地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 六十歳で住まいを決め、その家で九十歳まで暮らすと考えてみる。三十年という時間は、住宅ローンを払い終えるには十分な長さである一方、屋根や外壁を傷ませ、給湯器や住宅設備を何度か交換し、自動車を何台か乗り継ぎ、住んでいる人間の身体能力や生活習慣まで変化させる長さでもある。

 都市の駅に近いマンションなら、共用廊下の照明、エレベーター、ごみ置き場、植栽などは、基本的に管理組合による共同管理の仕組みの中に置かれている。その代わり、住宅ローンを完済していても、管理費と修繕積立金を毎月払い続けなければならない。一方、地方の戸建てでは、通常そのような定期的な引き落としはなく、敷地内に駐車場があれば月極駐車場代も必要ない。今月何も壊れなければ、住宅の維持管理にほとんどお金を使わずに済むことさえある。

 こうして毎月の請求額だけを見ると、地方戸建ての方が圧倒的に安いように思える。しかし、三十年間という長さで考えると、住宅の維持管理に必要な費用の現れ方が異なるだけで、必ずしも地方戸建ての総支出が少なくなるとは限らない。マンションでは将来の修繕費の一部が毎月の積立金として徴収されるのに対し、戸建てでは屋根、外壁、給湯器、水回りなどの補修費として、ときどきまとまった金額が必要になる。

 さらに、地方生活には、住宅の維持費として計上されないにもかかわらず、生活を成立させるために欠かせない場合がある高額な設備が存在する。それが自動車である。住宅を維持する費用と、その場所で生活を続けるための費用を合わせて考えると、「安い家」と「安く暮らせる家」は、必ずしも同じではない。

比べるべきなのは建物ではなく、そこで暮らす仕組みである

 都市マンションと地方戸建ての比較を難しくしているのは、マンションと戸建てという建物形式だけでなく、立地条件や交通環境まで異なることである。駅に近い都市マンションの価格には、建物や土地の価値だけでなく、周辺に集積する商業施設、医療機関、公共交通などへのアクセスの良さも反映されやすい。徒歩圏や公共交通圏にスーパー、病院、薬局、金融機関などがそろっていれば、自分で長い距離を移動する必要は比較的小さい。

 一方、地方戸建てでは、同じ購入予算でも広い住宅や土地を取得できる場合がある。その代わり、病院まで十キロ、スーパーまで五キロという距離が日常生活に入り込むことも珍しくない。六十歳で自動車を運転できる人にとって、その距離は大きな問題ではないかもしれないが、七十歳、八十歳、九十歳へと年齢が進めば、同じ距離を移動するために必要な身体能力や交通手段が変わってくる。

 国土交通省の全国都市交通特性調査は、地域別、年齢別、交通手段別の移動実態を把握するための調査であり、従来の調査では、地方都市圏ほど自動車の役割が大きい傾向が示されている。二〇二五年度にも新たな調査が実施されているが、調査の実施年度と結果の公表年度は区別して考える必要があり、調査を実施したこと自体が新しい結果の確定を意味するわけではない。

 ただし、地方都市圏で自動車の利用割合が高いことから、地方戸建ての居住者が全員自動車を必要とすると結論することはできない。同じ地方でも、駅や病院、スーパーに歩いて行ける中心市街地と、公共交通が乏しい郊外や農村部では生活条件が大きく異なる。都市部でも駅から遠い住宅地では自動車が必要になる場合があり、反対に地方の駅前住宅では自動車なしで生活できる場合もある。

 したがって、老後の住居費を比べるなら、建物に直接支払うお金だけでなく、その場所で買い物や通院を続けるための移動費用まで含めなければならない。ただし、その際には住宅関連費と交通費を明確に分け、どの条件が総支出の違いを生み出しているのかを確認する必要がある。

まず、比較する条件を明確にする

 ここでは、六十歳から九十歳までの三十年間、同じ住宅に住み続けるというモデルを考える。最初の比較では、都市マンションと地方戸建てをすでに所有し、住宅ローンを完済しているものとする。したがって、新たな住宅購入費や住宅ローンの返済額は含めず、今後三十年間に発生する住宅の維持管理費と、日常生活に必要な交通費を比較する。

 また、将来の一般的な物価上昇率を予測せず、すべての金額を現在の価格水準で考えた実質額の単純累計とする。実際には物価や税負担、工事費、保険料などが変化する可能性があり、住宅関連費と自動車関連費が同じ割合で変化するとも限らない。そのため、この試算は三十年後までの正確な支出予測ではなく、どのような条件で費用関係が逆転するかを検討するためのものである。

 さらに、比較する二つの生活モデルには、交通手段について明確な違いを設ける。都市マンションは自動車を所有せず、鉄道やバスなどを利用して生活できる立地とし、地方戸建ては自動車一台を必要とする立地とする。これは、マンションという建物そのものと戸建てという建物そのものの優劣ではなく、住宅形式、立地、移動手段を組み合わせた生活システムの比較である。

 なお、九十歳まで同じ住宅に住むという条件は、すべての人が九十歳まで生存し、自宅で生活できるという予測ではない。実際には健康状態、家族構成、介護の必要性などによって、途中で転居や施設入所を選択する場合もある。そうした可能性は後で考えることにして、まずは三十年間住み続けるという条件のもとで費用を整理する。

マンションでは、住宅ローンが終わっても維持費は続く

 国土交通省が五年に一度実施している「令和5年度マンション総合調査」では、駐車場使用料などからの充当額を除いた一戸当たりの管理費は月平均一万一五〇三円、修繕積立金は月平均一万三〇五四円とされている。二つを合わせると月二万四五五七円となり、この金額が三十年間まったく変わらないと仮定すれば、二万四五五七円に十二か月と三十年を掛けた八八四万五二〇円、約八八四万円になる。

 ただし、これらは管理組合への調査から得られた平均値であり、全国すべてのマンションについて実際の支払額を集計したものではない。また、管理費と修繕積立金では集計対象となる有効回答が必ずしも一致していないため、二つの平均値を合算した金額を、同一住戸が実際に負担している平均月額と厳密に解釈することもできない。築年数、住戸面積、建物規模、設備、管理方式によって支払額には大きな違いがある。

 さらに重要なのは、三十年間で約八八四万円という金額が、将来の支出総額を保証するものではないことである。国土交通省の同じ調査では、修繕積立金の積立方式について、将来の負担額を段階的に増額する段階増額積立方式が四七・一%、原則として一定額を積み立てる均等積立方式が四〇・五%となっている。均等積立方式であっても、その後の工事費や長期修繕計画の見直しによって積立額が変更される可能性がある。

 修繕積立金の残高にも注意が必要である。令和五年度の調査では、長期修繕計画上の積立額に対して実際の積立額が不足しているマンションは三六・六%と報告されている。この数字は、マンション全体の将来の修繕費が三六・六%不足するという意味ではなく、調査対象のうち、各管理組合の計画に対して積立額が不足していると回答した割合である。それでも、現在の修繕積立金だけで将来の工事を十分に賄えるとは限らないことを示す重要な資料である。

 国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインでは、望ましい計画の考え方として、三十年以上の計画期間に大規模修繕工事が二回以上含まれることが示されている。これは、すべてのマンションに同じ周期で工事を実施する法律上の義務があるという意味ではないが、長期間にわたる建物の維持管理を計画的に考える必要性を示している。

 また、修繕積立金は主として共用部分の維持修繕に使用されるものであり、住戸内部の給湯器、キッチン、浴室、エアコン、床、壁紙などの交換費用は、原則として各所有者が別に負担する。マンションは修繕費が不要な住宅なのではなく、大きな建物を共同で維持する費用を継続的に負担しながら、自分の住戸内部についても維持管理する仕組みなのである。

戸建ての管理費ゼロは、修繕費ゼロを意味しない

 地方戸建てには通常、マンションのような管理費や修繕積立金が存在しないため、所有者は毎月の固定的な住宅管理負担を小さくできる。また、外壁の塗装を今年実施するか、古いキッチンを交換するか、庭木の剪定を業者に頼むかといった判断についても、建物の安全性や保存上の問題がない範囲で、支出の時期と内容を所有者自身が決めやすい。

 しかし、支払いを自分で決められることと、費用が発生しないことは別である。三十年間には、給湯設備、水回り、エアコン、外壁、屋根、雨どい、建具などの補修や交換が必要になる可能性が高い。外壁や屋根の工事には足場の設置費用が伴う場合もあり、給排水設備の不具合や雨漏りなどが発生すれば、予定していなかった修繕費が一度に必要になることもある。

 その金額は、住宅の築年数、構造、延床面積、屋根材や外壁材、過去の修繕履歴、施工状態などによって大きく異なる。さらに、海に近い地域では塩害、台風の影響を受けやすい地域では風雨への対策など、立地特有の維持管理費も考慮しなければならない。反対に、適切に維持管理された比較的新しい住宅では、一定期間の大規模修繕費を抑えられる場合もある。

 したがって、「戸建ては三十年間で七〇〇万円かかる」と全国平均のように断定することはできない。ここで使用する七〇〇万円は、屋根、外壁、給湯設備、水回り、冷暖房設備などの補修や更新を含む、シミュレーション上の仮定である。実際の住宅でこの金額が妥当かどうかは、現物の状態と今後の修繕計画を確認しなければ判断できない。

 同じことはマンションの専有部分の修繕費にも当てはまる。戸建ての修繕費とマンションの修繕費を公平に比較するためには、どの設備の更新費をどちらの費目に含めているのかを明確にし、同じ費用を二重に計上したり、一方だけ必要な工事を見落としたりしないことが重要になる。

30年間の住宅関連費を同じ条件で比較する

 まず、都市マンションについて、管理費と修繕積立金の三十年間の累計を約八八四万円とする。さらに、固定資産税などを年間十二万円、住戸内部の修繕・設備更新費を三十年間で三〇〇万円、火災保険などを年間二万円と仮定する。この場合、固定資産税などは三六〇万円、専有部分の修繕・設備更新費は三〇〇万円、保険などは六〇万円となり、管理費・修繕積立金と合わせた住宅関連費は約一六〇四万円になる。

 一方、地方戸建てについては、固定資産税などを年間六万円、建物と設備の修繕・更新費を三十年間で七〇〇万円、火災保険などを年間三万円と仮定する。固定資産税などは一八〇万円、修繕・設備更新費は七〇〇万円、保険などは九〇万円となり、三十年間の住宅関連費は九七〇万円になる。

 この条件では、都市マンションの住宅関連費が約一六〇四万円、地方戸建てが九七〇万円であるため、住宅に直接関係する支出だけを見ると地方戸建ての方が約六三四万円安い。管理費がなく、固定資産税なども低く設定していることが、この差の主な要因である。

 ただし、ここで設定した固定資産税、保険料、修繕費は、いずれも全国平均を示す統計値ではない。固定資産税は建物と土地の評価額、住宅用地の特例、所在地などに左右され、都市計画税についても課税区域によって扱いが異なる。また、保険料は建物構造や補償範囲、災害リスクによって変わるため、都市マンションが年間二万円、地方戸建てが年間三万円という関係が一般的に成立するわけではない。

 この比較で確認できるのは、あくまで設定した条件のもとでは地方戸建ての住宅関連費が約六三四万円安いということであり、全国の住宅を調査した結果として地方戸建てが平均六三四万円安いという意味ではない。

交通費を加えると、結果はどう変わるのか

 次に、住宅に直接支払う費用とは別に、そこで生活を続けるために必要な交通費を考える。都市マンションでは自動車を所有せず、鉄道やバスなどの日常交通費を年間十二万円と仮定する。三十年間では三六〇万円になるため、先ほどの住宅関連費約一六〇四万円に加えると、住宅と日常交通を合わせた支出は約一九六四万円となる。

 一方、地方戸建てでは、二〇〇万円程度の自動車を六十歳、七十歳、八十歳の時点で一台ずつ購入し、それぞれ十年間使用するものとする。三台の購入費は合計六〇〇万円となり、燃料、税金、任意保険、車検、点検、タイヤ、バッテリーなどの費用を平均して年間三十万円と仮定すれば、三十年間の維持費は九〇〇万円になる。車両購入費と維持費を合わせた自動車関連支出は一五〇〇万円である。

 これを地方戸建ての住宅関連費九七〇万円に加えると、三十年間の総支出は二四七〇万円になる。都市マンションの約一九六四万円との差は約五〇六万円となり、この条件では、自動車を必要とする地方戸建ての方が高くなる計算である。

 ただし、この五〇六万円という差は、全国の平均的な世帯について実際に生じる金額ではない。都市側では公共交通費を計上している一方、地方側では自動車以外の交通費を計上しておらず、また自動車を三十年間保有し続けると仮定している。地方でも鉄道、バス、タクシーなどを使用する場合には、その費用を別途加える必要がある。

 さらに、自動車購入費六〇〇万円は、六十歳から新たに三台購入するという条件に基づいている。すでに自動車を所有している人や中古車を活用する人、購入価格が大きく異なる車を選ぶ人には、そのまま当てはまらない。車両の売却代金や、九十歳時点で残る車両価値も、この単純な試算では考慮していない。

 ここで重要なのは、「都市マンションの方が五〇六万円安い」という金額そのものではない。住宅費では地方戸建てが安くても、日常生活のための交通費を加えることで費用関係が逆転し得るという構造である。

自動車はいくらかかると優劣が逆転するのか

 今回の条件では、都市マンションの住宅関連費と公共交通費の合計が約一九六四万円であるのに対し、自動車を除いた地方戸建ての住宅関連費は九七〇万円である。両者の差は約九九四万円となるため、地方側に自動車以外の交通費が発生しないと仮定すれば、自動車の三十年間総費用が約九九四万円を超えた時点で、都市マンションの総支出が少なくなる。

 仮に三十年間の車両購入費を六〇〇万円に固定すると、残りは約三九四万円である。この金額を三十年で割ると年間約十三万一〇〇〇円となり、燃料、税金、保険、車検、整備などの年間維持費がこの水準を超えると、今回のモデルでは都市マンション側の方が安くなる。

 もちろん、この年間十三万円という境界を、現実の自動車維持費の全国平均と混同してはいけない。年間走行距離、燃費、自動車の種類、年齢による保険料、整備状況などによって、実際の費用は異なる。それでも、自動車の購入費だけでなく、保有中に継続して発生する費用まで考慮する必要があることは明らかである。

 また、地方側で自動車とは別に年間五万円の公共交通費やタクシー代が発生すれば、三十年間で一五〇万円の追加負担となる。この場合、ほかの条件を変えなければ、自動車費用の逆転点は約九九四万円から約八四四万円へ下がる。地方生活の移動費を自動車関連費だけで代表させることが、必ずしも適切とは限らないのである。

 したがって、老後の住宅選びでは、自動車を持つか持たないかという二者択一だけでは不十分であり、何台保有するのか、年間何キロ走るのか、どの程度の価格の車を購入するのか、公共交通やタクシーを併用するのかまで考える必要がある。

修繕費を変えると、結果はどこまで動くのか

 もっとも、戸建ての三十年間の修繕・設備更新費を七〇〇万円と仮定した時点で、比較結果が大きく左右されているのではないかという疑問は当然生じる。そこで、ほかの条件を固定したまま、戸建ての修繕費を四〇〇万円、七〇〇万円、一〇〇〇万円に変えてみる。

 修繕費が四〇〇万円で済む場合、自動車を除いた地方戸建ての費用は六七〇万円となる。車両購入・維持費を一五〇〇万円とすれば、総支出は二一七〇万円で、都市マンションとの差は約二〇六万円になる。この場合、車両購入費を六〇〇万円に固定すると、自動車の年間維持費が約二十三万円を超える水準で都市マンションが安くなる。

 修繕費が七〇〇万円なら、地方戸建ての総支出は二四七〇万円となり、都市マンションより約五〇六万円高い。さらに、修繕費が一〇〇〇万円になると、地方戸建ての総支出は二七七〇万円となり、都市マンションとの差は約八〇六万円に広がる。この場合は、車両購入費六〇〇万円を前提にすると、年間維持費が約三万円を超えるだけで都市マンション側が安くなる計算である。

 ただし、四〇〇万円、七〇〇万円、一〇〇〇万円という金額は、戸建て修繕費の実測平均や統計的な信頼区間を示すものではない。これは、前提条件を意図的に変えることで結論がどれだけ変化するかを見る感度分析である。また、これらの比較ではマンションの修繕積立金や管理費を固定しているため、都市側の負担が増える場合には結果も変わる。

 例えば、管理費と修繕積立金の三十年間の平均負担が、当初想定した金額より二割高くなれば、都市マンションの支出は約一七七万円増える。他の条件が同じなら、地方戸建てとの差は約五〇六万円から約三二九万円に縮小する。この二割増という数字も将来予測ではなく、費用の変化が比較結果に与える影響を示す仮定である。

 この分析から分かるのは、マンションが常に有利ということでも、戸建てが必ず安いということでもない。建物の修繕状態と、移動手段にかかる費用が、三十年間の経済性を大きく左右するのである。

自動車を何歳まで運転するかで、老後の費用は変わる

 ここまでの計算では、六十歳から九十歳まで自動車を所有するという条件を置いてきた。しかし、老後の現実を考えれば、九十歳まで運転を続けることを当然の前提とするのは適切ではない。運転能力や健康状態には個人差があり、高齢になっても安全に運転できる人がいる一方、比較的早い段階で運転をやめる人もいる。

 仮に八十歳で運転を終了し、それまでの二十年間に二〇〇万円の自動車を二台購入するとする。車両購入費は四〇〇万円、年間三十万円の維持費を二十年間支払うと六〇〇万円になるため、八十歳までの自動車関連支出は一〇〇〇万円となる。

 その後の十年間については、自動車を持たない代わりに、タクシー、バス、買い物支援などの交通費が発生すると考える。仮に年間十万円なら十年間で一〇〇万円、年間二十万円なら二〇〇万円、年間三十万円なら三〇〇万円となるため、地方戸建ての住宅関連費九七〇万円と合わせた三十年間の総支出は、それぞれ二〇七〇万円、二一七〇万円、二二七〇万円になる。

 都市マンションの約一九六四万円と比較すると、地方戸建ての方が約一〇六万円から三〇六万円高い計算になるが、これは運転終了後の交通費を年間十万円から三十万円と仮定した場合の結果である。自動車の売却代金やほかの交通費は考慮しておらず、都市側についても、身体能力の低下によるタクシー利用などの追加費用を織り込んでいない。

 実際には、運転をやめた後の移動費は、家族による送迎、地域公共交通、医療機関までの距離、宅配サービスの利用などによって大きく異なる。自動車を手放したことで費用が減る場合もあれば、タクシー利用が増えて負担が重くなる場合もある。交通費だけでなく、移動できなくなることによる生活上の不利益も考慮する必要がある。

 六十歳で住まいを選ぶときには、現在の運転能力を前提にするだけでなく、七十五歳、八十歳、八十五歳で運転をやめた場合にも生活を維持できるかを確認することが重要である。老後の住宅立地を評価するうえでは、車を所有している期間の費用と、車を手放した後の生活費を分けて考えなければならない。

都市でも自動車を持つなら、費用関係は大きく変わる

 ここまでの都市マンションが比較的安くなるモデルには、重要な条件がある。都市側では自動車を所有せず、鉄道やバスで生活できることを前提にしているのである。都市マンションでも自動車を保有すれば、車両購入費、保険、税金、車検、燃料費などが発生し、さらに地域によっては高額な駐車場代が必要になる。

 例えば、都市マンションで月二万円の駐車場を三十年間利用すると、駐車場代だけで七二〇万円になる。都市側でも自動車の購入・維持費を地方側と同じ一五〇〇万円とし、比較を単純化するため公共交通費を計上しない場合、都市マンションの住宅関連費約一六〇四万円に自動車費一五〇〇万円と駐車場代七二〇万円を加えた総支出は、約三八二四万円になる。

 一方、敷地内に無料で駐車できる地方戸建てが、同じ自動車を同じ費用で所有するなら、住宅関連費九七〇万円と自動車費一五〇〇万円を合わせた二四七〇万円となる。この条件では、地方戸建ての方が約一三五四万円安い。ただし、両者の自動車使用条件を同一とし、それ以外の交通費を計上しないという限定的な比較である。

 現実には、都市マンションで自動車を所有しながら鉄道も利用する人がいる一方、地方戸建てでも自動車の使用頻度が少ない人がいる。駐車場が無料のマンションもあれば、地方の戸建てでも敷地外に駐車場を借りる場合がある。したがって、建物形式だけを変えても、自動車費用や駐車場費用を同じ条件にしなければ公平な比較にはならない。

 このことから、老後三十年間の経済性を決める重要な要因の一つは、マンションか戸建てかという建物形式そのものではなく、自動車を持たずに生活できる立地を選べるかどうかにあると考えられる。

戸建てには支出の時期を調整しやすいという強さがある

 総支出の比較とは別に、年金生活における資金繰りの安定性も重要になる。戸建てでは、所有者の判断によって一部の支出時期を調整しやすい。安全上の問題がない範囲なら、外壁塗装を数年延期したり、まだ使用できる住宅設備を交換せずに使い続けたりすることもできる。

 一方、マンションの管理費と修繕積立金は、原則として管理規約や管理組合の決定に従って支払う必要がある。収入が減少したから管理費を半分にする、エレベーターを使用しないからその分を支払わないといった選択は、個人の判断だけではできない。戸建てに比べて毎月の固定的な支払いが大きくなりやすいことは、年金など限られた収入で生活する場合には無視できない。

 しかし、戸建てにも別のリスクがある。給湯器の故障や雨漏りなど、生活や建物の保存に重大な影響を及ぼす不具合が発生すれば、修繕を延期できない場合がある。支出の時期を自分で決めやすいという利点は、突発的な大きな費用を一世帯で負担しなければならないという問題と表裏一体である。

 マンションでは建物の共用部分に関する費用を区分所有者で分担する代わりに、管理費と修繕積立金の継続的な支払いを引き受ける。戸建てでは毎月の固定負担を小さくできる代わりに、修繕費の発生時期と金額の不確実性を自分で負担する。これは単なる費用総額の違いではなく、資金繰りとリスク配分の違いでもある。

八十歳を過ぎると、自分でできることにも費用が生じる

 老後三十年間を考えるとき、住宅より先に大きく変化する可能性があるのは、そこに住んでいる人間の身体能力である。六十歳なら、庭木を切り、草を刈り、高い場所の電球を交換し、自動車でスーパーへ行くことを大きな負担と感じないかもしれない。しかし、八十歳でも同じ作業を安全に続けられるとは限らない。

 高齢になるにつれて、自分で行っていた住宅管理や日常生活の作業を業者や家族に頼む必要が生じる場合がある。庭木の剪定や草刈りを外注する費用、買い物や通院のためにタクシーを利用する費用、住宅内に手すりを取り付けたり段差を解消したりする費用などは、六十歳時点の住宅維持費だけからは見えにくい。

 ただし、このような費用は地方戸建てだけに発生するものではない。都市マンションでも、高齢になれば室内の段差対策や介護サービス、宅配、家事支援などを必要とする可能性がある。また、マンションにエレベーターがあっても、駅までの歩行距離が長い、坂道が多い、駅構内の移動が難しいといった条件があれば、実際の移動負担は大きくなる。

 一方、平屋の戸建てで、徒歩圏に病院やスーパーがあり、移動販売や宅配を利用できる地域なら、都市マンションより身体的な負担を小さくできる場合もある。したがって、都市と地方という区分だけで高齢期の利便性を判断することはできず、個々の住宅の間取り、周辺施設、道路環境、交通サービスを具体的に評価しなければならない。

 また、六十歳から九十歳まで同じ住宅に住み続けるという想定そのものにも限界がある。要介護状態や家族構成の変化によって転居や施設入所を選ぶ場合には、引っ越し費用、住宅の売却費用、新たな住居費などが発生する。三十年間住み続けるモデルは費用構造を把握するうえで有用だが、実際の老後計画では住み替えの可能性も考慮する必要がある。

マンションにも建物と所有者の二つの老いがある

 老後には都市マンションが常に安全で便利であるように見えるかもしれないが、マンションにも時間の経過とともに生じる問題がある。建物の高経年化と、区分所有者や居住者の高齢化が同時に進む、いわゆる「二つの老い」である。

 鉄筋コンクリート造の建物であっても、外壁、防水、給排水設備、エレベーターなどの維持更新は必要になる。修繕積立金が十分でなければ積立額の増額や一時的な追加負担が必要になる可能性があり、工事内容や負担方法をめぐって区分所有者間の意見が分かれることもある。

 日本では、二〇二五年にマンション関係法が改正され、二〇二六年四月には主要な改正部分が施行された。建物更新などに関する新たな決議制度や管理・再生の円滑化に向けた仕組みが整備され、老朽化したマンションへの制度的な対応は進められている。しかし、法律が改正されたからといって、管理組合の財源不足や住民間の合意形成の難しさが自動的に解消されるわけではない。

 国土交通省のマンション管理計画認定制度では、管理組合の運営、管理規約、経理、長期修繕計画などについて一定の基準が設けられている。管理計画の認定は管理状況を確認するための一つの手掛かりになるが、認定を取得していることだけで将来の負担増や修繕上の問題が発生しないと保証されるわけではない。

 戸建てなら、自分の資金と判断によって修繕方針を決めやすい。一方、マンションでは、自分一人に十分な資金があっても、建物全体の大規模修繕や再生を自分だけの意思で進めることはできない。管理を一人で背負わなくてよいというマンションの長所は、管理を一人では決められないという短所にもなる。

 中古マンションを老後の住まいとして選ぶ場合には、購入価格だけでなく、長期修繕計画、修繕積立金の残高、滞納状況、大規模修繕の実施履歴、管理規約、総会議事録などを確認することが重要である。建物が比較的新しくても、管理状態が不十分であれば将来の負担が大きくなる可能性がある。

これから家を買うなら、購入価格を無視してはいけない

 ここまでの比較は、すでに住宅を所有し、住宅ローンを完済している人が、今後三十年間どちらの生活を維持しやすいかを考えたモデルである。しかし、六十歳から新たに住宅を購入する場合には、取得価格という非常に大きな費用が加わるため、結論が変わる可能性がある。

 例えば、都市マンションの購入価格を四〇〇〇万円、地方戸建てを二〇〇〇万円と仮定すると、購入時点で二〇〇〇万円の差がある。ここに先ほどの三十年間の住宅・交通関連費を加えると、都市マンションは約五九六四万円、地方戸建ては四四七〇万円となり、売却前の累計支出では地方戸建ての方が約一四九四万円少ない。

 この例では、都市マンションの維持管理費と交通費が地方戸建てより約五〇六万円安くても、当初の購入価格差二〇〇〇万円を埋めることはできない。取得・売却時の諸費用や金利、税負担の違い、将来費用の割引などを無視した単純な比較では、三十年後の都市マンションの売却手取額が地方戸建てより約一四九四万円以上高くなって、初めて都市側の経済的優位が生じる計算になる。

 ただし、三十年後の資産価値を正確に予測することは難しい。都市マンションでも建物の老朽化、管理不全、地域需要の低下などによって価格が下落する可能性があり、地方戸建てでも土地需要や立地条件によって一定の価値が残る場合がある。逆に、人口減少や災害リスク、建物の状態によっては、売却が難しくなることも考えられる。

 固定資産税についても、土地と建物の評価額、住宅用地の特例、評価替えなどによって負担が変わる。住宅を購入した場合には、不動産取得に伴う税金や登記費用、仲介手数料などが必要になることもあり、売却時には譲渡所得に関する税制上の扱いも検討しなければならない。

 さらに、住宅ローンを利用する場合には利息を考慮する必要がある。現金購入であっても、住宅購入に使った資金をほかの用途に利用できた可能性があるため、経済学的には資金の機会費用を無視できない。すでに住宅を所有している人についても、売却して別の住まいに移るという選択肢を比較するのであれば、現在の住宅を保有し続けることの機会費用を考慮する必要がある。

 したがって、現在の住宅に住み続ける場合と、六十歳から新たに住宅を購入する場合を、同じ費用計算だけで評価することは適切ではない。前者では今後の現金支出と住み続けるための追加負担が重要になり、後者では取得費、資金調達費用、将来の売却価値まで含めた比較が必要になる。

三十年間の単純累計と、経済学的な現在価値は異なる

 ここまでの試算では、将来の物価上昇を予測せず、すべての費用を現在の価格水準に置き換えた単純累計を使用した。この方法は、費用の構成や大きさを直感的に比較するためには分かりやすいが、厳密な金融経済学的評価とは異なる。

 将来の支出を評価する場合、同じ百万円でも、現在支払う百万円と三十年後に支払う百万円の経済的な意味は同じではない。例えば、説明のため実質割引率を年二%と仮定すれば、三十年後に支払う百万円の現在価値は約五十五万二〇〇〇円となる。ここで用いた二%は将来の金利や運用利回りの予測ではなく、支出時期の違いを説明するための仮定である。

 マンションの管理費と修繕積立金は毎月継続的に発生する一方、戸建ての修繕費は特定の年に集中することがある。そのため、三十年間の単純累計が同じでも、支払い時期が異なれば現在価値は異なり、年金生活における資金繰りの難しさも変わる。

 また、将来の修繕費には不確実性があるため、総額だけでなく、支出が集中する時期や予備資金の必要額も考慮する必要がある。戸建てで突発的な修繕費が発生した場合と、マンションで修繕積立金が段階的に引き上げられた場合では、同じ累計負担でも家計に与える影響は異なる。

 本格的に経済性を比較するなら、各年の支出と売却価値を設定し、複数の実質割引率で現在価値を計算する方法が望ましい。ただし、割引率や将来費用の設定によって結論が変化する可能性があるため、一つの計算結果だけを絶対的な答えとして扱うことはできない。

この試算から、どこまで結論を出せるのか

 今回の比較では、管理費・修繕積立金の平均額については国土交通省の調査結果を使用した一方、固定資産税、保険料、修繕費、自動車購入費、交通費などについては仮定を設定している。このため、算術的に正確な結果が得られていても、それだけで現実の一般的な世帯に当てはまるとは限らない。

 例えば、地方戸建ての三十年間の修繕費が平均して七〇〇万円程度なのか、自動車の三十年間総費用一五〇〇万円がどの程度一般的なのかについては、今回の仮定だけから判断できない。また、都市マンションの方が安くなる世帯の割合や、費用差が全国平均で何万円になるのかについても推定できない。

 統計学的に将来の費用を予測するためには、住宅の築年数や構造、修繕履歴、世帯人数、自動車の保有状況、年間走行距離、運転終了年齢、公共交通へのアクセスなどについて、実測データを収集する必要がある。さらに、これらの条件は互いに関連している可能性があるため、一つずつ独立に変化させるだけでは、現実の世帯ごとの費用分布を十分に表現できない。

 仮に確率分布を設定して多数の組み合わせを計算するモンテカルロ法を使用すれば、費用差の分布や特定条件での逆転確率を推定することは可能である。しかし、元になる確率分布や変数間の関係を裏付ける実測データが不十分なら、計算回数を増やしても予測の信頼性が高まるわけではない。

 したがって、今回の試算から言えるのは、設定した条件のもとでは都市マンションが約五〇六万円安くなること、そして修繕費や自動車費用を変更すると優劣が変わるということである。都市マンションが全国的に安い確率や、地方戸建ての方が安い世帯の割合まで明らかにしたものではない。

 この区別を明確にすることは、数理的な分析の信頼性を保つうえで重要である。数字を細かく計算したことと、現実の費用を正確に予測できたことは同じではないのである。

結局、都市マンションと地方戸建てのどちらが安いのか

 ここまで比較してきた結果を整理すると、今回の試算条件では、住宅そのものの維持管理費だけを見るなら地方戸建ての方が安い。都市マンションの住宅関連費が約一六〇四万円であるのに対し、地方戸建ては九七〇万円であり、その差は約六三四万円となる。毎月の管理費と修繕積立金がなく、土地や建物に対する税負担も低く設定したことが、この差を生み出している。

 しかし、都市マンションで自動車を所有せずに生活でき、地方戸建てで自動車一台を三十年間保有する場合には、今回の条件で都市マンションの総支出が約五〇六万円少なくなる。逆転点は地方側の自動車関連費が約九九四万円を超えるところにあり、自動車の購入価格、維持費、保有年数によって結果が変化する。

 一方、都市マンションでも自動車を所有し、高い駐車場代を支払う場合には、その経済的優位性は縮小し、条件によっては地方戸建ての方が大幅に安くなる。また、これから住宅を購入する場合には、購入価格の差が維持費の差を上回ることもあり、三十年後の売却価値まで含めた評価が必要になる。

 つまり、老後の住宅の経済性を決めるのは、マンションか戸建てかという建物の種類だけではない。購入価格、建物の状態、修繕費、税負担、自動車の保有状況、公共交通の利便性、運転終了後の移動手段、そして将来の資産価値が組み合わさって、最終的な費用関係が決まる。

 さらに、支出総額だけでなく、毎月の固定負担に耐えられるか、突発的な修繕費を支払えるか、身体能力が低下した後も安全に生活できるかという条件も重要になる。経済的に安い住宅であっても、必要な医療や買い物にアクセスできなければ、老後の住まいとして適切とは言い切れない。

最後に残るのは、九十歳の自分がその家で暮らせるかという問題である

 都市マンションの窓から駅前の灯りを見る生活と、地方戸建ての縁側から静かな庭を見る生活では、そもそも得られる価値が異なる。静けさ、庭、広さ、隣家との距離には価値があり、駅まで歩けること、病院やスーパーが近いことにも確かな価値がある。どちらを重視するかは個人の生活習慣や価値観によって異なり、老後の住まいを金額だけで決める必要はない。

 しかし、経済性を比較するのであれば、「住宅価格が安い」「管理費がない」という理由だけで、老後も安く暮らせると結論することは避けた方がよい。地方戸建てには管理費がなくても、屋根や外壁があり、庭があり、住宅から病院までの距離があり、その距離を埋める自動車がある。都市マンションには管理費と修繕積立金という固定負担がある一方、立地によっては自動車を持たずに生活でき、建物の共用部分を共同で維持する仕組みがある。

 これから住宅を購入するなら、取得価格はいくら違うのか。すでに所有しているなら、建物はどの程度傷んでいるのか。自動車を何台持ち、何歳まで運転するつもりなのか。運転をやめた後、買い物や通院をどのように続けるのか。八十歳を超えたとき、住宅の管理を自分で続けられるのか。そして、途中で住み替える必要が生じた場合、その住宅を売却したり貸したりできるのか。

 こうした条件を具体的に置いて初めて、老後住宅の経済性を現実に近い形で評価できる。六十歳で住まいを選ぶときには、現在の自分にとっての快適さや支出の少なさを重視しやすいが、三十年間住む家であれば、八十歳や九十歳の生活まで想定して判断する必要がある。

 そのとき、玄関を開けた後に安全に買い物へ行けるのか、必要な医療を受けられるのか、壊れた住宅を修繕できるのか、そして無理のない支出で生活を続けられるのかという問題が残る。住宅の取得価格や管理費が安くても、生活を維持するための別の費用が大きければ、結果として高い住まいになる可能性がある。

 老後の住まいにおける「安い」という言葉は、住宅価格だけでは決まらない。建物を維持し、必要な場所へ移動し、身体能力の変化にも対応しながら、長期間生活を続けるために必要な費用まで数えて初めて、その住まいの本当の経済的負担が見えてくるのである。

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