地方で暮らすとき、自宅から病院まで何キロあるのか、車で何分かかるのかを気にする人は少なくありません。特に高齢になってからの生活や地方移住を考える場合、近くに総合病院があることは、住む場所を選ぶうえで重要な判断材料になります。
しかし、救急医療について考えるなら、単純な道路距離だけでは十分ではありません。自宅から10キロ先に病院があっても、その病院が夜間の救急患者を受け入れられなければ、救急車は別の医療機関へ向かう必要があります。また、一般的な救急患者を受け入れられる病院であっても、脳卒中、急性心筋梗塞、重症外傷などに必要な専門治療まで対応できるとは限りません。
人口減少が続くこれからの地方では、病院そのものがなくなることよりも、必要な治療を受けられる医療機関がどこに配置され、そこまで何分かかるのかが重要になる可能性があります。医療機関の役割分担、医師や看護師の確保、高齢者の救急需要、救急搬送体制などが相互に関係するため、将来の救急医療を単純な病院数の増減だけで判断することはできません。
病院までの距離には二つの意味がある
救急医療へのアクセスを考える際には、地理的距離と医療機能を考慮した実質的な距離を区別する必要があります。地理的距離とは、自宅から医療機関までの道路距離や通常の移動時間を指します。一方、実質的な距離とは、患者の病状に応じた適切な医療を受けるまでに必要な時間を含む考え方です。
例えば、近隣の病院が一般的な内科救急に対応できても、脳梗塞に対する血栓除去療法や、急性心筋梗塞に対する緊急の冠動脈治療に対応していなければ、患者は専門治療が可能な病院へ搬送されることがあります。その場合、最寄りの病院までの距離と、実際に必要な治療を受けられる病院までの距離は一致しません。
さらに、救急医療では病院まで移動する時間だけでなく、119番通報から救急車が到着するまでの時間、現場での観察や処置、受入医療機関の選定、病院到着後の診断や治療準備なども重要です。医療機関に到着した時刻と、専門的な治療が始まる時刻は必ずしも同じではなく、病状によっては救急隊が現場や搬送中に開始する処置も生命予後に関係します。
したがって、地方の救急医療を評価するうえで本当に重要なのは、単純な道路距離よりも、適切な処置や専門治療に到達するまでの時間です。病院が近くに存在していても、必要な診療機能や受入体制がなければ、救急医療へのアクセスが十分に確保されているとは判断できません。
全国の救急搬送時間は以前より長くなっている
総務省消防庁の統計によると、2024年中に救急車で搬送された人は676万9,172人でした。119番通報を受けてから医師へ引き継ぐまでの病院収容所要時間は全国平均44.6分で、新型コロナウイルス感染症の流行前に当たる2019年の約39.5分と比較すると、約5.1分長くなっています。
ただし、救急搬送時間が毎年延び続けているわけではありません。2023年の病院収容所要時間は45.6分でしたが、2024年には44.6分へ短縮しました。また、2026年3月に公表された2025年の速報値では、救急搬送人員は676万1,871人となり、前年より7,301人減少しています。もっとも、この速報値は搬送人員に関するものであり、2025年の平均病院収容所要時間が短縮したことまで示すものではありません。
こうした変化には、救急需要、医療機関の受入状況、交通条件、消防機関の運用体制など、複数の要因が関係しています。全国平均が長くなった原因を地方の病院減少だけに求めることはできず、都市部と地方でも事情は異なります。それでも、2019年と2024年を比較して病院収容所要時間が長くなっていることは、救急医療体制を考えるうえで見過ごせない変化です。
さらに注目すべきなのは高齢者の割合です。2024年に救急搬送された人の63.3%を65歳以上が占めており、高齢化が救急需要に大きく関係していることが分かります。高齢者は複数の慢性疾患を抱えている場合もあり、搬送先の選定や診療に多くの医療資源を必要とすることがあります。ただし、高齢者の増加率と救急搬送件数の増加率が必ず一致するわけではなく、年齢別の搬送率や健康状態、介護施設での対応なども考慮しなければなりません。
人口が減少しても、救急医療の維持費用は比例して減らない
国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計では、2050年に向けて日本の多くの地方自治体で人口減少が進むと予測されています。人口が減少すれば、地域全体の患者数や医療需要の構成が変わり、医療機関の経営や人員配置にも影響が及ぶ可能性があります。
救急医療には、患者が受診するかどうかにかかわらず、一定の人員や設備を確保する必要があるという特徴があります。24時間対応する病院では、夜間休日の診療体制、看護体制、検査機能などを維持しなければならず、より高度な救急医療を担当する病院では、集中治療や緊急手術などに対応する人員と設備も必要になります。
このため、人口が半分になったからといって、救急医療に必要な費用や人員を単純に半分にできるわけではありません。患者数に応じて診療収入が減少する一方、必要な待機体制や設備の費用が維持されれば、医療機関の経営上の負担は相対的に増加します。人口減少に伴って働き手も少なくなる地域では、医師、看護師、医療技術職などの確保がさらに難しくなる可能性があります。
もっとも、すべての病院が24時間の緊急手術や高度な救急医療に対応する必要があるわけではありません。日本の救急医療には初期救急、二次救急、三次救急という役割分担があり、地域によっては複数の病院が休日や夜間の当番を分担する病院群輪番制も採用されています。経営環境が厳しくなったとしても、その対応が直ちに病院の閉鎖や統合になるとは限らず、診療機能の見直しや医療機関間の連携、公的な支援なども選択肢になります。
厚生労働省が進める2040年に向けた地域医療構想では、急性期拠点機能、高齢者救急・地域急性期機能、在宅医療等連携機能などを整理し、地域の医療需要に応じた役割分担と連携を進める方向が示されています。これは病床削減や病院の統廃合そのものを目的とする制度ではなく、限られた医療資源で必要な医療を提供し続けるための体制整備という側面があります。
その結果として、専門性の高い急性期医療が一定の拠点へ集約される一方、一般的な高齢者救急や地域の急変患者については、身近な医療機関が役割を担う形も考えられます。したがって、将来の地方医療では、最寄りの病院までの距離が変わらなくても、病状によって搬送される病院が変化する可能性があります。
外房では救急搬送に長い時間を要している
この問題を具体的に考えるため、千葉県の山武長生夷隅保健医療圏を見てみます。この医療圏は、東金市、茂原市、勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町などを含む6市10町1村で構成され、沿岸部から内陸部まで広い地域を対象としています。
千葉県が2023年9月1日から10月31日までの2か月間に実施した救急搬送実態調査では、山武長生夷隅保健医療圏の救急搬送3,631件のうち、二次医療圏内の医療機関への搬送は2,344件で64.6%、医療圏外への搬送は1,287件で35.4%でした。
つまり、この調査期間に確認された救急搬送のおよそ3件に1件が、医療圏外の医療機関へ向かっていたことになります。ただし、これは2023年度の年間搬送件数ではなく、9月と10月の2か月間の調査結果です。季節による救急需要の違いや調査期間の特性があるため、この割合を年間全体や将来にそのまま当てはめることはできません。
同じ調査によると、救急隊が通報を覚知してから病院に収容するまでの平均時間は67.00分でした。その内訳は、覚知から現場到着まで12.42分、現場到着から出発まで30.47分、現場出発から病院収容まで24.11分となっています。いずれの時間も、同じ調査における千葉県内9保健医療圏の中で最も長い水準でした。
特に注目すべきなのは、現場到着から出発までに平均30.47分を要していることです。この時間には、患者の状態確認、必要な救急処置、搬送先の選定、医療機関との受入調整などが含まれます。同じ調査では、受入医療機関との平均交渉回数は1.90回であり、5回以上交渉したケースも7.6%ありました。
ただし、30.47分のすべてが受入医療機関を探すための時間だったわけではありません。患者の状態によっては現場で十分な観察や処置が必要になる場合もあり、この集計だけでは搬送先の調整に実際何分かかったかまでは分かりません。また、搬送時間が長い原因についても、道路網、救急車の配置、患者の重症度、受入病院の分布などを区別して検証する必要があります。
なお、全国の2024年平均44.6分と、山武長生夷隅保健医療圏の2023年9~10月平均67.00分を比較する場合には注意が必要です。両者は対象期間や集計範囲が異なるため、その差をそのまま地域固有の医療体制の問題によるものと解釈することはできません。外房地域の特徴を厳密に評価するには、同一年度、同一期間、同じ定義による他医療圏との比較が重要です。
医療圏外への搬送が多いことは、何を意味するのか
山武長生夷隅保健医療圏で35.4%が医療圏外へ搬送されたという事実は、地域内だけで救急医療が完結していない状況を示しています。しかし、医療圏外搬送が多いことだけで、地域内の病院が救急患者を受け入れられないと結論づけることはできません。
例えば、専門的な治療が必要な患者を設備や人員の整った病院へ直接搬送することは、合理的な医療提供体制の一部です。また、医療圏の境界付近では、行政上は別の医療圏に属していても、道路距離や移動時間では隣接医療圏の病院の方が近い場合があります。患者や家族の希望、かかりつけ医療機関との関係、受入病床の状況なども搬送先の選定に関係することがあります。
したがって、医療圏外搬送率が高いことを直ちに医療機能の不足や救急医療体制の失敗と評価するのは適切ではありません。問題は、医療圏を越えること自体ではなく、必要な治療に到達するまでの時間が適切であるか、搬送によって患者の予後にどのような影響が生じているかという点です。
また、医療圏全体の平均値は、御宿町、勝浦市、いすみ市、大多喜町など個別自治体の状況をそのまま表すものではありません。比較的大きな市街地と人口の少ない山間部では、病院へのアクセスや救急車の到着条件が異なるため、医療圏全体の平均値だけでは地域内の格差を十分に把握できません。
外房の救急医療を詳細に評価するのであれば、市町村別、できれば地区別に、救急車の現場到着時間、搬送先病院、搬送時間、傷病程度、受入交渉回数などを調べる必要があります。脳卒中や急性心筋梗塞などについては、病院到着後の専門治療開始時間も併せて検証することで、実際の医療アクセスをより正確に把握できます。
外房の人口は2050年までに約3分の1減少する見通し
山武長生夷隅保健医療圏の将来を考えるうえで重要なのが、人口規模と年齢構成の変化です。国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計によると、この地域の2020年人口は410,235人でしたが、2030年には365,888人、2040年には318,974人、2050年には272,947人になると見込まれています。
2020年から2050年までの人口減少率は約33.5%であり、30年間で住民のおよそ3分の1が減少する計算です。この規模の人口減少は、医療機関の患者数、地域の労働力、公共交通、救急隊の運用、医療機関の経営環境などに影響する可能性があります。
一方、75歳以上人口については総人口とは異なる変化が予測されています。2020年の75歳以上人口は74,080人でしたが、2030年には93,737人となり、2050年でも87,626人と推計されています。総人口が2020年比で33.5%減少する一方、75歳以上人口は2050年でも約18.3%多い計算です。
これは、人口減少と高齢者の医療需要の変化を別々に考える必要があることを示しています。若年層や現役世代の人口が大きく減少しても、75歳以上人口は一定期間増加するため、医療機関に求められる診療内容や介護との連携が変化する可能性があります。もっとも、75歳以上人口が18.3%増加するからといって、救急搬送件数も18.3%増加すると予測できるわけではありません。
将来の救急搬送件数を推計するには、年齢階級別人口に、それぞれの年齢階級での救急搬送率を組み合わせる方法が考えられます。ただし、その搬送率自体も健康状態、医療技術、介護サービス、救急利用行動などによって変化するため、一定の仮定を置いた複数のシナリオで検証する必要があります。
人口が減少するから救急需要も同じ割合で減るとも、75歳以上人口が増えるから救急需要が必ず増えるとも断定できません。今後重要になるのは、地域全体の人口だけでなく、どの年齢層が、どの地区に、どの程度居住するのかという人口分布の変化です。
人口密度が下がると病院までの距離は長くなるのか
人口減少によって地方の人口密度は低下しますが、それだけで住民一人当たりの平均搬送距離が長くなるとは限りません。病院の位置が変わらず、住民が各地区で同じ割合で減少するのであれば、人口が減っても住民から病院までの平均距離は基本的に変わりません。
平均搬送距離は、各地区の人口と搬送先までの距離を組み合わせて求められます。具体的には、地区ごとの人口にその地区からの搬送距離を掛けた値を合計し、地域全体の人口で割る方法が考えられます。この場合、病院配置と各地区の人口比率が変わらなければ、総人口だけが減少しても平均距離は変化しません。
一方、特定の病院が救急機能を縮小し、遠方の病院が搬送先となる場合には、平均搬送距離が長くなる可能性があります。また、高齢者が交通条件の悪い地区に多く残る場合や、人口減少によって救急拠点の再配置が必要になる場合も、地域によって搬送条件が変化することがあります。逆に、住民が医療機関の近くへ集まる場合には、平均搬送距離が短くなることも考えられます。
したがって、人口減少と搬送距離の関係は一方向ではありません。人口密度の低下が医療機関の維持を難しくするという経済的な問題と、住民から医療機関までの距離が変化するという地理的な問題は、区別して考える必要があります。
外房地域についても、御宿、勝浦、大多喜、いすみ、茂原などの自治体間の距離が人口減少によって変わるわけではありません。将来の医療アクセスを左右するのは、住民の分布、医療機関の配置と診療機能、道路条件、救急車の配置、搬送先の選定方法などがどのように変化するかという点です。
医療機能の集約化は救急医療を悪化させるのか
病院の機能が集約されると、住民から専門的な救急治療を受けられる病院までの距離が長くなる場合があります。しかし、距離が延びることと、救急医療の質が低下することは必ずしも同じではありません。
例えば、高度な治療を必要とする患者を、専門医や設備が十分に整った病院へ直接搬送できれば、近隣の病院を経由するより専門治療を早く開始できる可能性があります。急性心筋梗塞などでは、最初に搬送された病院で対応できず、別の病院へ転院することによって治療開始が遅れる場合もあるため、適切な搬送先を最初から選ぶことが重要になります。
海外では、地方病院の閉鎖後に救急施設までの搬送時間が延びたとする研究が報告されている一方、救急医療施設の再編による移動距離の増加が住民全体の死亡率を必ず高めるとまでは確認されていません。ただし、こうした研究は国ごとの医療制度や地域条件が異なり、研究方法にも限界があるため、その結果を日本の地方へ直接当てはめることはできません。
重要なのは、医療機能の集約化には、搬送時間を延長させる側面と、専門治療を効率的に提供できるようにする側面の両方があることです。集約化によって専門医や設備が充実しても、遠方から搬送される患者への対応が遅れたり、受入患者が集中して病院内の処理能力を超えたりすれば、期待した効果が得られない可能性があります。
逆に、救急隊と病院の情報共有が改善され、適切な搬送先を短時間で選定できるようになれば、病院までの走行時間が多少長くなっても、治療開始までの総時間を短縮できる場合があります。医療体制の再編を評価するには、病院数や道路距離だけでなく、救急搬送時間、受入困難事例、治療開始時間、死亡率、後遺症などを総合的に検証する必要があります。
救急車が病院へ到着するまでの医療も重要になる
地方の救急医療を考える際には、病院の配置だけでなく、救急車が患者のもとへ到着してから病院へ引き継ぐまでの医療体制も重要です。救急救命士による処置、救急隊と医療機関の連携、ドクターカー、ドクターヘリなどを組み合わせることで、病院到着前から必要な医療を提供できる可能性があります。
総務省消防庁によると、2025年4月1日時点で全国5,485隊の救急隊のうち、救急救命士を運用している救急隊は5,472隊で、全体の99.8%に達しています。ただし、この割合は救急救命士を運用する隊の割合であり、すべての出動で必ず救急救命士が搭乗することを意味するものではありません。また、全国的に配置が進んでいても、個々の地域で救急車が何分で到着するか、どのような処置が可能か、搬送先の病院が受け入れられるかは別の問題です。
ドクターヘリやドクターカーも、医療機関までの距離による不利を補う手段となり得ますが、運用条件には制約があります。例えば、ドクターヘリは天候、視界、離着陸場所、運航時間などの影響を受けるため、あらゆる時間帯や場所で利用できるわけではありません。ドクターカーについても、医師の配置や出動範囲などによって対応能力が異なります。
遠隔医療や救急搬送情報の共有も、搬送先の選定や医療機関の準備を効率化する手段として期待されています。ただし、これらの仕組みを導入すれば必ず救命率が改善するというものではなく、対象疾患、運用方法、医療機関の受入能力などに応じて効果を検証する必要があります。
今後の地方救急医療では、病院までの距離を短くすることだけでなく、病院へ到着する前の医療を充実させること、適切な搬送先を早く決めること、病院到着後に速やかに専門治療へ移行できることが重要になります。
2050年の搬送時間はどのように変わるのか
山武長生夷隅保健医療圏の2023年調査では、平均病院収容所要時間は67.00分でした。しかし、この数値と2050年までの人口推計だけを使って、将来の搬送時間が何分になるかを正確に予測することはできません。人口減少が進んでも、病院配置、救急車の運用、受入調整体制などの変化によって結果が異なるためです。
例えば、病院の救急機能が集約され、現場から病院までの走行時間が平均10分長くなり、それ以外の条件が変わらないと仮定すれば、病院収容所要時間は67分から77分へ延びる計算になります。一方、受入医療機関との調整や現場滞在に要する時間を平均10分短縮できれば、走行時間が10分延びても全体の所要時間は変わらないことになります。
さらに、病院までの時間が延びても、必要な専門治療へ直接つなげられることで、治療開始までの時間が短縮する可能性もあります。反対に、病院自体は近くても、受入先の選定に時間がかかったり、専門治療に対応できず転院が必要になったりすれば、適切な治療を受けるまでの時間が長くなる場合があります。
これらは将来の搬送時間を予測した数値ではなく、条件の違いによって結果がどのように変化するかを示す仮定の計算です。実際の予測には、救急需要の将来推計、救急車の配置、道路網、医療機関の診療機能、受入能力、地区別人口などを組み合わせる必要があります。
特に重要なのは、地域全体の平均値だけでなく、搬送時間が長い地区や、専門治療へのアクセスが難しい住民がどの程度存在するかを把握することです。平均時間が改善したとしても、一部の山間部や人口の少ない地区で搬送時間が大きく延長するなら、その地域の医療アクセスには別の課題が残ります。
外房の将来を考えるには地区別の分析が必要
外房地域の救急医療を将来にわたって評価するには、医療圏全体の平均値に加え、御宿町、勝浦市、いすみ市、大多喜町などの自治体ごとの違いを把握する必要があります。同じ自治体内でも、中心市街地と周辺の集落では道路条件や救急拠点までの距離が異なり、実際の搬送時間に差が生じる可能性があります。
具体的な分析方法としては、まず2020年の人口分布と救急医療機関の配置を基準に、2030年、2040年、2050年の地区別人口を推計します。次に、現在の病院機能を維持する場合、専門的な救急機能が一部の病院へ集約される場合、医療機関間の連携や救急搬送体制が改善される場合など、複数の条件を設定して比較することが考えられます。
それぞれの条件について、道路網を用いた移動時間、救急車の現場到着時間、医療機関の受入状況、疾患別の搬送先などを組み合わせれば、将来の救急医療へのアクセスをより具体的に検討できます。特に、住民全体の平均搬送時間だけでなく、長時間の搬送を必要とする住民の割合や、75歳以上人口に対する医療アクセスを評価することが重要です。
ただし、2050年の個別病院の存続や診療機能を現時点で確定することはできません。人口推計そのものにも不確実性があり、医師の配置、医療政策、診療技術、交通インフラなども変化するため、将来予測は確定的な数字ではなく、条件付きの分析結果として示すべきです。
千葉県では病床機能報告などを通じて医療機関の診療機能に関する情報が公表されていますが、病床機能の区分だけで、個別の疾患について24時間受け入れられるかどうかが分かるわけではありません。救急医療の実態を把握するためには、病床機能に加えて、実際の救急受入実績、診療時間、専門治療への対応状況などを確認する必要があります。
地方移住や老後の居住地選びで確認すべきこと
地方移住や老後の住まいを考えるとき、「総合病院まで車で20分だから安心だ」という判断には一定の合理性があります。しかし、将来の救急医療という観点では、最寄りの病院までの通常の移動時間だけで十分とはいえません。
実際に確認したいのは、その病院が夜間休日にどのような救急患者を受け入れているのか、脳卒中や急性心筋梗塞などの専門治療にはどこまで対応できるのか、重症患者はどの医療機関へ搬送されるのかという点です。加えて、救急車の配置や出動状況、隣接する医療圏との連携、地域における医師や看護師の確保状況なども重要になります。
もっとも、住民がこれらの情報をすべて入手できるとは限りません。個別の医療機関について詳細な受入能力や搬送時間が公開されていない場合もあり、同じ病院でも時間帯や診療体制によって対応できる範囲が変化することがあります。そのため、医療機関の有無だけでなく、自治体や消防機関、都道府県が公表する地域医療や救急搬送の情報を継続的に確認することが望まれます。
特に高齢者の場合は、急性期の救急医療だけでなく、退院後の回復期医療、在宅医療、介護サービスとの連携も生活の安心に関係します。高度な救急病院が近くにあることだけを重視するのではなく、日常診療から救急、入院、退院後の生活までを支える医療体制全体を評価する必要があります。
地方で本当に見るべきなのは距離ではなく、必要な治療までの時間
人口減少が進む地方では、救急医療を支える人員や設備を現在と同じ配置で維持することが難しくなる地域があると考えられます。医療機能の集約化が進めば、専門的な救急治療を受けられる病院までの搬送時間が長くなる地域が生じる可能性がありますが、人口減少だけを根拠として、すべての地域で搬送時間が延びると結論づけることはできません。
一方、医療機関の役割分担や救急搬送体制の改善、救急隊と病院の情報共有などによって、搬送時間の延長を抑えたり、専門治療の開始を早めたりできる可能性もあります。救急医療においては、最寄りの病院まで短時間で到着できることと、必要な治療を適切な時間内に受けられることの両方が重要です。
外房地域では、2023年9~10月の調査において、救急搬送の35.4%が医療圏外へ向かい、覚知から病院収容までの平均時間は67.00分でした。これらは地域の救急医療を検討するうえで重要な実績ですが、その数字だけで将来の搬送時間の延長や、医療機関の不足を証明することはできません。今後は地区別の搬送時間、疾患別の専門治療へのアクセス、医療機関の受入能力などを継続的に把握することが必要です。
救急医療において、1キロという距離は、どこでも同じ意味を持つわけではありません。道路事情がよく、必要な治療に対応できる病院が受け入れ可能であれば、比較的長い道路距離でも迅速に医療へ到達できる場合があります。反対に、近隣に病院が存在していても、受入調整や転院に時間を要すれば、適切な治療の開始が遅れることがあります。
スーパーやガソリンスタンドが遠くなれば、日常生活の不便が大きくなります。しかし、救急医療へのアクセスが悪化した場合には、生活の利便性だけでなく、生命や健康に関わる結果が生じる可能性があります。もっとも、その影響の大きさは病気の種類や重症度、医療機関の機能、搬送体制によって異なるため、距離の延長だけで健康被害を予測することはできません。
2050年に向けた地方の救急医療を考える際に重要なのは、病院が何施設残るのかという数だけではありません。住民がどこに暮らし、救急車が何分で到着し、どの病院が必要な治療を提供でき、実際に何分で治療を開始できるのかという、地域の医療システム全体を評価することです。
人口減少が進む30年後の地方で、必要な治療を受けるまでの時間が現在より長くなるのか、それとも医療機関の連携や搬送体制の改善によって維持・短縮できるのかは、今後の地域医療政策と医療提供体制の変化に左右されます。その変化を客観的に把握するためには、人口推計だけで将来を判断するのではなく、救急搬送の実績と医療機関の機能を継続的に検証していく必要があります。
地方で将来も安心して生活できるかを考えるうえで、救急医療へのアクセスは、水道、道路、公共交通、買い物環境などと並ぶ重要な生活基盤の一つです。そして、その実態を評価する中心的な指標は、単に病院まで何キロあるかではなく、必要な医療を、必要な時間内に受けられる地域なのかという点にあります。

