地域分析記事

地域の暮らしと地域課題を数学とデータで考える

 地方移住の魅力としてよく挙げられるのが、住宅価格や家賃の安さです。都市部では数千万円する戸建て住宅が、地方では数百万円で売られていることもあり、賃貸住宅についても都市部より低い家賃で広い住宅を借りられる地域があるため、「都市部で家賃を払い続けるより、地方で安い中古住宅を買った方が得なのではないか」と考える人は少なくありません。

 確かに、住宅の購入価格や家賃だけを比べれば、地方移住が大幅に有利に見えるケースがあります。しかし、実際の生活では住宅費だけを支払うわけではなく、自動車、固定資産税、住宅修繕、光熱費、庭や敷地の管理、通院や買い物のための移動、さらに将来その住宅を売却したり処分したりする費用まで含めて考えなければ、本当の経済負担は分かりません。

 そこでこの記事では、60歳前後の夫婦2人が都市近郊の賃貸住宅から地方の中古戸建てへ移住するモデルケースを設定し、住宅、交通、自動車、光熱・水道を中心とした10年間の主要生活固定費を比較します。ここで示す金額は全国共通の平均値ではなく、地方移住の経済性をどのように計算すればよいのかを考えるためのシミュレーションであり、地域、住宅状態、車種、年間走行距離、家族構成などによって結果は大きく変化します。

 なお、今回の基本計算では分かりやすさを優先し、金利、物価上昇、家賃上昇、資金運用による収益などの「お金の時間価値」は直接反映していません。また、食費、通信費、医療費、娯楽費などについても個人差が大きいため中心的な比較から外し、都市近郊と地方で差が生じやすい住宅、交通、自動車、光熱・水道を比較します。

住宅価格だけを比べると地方は大幅に安く見える

 例えば、都市近郊で月8万円の賃貸住宅に住んでいる夫婦が、地方で500万円の中古戸建てを購入するとします。都市近郊で月8万円の家賃を10年間支払えば家賃だけで960万円となるため、500万円の地方住宅と単純に比較すると、地方の方が460万円安く見えます。

8万円 × 12か月 × 10年 = 960万円

960万円 - 500万円 = 460万円

 しかし、この460万円をそのまま地方移住による節約額と考えることはできません。地方住宅を購入すれば、不動産取得時の諸費用、入居前修繕、固定資産税、火災・地震保険、屋根や外壁の修繕、給湯器や給排水設備の交換、庭や敷地の管理などが必要になり、公共交通が少ない地域では夫婦それぞれに自動車が必要になることもあるため、住宅価格の差より自動車費などの差の方が大きくなる可能性もあるからです。

 したがって、地方移住の経済性を見る場合には、「住宅がいくらで買えるか」だけではなく、「その地域で10年間生活するために合計でいくら必要になるか」という視点で比較する必要があります。

全国平均の家賃だけでは移住先を判断できない

 総務省統計局の2023年住宅・土地統計調査によると、借家のうち専用住宅の全国平均家賃は1か月当たり5万9,656円で、2018年と比べ7.1%上昇しています。しかし、この数字は全国平均であり、東京圏などの都市部と地方都市、農村部では家賃水準が大きく異なるほか、同じ自治体の中でも駅からの距離、住宅面積、築年数、駐車場の有無などによって条件は変わります。

 このため、実際に移住を検討する際には、全国平均をそのまま当てはめるのではなく、現在住んでいる地域で実際に負担している家賃と、移住候補地の住宅価格や募集家賃を個別に比較することが重要です。今回は比較を分かりやすくするため、都市近郊の家賃を月8万円と仮定します。

今回のモデルケース

都市近郊で暮らし続ける場合

項目 条件
世帯 60歳前後の夫婦2人
住宅 賃貸住宅
家賃 月8万円
更新料等 2年ごとに8万円
駐車場 月1万2,000円
自動車 1台
年間走行距離 6,000キロメートル
買い物 自動車、徒歩、公共交通
病院 自動車または公共交通で20分以内
比較期間 10年間

地方へ移住する場合

項目 条件
世帯 同じ夫婦2人
住宅 中古戸建て購入
購入価格 500万円
建物 築35年の木造戸建て
土地 250平方メートル
入居前修繕 200万円
自動車 普通車1台+軽自動車1台
年間走行距離 2台合計1万5,000キロメートル
買い物 自動車で片道10キロメートル程度
病院 自動車で片道20キロメートル程度
比較期間 10年間
10年後 住宅を売却すると仮定

 このモデルでは、食費や通常の日用品費については都市近郊と地方で大きく変わらないものとして比較から外しますが、実際には近隣店舗の価格、宅配利用、家庭菜園などによって差が生じるため、個別の移住計画では必要に応じて追加して計算する必要があります。

都市近郊で10年間暮らす住宅費

 家賃月8万円を10年間支払えば960万円となり、これに2年ごとの更新料を4回として32万円、2年間で2万円程度の火災保険等を5回として10万円、10年後の退去時負担を10万円と仮定すると、住宅関係の支出は合計1,012万円になります。

項目 10年間
家賃 960万円
更新料等 32万円
火災保険等 10万円
退去時負担 10万円
合計 1,012万円

 賃貸住宅では10年間家賃を払い続けても土地や建物は資産として残りませんが、その一方で、固定資産税や屋根、外壁、給排水設備などの大規模修繕を直接負担する必要はなく、仕事や家族構成、健康状態など生活条件が変化した場合にも比較的容易に転居できるという利点があります。

地方住宅では500万円の住宅が500万円では済まない

 地方で500万円の中古住宅を購入するとしても、実際の初期費用は購入価格だけではありません。登記関係費用、税金、司法書士報酬、不動産仲介関係費用、建物調査などを合わせて80万円、さらに築35年の住宅を最低限安心して使用するための入居前修繕を200万円と仮定します。

入居前修繕 試算額
屋根・雨どい 40万円
外壁補修 20万円
台所 35万円
浴室・給湯設備 45万円
トイレ 20万円
床・内装 20万円
電気・水道 20万円
合計 200万円

 購入価格500万円に購入諸費用80万円、入居前修繕200万円を加えると、入居までに必要な住宅関係費用は780万円となります。

500万円 + 80万円 + 200万円 = 780万円

 低価格の中古住宅では、住宅本体の価格が安いからといって登記、仲介、調査などの費用まで比例して安くなるとは限らず、結果として購入価格に対する諸費用の割合が高くなることがあります。そのため、「500万円の家だから600万円程度あれば十分」と考えるのではなく、購入前に諸費用と修繕費を分けて見積もる必要があります。

地方住宅では購入後も維持費が続く

 住宅を所有すると、購入後も固定資産税、火災・地震保険、敷地管理、小修繕などの支出が継続します。今回のモデルでは、固定資産税等を年間6万円、火災・地震保険等を5万円、草刈りや庭木管理を5万円、浄化槽管理を4万円、小修繕を5万円とし、年間25万円、10年間で250万円とします。

項目 年間 10年間
固定資産税等 6万円 60万円
火災・地震保険等 5万円 50万円
草刈り・庭木管理 5万円 50万円
浄化槽管理 4万円 40万円
小修繕 5万円 50万円
合計 25万円 250万円

 ここで注意したいのは、固定資産税は中古住宅の購入価格から単純に決まるわけではなく、固定資産税評価額、土地や建物の条件、住宅用地に対する軽減などによって変わることです。そのため、実際の購入判断では売主側の課税明細などを確認することが重要であり、下水道が整備されている地域では浄化槽管理費が不要になる一方、上下水道料金や地域特有の負担が生じる場合もあります。

築35年住宅では臨時修繕も考えておく

 中古住宅では、購入時に一定の修繕を行ったとしても、その後10年間に設備の故障や追加補修が発生する可能性があります。今回のモデルでは、購入時に交換していない設備や、その後の使用によって新たに劣化した部分を対象として、10年間で150万円の追加修繕を見込みます。

時期 内容 試算額
3年目頃 空調・給湯関連など 25万円
5年目頃 浄化槽・排水関係 20万円
7年目頃 外壁・雨どい補修 25万円
9年目頃 給排水設備 30万円
随時 その他の故障・補修 50万円
合計 150万円

 実際の修繕額は住宅の状態によって大きく変わり、屋根、基礎、配管などに重大な問題があれば数百万円単位の追加費用になることもありますが、反対に、購入前に十分な改修が行われている住宅であれば今回の150万円を大きく下回る可能性もあります。したがって、築年数だけを見るのではなく、建物の状態と過去の修繕履歴を確認することが重要です。

10年後にいくらで売れるかが大きな変数になる

 持ち家と賃貸を比較するときには、住宅購入に支払った金額だけでなく、10年後にどの程度の資産価値が残っているかも考える必要があります。今回のモデルでは、500万円で購入した住宅を10年後に300万円で売却し、仲介、片付け、登記その他の売却関連費用として50万円かかると仮定するため、売却手取額は250万円となります。

300万円 - 50万円 = 250万円

 ただし、この250万円は保証された金額ではなく、地方住宅の将来価格は人口動態、駅や商業施設との距離、土地価格、接道状況、上下水道、災害リスク、建物状態などに強く左右されます。特に低価格地域では建物価格がほぼゼロになり、土地そのものの価値が住宅全体の売却価格を左右することもあるため、「500万円で購入したのだから10年後にも300万円程度では売れるだろう」と考えるのは危険です。

 実際の移住計画では、国土交通省の不動産情報などを使って候補地域の実際の取引価格を確認し、将来売却価格については強気、標準、慎重という複数の条件で試算する方が安全です。

地方住宅の10年間の住宅負担

項目 試算額
購入価格 500万円
購入諸費用 80万円
入居前修繕 200万円
10年間の維持費 250万円
追加修繕 150万円
支出合計 1,180万円
10年後売却手取 ▲250万円
売却手取控除後負担 930万円

 都市近郊の賃貸住宅が1,012万円であるのに対し、地方住宅は930万円となるため、住宅だけを比較すれば地方の方が82万円少なくなります。しかし、その差は10年間で82万円、1か月当たりでは約6,800円にすぎません。

 最初に「都市近郊の家賃960万円」と「地方住宅の購入価格500万円」だけを比べた段階では460万円の差がありましたが、購入諸費用、修繕、税金、維持管理、売却価値まで含めると差は82万円まで縮小します。このことからも、地方移住の経済性を住宅の表示価格だけで判断すると、実際の負担を大きく見誤る可能性があることが分かります。

地方移住の損得を大きく左右する自動車

 地方移住では、住宅費以上に自動車が家計を左右する場合があります。都市近郊では夫婦で1台を共有し、徒歩や公共交通を併用できる家庭であっても、地方では勤務先、買い物、通院などの時間が異なるため、夫婦それぞれに自動車が必要になることがあるからです。

 政府の家計調査でも、自動車購入、燃料、整備、自動車保険などは自動車等関係費として家計支出の重要な一分野となっていますが、全国平均には自動車を保有していない世帯や購入時期の異なる世帯も含まれます。このため、地方移住を検討するときには平均額をそのまま使用するより、必要な台数と実際の年間走行距離を設定して計算する方が適切です。

都市近郊の自動車・交通費

項目 年間相当額 10年間
車両購入・買替え相当 25万円 250万円
燃料費 8万円 80万円
自動車保険 6万円 60万円
税金・車検 7万円 70万円
整備・タイヤ 5万円 50万円
駐車場 14万4,000円 144万円
公共交通費 6万円 60万円
合計 714万円

地方の自動車・交通費

項目 年間相当額 10年間
2台の購入・買替え相当 40万円 400万円
燃料費 20万円 200万円
自動車保険 11万円 110万円
税金・車検 12万円 120万円
整備・タイヤ 9万円 90万円
駐車場 0円 0円
公共交通費 2万円 20万円
合計 940万円

 この条件では、地方の自動車・交通費は都市近郊より10年間で226万円高くなります。住宅では地方が82万円有利でしたが、自動車・交通費では226万円不利になるため、住宅費と交通費を合わせると地方側が144万円高くなり、住宅価格の安さだけでは自動車2台分の負担を吸収できない結果になります。

940万円 - 714万円 = 226万円

226万円 - 82万円 = 144万円

自動車を2台から1台へ減らせれば結果は大きく変わる

 地方でも夫婦で1台を共有できるのであれば、2台目の車両購入費、自動車保険、税金、車検、整備などを削減できます。ただし、自動車を2台から1台にしたからといって地方で必要な走行距離そのものが半分になるわけではなく、買い物や通院までの距離は変わらないため、燃料費については2台目の費用をそのまま全額削減できると考えるのではなく、1台へ集約した後の年間走行距離を改めて計算する必要があります。

 今回、説明用として2台目を持つことによる追加負担を10年間で約300万円と置けば、地方側の総負担は2,270万円から1,970万円へ低下し、都市近郊の2,046万円より76万円少なくなります。

2,270万円 - 300万円 = 1,970万円

2,046万円 - 1,970万円 = 76万円

 このように、自動車を何台保有しなければならないかは、地方移住の経済性を大きく左右します。「地方だから安いか」という比較よりも、移住候補地で夫婦それぞれに自動車が必要なのか、1台を共有できるのかという生活動線の方が、実際の家計には大きな意味を持つ場合があります。

地方の戸建ては光熱費が安いとは限らない

 地方では住宅価格が安くても、都市部の集合住宅より住宅面積が広くなりやすく、築年数の古い戸建てでは断熱性能が低い場合もあります。環境省の家庭部門の調査でも、戸建住宅世帯は集合住宅世帯より年間のエネルギー支払額が高い傾向が確認されているため、地方へ移住すれば光熱費まで自動的に下がると考えるのは適切ではありません。

 今回のモデルでは、電気・ガス、水道その他を合わせて都市近郊を年間32万円、地方を年間40万円と仮定します。

項目 都市近郊 地方
電気・ガス等 年24万円 年30万円
水道・設備関連 年8万円 年10万円
年間合計 32万円 40万円
10年間 320万円 400万円

 この金額は全国統計から直接導いた平均値ではなく、あくまで今回のモデルにおける説明用の仮定です。実際の光熱費は気候、住宅面積、断熱性能、給湯方式、太陽光発電の有無などによって大きく異なるため、個別の移住計画では現在の実績値と候補住宅の条件から推定する必要があります。

住宅・交通・光熱費を合計すると地方が224万円高くなる

項目 都市近郊 地方
住宅 1,012万円 930万円
自動車・交通 714万円 940万円
光熱・水道等 320万円 400万円
10年間合計 2,046万円 2,270万円

 今回設定した条件では、地方移住後の主要生活固定費は10年間で2,270万円となり、都市近郊の2,046万円より224万円高くなります。10年間で224万円という差は、1年当たりでは22万4,000円、1か月当たりでは約1万8,700円に相当します。

224万円 ÷ 120か月 = 約1万8,700円

 ただし、この224万円は「地方移住すると平均して224万円高くなる」という統計的な結論ではありません。家賃8万円、地方住宅500万円、入居前修繕200万円、自動車2台、年間走行距離1万5,000キロメートル、10年後の売却手取250万円など、今回設定した条件を前提とした結果であり、条件が一つ変わるだけでも結論が逆転する可能性があります。

 したがって、この記事で重要なのは224万円という金額そのものではなく、住宅修繕、自動車台数、光熱費、将来売却価格などのどの要因が、地方移住の負担をどの程度増減させているのかを把握することです。

都市近郊の家賃はいくらなら損益が逆転するのか

 今回のモデルでは都市近郊の家賃を月8万円としていますが、その他の条件を変えず、更新料も家賃1か月分として連動すると仮定すると、地方側の2,270万円とほぼ同じになる都市近郊の家賃は月約9万8,000円です。

 したがって、このモデルでは都市近郊の家賃が月8万円程度であれば地方側の方が高くなりますが、家賃が月10万円前後になると両者の総負担は近づき、それを超えて高くなるほど地方移住が金銭的に有利になりやすくなります。逆に言えば、「地方住宅が500万円だから安い」と判断するより、現在支払っている家賃、駐車場代、自動車台数などを使って自分自身の損益分岐点を計算する方が、実際の移住判断には有効です。

移動時間や住宅管理時間も生活上のコストになる

 金銭支出とは別に、地方生活では買い物、通院、行政手続、庭や住宅の管理に時間を使う場合があります。例えば、地方移住によって買い物に週1時間、通院・薬局に月2時間、行政・金融関係に月1時間、住宅・敷地管理に月4時間の追加時間が発生すると仮定すると、年間136時間、10年間では1,360時間になります。

 この時間を仮に1時間1,500円で評価すると204万円相当になりますが、これは実際に204万円を支払うという意味ではなく、退職後の時間を1時間いくらと評価するかも人によって大きく異なります。そのため、現金支出2,270万円に204万円をそのまま加えるのではなく、10年間で1,360時間を運転や住宅管理に使う生活を本人が負担と感じるのか、それとも庭仕事や運転を生活の一部として楽しめるのかを考えるための参考値として扱う方が適切です。

都市部で通勤している場合は逆方向の時間効果もある

 地方移住によって退職したり在宅勤務へ移行したりするのであれば、都市部での通勤時間が減少する可能性があります。総務省の2021年社会生活基本調査でも、神奈川県、千葉県、東京都、埼玉県などでは平日の通勤・通学時間が長い傾向が示されており、都市近郊で長時間通勤をしている人にとっては、地方移住によって失われる時間より、取り戻せる時間の方が大きくなる場合があります。

 仮に現在の往復通勤時間が1時間30分、年間勤務日数が240日であれば、年間の通勤時間は360時間、10年間では3,600時間になります。

1.5時間 × 240日 × 10年 = 3,600時間

 地方移住によってこの時間が大幅に減るのであれば、買い物や通院のための移動時間が増えても、生活全体の移動時間は減少する可能性があります。そのため、時間を比較するときには、地方移住によって新たに増える時間だけでなく、通勤や混雑など移住によって減少する時間も同時に計算する必要があります。

20年、30年住めば購入が必ず有利になるわけではない

 住宅購入時の登記費用や仲介費用などは一度だけ発生するため、同じ住宅に長期間住めば1年当たりの初期費用は小さくなり、この意味では3年から5年で再移住する場合より20年以上住む方が住宅購入の経済性は高くなりやすいと考えられます。

 しかし、居住期間が長くなるほど、屋根、外壁、給排水設備、浴室、給湯器などの大規模修繕が必要になる可能性も高くなるため、「長く住めば必ず購入の方が安い」と単純には言えません。特に60歳前後で地方へ移住する場合には、10年間だけではなく、その後75歳、80歳となったときにもその住宅で暮らし続けるのか、途中でより便利な地域へ再移住するのかまで含めて考える必要があります。

お金の時間価値を考えると比較はさらに複雑になる

 今回の基本計算では、現在支払う100万円と10年後に受け取る100万円を同じ金額として扱っていますが、金融的には現在のお金と将来のお金の価値は同じではありません。例えば年2%程度の割引率で考えると、10年後に受け取る250万円の現在価値は約205万円となるため、10年後の住宅売却手取を現在の250万円と同じ価値として扱う今回の単純計算は、購入側をやや有利に見せる可能性があります。

 一方で、都市近郊の家賃960万円も全額を現在支払うわけではなく、10年間にわたって支払うため、こちらも現在価値へ換算しなければ厳密な比較にはなりません。より精密に比較する場合には、NPV(Net Present Value・正味現在価値)を用いて各年の支出と10年後の売却収入を現在価値へ換算する方法がありますが、一般的な移住判断では、まず現在価格による10年間の総負担を比較し、必要に応じて金利や資金運用の影響を加える方法でも実用上は十分です。

地方移住の3つのシナリオ

 地方住宅では、修繕費、自動車台数、将来売却価格などの不確実性が大きいため、一つの条件だけで判断せず、楽観、標準、慎重という複数のシナリオを作る方が安全です。

条件 楽観 標準 慎重
入居前修繕 50万円 200万円 400万円
自動車 1台 2台 2台
追加修繕 80万円 150万円 300万円
10年後売却手取 400万円 250万円 50万円
10年間総負担 約1,600万円 約2,270万円 約2,820万円

 標準シナリオ2,270万円に対して、慎重シナリオでは入居前修繕が200万円増え、追加修繕が150万円増え、10年後の売却手取が200万円減るため、10年間総負担は約2,820万円になります。このように、地方移住の経済性は住宅購入価格そのものより、修繕費、自動車台数、売却可能性といった条件によって大きく変化するため、標準条件だけではなく、慎重シナリオになっても家計を維持できるかを確認することが重要です。

地方移住が有利になりやすい条件

 今回の標準モデルでは地方側が224万円高くなりましたが、自動車を1台で生活できる、入居前修繕が少なくて済む、都市部で高い家賃や駐車場代を支払っている、比較的長期間居住する予定がある、将来も一定の住宅価値が残るといった条件が重なるほど、地方移住は金銭的に有利になりやすくなります。

 例えば、都市部の駐車場代が今回の月1万2,000円ではなく月3万円であれば、10年間では360万円となり、今回の条件より216万円増えることになります。この差だけでも標準モデルにおける地方側の224万円の不利の大部分が解消されるため、現在の家賃と駐車場代が高い世帯ほど、地方移住による住宅・駐車費の削減効果は大きくなります。

 反対に、地方でも自動車を2台保有しなければならず、築古住宅で大規模修繕が必要となり、さらに10年後にはほとんど売却できないという条件が重なれば、住宅の購入価格そのものが安くても、総負担では都市近郊を大きく上回る可能性があります。

60歳前後の移住では自動車を運転できなくなった後も考える

 60歳で地方へ移住する場合、今回の10年間比較が終わる70歳前後は、まだその後の生活が長く続く可能性があります。現在は夫婦とも問題なく自動車を運転できたとしても、75歳、80歳となったときに同じような生活を続けられるとは限らないため、現在スーパーまで自動車で15分だから問題ないという判断だけでは不十分です。

 将来自動車を運転しなくなった場合でも食品を購入できるのか、病院や薬局へ行けるのか、タクシーやデマンド交通を利用できるのか、食品宅配や移動販売が利用できるのかといった条件まで確認する必要があります。また、自治体に地域交通制度が存在していても、自宅の地区が運行区域外であったり、利用できる曜日や時間帯が限られていたりする場合があるため、「地域交通がある」という名称だけで判断せず、自宅から病院やスーパーまで実際に利用可能かを確認することが重要です。

移住前には実際の生活動線を試す

 地図上でスーパーまで10キロメートル、病院まで20キロメートルと表示されていても、実際の生活負担は距離だけでは決まりません。道路幅、信号、渋滞、坂道、積雪、夜間の暗さ、ガソリンスタンドの位置、病院や商業施設の駐車場から入口までの距離などによって、同じ10キロメートルでも負担は大きく変わります。

 そのため、移住候補地を訪れる際には観光地だけを見るのではなく、実際に朝の時間帯にスーパーへ行き、病院まで運転し、夜間や雨天時にも道路状況を確認すると、移住後の生活を具体的に想像しやすくなります。可能であれば数日から数週間程度試住し、買い物、通院、給油、ごみ出しなどの日常生活を実際に体験する方が、住宅価格や地図だけを見て判断するより移住後の生活とのずれを小さくできます。

費用が高くても地方移住が合理的な場合はある

 今回の標準モデルでは地方移住の方が10年間で224万円高くなりましたが、これは地方移住に価値がないという意味ではありません。月額に換算すれば約1万8,700円であり、その追加負担によって広い住宅、庭、静かな環境、趣味の作業空間、ペットとの生活、自然環境などが得られるのであれば、その人にとって十分に合理的な支出になる可能性があります。

 一方で、住宅が安いという理由だけで移住したものの、実際には毎日の運転、草刈り、住宅修繕、買い物や通院の移動を負担に感じるのであれば、金銭面だけでなく生活満足度の面でも不利になる場合があります。したがって、移住判断では金額と生活価値を一緒にして考えるのではなく、まず10年間に必要となる金額を計算したうえで、「その差額を支払ってでも得たい暮らしなのか」と考える方が整理しやすくなります。

地方移住で重要なのは住宅価格ではなく総負担

 今回のモデルケースでは、都市近郊の住宅、自動車・交通、光熱・水道を合わせた10年間の主要生活固定費は2,046万円となり、地方移住後は2,270万円となったため、標準条件では地方側が224万円高くなりました。しかし、この差を生んだ主要因は500万円という住宅購入価格ではなく、住宅修繕、自動車2台の保有、戸建住宅の光熱・管理負担であり、逆に自動車を1台で生活できる地域を選び、状態の良い住宅を購入し、現在の都市部で高い家賃や駐車場代を支払っているのであれば、地方側が有利になる可能性があります。

 したがって、地方移住を検討するときに確認すべきなのは「地方の家はいくらで買えるのか」という一点ではありません。現在の住宅費、自動車費、交通費、光熱費を実績から把握したうえで、移住後に必要となる住宅取得費、維持管理費、自動車費、10年間の臨時修繕、さらに10年後の売却や再移住までを同じ条件で比較することが重要です。

 地方移住は必ず生活費が安くなる方法でもなければ、必ず都市生活より不便になる選択でもありません。住宅、交通、家族構成、仕事、年齢、健康状態、地域の利便性、将来の住み替えまで含めて考えて初めて、その人にとって経済的に合理的な移住なのかを判断できます。

 特に60歳前後からの移住では、現在から10年間だけを見るのではなく、70歳、75歳、80歳になったときにもその住宅と地域で暮らし続けられるかという視点が欠かせません。住宅価格の安さは地方移住を考える入口の一つにすぎず、本当に比較すべきなのは、その場所で長く暮らし続けるために必要となる住宅、交通、維持管理を含めた総負担なのです。

参考にした主な公的統計・制度資料

 家賃については総務省統計局「2023年住宅・土地統計調査」、通勤・通学時間については総務省統計局「2021年社会生活基本調査」、住宅形態別のエネルギー支出については環境省「家庭部門のCO2排出実態統計調査」、地域別の不動産取引価格については国土交通省「不動産情報ライブラリ」などを参考にしています。

 ただし、これらの全国統計は個々の移住世帯の費用を直接示すものではなく、実際に移住を検討するときには全国平均よりも、現在の家計実績と移住候補地の住宅価格、税金、交通条件、修繕見積りを使って個別に計算することが重要です。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

はじめまして。

このたび、地方地域の暮らしや事業、移住、空き家、交通などについて考えるブログを始めることにしました。

地方で暮らしていると、日常の中でさまざまな疑問や困りごとに出会います。

たとえば、次のような問題です。

  • 空き家を所有しているが、どのように管理すればよいのか
  • 地方へ移住したいが、実際の生活費がどれくらいかかるのか
  • 自動車が必要なのか、それとも別の移動手段で暮らせるのか
  • 高齢になっても現在の場所で生活を続けられるのか
  • 地域で小さな事業を始める余地があるのか
  • 人口減少が地域の暮らしにどのような影響を与えるのか
  • 行政や民間のサービスを、どのように選べばよいのか

これらの問題には、全国共通の部分があります。

しかし、実際の状況は地域によって大きく異なります。

人口規模、年齢構成、公共交通、医療機関、商店、道路、住宅価格、観光需要、災害リスクなどが異なれば、同じ問題であっても適切な答えは変わります。

このブログでは、地方地域が抱える課題について、単なる一般論ではなく、できるだけ具体的な数字や条件を使って考えていきます。

このブログを始めた理由

地方に関する情報は、インターネット上にも数多く掲載されています。

一方で、実際に調べてみると、次のような情報も少なくありません。

  • 地方暮らしの良い面だけを強調した情報
  • 不便さや将来負担を必要以上に強調した情報
  • 全国平均だけで説明している情報
  • 実際の費用や条件が分からない情報
  • 最終的に何を基準に判断すればよいのか分からない情報

地方暮らしには、良い面もあれば不便な面もあります。

住宅費が比較的低い地域でも、自動車の維持費がかかる場合があります。

自然環境が豊かでも、医療機関や商店まで距離があるかもしれません。

空き家を安く購入できても、修繕費、固定資産税、草刈り、害虫対策などの管理費用が必要になることがあります。

そのため、表面的な価格や印象だけで判断するのは危険です。

このブログでは、メリットとデメリットの両方を整理し、実際に判断するための材料を提供することを目指します。

地域の問題を数字から考える

地方の課題は、人の感覚や経験だけでは十分に把握できない場合があります。

そこで重要になるのが、数字やデータです。

たとえば、地方への移住を検討する場合には、住宅価格だけでなく、次のような費用を考える必要があります。

項目 確認する内容
住居費 購入費、家賃、修繕費、固定資産税
交通費 自動車購入費、燃料費、保険料、車検費用
医療費 通院距離、交通手段、診療科の有無
生活費 食料品、日用品、光熱費
通信費 携帯電話、インターネット回線
災害対策費 保険、避難用品、住宅補強
将来負担 建物の老朽化、免許返納後の移動手段

住宅価格が都市部より500万円安かったとしても、自動車を2台所有し、毎年多額の維持費がかかれば、長期的な負担は大きくなります。

反対に、住宅費が多少高くても、徒歩圏内に商店、病院、駅などがそろっていれば、将来の生活負担を抑えられる可能性があります。

重要なのは、一つの数字だけで結論を出さないことです。

複数の費用や条件を組み合わせ、5年後、10年後、さらに高齢になった後まで考える必要があります。

数学や統計は、地域の暮らしにも役立つ

数学や統計というと、学校の試験や専門的な研究を思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし、数学や統計は、日常生活や地域の課題を整理するためにも活用できます。

たとえば、次のような分析が考えられます。

費用の比較

住宅、自動車、修繕、移動などにかかる費用を年単位で比較します。

初期費用が安くても、維持費が高ければ、長期的には割高になる場合があります。

人口構成の確認

地域全体の人口だけでなく、年齢別の人口を確認します。

人口が同じ1万人の地域でも、子育て世帯が多い地域と、高齢者が多い地域では、必要とされるサービスが異なります。

距離と時間の分析

自宅から病院、スーパー、駅、行政機関までの距離を確認します。

地図上では近く見えても、道路状況や交通手段によって、実際の移動時間は大きく異なります。

リスクの整理

災害、建物の老朽化、交通事故、空き家管理などについて、発生する可能性と影響の大きさを分けて考えます。

すべてのリスクをなくすことはできませんが、優先順位を付けることはできます。

選択肢の比較

複数の候補について、価格、安全性、利便性、将来性などの項目を比較します。

感覚だけでは決めにくい問題も、評価項目を整理することで判断しやすくなります。

数学や統計は、必ず一つの正解を出すものではありません。

むしろ、複雑な問題を整理し、より納得できる判断をするための道具だと考えています。

このブログで扱う予定のテーマ

今後、このブログでは、主に次のようなテーマを扱っていく予定です。

空き家と住宅

地方では空き家が増えています。

一方で、空き家は安価な住宅として活用できる可能性もあります。

ただし、購入価格だけでなく、修繕費、管理費、相続、境界、接道、給排水など、多くの確認事項があります。

このブログでは、空き家の購入、所有、管理、売却などについて、実際に確認すべき項目を整理します。

移住と地方暮らし

地方移住は、生活費を抑えられる可能性がある一方、交通、医療、買い物、仕事などの課題があります。

移住先を選ぶときには、観光で訪れた印象だけでなく、平日の生活、雨の日、冬季、高齢になった後の暮らしまで想像する必要があります。

移住前に確認すべき条件や、生活費の考え方などを取り上げます。

自動車と地域交通

地方では、自動車が重要な移動手段になっている地域が多くあります。

しかし、自動車は購入費だけでなく、燃料費、任意保険、税金、車検、整備、タイヤなどの費用がかかります。

高齢になって運転をやめた場合の移動手段も、早い段階から考えておく必要があります。

自動車の維持費や、公共交通、送迎、タクシーなどとの比較を行います。

地域の人口と生活サービス

人口減少は、単に住民の人数が減るだけの問題ではありません。

商店、病院、学校、公共交通、行政サービス、地域活動などにも影響します。

人口統計や年齢構成を確認しながら、地域の変化を考えます。

地方での小さな事業

地方には、都市部とは異なる需要があります。

大規模な市場は期待できなくても、地域住民が抱えている小さな不便を解決することで、継続的な事業になる可能性があります。

ただし、需要があることと、実際に料金を支払ってもらえることは別の問題です。

市場規模、必要経費、作業時間、価格設定などを現実的に分析します。

このブログで大切にすること

このブログでは、次の点を大切にします。

不安を過度に煽らない

空き家、人口減少、高齢化、災害などは、深刻な問題です。

しかし、不安を煽るだけでは、適切な判断にはつながりません。

問題の大きさだけでなく、対応方法や選択肢も示します。

良い面だけを強調しない

地方暮らしや移住を過度に理想化することも避けます。

実際の生活には、移動、医療、買い物、地域関係、住宅管理などの負担があります。

良い面と不便な面を分けて整理します。

数字の前提条件を明確にする

費用や人口などの数字は、条件によって変わります。

平均値だけを示すのではなく、どのような条件で計算した数字なのかを明確にします。

最終的な判断基準を示す

情報を並べるだけでは、読者が判断できません。

記事ごとに、何を確認し、どのような順番で判断すればよいのかを整理します。

地域による違いを意識する

地方といっても、県庁所在地に近い地域、観光地、農村、漁村、山間部、沿岸部などでは状況が異なります。

全国共通の話だけでなく、地域ごとの条件を考えます。

地方の課題には、一つの正解がない

地方の暮らしや事業に関する問題には、多くの場合、一つの正解はありません。

自動車が必要かどうかは、年齢、家族構成、通勤、買い物、通院などによって変わります。

空き家を残すか売却するかも、建物の状態、立地、相続人、管理負担などによって異なります。

移住すべきかどうかも、収入、健康状態、人間関係、生活目的によって判断が変わります。

そのため、このブログでは「必ずこうすべきだ」と断定するのではなく、判断に必要な条件を整理していきます。

読者の方が、自分自身の状況に当てはめて考えられる内容を目指します。

まず確認したい基本項目

地方での暮らしや事業について考えるときは、まず次の項目を確認すると整理しやすくなります。

  • 現在の年齢と家族構成
  • 収入と毎月の支出
  • 住居の所有状況
  • 自動車の所有台数
  • 通勤、通院、買い物の頻度
  • 最寄りの病院、商店、駅までの距離
  • 5年後、10年後の生活変化
  • 高齢になった後の移動手段
  • 災害や住宅老朽化への備え
  • 困ったときに相談できる相手や事業者

これらを整理するだけでも、自分が本当に検討すべき問題が見えやすくなります。

まとめ

このブログでは、地方地域の暮らしや課題について、数字、条件、費用、時間、距離などを使いながら考えていきます。

扱う予定のテーマは、空き家、移住、住宅、自動車、交通、人口、地域サービス、小規模事業などです。

地方には、都市部にはない魅力があります。

一方で、交通、医療、住宅管理、人口減少などの現実的な課題もあります。

大切なのは、良い面だけを見ることでも、問題を必要以上に恐れることでもありません。

自分の状況に必要な情報を集め、条件を比較し、納得できる判断をすることです。

このブログが、地方で暮らしている方、地方への移住を考えている方、空き家や地域の問題を抱えている方にとって、考えるための材料になれば幸いです。

今後、地域の暮らしに関するさまざまなテーマを、一つずつ具体的に取り上げていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。


地方での暮らし、空き家、移住、交通、地域データなどについて、整理が難しい課題がありましたら、関連するサービスページもご覧ください。

個別の状況によって判断条件は異なりますので、必要に応じてお問い合わせページからご相談いただけます。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 地方にある実家や親族の家を相続したものの、今後どのように扱えばよいのか分からず、そのままになっているケースは少なくありません。空き家には、「売却する」「賃貸住宅として貸す」「空き家のまま持ち続ける」「建物を解体する」という代表的な選択肢がありますが、売却価格や家賃だけを比べても、どの方法が有利なのかは判断できません。

 売却には仲介費用や残置物処分費がかかり、賃貸には改修費、空室、修繕費などのリスクがあります。保有を続ければ固定資産税や管理費が毎年発生し、解体すればまとまった工事費が必要になるうえ、住宅用地に対する固定資産税の軽減措置が受けられなくなる場合があります。

 そこで本記事では、地方にある一般的な戸建て住宅を一つのモデルとして設定し、10年間という同じ期間で複数の選択肢を比較します。ただし、ここで使用する価格、家賃、修繕費、入居率などは全国平均を表す統計値ではなく、比較方法を説明するための仮定です。「地方」といっても、駅周辺、郊外住宅地、農村部、別荘地、観光地などでは不動産市場が大きく異なるため、実際の判断には所在地ごとの価格や需要を調べる必要があります。

空き家は時間がたっても同じ状態では残らない

 空き家を考えるうえで注意したいのは、「今すぐ困っていないので、そのままにしておけばよい」と考えてしまうことです。人が住まなくなった住宅では換気や日常的な点検が行われなくなり、湿気、雨漏り、配管、害虫、庭木、外壁などの問題が発見されにくくなります。建物の劣化が進めば、将来の売却価格や賃貸可能性が低下することもあります。

 さらに、倒壊、外壁材などの落下、害虫・害獣、不法侵入といった問題が生じれば、所有者だけでなく近隣住民にも影響が及びます。2023年12月に施行された改正空家法では、放置すれば「特定空家」になるおそれがある住宅について「管理不全空家」という仕組みが設けられ、市区町村の勧告を受けた場合には、土地に対する住宅用地の固定資産税等の特例が適用されなくなることがあります。

 つまり、「何もしない」という状態も実際には一つの経済的な選択であり、その選択にも毎年費用とリスクが発生します。

今回比較する5つの方法

 空き家の処分を考える際には、最初から一つの方法に決めるのではなく、できるだけ同じ条件で複数の方法を比較する必要があります。本記事では、従来の4つの方法に「解体してすぐ売却する」を加え、次の5つを比較します。

選択肢 主な利点 主な負担・リスク
現状のまま売却 管理負担を早期に終了できる 売却価格が低い、買い手が見つからない
改修して賃貸 家賃収入を得られる 改修費、空室、修繕、入居者対応
空き家のまま保有 将来自分や家族が利用できる 税金、管理費、老朽化
解体して保有 建物事故のリスクを減らせる 解体費、土地管理費、税負担
解体してすぐ売却 土地として売りやすくなる場合がある 解体費を回収できる保証がない

 比較するときには、初期費用だけでなく、年間維持費、固定資産税、保険料、修繕費、空室、仲介費、現地管理にかかる時間と交通費、10年後に残る資産価値などまで含める必要があります。

今回のモデル物件

 比較のため、次のような空き家を仮定します。

項目 想定条件
建物 木造2階建て
築年数 約40年
延べ床面積 約100平方メートル
土地面積 約250平方メートル
現在の状態 数年間空き家
現在の売却想定価格 300万円
賃貸想定家賃 月額5万円
現在の固定資産税等 年額6万円
所有者の居住地 空き家まで片道約1時間30分
比較期間 10年間

 固定資産税等の金額は説明のための仮定です。実際の税額は固定資産税評価額、土地と建物の評価、土地面積、都市計画税の有無、住宅用地特例などによって変わります。また、売却価格300万円や家賃5万円も全国相場を示すものではなく、同じ築年数や広さでも、駅、道路、駐車場、上下水道、災害リスク、建物状態、地域人口などによって大きく異なります。

選択肢1 現状のまま売却する

管理負担を早期に終了できることが最大の利点

 空き家を売却する最大の利点は、売却が成立すれば、その後の固定資産税、草刈り、見回り、修繕などの負担から原則として離れられることです。売却価格が低いと「安く手放すのは損だ」と感じやすいものの、所有を続ければ毎年費用が発生するため、売却価格だけで判断することはできません。

 仮に年間20万円前後の管理費が発生する住宅であれば、10年間で200万円前後になります。これに屋根、外壁、給排水設備などの修繕が加われば、低価格であっても早期売却した方が総負担を抑えられる場合があります。

売却時の試算

項目 金額
売却価格 3,000,000円
仲介・契約関係費用 ▲250,000円
残置物処分 ▲400,000円
登記・書類等 ▲150,000円
簡易清掃・修繕 ▲200,000円
売却時概算収支 2,000,000円

 さらに、売却までに1年間を要し、その間に固定資産税、草刈り、見回りなどで15万円かかったと仮定すると、売却による概算収支は185万円となります。

 ただし、この185万円は「税引前概算収支」です。譲渡所得が生じた場合の所得税・住民税などは含めていません。売却価格だけでなく取得費、譲渡費用、所有期間、利用できる税制特例などによって税額が変わるため、実際の手取り額は個別に確認する必要があります。

相続登記にも注意が必要

 相続した空き家が亡くなった人の名義のままになっている場合には、売却前に相続関係を整理する必要があります。2024年4月1日から相続登記が義務化され、不動産を相続したことを知った日などから原則3年以内に申請する必要があり、正当な理由なく義務に違反した場合には10万円以下の過料の対象となる可能性があります。

選択肢2 改修して賃貸する

家賃5万円でも年間60万円がそのまま利益になるわけではない

 月額5万円で貸すことができれば、満室なら年間60万円、10年間で600万円の家賃収入になります。しかし、築40年前後の戸建て住宅を賃貸する場合には、入居前の改修、管理委託、固定資産税、保険、設備故障、退去時修繕、空室などが発生するため、家賃の総額をそのまま売却価格と比較することはできません。

 特に重要なのは、入居前に必要となる改修費です。給湯器、水道管、排水管、浴室、トイレ、台所、電気設備、雨漏り、シロアリ、床、エアコンなどの状態によっては、数百万円規模の改修が必要になることがあります。

入居率85%で計算する

 今回は賃貸開始前の改修費を200万円、10年間の入居率を85%と仮定します。

月額家賃5万円 × 12か月 × 10年間 × 入居率85% = 510万円

 したがって、10年間に受け取る家賃の総額は510万円となります。

項目 10年間の金額
家賃収入 5,100,000円
初期改修費 ▲2,000,000円
固定資産税等 ▲600,000円
管理委託費等 ▲510,000円
保険・点検等 ▲300,000円
追加修繕費 ▲800,000円
退去時費用等 ▲300,000円
10年間の税引前賃貸収支 590,000円

 この試算では、10年間の税引前賃貸収支は59万円となります。ただし、賃貸の場合には10年後にも土地と建物が残るため、59万円だけで売却と比較することはできません。

10年後の資産価値は同じ条件で比較する

 空き家の比較で注意したいのが、10年後の物件価格です。同じ土地・建物について、賃貸した場合と空き家のまま保有した場合で異なる売却価格を設定すると、その差だけで比較結果が変わってしまいます。

 本記事では比較条件をそろえるため、賃貸した場合と空き家として保有した場合について、10年後の売却手取りをいずれも150万円と仮定します。もちろん実際には、賃貸によって建物が適切に使用・管理されていれば価値が維持される場合もあれば、入居者の使用状況によって劣化する場合もあります。反対に空き家では、管理状態によって劣化速度が大きく変わるため、最終的には個別査定が必要です。

 10年後の売却手取りを150万円とすると、賃貸の場合は、

10年間の税引前賃貸収支59万円 + 10年後の売却手取り150万円 = 209万円

となります。

 この条件では、現状売却の185万円より賃貸の209万円が24万円上回ります。このように、残存価値の置き方を変えるだけでも結論は変わるため、「売却と賃貸のどちらが必ず有利」と単純に断定することはできません。

賃貸では改修費を何年で回収できるかを見る

 賃貸判断では、家賃額だけでなく、最初に投入する改修費を何年で回収できるかを見る必要があります。例えば200万円を改修に投入し、諸費用を差し引いた年間利益が25万円であれば、単純計算でも回収まで8年かかります。

200万円 ÷ 25万円 = 8年

 8年間の途中で屋根、給湯器、配管などの大きな修繕が発生すれば回収期間はさらに長くなります。逆に、100万円以下の改修で貸すことができ、一定の家賃と入居率を確保できる住宅では、賃貸が売却より有利になる可能性があります。

選択肢3 空き家のまま持ち続ける

 売却も賃貸もせず、そのまま保有する場合には大きな初期投資を避けることができます。しかし、固定資産税、火災保険、草刈り、庭木管理、見回り交通費、電気・水道基本料金、小修繕などは毎年発生します。

 今回は年間維持費を次のように仮定します。

項目 年間費用
固定資産税等 60,000円
火災保険等 30,000円
草刈り・庭木管理 50,000円
見回り交通費 30,000円
電気・水道基本料金 20,000円
小修繕・消耗品 30,000円
年間合計 220,000円

 年間22万円なら10年間で220万円です。さらに、10年間の途中で屋根や給排水設備などに100万円の臨時修繕が発生すると仮定すると、支出は合計320万円となります。

 10年後の売却手取りを賃貸ケースと同じ150万円とすれば、

維持・修繕費320万円-売却手取り150万円=170万円の持ち出し

となります。

 ただし、保有には投資収益以外の価値もあります。数年後に自分や家族が住む予定がある、定期的に帰省や別荘として利用する、土地の具体的な利用計画があるといった場合には、その利用価値も考慮する必要があります。

選択肢4 建物を解体して土地を持ち続ける

 建物が著しく老朽化している場合には、解体して更地にする方法があります。建物がなくなれば倒壊、外壁材の落下、不法侵入、雨漏りなど建物由来の問題は大幅に減りますが、土地そのものの管理は残ります。

 解体費は建物面積だけで決まるものではなく、構造、前面道路、重機の進入条件、隣家との距離、残置物、庭石、樹木、ブロック塀、アスベスト、浄化槽、井戸、地中埋設物などによって大きく変わります。

 今回は解体関連費用を250万円、解体後の固定資産税等と土地管理費を10年間合計180万円と仮定します。

項目 10年間の金額
解体費 ▲2,500,000円
固定資産税等 ▲1,300,000円
草刈り・土地管理 ▲500,000円
支出合計 ▲4,300,000円

 10年後に土地を250万円で売却し、諸費用を差し引いた手取りが220万円であれば、最終的には210万円の持ち出しとなります。

解体すると固定資産税が必ず6倍になるわけではない

 住宅の敷地には一定の条件のもとで住宅用地特例があり、小規模住宅用地については200平方メートル以下の部分の固定資産税課税標準が6分の1となる仕組みがあります。住宅を解体して住宅用地ではなくなると、この特例が適用されなくなる可能性があります。

 ただし、「家を壊せば固定資産税が必ず6倍になる」と表現するのは正確ではありません。土地の面積、評価額、負担調整、都市計画税、建物に課税されていた固定資産税なども関係するため、物件全体の税負担が単純に6倍になるわけではありません。解体を検討するときは、解体前に市区町村の固定資産税担当部署で解体後の税額を確認した方が安全です。

選択肢5 解体してすぐ売却する

 解体については、「解体して10年間土地を持ち続ける」場合と「解体してすぐ売却する」場合を分けて考える必要があります。土地としての需要がある地域では、古家付きでは売りにくくても、更地にすることで買い手が見つかる場合があります。

 例えば、建物付きでは300万円、解体後の土地なら500万円で売れるとします。解体費250万円、売却関係費用50万円とすると、

土地売却価格500万円-解体費250万円-売却関係費用50万円=200万円

となります。

 この場合、建物付きでそのまま売却したときの185万円と大きな差はありません。したがって、「更地にすれば500万円で売れる」という価格だけを見るのではなく、必ず解体費を差し引いた後の金額で比較する必要があります。

 判断式としては、

解体後の土地売却手取り-解体費-解体までの維持費

と、

建物付きのまま売却した場合の手取り

を比較するのが基本になります。

10年間の単純比較

 ここまでの仮定をまとめると、次のようになります。

選択肢 10年間の概算収支
現状のまま売却 約185万円
改修して賃貸後に売却 約209万円
空き家として10年保有後に売却 約▲170万円
解体して10年保有後に土地売却 約▲210万円
解体してすぐ売却 約200万円

 この条件では賃貸が209万円、解体後即売却が200万円、現状売却が185万円となり、上位3つには大きな差がありません。特に賃貸と現状売却の差は24万円程度であり、10年間という期間を考えると、家賃、空室率、改修費、修繕費、将来の売却価格などが少し変わるだけで順位は簡単に逆転します。

 したがって、この試算から「地方の空き家は賃貸すべき」「売却すべき」と一般化することはできません。この計算は、あくまで条件をそろえて比較する方法を示すシナリオ分析です。

条件を少し変えるだけで結果は逆転する

 空き家の比較では、一つの予測値だけを使うより、条件を変えた場合に結果がどの程度変化するかを見る「感度分析」が重要です。

 今回のモデルでは、売却185万円と賃貸209万円との差は24万円です。例えば賃貸の改修費が200万円ではなく250万円になれば、それだけで賃貸の収支は約159万円まで下がり、現状売却の185万円を下回ります。一方、改修費が150万円で済めば、賃貸の収支は約259万円となり、賃貸の優位性が大きくなります。

 入居率も重要です。今回は85%としていますが、地域の賃貸需要が弱く70%程度しか入居しなければ、家賃収入は大きく減ります。反対に90%以上を安定して確保できる地域であれば、賃貸の収益性は改善します。

 家賃についても同様で、月額5万円という数字が4万円になるのか6万円になるのかで、10年間では100万円単位の差が生じます。したがって、空き家については「家賃はいくらになりそうか」だけでなく、「その家賃で何年間、何%程度入居が期待できるか」を確認することが重要です。

本当の経済比較では、お金の時間価値も考える

 ここまでの比較は分かりやすさを優先し、10年間の収入と支出を単純に合計しています。しかし、経済学や投資分析では「今受け取る100万円」と「10年後に受け取る100万円」は同じ価値とは考えません。

 例えば空き家を早期に売却すれば、売却代金を早い時点で現金として受け取ることができます。一方、賃貸では家賃を10年間にわたって少しずつ受け取り、さらに10年後の売却代金も将来になって初めて受け取ります。

 この違いを比較する方法がDCF(Discounted Cash Flow・将来の収支を現在価値に割り引いて評価する方法)やNPV(Net Present Value・正味現在価値)です。割引率を設定すると、10年後に受け取る150万円の現在価値は150万円より小さく評価されます。

 したがって、単純累計では賃貸209万円、売却185万円となっていても、将来収入を現在価値へ割り引くと両者の差は縮小し、条件によっては売却の方が高くなることがあります。

 一般家庭が空き家を処分する際に必ず高度な投資計算まで行う必要はありませんが、少なくとも「今受け取れるお金」と「10年後に受け取るお金は完全には同じではない」という考え方は持っておいた方がよいでしょう。

所有者自身の時間にも費用がある

 空き家では、金額として見えにくい管理時間も無視できません。例えば年6回現地へ行き、往復3時間、現地作業2時間とすれば、1回5時間、年間30時間、10年間では300時間となります。

 自分の時間を仮に1時間1,500円で評価すれば、

300時間 × 1,500円 = 45万円

となります。

 これは実際に45万円を支払うわけではありませんが、経済的には「その時間を別のことに使えた」という機会費用として考えることができます。さらに所有者が高齢になれば、草刈り、清掃、台風後の点検などを自分で行えなくなり、業者への委託費用が増える可能性もあります。

相続した空き家を売却するときの3,000万円特別控除

 相続した一定の空き家を売却した場合には、要件を満たせば譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度があります。取得した相続人が3人以上の場合には、一人当たりの控除上限が最高2,000万円となる場合があります。

 ただし、これは売却代金から3,000万円が支給される制度ではなく、売却によって発生した譲渡所得から一定額を控除する制度です。また、対象となる建物には建築時期など細かな要件があります。

 特に注意したいのは、本記事でモデルとした「築約40年」の住宅です。2026年時点で築40年なら、おおむね1986年前後の建築となりますが、相続空き家の3,000万円特別控除では原則として1981年5月31日以前に建築された家屋であることなどの要件があります。そのため、本記事のモデル住宅は建築時期によってはこの制度の対象外となります。

 税制は物件や相続状況によって適用関係が大きく変わるため、売却契約前に税務署や税理士などへ確認することが重要です。

売却や賃貸を決める前に確認すること

 空き家について具体的な判断を始める場合、最初に確認したいのは所有者名義です。登記事項証明書などで現在の名義を確認し、亡くなった人の名義になっている場合には相続関係を整理します。相続人が複数いる場合には、一人だけでは売却や賃貸を決められないことがあります。

 次に、固定資産税納税通知書などから土地・建物それぞれの評価額と税額を確認します。同時に、境界、接道、道路種別、再建築の可否なども調べます。境界や接道に問題があると、建物が使用できても不動産としての価値が大幅に下がる場合があります。

 建物については、屋根、外壁、基礎、床、配管、電気、シロアリ、雨漏りなどを確認します。特に賃貸では、「自分なら住める」という基準ではなく、「第三者へ継続的に安全な住宅として貸せるか」という基準で考えなければなりません。

 さらに、家具、衣類、家電、仏壇、農機具などの残置物を確認し、処分費用を把握します。相続人の合意が必要な物が含まれている場合もあるため、単純に廃棄できないケースがあります。

 地域の需要については、駅、スーパー、病院、学校、駐車可能台数、道路幅、災害リスク、上下水道、インターネット環境、人口動向などを確認します。同じ市町村であっても、立地条件によって売却価格や賃貸需要は大きく異なります。

 自治体によっては空き家バンク、解体補助、改修補助、家財処分補助などを設けている場合があります。ただし、契約や工事を始める前の申請を条件としている制度もあるため、利用を考える場合には必ず事前に確認する必要があります。

最低でも集めたい10個の数字

 空き家について感覚だけで判断しないためには、最低でも次の数字を集めたうえで比較した方がよいでしょう。

  1. 建物付きの売却想定価格
  2. 更地にした場合の土地売却想定価格
  3. 解体費用
  4. 賃貸前に必要な改修費
  5. 想定家賃
  6. 想定入居率
  7. 年間固定資産税等
  8. 年間管理費
  9. 今後10年間に予想される修繕費
  10. 10年後の予想売却価格

 このうち特に重要なのは、一つの価格だけで判断しないことです。例えば売却価格についても、「建物付きで売る場合」「現状買取の場合」「更地で売る場合」を分け、複数の不動産事業者から情報を集めた方が実際の市場価値を把握しやすくなります。

結論~「何が得か」は順位ではなく条件で決まる

 今回のモデルでは、10年間の単純累計収支は、改修して賃貸後に売却する場合が約209万円、解体後すぐ売却する場合が約200万円、現状売却が約185万円となりました。一方、空き家として10年間持ち続けてから売る場合は約170万円、解体後10年間土地を持ち続ける場合は約210万円の持ち出しとなります。

 ただし、上位3つの差はそれほど大きくありません。賃貸では改修費が50万円増えるだけでも順位が変わり、家賃、入居率、修繕費、10年後の売却価格が少し動くだけで結論が逆転します。さらに、将来の収入を現在価値へ割り引けば、早期売却の評価は相対的に高くなります。

 したがって、「地方の空き家は売るのが得」「貸すのが得」と全国一律に決めることはできません。空き家の経済的判断では、売却価格、賃貸収入、改修費、入居率、維持費、解体費、将来の資産価値などを同じ条件で比較し、さらに所有者自身の利用予定、管理能力、時間的負担まで含めて判断する必要があります。

 判断を先送りすれば必ず損をするとは限りませんが、建物の劣化によって将来選べる方法が減ることはあります。現在は賃貸できる住宅でも数年後には大規模改修が必要になるかもしれず、現在は建物付きで売れる物件でも、将来は解体を求められる可能性があります。

 今すぐ売却するかどうかを決められない場合でも、現在の売却価格、建物状態、年間維持費、賃貸可能性、解体費の5項目だけは早めに確認しておくことが重要です。その数字が分かれば、「売る・貸す・持つ・壊す」という選択を感覚ではなく、具体的な費用とリスクで比較できるようになります。

地域の課題を、自分の判断に置き換えて考える

弊社では、住まい・車・移住などの大きな選択を、 費用や将来条件をもとに数字で比較し、判断できる形に整理しています。

数字で比較するサービスを見る

 地方の空き家情報を見ていると、「土地付き一戸建て100万円」「古民家50万円」「建物価格0円」といった物件が見つかることがあります。都市部の住宅価格と比較すれば非常に安く、自動車より低い金額で土地と建物が手に入るのであれば、地方移住、週末住宅、事業用物件、賃貸経営などに使えるのではないかと考える人もいるでしょう。

 しかし、空き家の経済性は販売価格だけでは判断できません。購入後に残置物処分、雨漏り修理、水回りの交換、登記、保険、固定資産税、庭木管理、浄化槽管理などが必要になれば、10年間の総負担額が購入価格の数倍になることがあります。一方で、建物状態が良好で、大きな修繕を必要とせず長期間利用できる物件であれば、100万円という価格が合理的な選択になる場合もあります。

 重要なのは、「100万円だから安い」「築年数が古いから必ず高くつく」と単純に判断することではありません。購入から10年後までに発生する支出と、将来得られる売却代金などを同じ期間で整理し、自分の利用目的に合うかを比較することです。

 総務省の令和5年住宅・土地統計調査では、2023年の全国の空き家は約900万戸、空き家率は13.8%に達しています。ただし、空き家には賃貸用、売却用、別荘なども含まれ、地域や物件によって市場性や建物状態は大きく異なります。「空き家が多いから安く買える」「安い空き家なら得になる」という関係が自動的に成立するわけではありません。

 この記事では、地方にある築年数の古い戸建て住宅を仮想モデルとして、100万円で購入した場合の10年間の総費用を試算します。ここで使用する金額は全国平均や統計上の中央値ではなく、判断方法を説明するために設定したモデル値です。実際の費用は、地域、建物状態、固定資産評価額、工事内容、災害リスク、利用方法などによって大きく変わります。

 また、本稿では将来発生する100万円と現在支払う100万円を同じ100万円として合計する単純な名目額計算を基本としています。厳密な投資判断では、物価変動や資金の時間価値を考慮したNPV(Net Present Value・正味現在価値)による比較も必要になります。

100万円で家が買えるなら本当に得なのか

 100万円の空き家を見ると、「家賃を払い続けるより安い」「土地だけでも100万円以上の価値がありそう」「少し修理すれば住めるだろう」「自分で直せば安くなる」「不要になれば売ればよい」「最悪の場合は建物を壊して土地として持てばよい」と考えがちです。

 これらの考え方が正しい物件もありますが、すべて条件付きです。例えば、少し修理すれば住めると思って購入しても、実際には屋根、床、水道、給湯設備、排水設備などを同時に修理しなければならない場合があります。

 土地に価値が残っていると思っていても、接道条件、土地形状、災害リスク、上下水道、境界、再建築の可否などによっては需要が極めて限定されることがあります。また、人口減少地域では、10年後に同額で売却できる保証もありません。

 したがって、最初に考えるべきなのは販売価格ではなく、次の関係です。

10年間の総負担額
=購入価格
+購入時諸費用
+残置物処分費
+入居前修繕費
+10年間の維持管理費
+追加修繕費
+売却・処分時の費用
-利用による収入
-売却価格

 購入価格100万円は、この計算を構成する一項目にすぎません。

購入後に想定外の費用が発生する理由

 通常の中古住宅でも購入後に修繕が発生することがありますが、長期間使われていなかった空き家では、居住中の住宅とは異なる劣化が進んでいる場合があります。換気されなければ湿気がこもり、結露、カビ、木材の腐朽が進む可能性があり、水道設備を長期間使っていなければ配管、蛇口、給湯器、排水口などにも問題が生じることがあります。

 特に注意が必要なのが雨漏りです。居住中なら比較的小さな段階で気付くことができますが、空き家では発見が数年遅れることがあり、最初は屋根だけだった問題が天井材、断熱材、柱、梁、床などへ拡大する可能性があります。

売買価格と建物状態は必ずしも比例しない

 100万円で売られているからといって、修繕費まで安いわけではありません。空き家の価格は建物状態だけではなく、地域の需要、土地条件、売主の事情、相続、管理負担、早期売却の希望などによって形成されます。

物件 販売価格 状態 購入後の特徴
A物件 100万円 屋根・水回り良好 修繕負担が比較的小さい
B物件 100万円 雨漏り・床腐食あり 修繕負担が大きい
C物件 100万円 建物は古いが土地需要あり 将来の売却余地がある
D物件 100万円 接道・再建築に問題あり 処分が難しい

 同じ100万円でも経済的な価値は大きく異なるため、表示価格だけで有利、不利を判断することはできません。

低価格物件ほど諸費用の比率が大きくなる

 例えば1,000万円の住宅で50万円の諸費用が発生すれば購入価格の5%ですが、100万円の住宅で50万円かかれば購入価格の50%です。登記、調査、契約、司法書士報酬などには、物件価格と完全には比例しない費用が含まれるため、低価格住宅ほど諸費用率が高くなる傾向があります。

 さらに、低廉な空き家等の売買については仲介手数料の特例があります。現在は、物件価格800万円以下の宅地・建物について、一定の場合には宅地建物取引業者が依頼者一方から受領できる仲介手数料の上限が税込33万円となり得ます。100万円の物件だから仲介手数料も数万円程度だろうと決めつけず、媒介契約前に金額を確認する必要があります。

今回のモデルケース

 今回は、次の住宅をモデルとします。

項目 仮定条件
購入価格 100万円
建物 木造2階建て
築年数 約45年
建物面積 100平方メートル
土地面積 250平方メートル
利用目的 自己居住
利用期間 10年間
上水道 上水道
排水 浄化槽
駐車場 2台分
空き家期間 5年間
残置物 家具・家電・生活用品あり
建物調査 購入前に実施
10年後 売却を想定

 ここで特に注意したいのが築年数です。2026年時点で築45年なら、おおむね1981年前後の建築となります。建築基準法上のいわゆる新耐震基準は1981年6月1日以降に適用されているため、築45年という情報だけでは、新耐震基準による住宅か、それ以前の基準による住宅かを判断できません。

 したがって実際の物件では、築年数だけでなく建築確認日、耐震診断、耐震改修履歴などを確認する必要があります。旧耐震基準の建物で耐震補強が必要になれば、この記事で設定した修繕費を大きく上回る可能性があります。

 なお、今回の100万円、築45年、100平方メートルという設定は「全国の100万円空き家の平均像」を意味するものではありません。統計的な代表値を示すためには、地域別、築年数別、空き家期間別、建物状態別に多数の物件を調べ、修繕費の中央値や分布まで確認する必要があります。

購入価格以外にかかる初期費用

 100万円の空き家であっても、購入代金以外に複数の費用が発生します。

登記・契約・税金など

 不動産購入では、所有権移転登記、登録免許税、司法書士報酬、不動産取得税、契約書の印紙税などが発生する可能性があります。

 登録免許税の課税標準となる不動産の価額は、原則として実際の100万円という売買価格ではなく、固定資産課税台帳に登録された価格です。このため、「100万円で買ったから登録免許税も100万円を基準に計算される」とは限りません。

 一定の住宅では税の軽減措置を利用できる場合がありますが、自己居住、床面積、建築時期、耐震性能などの条件があるため、個々の物件について確認する必要があります。

 今回のモデルでは次のように仮定します。

項目 試算額
登録免許税・登記関連費用 15万円
仲介・契約関連費用 20万円
不動産取得税など 5万円
建物状況調査 7万円
その他手続費用 3万円
合計 50万円

 この50万円は全国共通の標準額ではありません。固定資産評価額、仲介会社の利用有無、司法書士への依頼内容、軽減措置の適用などによって実額は変わります。

建物状況調査は無駄な費用ではない

 空き家の購入では、建物状況調査を行う価値があります。建物状況調査、いわゆるインスペクション(Inspection・既存住宅の建物状況調査)は、国土交通大臣の登録を受けた既存住宅状況調査技術者講習を修了した建築士が、国の基準に基づいて既存住宅の状況を調べる制度です。

 ただし、建物状況調査は「不具合が存在しないことを保証する検査」ではありません。目視、計測などで確認できる範囲を中心とするため、壁の内部、解体しなければ見えない部分、配管内部などについてすべての問題を発見できるわけではありません。

 それでも、基礎、外壁、構造部、雨水浸入などの劣化事象を専門家が購入前に確認する意味は大きく、100万円の物件に数万円の調査費をかけることを単純に高いと判断するべきではありません。購入後に数百万円規模の構造修繕が判明するリスクを考えれば、調査費は購入判断のための情報取得費と考えることができます。

残置物処分にかかる費用

 空き家には、以前の所有者が使用していた家具、家電、衣類、食器、布団、農機具などが残っている場合があります。内覧写真では片付いて見えても、押し入れ、物置、床下、納屋などに大量の物が残っていることがあります。

 今回は残置物処分を50万円と仮定します。

状態 費用への影響
家具が少ない 比較的小さい
家具・家電が各部屋にある 増加しやすい
倉庫・納屋にも残置物がある 高額化しやすい
大型家電・農機具がある 個別処分が必要になる場合がある
自分で分別・搬出する 現金支出を抑えられる可能性がある

 家庭から排出される廃棄物の収集を業者へ依頼する場合は、自治体の一般廃棄物処理業の許可や委託等を確認することも重要です。産業廃棄物処理業の許可や古物商の許可だけで、一般家庭の廃棄物を自由に収集できるわけではありません。

 自分で片付ければ業者への支払額を抑えられる可能性がありますが、時間という別の費用が生じます。例えば20日間を片付けに使い、自分の時間を1日1万円と評価すれば、時間コストは20万円です。ただし、業者へ50万円支払うケースと自分で作業する20万円を同時に足すのではなく、原則として両者を比較する代替案として考えます。

入居前の修繕費を試算する

 今回のモデルケースでは、購入後すぐに次の工事が必要だったと仮定します。

工事項目 試算額
屋根の部分補修 60万円
外壁・雨どい補修 30万円
床の補修 40万円
台所設備の交換 60万円
浴室・給湯設備の修理 70万円
トイレ交換 25万円
電気設備修理 25万円
水道・排水設備修理 30万円
合計 340万円

 これは全面リフォームではなく、最低限居住できる状態にするという仮定です。内装の全面改修、断熱改修、窓交換、耐震補強、屋根全面葺き替えなどが必要なら、さらに金額が増える可能性があります。

 反対に、屋根、水回り、配管、電気設備などが使用可能であれば、340万円より大幅に低くなる場合もあります。したがって、この340万円を「築45年住宅の平均修繕費」と解釈することはできません。

見た目がきれいでも安心とは限らない

 中古住宅では壁紙、畳、襖など目に見える部分へ注意が向きがちですが、総費用への影響が大きいのは基礎、柱、梁、屋根、雨漏り、床下、シロアリ、給排水管、電気配線、浄化槽、擁壁、境界、接道などです。

 壁紙が古いだけなら居住できることがありますが、雨水が構造部分へ侵入していたり床下が腐朽していたりすれば、安全に居住するために大規模修繕が必要になります。購入前には「見た目をきれいにする費用」と「住宅の安全性や機能を維持する費用」を分けて考える必要があります。

10年間の維持費を試算する

 自己所有住宅でも、購入後の費用がゼロになるわけではありません。今回のモデルでは次のように仮定します。

項目 年間試算額 10年間
固定資産税等 6万円 60万円
火災保険・地震保険等 5万円 50万円
浄化槽管理 4万円 40万円
草刈り・庭木管理 5万円 50万円
小修繕・消耗品 5万円 50万円
合計 25万円 250万円

 都市計画税はすべての地域・物件に課税されるわけではないため、ここでは固定資産税等としてまとめています。実際の税額は土地と建物の固定資産評価額、住宅用地特例の適用状況などによって異なり、保険料も所在地、建物構造、補償内容、災害リスクによって変わります。

 浄化槽についても、単に故障したときだけ費用がかかるわけではありません。浄化槽管理者には保守点検、清掃、法定検査などが必要となるため、使用を続ける間は継続的な管理費を見込んでおく必要があります。

自分で管理する場合も費用はゼロではない

 例えば年間6回、1回3時間の草刈りを10年間続ければ、作業時間は180時間になります。

6回×3時間×10年間=180時間

 自分の時間を1時間2,000円と評価すれば、時間コストは36万円です。ここでも、業者へ支払う草刈り費50万円と時間コスト36万円を単純に加算するのではなく、業者へ依頼する場合と自分で行う場合を比較する必要があります。自分で行う場合には、このほか草刈り機、燃料、刃、保護具、廃棄物処分などの費用も考慮します。

10年間に発生する追加修繕

 築45年前後の住宅では、入居前に修繕しても、その後10年間に別の設備が故障する可能性があります。今回は次のように仮定します。

時期 修繕内容 試算額
3年目 給湯器交換 25万円
5年目 浄化槽関連修理 20万円
7年目 雨どい・外壁補修 25万円
9年目 水道配管修理 30万円
随時 その他修繕 50万円
合計 150万円

 これは予測値ではなく、修繕リスクを計算に入れるための仮定です。実際には何も壊れない可能性もあれば、屋根、配管、給湯器などが重なって故障し、この金額を上回る可能性もあります。

 なお、年間維持費に計上した「小修繕・消耗品」と、この150万円の「追加修繕」は区別して考えます。前者は比較的小規模な部品交換や日常的補修を想定し、後者は給湯器や配管など比較的大きな設備修繕を想定しています。同じ工事を両方へ計上すると二重計上になるため、実際の試算では工事項目を一件ずつ確認する必要があります。

100万円の空き家にかかる10年間の総費用

 以上のモデルをまとめます。

項目 試算額
購入価格 100万円
購入時諸費用 50万円
残置物処分 50万円
入居前修繕 340万円
10年間の維持費 250万円
10年間の追加修繕 150万円
10年後の売却関連費用 30万円
支出合計 970万円

 10年後に50万円で売却すると仮定します。売却関連費用30万円はすでに支出970万円の中へ計上しているため、ここでは売却価格50万円全額を970万円から差し引きます。

10年間の総負担額
=970万円-50万円
=920万円

 別の計算方法を使うなら、売却費30万円を支出側に入れず940万円とし、50万円から売却費30万円を差し引いた手取20万円を控除します。

940万円-20万円=920万円

 どちらの方法でも結果は920万円です。売却費30万円を支出側へ計上したうえで、さらに売却費を差し引いた手取20万円だけを控除すると、売却費を二重に計上することになるため注意が必要です。

 10年間920万円を単純平均すると、1年間では92万円、1か月では約7万6,700円です。

920万円÷10年=年間92万円

920万円÷120か月
=約7万6,700円

 この試算には、電気、ガス、水道、通信、日常生活の自動車費、引っ越し代などは含めていません。購入価格だけを見ると100万円ですが、このモデルでは住宅取得、修繕、維持、売却まで含めた10年間の名目負担額は920万円となります。

10年後に売れない場合はどうなるのか

 920万円という数字は、10年後に50万円で売却できるという仮定の上に成り立っています。売却できなければ50万円の回収はなく、保有を続ける間は固定資産税、保険、草刈り、建物管理などが続きます。

 さらに建物を解体して土地だけを売却する必要がある場合には解体費も発生します。反対に、土地需要があり200万円、300万円で売却できれば実質負担は小さくなります。空き家を購入するときは、購入価格よりも「10年後に誰が、何の目的でこの土地や建物を必要とするか」を考えることが重要です。

賃貸住宅と比較すると本当に高いのか

 同じ地域で家賃月6万円の戸建てを10年間借りるとします。

6万円×12か月×10年
=720万円

 保証料、更新関連費用、借家人向け火災保険などを加え、10年間の住宅関連負担を800万円と仮定します。これも全国平均ではなく、比較のためのモデル値です。

選択肢 10年間のモデル負担
100万円の空き家購入 920万円
家賃6万円の賃貸 800万円

 この条件では購入側が120万円高くなります。ただし、この差だけで「賃貸の方が常に得」と結論付けることはできません。購入住宅の修繕費が少ない場合や、長期間居住する場合、土地価値が残る場合には結果が逆転します。

 購入には、自分の希望に合わせて改修できること、家賃上昇の影響を直接受けないこと、土地を利用できること、ペットや家庭菜園などの自由度が高いことなどの特徴があります。一方、賃貸には大規模な建物修繕を原則として所有者側が負担すること、転居しやすいこと、売却や解体を考えなくてよいことなどの特徴があります。

 したがって、購入と賃貸は費用だけでなく、居住期間、自由度、転居可能性、災害リスク、資産処分の負担まで含めて比較する必要があります。

どの条件なら100万円の空き家が有利になるのか

修繕費が少ない場合

 入居前修繕費が340万円ではなく100万円、追加修繕費が150万円ではなく80万円で済んだとします。この場合、合計310万円の負担が減少します。

入居前修繕の減少
=340万円-100万円
=240万円

追加修繕の減少
=150万円-80万円
=70万円

合計削減
=310万円

 基準ケース920万円から310万円を引けば、10年間の総負担額は610万円となります。

920万円-310万円
=610万円

 この条件なら、10年間800万円と仮定した賃貸より購入側の負担が190万円少なくなります。100万円という購入価格そのものより、修繕費が結果を大きく左右することが分かります。

長期間住む場合

 購入時の登記、契約、残置物処理、初期修繕などは一時的な費用です。そのため、大きな追加修繕が発生しなければ、15年、20年と居住期間が長くなるほど1年当たりの負担は低下する傾向があります。

 ただし、築45年の住宅にさらに20年間住めば築65年程度となるため、大規模修繕、耐震性、給排水設備、屋根、外壁などの更新可能性も同時に考える必要があります。「長く住めば必ず得になる」のではなく、長期利用によって追加される修繕費との比較が必要です。

土地価値が残る場合

 10年後に土地と建物を300万円で売却できれば、50万円で売却するモデルより250万円多く回収できます。反対に買い手が見つからず、建物解体が必要になれば将来負担は増加します。

 低価格空き家では、建物の価値だけでなく、土地が将来も利用できるか、再建築できるか、需要が残るかという出口側の条件が重要です。

自分で修繕できる場合

 大工、内装などの技能があり、自分で合法かつ安全に施工できる部分が多ければ費用を削減できる可能性があります。ただし、電気工事など資格が必要な作業や安全性に直結する施工まで自己判断で行うべきではありません。

 自分で施工する場合も、材料費、工具代、交通費、作業時間、失敗による再施工まで含めて比較しなければ、本当に安くなったかは判断できません。

結論が逆転する損益分岐点

 今回の基準モデルでは購入920万円、賃貸800万円なので、その差は120万円です。

920万円-800万円
=120万円

 したがって、その他の条件が同じなら、購入側の費用が120万円を超えて改善すれば、金銭面だけでは賃貸800万円を下回る可能性があります。

 基準モデルをさらに整理すると、購入価格100万円、購入諸費用50万円、残置物50万円、10年間の維持費250万円、売却関連費用30万円の合計は480万円です。そのため、

10年間の購入負担
=480万円
+入居前修繕費
+追加修繕費
-10年後の売却価格

となります。

 賃貸800万円と等しくなる条件は、

480万円
+入居前修繕費
+追加修繕費
-売却価格
=800万円

なので、

入居前修繕費
+追加修繕費
-売却価格
=320万円

です。

 つまり、このモデルでは「入居前修繕+追加修繕-10年後の売却価格」が320万円より小さければ購入側が800万円を下回り、320万円より大きければ購入側の方が高くなるという単純な基準を作ることができます。

 基準ケースでは、

340万円+150万円-50万円
=440万円

なので、損益分岐点320万円を120万円上回っています。この120万円が、購入920万円と賃貸800万円との差に一致します。

10年間の単純合計だけでは分からないこと

 ここまでの計算では、1年目の100万円と10年目の100万円を同じ価値として扱っています。しかし金融的には、現在の100万円と10年後の100万円には違いがあります。

 例えば、手元に残した資金を預金や投資へ回せる場合には機会費用が存在し、将来の物価上昇によって修繕工事費や保険料が上昇する可能性もあります。また、賃貸住宅なら家賃が将来改定される場合があります。

 より精密に比較する場合には、NPV(Net Present Value・正味現在価値)の考え方を使い、毎年の固定資産税、保険、修繕費、賃料、10年後の売却代金などを現在価値へ換算して比較します。

 もっとも、一般の住宅購入判断では、まず単純な10年間総額を計算するだけでも大きな意味があります。「100万円で買える」という価格表示だけを見て判断する場合と比べれば、実際の負担構造をはるかに正確に把握できます。

10年間の費用を大きく左右する5つの条件

1.雨漏りと構造部分

 屋根、基礎、柱、梁、床下などに重大な問題があると、修繕費は一気に増加します。見た目が古いだけの住宅と、構造部材が腐朽している住宅では、同じ築年数でも経済的価値は大きく異なります。

2.水回りの利用可能性

 台所、浴室、トイレ、給湯器、給排水管、浄化槽をそのまま利用できるかどうかで初期費用は大きく変わります。水回りをまとめて更新すれば、修繕費だけで購入価格を大幅に上回る場合があります。

3.土地の再利用可能性

 建物が利用できなくなったときに、建て替え、売却、駐車場、事業利用など別の用途へ転換できるかを確認します。接道条件を満たさず再建築できない土地では、将来の選択肢が狭くなります。

4.生活に必要な移動費

 住宅そのものが安くても、スーパー、病院、駅、勤務先まで遠く、自動車が不可欠なら生活全体の費用は上昇します。夫婦それぞれに自動車が必要になれば、住宅費の差以上に自動車保有費が増加する可能性もあります。

5.10年後の出口

 自分が住み続けるのか、家族が利用するのか、賃貸するのか、売却するのか、解体するのかを購入前から考えておく必要があります。出口の選択肢が少ない物件ほど将来の不確実性が大きくなります。

安い空き家を買う前に確認したい地域条件

災害リスク

 洪水、土砂災害、津波、高潮、急傾斜地などのリスクは、生命・身体への危険だけでなく、保険料、修繕費、将来の売却可能性にも影響します。海岸近くなら塩害、山間部なら斜面や倒木、積雪地なら屋根や除雪など、地域固有の条件もあります。

 低価格の理由が単なる建物の古さではなく、災害リスクや土地条件にある可能性もあるため、自治体のハザード情報などを購入前に確認する必要があります。

医療・買い物・交通

 地方では直線距離だけではなく、実際の移動時間や公共交通の本数が重要です。病院まで10キロメートルでも、自動車で容易に移動できる地域と、道路条件が悪く公共交通も少ない地域では生活上の負担が異なります。

 スーパー、病院、診療所、薬局、金融機関、役所、駅・バス停、ガソリンスタンド、避難所などへの移動時間を確認し、自動車が何台必要になるかまで含めて判断する必要があります。

人口と将来需要

 人口が減少している地域では、10年後の買い手や借り手が減る可能性があります。ただし、市町村全体の人口が減っていても特定地区では住宅需要が維持されている場合があるため、市町村全体の人口だけで判断することも適切ではありません。

 可能であれば地区別人口、年齢構成、住宅取引件数、空き家数、移住動向などを確認し、「現在安いか」だけでなく「10年後にも需要があるか」を考える必要があります。

固定資産税が安いだけでは判断できない

 低価格の空き家について、「固定資産税が年数万円なら持っていても問題ない」と考えることがあります。しかし実際の維持負担には、固定資産税だけでなく、保険、草刈り、庭木管理、建物点検、小修繕、交通費、自分の管理時間などが含まれます。

年間の保有負担
=固定資産税等
+保険
+庭・敷地管理
+建物点検
+修繕
+交通費
+管理に使う時間

 また、適切な管理が行われず、そのまま放置すれば特定空家等になるおそれがある住宅は「管理不全空家等」として自治体から指導、勧告の対象となる場合があります。勧告を受けると、敷地について固定資産税等の住宅用地特例が適用されなくなる可能性があります。

 空き家を購入することは、使っている間だけではなく、使わなくなった後も所有者として管理責任を負うということです。

補助金があるから買うという判断は危険

 自治体によっては、空き家の取得、改修、家財処分、移住などを対象とした補助制度があります。ただし、対象地域、年齢、移住元、居住期間、世帯構成、空き家バンク登録、申請時期、市内業者の利用、工事内容、所得などの条件が設けられている場合があります。

 特に注意したいのは、契約や工事着手より前の申請を条件とする制度があることです。購入後や工事開始後に制度を知っても対象外になる場合があります。

 また、補助金50万円を受け取れても、購入した住宅に想定外の修繕が300万円発生すれば、補助金だけで経済性が成立するわけではありません。補助制度は採算性そのものを作るものではなく、条件を満たす場合に一部の負担を軽減するものとして扱う方が安全です。

購入前に確認したいチェックリスト

土地・権利関係

  • □ 土地と建物の所有者が一致しているか
  • □ 相続登記が完了しているか
  • □ 抵当権などが残っていないか
  • □ 境界が確認できるか
  • □ 私道負担があるか
  • □ 接道条件を満たしているか
  • □ 再建築できるか
  • □ 越境物がないか

建物

  • □ 雨漏りがないか
  • □ 基礎に重大なひび割れがないか
  • □ 建物に大きな傾きがないか
  • □ 床が沈まないか
  • □ シロアリ被害がないか
  • □ 屋根の修繕履歴を確認したか
  • □ 外壁・雨どいに問題がないか
  • □ 新耐震基準との関係を確認したか
  • □ 必要なら耐震診断を行ったか

設備

  • □ 水道を実際に使用できるか
  • □ 排水に問題がないか
  • □ 浄化槽の状態と管理履歴を確認したか
  • □ 給湯器が使用できるか
  • □ 電気容量が十分か
  • □ 古い電気配線が残っていないか
  • □ ガス設備の条件を確認したか
  • □ 井戸を使う場合は水質を確認したか

費用

  • □ 購入諸費用の見積りを取ったか
  • □ 仲介手数料を事前に確認したか
  • □ 残置物処分費を確認したか
  • □ 入居前修繕費の見積りを取ったか
  • □ 10年間の修繕予備費を設定したか
  • □ 固定資産税額を確認したか
  • □ 保険料を確認したか
  • □ 草刈り・庭木管理費を確認したか
  • □ 売却費用を想定したか
  • □ 売れない場合の解体費も考えたか

地域・生活

  • □ 病院までの実際の移動時間を確認したか
  • □ スーパーまでの移動時間を確認したか
  • □ 公共交通の本数を確認したか
  • □ 自動車が何台必要か
  • □ 災害リスクを確認したか
  • □ 通信環境を確認したか
  • □ 近隣住宅の管理状況を確認したか
  • □ 10年後の住宅・土地需要を考えたか

購入判断を3段階で整理する

第1段階 重大な問題がないか確認する

 最初に、再建築不可、重大な境界問題、大規模な雨漏り、基礎・構造の重大な損傷、受け入れられない災害リスク、上下水道の復旧困難など、価格以前に購入判断を左右する条件を確認します。

 100万円が50万円になったとしても、将来利用できない土地や数百万円の構造補修を必要とする住宅なら、値下げだけで問題が解決するとは限りません。

第2段階 10年間の総費用を計算する

 購入価格だけでなく、購入諸費用、残置物、入居前修繕、10年間の維持費、修繕予備費、売却または解体費まで集計します。

購入判断用総費用
=購入価格
+購入諸費用
+残置物処分
+入居前修繕
+維持管理費
+追加修繕
+将来の処分費
-将来回収額

 この段階で予算を大幅に超える場合は、「補助金が出るかもしれない」「自分で修理できるだろう」という不確定な条件を前提にせず、いったん購入計画そのものを見直す方が安全です。

第3段階 他の選択肢と同じ期間で比較する

 100万円の空き家だけを見ていると非常に安く感じますが、500万円で主要部分を修繕済みの住宅、800万円で状態の良い中古住宅、月5万円や6万円の賃貸住宅などと10年単位で比較すると、別の結論になることがあります。

 重要なのは、100万円の住宅を「買えるか」ではなく、他の選択肢と比べて「10年間利用する合理性があるか」です。

100万円の空き家を活用しやすい条件

 長期間住む予定があり、建物状態を購入前に調査でき、購入資金とは別に修繕予算を確保し、地域の生活条件を理解したうえで、自動車費や将来の売却・解体まで含めて資金計画を立てられる場合には、低価格空き家を合理的に利用できる可能性があります。

 特に、屋根、構造、水回り、配管などの大きな修繕が不要で、再建築可能な土地に一定の需要が残り、10年以上利用できる住宅であれば、100万円という低い取得価格が経済的な利点になる場合があります。

慎重に判断した方がよい条件

 反対に、貯蓄のほとんどを購入代金へ使ってしまう場合、修繕費を調べず写真だけで判断する場合、数年で転居する可能性が高い場合、遠隔地から管理する場合、庭や建物を管理する時間がない場合、将来の売却・解体方法を考えていない場合などは、低価格であることだけを理由に購入するのは危険です。

 特に「購入に使える予算が100万円だから100万円の空き家を買う」という考え方には注意が必要です。住宅を取得するための予算と、購入後に安全に維持するための予算は別に確保する必要があります。

まとめ

 100万円の空き家は、販売価格だけを見れば非常に安く感じます。しかし、今回設定したモデルでは、購入価格100万円に対し、購入諸費用50万円、残置物処分50万円、入居前修繕340万円、10年間の維持費250万円、追加修繕150万円、売却費30万円が発生し、10年後に50万円で売却すると仮定した場合、10年間の総負担額は920万円となりました。

 ただし、この920万円は全国平均でも予測値でもなく、あくまで一つの仮想シナリオです。修繕費が少ない条件では610万円まで低下する一方、大規模な構造補修、耐震改修、解体などが必要になれば920万円を超える可能性もあります。

 今回の賃貸800万円との比較では、購入側との差は120万円です。入居前修繕費、追加修繕費、将来の売却価格が少し変わるだけでも結論は逆転するため、「100万円」という販売価格は購入判断を決める主要変数ではないことが分かります。

 空き家購入で本当に確認すべきなのは、住める状態にするまでいくらかかるか、10年間の維持管理費はいくらか、追加修繕に対応できるか、耐震性や災害リスクに問題がないか、地域で生活するための移動費まで含めても合理的か、そして10年後に売却、賃貸、継続利用、解体などの出口を確保できるかという点です。

 100万円の空き家でも、状態が良く、修繕費が少なく、土地に一定の需要があり、長期間利用できれば合理的な選択になる可能性があります。一方、雨漏り、構造劣化、水回りの全面更新、旧耐震、接道問題、災害リスク、売却困難などが重なれば、購入価格が無料に近くても経済的負担は大きくなります。

 したがって、空き家購入では「いくらで買えるか」ではなく、「取得してから手放すまでに総額でいくら負担するか」を基準に考えることが重要です。購入価格、修繕費、維持費、税金、管理の手間、生活上の移動費、将来の売却可能性を同じ期間で比較して初めて、その100万円の空き家が本当に安いのかを判断できます。

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※この記事は2026年7月20日に公開した内容を、2026年10月1日時点の制度・税制・不動産取引の条件に基づいて加筆・修正したものです。

 親が亡くなり、実家を相続したものの、自分や家族が住む予定がない場合、「早めに売った方がよいのではないか」と考える人は少なくありません。不動産会社に査定を依頼し、「300万円程度で売れそうです」と言われれば、300万円に近い金額が手元に残るように感じることもあります。

 しかし、相続した実家では、査定価格と実際の手取額は同じではありません。相続登記、家財整理、建物管理、草刈り、修繕、測量、解体、仲介手数料、税金などが関係し、売却まで時間がかかれば、その間も固定資産税、保険料、管理費、交通費などが発生します。

 例えば、300万円で売れるまで2年間待つ場合と、250万円で半年程度で売却する場合では、一見すると300万円で売る方が有利に見えます。しかし年間25万円の維持費がかかるとすれば、2年間で50万円を負担するため、売却価格だけを比較したときほど大きな差はありません。さらに、管理に使う時間、建物の劣化、将来の価格低下、予定した価格で売れない可能性、お金を早く受け取ることの価値まで考慮すると、結論が逆転することもあります。

 相続した実家を売る際に重要なのは、査定価格の高さだけではありません。売却までの期間、必要経費、税金、権利関係、建物状態、将来の処分可能性、成約する確率まで含めて比較する必要があります。

 この記事では、一般的な地方の戸建てをモデルケースとして、実家を売る前に確認したい10項目を整理します。記事内の金額は判断方法を説明するための試算例であり、実際の費用、税額、売却価格、売却期間は、物件、地域、建物状態、相続関係、市場環境などによって大きく異なります。

相続した実家の売却は「いくらで売れるか」だけでは決められない

 相続した実家について、最初に不動産会社へ査定を依頼すること自体は有効です。現在の市場でどの程度の価格が期待できるかを把握しなければ、売却、賃貸、保有、解体などの選択肢を比較できないからです。

 ただし、査定価格だけで売却方法を決めると、実際の手取額や将来負担を見誤る可能性があります。経済的な意味での実質手取額は、概念的には次のように考えることができます。

実質手取額
=売却代金
-売却に直接かかる費用
-売却までの維持費
-家財処分費
-必要な修繕費
-必要な測量費
-必要な解体費
-税金

 修繕、測量、解体などを行わなければ、それらの費用は発生しません。一方で、何もしないことで売却価格が下がったり、買い手が見つかるまでの期間が延びたりすることもあるため、「費用をかければ得」「費用をかけなければ損」と単純には判断できません。

 重要なのは、それぞれの追加費用によって、売却価格、売却期間、成約可能性がどの程度改善するのかを比較することです。

今回のモデルケース

 この記事では、次のような地方の実家を相続したケースを想定します。

項目 仮定条件
土地面積 250平方メートル
建物面積 100平方メートル
建物構造 木造2階建て
築年数 45年
空き家期間 1年
相続人 兄弟2人
現状での標準的な査定価格 300万円
年間維持費 25万円
家財処分費 50万円
最低限の修繕費 80万円
解体費 200万円
売却までの想定期間 6か月~3年
所有者の居住地 実家から片道100キロメートル

 説明を分かりやすくするため、比較的低価格で取引される地方の戸建てを想定しています。都市近郊で土地価値が高い住宅や、建物状態が良い住宅では結果が大きく異なります。

確認項目1 相続登記が完了しているか

 最初に確認するのは実家の名義です。不動産の所有者が亡くなった後も、登記上の名義が亡くなった人のままになっていることがありますが、相続した不動産を売却するには、誰が不動産を取得したのかを明確にし、原則として相続人名義への相続登記を行う必要があります。

 相続登記は2024年4月1日から義務化されました。相続によって不動産を取得したことを知った人は、原則としてそのことを知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。2024年4月1日より前に発生した相続についても対象で、すでに相続したことを知っていた場合には、原則として2027年3月31日までが申請期限となります。

 正当な理由なく申請義務を履行しなかった場合には、10万円以下の過料の対象となる可能性もあります。また、相続人申告登記という制度によって一定の申請義務を履行できる場合がありますが、これは所有権を移転する通常の相続登記とは異なり、不動産を売却する際には最終的に権利関係を整理する必要があります。

名義が故人のままでは売却準備が進みにくい

 不動産会社へ査定を依頼すること自体は可能ですが、最終的な売買契約や所有権移転を行う段階では現在の権利関係を明確にする必要があります。相続人が1人なら比較的整理しやすい場合がありますが、兄弟姉妹、甥や姪、前婚の子など関係者が多ければ手続は複雑になり、何代にもわたって相続登記をしていなければ、多数の戸籍を収集して現在の相続人を確定しなければならないこともあります。

 査定価格が高くても、相続人を確定できなかったり、遺産分割協議がまとまらなかったりすれば売却できません。したがって、価格より先に権利関係を確認する必要があります。

最初に確認したい書類

  • 登記事項証明書
  • 固定資産税の納税通知書
  • 固定資産評価証明書
  • 公図
  • 地積測量図
  • 建物図面
  • 遺言書
  • 遺産分割協議書
  • 被相続人と相続人の戸籍関係書類

 書類が見つからなくても法務局や自治体などから取得できるものがあります。相続関係や登記手続が複雑な場合には、司法書士、弁護士、法務局などへ確認した方が安全です。

確認項目2 共有者の売却意思が一致しているか

 実家を複数人で相続した場合には、建物の状態や売却価格より前に権利関係を整理します。例えば、兄弟2人がそれぞれ2分の1を所有する共有状態なら、不動産全体を売却するには原則として共有者全員の同意が必要です。

 一方、遺産分割によって1人が単独で不動産を取得し、相続登記も完了していれば、売却の際に他の相続人全員の同意が常に必要になるわけではありません。そのため、「相続人全員の意向」というより、実際の所有者・共有者が誰であるかを確認することが重要です。

 共有者の一人が自分の共有持分だけを売却する方法も法的には考えられますが、通常の買主には利用しにくいため、価格その他の売却条件が大幅に不利になる可能性があります。

売却前に決めておきたい事項

  • 実家を売却するか
  • 誰が所有者・共有者なのか
  • 誰が売却手続を担当するか
  • 査定を何社に依頼するか
  • いくらまで値下げを認めるか
  • 家財整理を誰が行うか
  • 維持費を誰が負担するか
  • 売却代金をどう分配するか
  • 修繕や解体を行うか
  • 仏壇、写真、重要書類などをどう扱うか

 重要事項を口頭だけで決めると後から認識の違いが生じる可能性があるため、メールや書面などで記録を残しておく方が安全です。

確認項目3 査定価格と実際の成約価格を分けて考えているか

 不動産会社から「300万円程度」と査定されたとしても、300万円で確実に売れるわけではありません。査定価格は、周辺の取引事例、土地条件、建物状態、市場動向などから不動産会社が推定した価格であり、実際の成約価格は買い手との交渉、売却期間、建物状態、残置物、境界、接道条件、融資条件などによって変わります。

 不動産会社によっては比較的短期間で売れる価格を提示する場合もあれば、売主の希望を踏まえて高めの査定額を提示する場合もあります。したがって、査定額を見る際には金額だけでなく、その価格で売れると考える根拠と想定期間を確認する必要があります。

査定時に確認したい内容

  • 査定の根拠となった取引事例
  • 土地価格と建物価格の内訳
  • 想定する売却期間
  • 競合する売出し物件
  • 値下げを検討する時期
  • 仲介価格と買取価格の違い
  • 古家付き土地としての価格
  • 更地にした場合の価格
  • 再建築の可否
  • 想定する買い手

売却価格は一点ではなく価格帯で考える

 売却価格を一つの数字として考えるより、価格と売却期間を組み合わせた複数のシナリオとして扱った方が現実的です。

シナリオ 想定売却価格 想定期間
強気価格 350万円 2~3年
標準価格 300万円 1年前後
早期売却価格 250万円 3~6か月
不動産会社の買取 150万円 比較的短期間

 これは説明用の仮定ですが、重要なのは「350万円で売れる可能性」だけを見るのではなく、その価格で売れる確率、必要な期間、売れなかった場合の次の行動まで同時に考えることです。

確認項目4 売却までの年間維持費を計算しているか

 誰も住んでいない実家でも費用は発生します。固定資産税、保険、草刈り、庭木管理、換気、清掃、小規模修繕、交通費などを合計すると、物件によっては無視できない金額になります。

 今回のモデルでは年間維持費を次のように仮定します。

項目 年間試算額
固定資産税等 6万円
火災保険等 4万円
草刈り・庭木管理 6万円
換気・清掃・点検 4万円
小規模修繕 3万円
現地までの交通費 2万円
合計 25万円

 実際の費用は建物、敷地、地域、保険内容、管理方法などによって異なります。

売却に時間がかかるほど手取額は減る

 300万円で売るために3年間待つと仮定すると、年間25万円の維持費だけで75万円かかります。

年間25万円×3年
=75万円

 維持費だけを差し引けば、300万円で売れても225万円です。一方、250万円で半年以内に売却でき、半年分の維持費を12万5,000円とすると、維持費差引後は237万5,000円になります。

売却方法 売却代金 維持費 維持費差引後
300万円で3年後に売却 300万円 75万円 225万円
250万円で半年後に売却 250万円 12万5,000円 237万5,000円

 この仮定では、売却価格が50万円低くても、早期売却の方が維持費差引後の金額は12万5,000円多くなります。さらに、3年間の管理時間や建物劣化まで考慮すれば、差が大きくなる可能性があります。

自分で管理する時間も経済的な負担になる

 月1回実家へ行き、往復移動と換気、清掃、草刈りなどに1回5時間かかるとすると、年間60時間を使います。自分の時間を1時間2,000円と評価するなら年間12万円に相当するため、現金を直接支払っていなくても機会費用が発生していると考えることができます。

5時間×12回=60時間

60時間×2,000円
=12万円

 時間単価をいくらに置くかに唯一の正解はありませんが、「自分で行えば無料」と考えるのではなく、売却を待つことによって失われる時間も分けて把握した方が合理的です。

確認項目5 家財や残置物の処分費を見積もっているか

 相続した実家には、家具、家電、衣類、食器、布団、写真、書類、仏壇、農機具などが大量に残されていることがあります。一般の個人に売却する場合、これらを売主側で整理することを求められるケースもあります。

 家財整理では、必要品と不要品の分別、形見分け、重要書類や写真の確認、個人情報を含む書類の処分、大型家具や家電の搬出、一般廃棄物の処理、仏壇や神棚の扱いなどを決めなければなりません。業者へ依頼する場合でも、何を残すのかは相続人自身が判断しなければならないことがあります。

 今回のモデルでは家財処分費を50万円と仮定します。相続人自身が20日間かけて整理して業者費用を減らせたとしても、自分の時間を1日1万円と評価すれば20万円に相当し、運搬車両、燃料、分別用品、交通費、宿泊費などが別途発生する場合もあります。

1万円×20日
=20万円

 したがって、「自分で片付ければ無料」とは限りません。

確認項目6 修繕して売るべきか、そのまま売るべきか

 古い実家について、壁紙、畳、水回り、屋根などを修繕すれば高く売れると考えがちですが、修繕費を売却価格の上昇分だけで回収できるとは限りません。

 例えば、現状のまま250万円で売れる住宅に80万円の修繕を行い、売却価格が300万円に上がると仮定します。

売却案 修繕費 売却価格 修繕費差引後
現状のまま売却 0円 250万円 250万円
80万円修繕して売却 80万円 300万円 220万円

 売却価格は50万円上昇しますが、修繕費80万円を回収できないため、価格だけを比較すれば30万円の負担増になります。

50万円-80万円
=-30万円

 一方、修繕によって売却期間が2年から半年へ短縮されるなら、年間維持費25万円の場合、1年6か月分に当たる37万5,000円の維持費を減らすことができます。

25万円×1.5年
=37万5,000円

 売却価格上昇50万円と維持費削減37万5,000円を合わせれば87万5,000円の効果となり、修繕費80万円を7万5,000円上回ります。

50万円
+37万5,000円
-80万円
=7万5,000円

 つまり、修繕の合理性は「いくら高く売れるか」だけでなく、「何か月早く売れるか」まで含めて判断する必要があります。

売却前に優先して検討したい修繕

  • 雨漏り
  • 漏水
  • 排水不良
  • 危険な床
  • 割れた窓
  • 倒壊のおそれがある塀
  • 越境している庭木
  • 大量の残置物
  • 害虫や小動物
  • 強い臭気
  • 電気・水道設備の使用可否

 好みが分かれる内装を全面的に改装するより、安全性や使用上の重大な問題を解決した方が売却条件の改善につながる場合があります。ただし、どの工事が有効かは物件によって異なるため、発注前に不動産会社へ、修繕によって価格・売却期間・買い手層がどう変わると予想しているのか確認した方がよいでしょう。

確認項目7 解体して更地にする方が有利か

 建物が古ければ、「解体して土地だけにした方が売れやすい」と考えることがあります。買い手が新築を希望している地域なら更地の方が利用しやすくなる一方、解体費を売主が負担しても、売却価格が同額だけ上がるとは限りません。

 今回のモデルでは次の条件を仮定します。

売却方法 売却価格 解体費 解体費差引後
古家付きで売却 250万円 0円 250万円
解体して更地で売却 400万円 200万円 200万円

 更地にすることで売却価格が150万円上がっても、解体費が200万円なら50万円の負担増となります。

150万円-200万円
=-50万円

 ただし、古家付きでは3年間売れず、更地なら半年で売れる場合には維持費や管理負担が大きく変わるため、単純な価格差だけでは判断できません。

解体後の固定資産税等にも注意する

 住宅が建っている土地には、一定の要件を満たせば住宅用地に対する固定資産税等の特例があります。住宅を取り壊して住宅用地でなくなれば、翌年度以降の土地の税負担が増える場合があります。

 固定資産税は原則として毎年1月1日の状態を基準として課税されるため、解体する時期も税負担に影響する可能性があります。また、適切に管理されていない空き家について、自治体から管理不全空家等または特定空家等として勧告を受けた場合には、建物が残っていても住宅用地特例の対象から外れる場合があります。

 「家を壊すと固定資産税が必ず6倍になる」といった単純な説明は正確ではありません。土地面積、評価額、住宅用地の区分、都市計画税、自治体、解体時期などによって実際の増加額は異なるため、解体前に自治体へ税額見込みを確認する方が安全です。

解体を先に行うべきとは限らない

 更地を希望する買い手が見つかった後、売買契約の条件として売主が解体する方法もあります。買い手の希望が分からない段階で建物を壊してしまうと、古家を改修して利用したい買い手を失う可能性もあります。

解体前に確認したい事項

  • 古家付きでの需要
  • 更地での需要
  • 解体費の見積り
  • 地中埋設物の可能性
  • アスベスト調査の必要性
  • 解体後の固定資産税等
  • 売却までの想定期間
  • 再建築の可否
  • 接道条件
  • 自治体の補助制度
  • 補助制度の申請時期

 自治体の解体補助制度には、対象建物、所得、施工業者、事前申請、予算枠などの条件が設定されていることがあります。補助金が出ることを前提に工事契約を進めず、必ず工事前に確認する必要があります。

確認項目8 境界・接道・再建築の条件を確認したか

 建物が古くても、土地として十分な需要があれば売却できる可能性があります。一方、建物を解体しても土地の利用条件に問題があれば、かえって売却が難しくなることがあります。

特に確認したい事項

  • 公道に接しているか
  • 必要な接道条件を満たしているか
  • 私道を通行する必要があるか
  • 私道の持分があるか
  • 建て替えが可能か
  • 土地境界が確定しているか
  • 隣地との越境がないか
  • 擁壁に問題がないか
  • 土地の一部が農地や山林ではないか
  • 未登記建物が存在しないか

 地方の古い住宅では、境界標が見つからなかったり、登記簿上の面積と現況が一致しなかったりすることがあります。買い手や金融機関から境界確認を求められれば測量が必要になり、隣地所有者との立会いが必要になることもあります。

 隣地所有者が遠方に住んでいる場合や、その土地自体の相続登記が行われていない場合には、境界確認だけで長期間を要する可能性があります。

建物を壊す前に再建築可能性を確認する

 現在建物が存在していても、現在の法令上、同じ土地に新しい住宅を建てられるとは限りません。再建築できない土地では、古い建物を解体した結果、住宅としての利用価値が大きく低下することがあります。

 解体を決める前に、自治体の建築担当部署、建築士、不動産事業者などへ再建築可能性を確認する必要があります。

確認項目9 税金の特例を利用できる可能性があるか

 相続した実家を売却しても、売却代金全額に所得税がかかるわけではありません。基本的には、売却価格から取得費、譲渡費用、適用できる特別控除などを差し引いて譲渡所得を計算します。

 相続した不動産では原則として被相続人の取得費を引き継ぎますが、古い実家では購入時の売買契約書などが残っておらず、取得費を確認できない場合があります。一定の場合には概算取得費を用いる方法もありますが、税額が大きく変わる可能性があるため、資料を探す価値はあります。

 なお、この記事でいう「維持費」や「実質手取額を計算するための費用」と、所得税の計算上認められる「譲渡費用」は同じ概念ではありません。固定資産税や通常の維持修繕費などは経済的には負担であっても、税務上の譲渡費用になるとは限らないため、税金の計算は分けて行う必要があります。

相続した空き家の3,000万円特別控除

 一定の要件を満たす被相続人の居住用家屋やその敷地を売却した場合、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例があります。2026年10月1日時点では、対象となる譲渡期間は2016年4月1日から2027年12月31日までです。

 2024年1月1日以後の譲渡では、対象となる家屋や敷地を相続または遺贈によって取得した相続人が3人以上いる場合、控除限度額は1人当たり最高2,000万円となります。

主な確認事項

  • 相続または遺贈によって取得したこと
  • 被相続人が居住していた一定の家屋と敷地であること
  • 原則として1981年5月31日以前に建築された家屋であること
  • 区分所有建物ではないこと
  • 原則として相続開始直前に被相続人以外の居住者がいなかったこと
  • 相続から売却まで事業、貸付け、居住などに使用していないこと
  • 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
  • 売却代金が1億円以下であること
  • 一定の耐震要件または取壊し要件を満たすこと
  • 親子、夫婦など一定の特別関係者への売却ではないこと
  • 他の一定の税制特例との適用関係を確認すること

 2024年1月1日以後の譲渡では、一定の条件を満たせば、売却後に買主側で耐震改修や建物の取壊しを行い、譲渡年の翌年2月15日までに所定の要件を満たす方法もあります。

 また、被相続人が相続開始直前に老人ホーム等へ入所していた場合でも、一定の要件を満たせば特例対象になる場合があります。

 この制度は、相続した空き家を売れば自動的に適用されるものではありません。相続後に誰かが住んだ、賃貸した、事業に使用した、期限を過ぎたなどの事情によって適用できなくなる可能性があるため、売買契約や解体を行う前に税務署または税理士へ確認した方が安全です。

税制に合わせるために経済的に不利な方法を選ばない

 特例が利用できるからといって、そのために高額な工事を行うことが合理的とは限りません。例えば200万円をかけて解体し、その結果として税負担が50万円減るだけなら、他の効果を考慮しなければ150万円の負担増です。

200万円-50万円
=150万円

 制度を利用できるかどうかだけでなく、実際に減る税額、売却価格の変化、売却期間の短縮、必要な工事費まで合わせて判断する必要があります。

確認項目10 売れなかった場合の次の選択肢を考えているか

 地方の空き家は、売り出せば必ず売れるわけではありません。1年、2年と経過しても問い合わせがほとんどない可能性があるため、売却開始前に「売れなかった場合にどうするか」を決めておいた方がよいでしょう。

選択肢 利点 主な負担・リスク
価格を下げる 買い手が増える可能性 手取額が減る
買取を依頼する 比較的早く処分できる可能性 仲介より価格が低くなる可能性
賃貸する 家賃収入の可能性 修繕、空室、管理
自分や家族が使う 売却を急がなくてよい 維持費、利用頻度
解体して土地を売る 土地需要を取り込める可能性 解体費、税負担
保有を続ける 将来の利用余地 管理費、劣化、将来処分
空き家バンクを利用する 移住希望者へ情報提供できる可能性 自治体ごとに制度が異なる

 売れないたびに価格だけを下げると、最終的な売却価格が低くなるだけでなく、その間の維持費も増えます。そのため、一定期間ごとに売却方針を見直す基準を決めておく方が現実的です。

見直し時期の例

  • 3か月で問い合わせ件数を確認する
  • 6か月で価格を再検討する
  • 1年で販売方法を変更する
  • 2年で買取、賃貸、解体などを再比較する

 価格変更も「問い合わせがないから50万円下げる」と機械的に行うのではなく、物件ページの閲覧はあるが問い合わせがないのか、問い合わせはあるが内見につながらないのか、内見後に価格交渉で止まるのか、建物状態や接道、融資が原因なのかを分けて考える必要があります。原因によって、価格を変えるべきか、家財を片付けるべきか、修繕すべきか、対象となる買い手を変えるべきかが異なります。

4つの売却方法をモデルケースで比較する

 ここまでの条件を使い、4つの売却方法を比較します。前半の修繕シナリオとの数値を統一し、修繕後の売却価格は300万円とします。

共通条件

  • 年間維持費:25万円
  • 家財処分費:50万円
  • 売却関連費用:比較を簡略化するため各案30万円と仮定
  • 税金:個別性が高いため比較表には含めない
  • 相続登記費用:各案に共通するため比較表には含めない

 なお、売却関連費用30万円は説明用の仮定です。2024年7月1日以降、売買価格800万円以下の「低廉な空家等」については、仲介に必要な費用を考慮し、不動産会社が売主または買主の一方から受け取ることのできる仲介報酬の上限が税込33万円となる特例があります。したがって、この価格帯では仲介手数料だけで30万円を超える場合があり、登記関係費用、測量費その他を含めた実際の売却関連費用は個別に確認する必要があります。

比較結果

売却案 売却価格 売却期間 追加費用 概算差引額
現状のまま早期売却 250万円 6か月 約92万5,000円 約157万5,000円
300万円で売れるまで待つ 300万円 2年 130万円 170万円
80万円修繕して売却 300万円 1年 185万円 115万円
200万円で解体して売却 400万円 1年 305万円 95万円

現状のまま早期売却

家財処分費50万円
+半年分の維持費12万5,000円
+売却関連費用30万円
=92万5,000円
250万円-92万5,000円
=157万5,000円

300万円で2年間待つ

家財処分費50万円
+2年間の維持費50万円
+売却関連費用30万円
=130万円
300万円-130万円
=170万円

80万円修繕して1年で売る

家財処分費50万円
+1年間の維持費25万円
+修繕費80万円
+売却関連費用30万円
=185万円
300万円-185万円
=115万円

200万円で解体して1年で売る

家財処分費50万円
+1年間の維持費25万円
+解体費200万円
+売却関連費用30万円
=305万円
400万円-305万円
=95万円

 このモデルでは、最も高い400万円で売れる解体案が最も手取額の少ない案となり、300万円で2年間待つ案は単純な差引額では170万円となります。一方、半年で250万円で売る案は157万5,000円なので、表面上の差は12万5,000円しかありません。

170万円-157万5,000円
=12万5,000円

 ただし、この12万5,000円だけを見て「2年間待つ方が有利」と結論付けるのは十分ではありません。次に、お金を受け取る時期と、実際にその価格で売れる確率を考える必要があります。

売却時期が違う場合は「お金の時間価値」も考える

 半年後に受け取る157万5,000円と、2年後に受け取る170万円は、金融・経済学上は同じ時点の金額として直接比較できません。早く受け取った資金には、預金、投資、借入返済、別の支出への充当などに利用できる価値があるためです。

 この考え方をNPV(Net Present Value・正味現在価値)といい、将来受け取る金額を現在の価値に換算して比較します。

 簡略化して、半年後に157万5,000円、2年後に170万円を受け取るものとすると、現在価値は概念的に次のように表せます。

半年後の早期売却案
=157.5万円 ÷ (1+割引率)^0.5

2年後の待機案
=170万円 ÷ (1+割引率)^2

 この二つがほぼ同じになる年間割引率は約5.2%です。

年間割引率 半年売却案の現在価値 2年待機案の現在価値
0% 157.5万円 170.0万円
3% 約155.2万円 約160.2万円
5% 約153.7万円 約154.2万円
6% 約153.0万円 約151.3万円

 割引率を何%に設定するかは、預金金利だけでなく、資金の使い道、借入金利、投資機会、リスクなどによって変わるため、一律の正解はありません。ただし、「12万5,000円多い」という単純な金額差と、「経済的に12万5,000円有利」という意味は異なることが分かります。

「その価格で本当に売れるか」という確率も重要

 さらに重要なのが成約確率です。「300万円で2年間待てば必ず売れる」という保証はありません。

 例えば、300万円で2年以内に売れた場合の差引額を170万円、2年間売れず、その後値下げして最終的な差引額が120万円になると仮定します。300万円で売れる確率を (p) とすると、単純化した期待値は次のようになります。

期待値
=170万円×p
+120万円×(1-p)

 これが早期売却案157万5,000円を上回るためには、

170p+120(1-p)>157.5

となり、

p>0.75

となります。

 つまり、この仮定では「2年以内に300万円で売れる確率」が75%を超えなければ、単純な期待値でも半年で250万円で売る案を上回りません。実際にはさらに時間価値、追加修繕、価格低下、災害、相続人の事情などがあるため、より複雑になります。

 これは300万円で売れる確率が実際に75%だという意味ではありません。あくまで、「売却価格だけでなく成約確率を変数として考える必要がある」ということを示すための計算例です。

判断が逆転する条件

修繕によって売却期間が大きく短くなる場合

 80万円の修繕によって価格が50万円上がるだけなら、価格上昇だけでは修繕費を回収できません。しかし、売却期間が3年から半年に短縮され、年間25万円の維持費を2年6か月分、62万5,000円削減できるなら、価格上昇と維持費削減の合計は112万5,000円になります。

価格上昇50万円
+維持費削減62万5,000円
=112万5,000円

 この場合は修繕費80万円を上回るため、修繕が合理的になる可能性があります。

土地需要が高い場合

 古家付きでは250万円、更地なら550万円、解体費200万円と仮定すれば、単純な増加効果は100万円です。

550万円
-250万円
-200万円
=100万円

 さらに更地にすることで売却期間が短くなるなら、解体案が有利になる可能性があります。

維持費が高い場合

 遠方から管理へ通い、交通費、宿泊費、草刈りなどを含めて年間50万円かかる場合、2年間で100万円になります。50万円高く売るために2年間待っても、維持費だけで100万円かかるなら、早期売却の方が経済的に有利になります。

家族が将来使う可能性が高い場合

 数年後に子どもが住む、事業で使う、二地域居住に利用するなど具体的な計画がある場合には、売却しない選択が合理的になることもあります。ただし、「いつか使うかもしれない」という曖昧な理由だけで保有すると、維持費と老朽化だけが進む可能性があります。

 保有する場合には、「いつから」「誰が」「何のために」「いくらかけて」使用するのかを具体化した方がよいでしょう。

地方の実家売却で特に注意したい点

不動産会社の選択肢が少ないことがある

 都市部に比べ、地方ではその地域を積極的に扱う不動産会社が限られる場合があります。全国規模の会社よりも、地域の土地事情、移住需要、農地、山林、私道、浄化槽などを理解している地元事業者が適しているケースもあります。

 1社だけで判断せず、複数の事業者に仲介価格、買取価格、想定する買い手、売却期間、必要と考える修繕や解体、広告方法、値下げ基準などを確認すると、査定額の妥当性を比較しやすくなります。

土地と建物以外の物が多い

 地方の実家では、住宅だけでなく、倉庫、物置、農機具、井戸、浄化槽、庭石、樹木、未登記建物などが存在することがあります。売却後に撤去義務や故障、境界などを巡って問題にならないよう、契約前に誰が何を処分するのかを明確にしておく必要があります。

相続人が遠方に住んでいる

 相続人が遠方に住んでいる場合には、現金支出だけでなく時間負担も大きくなります。1回の訪問費用が1万円で年6回訪問すれば年間6万円、3年間では18万円となり、1回6時間かかるなら3年間で108時間を使うことになります。

1万円×年6回×3年
=18万円
6時間×年6回×3年
=108時間

 地方の実家を保有し続ける場合には、固定資産税だけでなく、こうした交通費と時間費用も長期的な負担として考える必要があります。

売却前チェックリスト

相続・登記

  • [ ] 登記上の所有者を確認した
  • [ ] 相続人を確定した
  • [ ] 遺言書の有無を確認した
  • [ ] 遺産分割の状況を確認した
  • [ ] 相続登記を確認・申請した
  • [ ] 現在の所有者・共有者を確認した
  • [ ] 共有者全員の売却意思を確認した
  • [ ] 売却代金の分配方法を決めた

土地・建物

  • [ ] 土地と建物の面積を確認した
  • [ ] 未登記建物の有無を確認した
  • [ ] 境界標を確認した
  • [ ] 接道条件を確認した
  • [ ] 再建築できるか確認した
  • [ ] 雨漏りや傾きを確認した
  • [ ] シロアリや腐朽を確認した
  • [ ] 浄化槽、井戸、給排水を確認した
  • [ ] 災害リスクを確認した
  • [ ] 家財や残置物の量を確認した

費用

  • [ ] 年間維持費を計算した
  • [ ] 家財処分費の見積りを取った
  • [ ] 修繕費の見積りを取った
  • [ ] 解体費の見積りを取った
  • [ ] 測量費の可能性を確認した
  • [ ] 仲介手数料の上限と予定額を確認した
  • [ ] その他の売却費用を確認した
  • [ ] 売却までの交通費を計算した
  • [ ] 管理に使う時間も確認した
  • [ ] 税金の概算を確認した
  • [ ] 税制特例の適用可能性を確認した

売却方法

  • [ ] 複数の査定を比較した
  • [ ] 査定価格の根拠を確認した
  • [ ] 仲介と買取を比較した
  • [ ] 現状売却と修繕後売却を比較した
  • [ ] 古家付きと更地売却を比較した
  • [ ] 想定売却期間を確認した
  • [ ] 想定成約確率も考えた
  • [ ] 値下げする基準を決めた
  • [ ] 売れなかった場合の次の案を決めた

実家売却の判断手順

第1段階 売却できる状態か確認する

 最初に相続人、所有者、共有関係、登記、境界、接道、再建築可能性などを確認します。権利関係に問題があれば、査定額やリフォームを検討するより先に整理する必要があります。

第2段階 現状での売却条件を確認する

 家財や建物を現状のままにした場合に、「いくらで」「どの程度の期間で」「どの程度の可能性で」売れそうなのかを確認します。この条件を、その後の比較の基準とします。

第3段階 追加費用による改善効果を比較する

 修繕、家財処分、測量、解体などを行った場合に、売却価格、売却期間、成約可能性がどの程度改善するかを確認します。

追加投資の効果
=売却価格の上昇
+維持費の削減
+成約可能性の改善による効果
-追加費用

 この結果が十分にプラスになると判断できる場合に、追加投資を検討します。

第4段階 税金と税引後の手取額を確認する

 売却価格から取得費、譲渡費用、適用できる特別控除などを考慮し、税引後の手取額を確認します。税制上の特例には期限と細かな要件があるため、売買契約や解体工事の前に確認することが重要です。

第5段階 時間価値と成約確率を考える

 半年後の150万円と3年後の170万円のように受取時期が異なる場合には、単純な金額だけでなく正味現在価値も参考になります。また、「予定価格で必ず売れる」と考えず、価格ごとの成約可能性や売れなかった場合の損失も考えます。

第6段階 売れなかった場合の期限を決める

 「売れるまで待つ」のではなく、3か月、6か月、1年などの時点で販売状況を再評価します。期限を決めなければ、維持費を払いながら数年間そのまま保有する状態になりやすくなります。

まとめ

 相続した実家を売る際、最初に目に入るのは査定価格ですが、査定価格が300万円だからといって300万円がそのまま手元に残るわけではありません。

 売却前には、次の10項目を確認する必要があります。

  1. 相続登記が完了しているか
  2. 現在の所有者・共有者の売却意思が一致しているか
  3. 査定価格と実際の成約価格を分けて考えているか
  4. 売却までの年間維持費を計算しているか
  5. 家財や残置物の処分費を見積もっているか
  6. 修繕して売るべきか、そのまま売るべきか
  7. 解体して更地にする方が有利か
  8. 境界、接道、再建築の条件を確認したか
  9. 税金の特例を利用できる可能性があるか
  10. 売れなかった場合の次の選択肢を考えているか

 今回の単純なモデルでは、300万円で2年間待って売る案の差引額は170万円、250万円で半年以内に売る案は157万5,000円となり、表面上の差は12万5,000円です。しかし、お金の時間価値、管理に使う時間、建物劣化、価格下落、予定価格で成約しない可能性まで考慮すると、その12万5,000円を得るために2年間待つことが合理的とは限りません。

 反対に、「空き家は早く処分した方がよい」と決めつけることも適切ではありません。土地需要が強い地域、短期間で価格上昇が期待できる条件、将来の具体的な利用予定などがあれば、一定期間保有する方が合理的な場合もあります。

 重要なのは、売却価格だけを一つ取り出して比較するのではなく、売却価格、売却期間、成約確率、維持費、追加費用、税金、時間負担を同じ枠組みで比較することです。

 実家の売却には思い出や家族関係も関わるため、金銭だけで決められないこともあります。それでも、金銭的条件と非金銭的条件を分けて整理し、複数の選択肢を同じ基準で比較すれば、相続人や家族の間でも判断理由を共有しやすくなります。

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