地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

住所は誰が決めているのか~同じ地域なのに番地が飛ぶのはなぜか

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毎日書いている住所なのに、その正体は意外と知られていない

 自分の住所を知らない人はほとんどいないし、役所への届出、銀行口座の開設、宅配便の送り状、各種契約など、私たちは日常生活のさまざまな場面で住所を書いているにもかかわらず、「この町名や番地はいったい誰が、どのような仕組みで決めたのか」と改めて考える機会は意外に少ない。実際に町を歩いてみると、100番地の隣が101番地ではなく137番地だったり、道路を1本渡っただけで数字が大きく変わったり、同じ地域の中に「○番地」と「○番○号」という異なる形式の住所が存在したりするため、住所というものが、現在の道路に沿って単純に数字を並べたものではないことに気づく。

 こうした不規則さを見ると、昔の役所が十分な規則を作らず、空いている番号をその場その場で割り振った結果ではないかと思いたくなるが、実際にはそう単純ではなく、現在の道路や住宅の並びだけを基準に見るから不規則に感じるのであって、その数字の背後には、土地がどのように区切られ、分けられ、売買され、相続され、再びまとめられ、さらに農地や山林から宅地へ姿を変えてきたのかという長い履歴が重なっている。番地が飛んでいるという現象は、単に番号が乱れているのではなく、土地を管理する制度と、人が生活するための住所制度が異なる歴史をたどってきた結果なのである。

「住所」と「地番」は同じものではない

 住所の仕組みを理解するうえで最初に押さえておかなければならないのは、私たちが日常会話でひとまとめに「番地」と呼んでいる数字の中には、制度上異なる性格を持つ番号が存在していることである。土地には、その土地を他の土地と区別して法律上特定するための地番が付されており、不動産登記制度では土地を1筆ごとの単位で取り扱い、それぞれに地番を付して管理しているため、土地を売買したり、相続したり、抵当権を設定したりする場合には、「この辺りの土地」といった曖昧な表現ではなく、どの土地なのかを法律上明確に特定できなければならない。

 この地番を制度上付すのは登記所であり、不動産登記に関する法令に基づいて、地番区域ごとに1筆の土地を識別するための番号が定められるため、「土地の番号を市町村役場が自由に決めている」と考えるのは正確ではない。一方、私たちが日常生活の中で建物の所在地を示すために使っている住所には、地番をそのまま用いる地域もあれば、地番とは別に住居表示という制度を用いている地域もあるため、「住所は誰が決めているのか」という問いは、土地そのものの番号を尋ねているのか、それとも生活上使用する住所を尋ねているのかによって答えが変わってくる。

隣の家なのに番地が続かないのは、道路ではなく土地を識別する番号だからである

 私たちは現在の町並みを見ながら住所を考えるため、道路に沿って家が並んでいれば、番号も道路に沿って順番に増えていくのが自然だと感じるが、地番は現在の家並みを案内するために作られた番号ではなく、土地そのものを区別するための番号なので、道路沿いに1、2、3と規則正しく並ぶ必要はない。現在は10軒の住宅が一直線に並んでいる場所であっても、その道路が造られる以前には複数の田畑や山林が存在し、それぞれ異なる所有者の土地として管理されていた可能性があり、その後に道路が新設され、土地が分けられ、その上に住宅が建てられたのであれば、現在の住宅の順序と地番の順序が一致しないことは十分に起こり得る。

 たとえば、かつて100番という1つの土地が存在し、その土地を2つに分ける分筆が行われれば、100番1、100番2といった形で新たな土地が生じる場合があり、さらにその一部が再び分筆されれば、同じ系統から新しい地番が派生していくため、長期間にわたって土地の分割が繰り返されるほど、地番の並びは単純な整数列から離れていく。この仕組みを現在の道路だけを見ながら理解しようとすると数字が不規則に飛んでいるように見えるが、地番はそもそも道路案内のための番号ではないため、現在の景観と一致しないこと自体は制度上不自然ではないのである。

番号が「消えた」ように見えるのにも理由がある

 土地では分けるだけではなく、複数の土地を1つにまとめる合筆が行われることもあり、この場合には、それまで別々に存在していた地番の一部が独立した土地としては存続しなくなるため、100番地の次に102番地が存在し、101番地が見当たらないからといって、単純に番号を付け忘れたとは限らない。かつて101番という土地が存在していたものの、その後に隣接する土地と合筆され、現在では独立した土地として存在していない可能性もあり、こうした飛番や欠番は、土地の分割や統合の履歴によって生じることがある。

 ただし、番地が飛んでいるからといって、その原因をすべて合筆で説明できるわけではなく、分筆、合筆、土地区画整理、土地の開発、地番の変更など、複数の事情が関係している可能性があるため、現在の数字だけから過去の経緯を断定することはできない。地番の不規則さから土地の履歴を推測することはできても、具体的に何が起きたのかを確かめるためには、登記記録や公図、過去の地図などを確認する必要がある。

同じ地域でも番地の雰囲気が違うのはなぜか

 町を歩いていると、古くから住宅がある地域では地番が複雑に見える一方、比較的新しく造成された住宅地では数字が整然としているように感じる場合があるが、これは理論的には十分説明できる。長期間にわたって土地の分筆や合筆が繰り返されてきた地域では、その履歴が地番に積み重なりやすい一方、比較的新しい時期に一定の計画のもとで造成された住宅地では、開発時点で区画や道路が整理されているため、住所も比較的理解しやすい形になっている場合があるからである。

 もっとも、「古い集落では必ず地番が複雑になり、新しい住宅地では必ず整理されている」という統計的な法則があるわけではなく、全国の地域について新旧と地番の複雑さを数量的に比較したデータをこの記事が示しているわけでもないため、ここは一般的傾向として断定するのではなく、「土地の形成過程によっては、そのような違いが生じることがある」と理解するのが適切である。地番は地域の歴史を読み取る手掛かりにはなるが、それだけを見て地域の成り立ちを決めつけることはできない。

地番を住所として使うと、都市では不便が生じる

 土地を識別するための地番をそのまま生活上の住所として使っていると、土地の分割や統合が進むにつれて番号が複雑になり、現在の道路や建物の配置と数字の並びが一致しなくなるため、人口が増え、住宅や事業所が密集した地域では、住所から目的地を探すことが難しくなる場合がある。郵便や宅配だけでなく、救急車や消防車が現場を探したり、訪問者が建物を探したりする場面でも、土地管理のために形成された地番が必ずしも生活上使いやすいとは限らないため、この不便を解消する目的から住居表示制度が導入されてきた。

 住居表示が実施されている地域では、土地の地番とは別に、街区や建物の位置を基準として生活上の住所が設定され、市町村は法律に基づき、議会の議決を経て住居表示を実施する区域や方法を定めたうえで、街区符号や住居番号を設定していくため、ここでも行政が恣意的に好きな数字を付けているわけではない。住居表示は、土地の権利関係を管理する地番とは異なり、人が建物の所在地を把握しやすくすることを目的とした仕組みなのである。

1つの場所に、2つの番号が存在することがある

 住居表示が実施された地域では、同じ場所に対して、日常生活で使う住所と、不動産登記で使う地番という2つの異なる番号体系が存在することがあり、普段は何の問題もなく生活していても、不動産を売買したり、土地を相続したり、境界を調べたりする場面になると、初めて「自宅の住所と登記上の地番が違う」という事実に気づくことがある。玄関に表示されている住所は建物を探すためには便利であるが、その数字だけで土地そのものを法律上特定できるとは限らないため、不動産関係の手続では住居表示とは別に地番を確認する必要が出てくる。

 同じ場所に異なる番号が存在すると聞くと、制度が二重になっていて無駄なようにも感じられるが、実際には目的が異なるためであり、土地の所有権や権利関係を正確に管理する仕組みと、人が生活するうえで場所を分かりやすく示す仕組みを同じ番号だけで完全に両立させることは難しい。日本の住所が複雑に見える理由の一つは、こうした異なる目的を持つ制度が同じ場所の上に重なって存在していることにある。

町名や字名にも正式な決め方がある

 住所を構成しているのは数字だけではなく、「○○町」「○○台」「大字○○」「字○○」といった地名も含まれており、これらについても、単に昔から何となく呼ばれてきた名称を行政がそのまま使っているだけではない。市町村内の町や字を新たに設けたり、廃止したり、区域や名称を変更したりする場合には、地方自治に関する制度に基づき、市町村長が市町村議会の議決を経て定め、告示するという手続が取られるため、町名や字名も正式な行政手続の中で扱われている。

 もっとも、その名称の由来まで行政が新しく作ったとは限らず、昔の村名、集落名、地形、田畑の呼び名などがそのまま大字や字として残っている地域も多いため、現在の住所の中に行政制度よりも古い地域の記憶が保存されていることもある。住所の数字だけでなく町名や字名まで眺めてみると、そこには現代の行政区画と過去の集落構造が重なっており、住所は単なる所在地表示ではなく、地域の歴史が部分的に残された記録として見ることもできる。

番地を見れば町の歴史が分かる、とは言い切れない

 ここまで見てくると、地番の不規則さから土地の歴史を読み解けるように思えてくるが、番地だけで地域の歴史を確定できるわけではない。ある地域で35番地の次が42番地になっているとしても、その理由が過去の合筆なのか、別の場所に36番から41番が存在するのか、区画整理や地番変更が関係しているのかは、現在の住所だけでは判断できないため、地番はあくまで調査の入口であり、そこから登記記録、古地図、公図、航空写真、自治体の資料などへ進んで初めて、土地がどのように変化してきたのかが見えてくる。

 この意味では、「番地は町の歴史そのものである」と断定するより、「番地には町の歴史の痕跡が残っていることがある」と考える方が正確であり、制度上の仕組みと歴史的解釈を混同しないことが重要になる。住所の数字は研究資料として面白い手掛かりにはなるが、それ自体が統計的、歴史的な証明になるわけではないのである。

それでも番地の飛び方には理由がある

 それでは、同じ地域なのに番地が飛ぶのはなぜかという最初の疑問に戻ると、最大の理由は、地番が現在の道路や家並みを案内するための番号ではなく、土地を1筆ずつ識別するために長い年月をかけて形成されてきた番号だからである。そこへ分筆や合筆、道路整備、宅地開発、区画整理などが重なることで、現在の町並みと地番の並びが一致しなくなり、さらに都市化した地域では、生活上の分かりやすさを確保するために住居表示という別の番号体系が加わった結果、1つの地域の中に複数の仕組みが重なっている。

 つまり、「100番地の隣がなぜ137番地なのか」という小さな疑問の背後には、登記制度、土地の分割と統合、行政区画、住居表示、宅地開発、そして地域の歴史がつながっており、数字だけを現在の道路順に並べ直そうとするとかえって本来の意味が見えなくなる。番地が飛んでいるのは、必ずしも制度の乱れではなく、土地が現在の姿になるまでに経てきた変化を番号が引き継いでいる結果なのである。

住所は、現在地を示す記号であり、土地の時間を残す記録でもある

 住所は誰が決めているのかという問いに、1人の主体を挙げて答えることはできない。土地の地番は不動産登記制度のもとで登記所が法令に基づいて付し、住居表示については市町村が法律に従って議会の議決を経ながら実施し、町や字の名称や区域についても、市町村長が議会の議決を経て定めるというように、住所を構成する要素ごとに異なる制度と主体が関わっているからである。

 その複雑さを知ると、これまで単なる数字にしか見えなかった番地の見え方も少し変わってくる。毎日何気なく書いている自分の住所も、その数字がなぜそこにあり、隣の土地とどうして番号が離れているのかを調べていけば、そこから土地の分割、相続、売買、道路の建設、宅地化、町名の変更といった過去へたどり着くことがあり、住所とは郵便物を届けるためだけの符号ではなく、現在の場所を示しながら、同時にその土地が歩いてきた時間の一部を静かに残している記録でもある。

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