には、何かを失い、地域を切り捨てるような印象がある。しかし数理的に考えるなら、目的は単純な縮小そのものではない。既存の構造を維持する場合と変更する場合を客観的に比較し、限られた人口、財源、人材の中で、できるだけ多くの住民が安全に暮らし続けられる条件を探すことにある。そのためには、残すべき施設と変更すべき施設を区別するだけでなく、いつ判断し、どの順序で移行し、どのような生活上の負担を防ぐのかまで計画しなければならない。

 そして、最も重要なのは、撤退を最初から正解と決めつけないことである。分析の結果、ある地区では施設を集約する方が合理的であり、別の地区では分散型のサービスへ移行する方がよく、さらに別の地区では従来のインフラを維持することが最も望ましいという結論になるかもしれない。人口減少社会に必要なのは、すべての地区を同じ基準で順位付けする数学ではなく、地域ごとに異なる条件の下で、複数の将来像を比較し、変化する状況に応じて選択を見直す数学なのである。

 街を縮める目的は、どこを捨てるかを決めることではない。限られた人口と財源の中で、何を、どこに、どのような形で残すことができるのかを明らかにすることである。 人口増加時代が街を広げるための計画技術を必要としたのだとすれば、人口減少時代には、既存の構造を見直しながら生活の機能を守るための計画技術が必要になる。それは住民の暮らしを単純に小さくするためではなく、街の形が変わっても、安全と生活の質をできる限り維持するための数学なのである。

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