地域政経

九条レオンの地域から社会と政治・経済のこれからを考える

「制度を知っている」と「政治を動かせる」は同じではない

 選挙で候補者の経歴を眺めていると、「元財務官僚」「元経済産業官僚」「元総務官僚」といった肩書には、どこか特別な重みがある。難しい試験を突破し、霞が関で法律や予算、政策立案に携わってきたのだから、普通の政治家より政策に詳しいに違いないという印象を抱くのは自然だろうし、実際、その印象には一定の根拠がある。

 官僚経験は、政治家にとってかなり大きな武器になり得る。法律がどのように作られ、予算がどこで動き、省庁間の調整がどこで難しくなり、どの数字を示せば議論が進むのかという行政内部の地図を、官僚出身者はすでに一度歩いているからである。初めて永田町に来た政治家が地図を買うところから始めるとすれば、霞が関出身者は、その地図の裏側に書かれた注意書きまで知っていることがある。

 だから、「官僚出身の政治家は政策に強い」という言葉には確かに一面の真実がある。しかし問題は、その「政策に強い」という言葉が何を意味しているのかである。制度を知っていること、政策を設計できること、政治的に実現できること、さらにその結果に責任を持つことは、似ているようで実際にはかなり異なる能力だからだ。

政策を「知っている」ことと、政策を「決める」こと

 官僚の仕事では、制度を正確に理解し、法律や予算の制約を踏まえながら、政策を行政として実行可能な形へ落とし込む能力が要求される。思いつきをそのまま制度にすることはできず、財源はどこから出すのか、既存法との整合性はどうするのか、自治体や事業者は実際に動けるのか、副作用はどこに出るのかという問題を一つずつ処理しなければならないため、長く官僚として働いた人が政治家になれば、政策論議の解像度が高くなる可能性は十分にある。

 役所から提出された資料のどこを見れば本当の問題が分かるのか、「制度上難しい」という説明が本当に不可能を意味するのか、それとも単に組織が変化を嫌っているのかを見分けやすくなることもあるだろう。政治家と行政組織の間には情報量の差が生じやすいが、その差を縮められるという意味でも、官僚経験は明らかな強みになり得る。

 しかし、政治家にはその一段前にある仕事がある。何を政策課題として選び、誰の利益を優先し、どこまで負担を求めるのかを決める仕事である。

 高齢者医療を手厚くすれば現役世代の負担が増えるかもしれず、地方の公共交通を守れば財政支出は増えるが、採算だけで廃止すれば生活できない人が生まれる可能性がある。防災に多くの予算を使えば将来の被害を抑えられる一方、その分だけ現在の教育や福祉に使える資金は減ることになるため、こうした問題では数字を正確に計算するだけでは答えが出ない。

 政治とは、答えのある問題を解く仕事だけではなく、正解が一つではない問題について、社会としてどの価値を優先するのかを決める仕事でもある。その意味で、制度を理解する能力と、価値の衝突に対して決断する能力は、分けて考えた方がよい。

官僚は「何でも知っている専門家」ではない

 霞が関で働いた経験があると聞くと、その人が政策全般に精通しているように感じられることがあるが、実際の行政組織は分野ごとに細かく分かれており、財政、外交、社会保障、産業政策、農業、国土交通、教育では制度も関係者も歴史も異なる。一つの省庁の内部でも複数の部署を異動するため、幅広い行政経験を得ることはできるものの、一人の官僚が国家政策のすべてについて専門家になるわけではない。

 さらに、日本の官僚に求められてきた専門性は、研究者や技術者の専門性とも少し性格が違う。ある疾病を何十年も研究してきた医学研究者や、特定の半導体技術を掘り下げてきた技術者のように、一つの対象を深く追究する専門性だけではなく、制度を理解し、関係者を調整し、行政組織を動かす能力が大きな比重を占めてきた。

 そのため、元官僚という経歴だけを見て「政策全般に詳しい」と判断するのは危うい。本当に見るべきなのは、どの省庁にいたかだけではなく、何を担当し、どの程度まで意思決定に関わり、その経験を政治家になってからどの分野へ広げてきたのかである。

 名刺に書かれた省庁名は、その人の経歴を説明してくれる。しかし、その人の政策能力そのものまでは証明してくれない。

詳しすぎることが弱点になる可能性もある

 専門知識は多い方がよいように思えるが、専門性が高ければ高いほど必ず優れた政治判断ができるとは限らない。一つの制度の中に長くいるほど、「制度とはこういうものだ」という前提そのものを疑いにくくなる可能性があるからである。

 行政内部から見れば合理的な制度でも、その制度を利用する市民から見れば使いにくいことがある。役所にとって効率的な申請方法が、高齢者にとっては複雑すぎるかもしれず、財政的には合理的な学校や病院の統廃合が、地域住民にとっては生活基盤を失うことを意味する場合もある。

 ここで政治家に求められるのは、制度の内側から制度を見るだけでなく、制度の外側にいる人からどう見えるのかを想像する能力である。

 海外の政治家を対象とした実験研究では、特定の政策分野について高い専門性を持つ政治家ほど、自分と異なる有権者の意見について「問題の複雑さを十分理解していない」「事実に基づいていない」と評価しやすくなる傾向が確認された研究もある。もちろん、これは日本の元官僚政治家を直接調べた研究ではなく、その結果をそのまま日本政治へ当てはめることはできないが、専門知識が多ければ自動的に政治的応答性まで高まるわけではないことを考える材料にはなる。

 専門家であることは強みである。しかし、政治家にとっては、自分が詳しいからこそ見えなくなるものがないかを疑う姿勢もまた必要になるのである。

政治家には「正しい政策」より難しい仕事がある

 官僚から政治家になった瞬間、仕事の性質は大きく変わる。どれほど優れた政策案でも、国会で多数を集められなければ法律にはならず、与党内部の合意がなければ前へ進まず、野党、自治体、業界団体、関係者との調整が必要になることもあるうえ、国民に必要性を説明できなければ支持を失い、選挙に敗れれば政策を実行する立場そのものを失う。

 ここでは制度知識だけでは足りず、相手の利害を読み、どこまで譲り、どこを譲らず、いつ決断し、どの言葉で国民へ説明するかという能力が必要になる。政策の設計図を書く能力と、その設計図を持って多くの人を動かす能力は、似ているようで別物である。

 政治の現場では、理論上完璧な政策案より、多少不完全でも合意を形成し、実施し、結果を検証しながら改善していける政策の方が現実の成果につながることもある。これは「質の低い政策でよい」という意味ではなく、政策の質だけでなく、実現可能性、修正可能性、社会的受容も政治成果を左右するということである。

 その意味では、「政策通なのになぜ政治家として成功しないのか」という疑問は、政策能力という言葉を狭く考えすぎている可能性がある。政治家に必要なのは政策を知る能力だけではなく、その政策を現実社会の中で動かす能力だからである。

日本政治は「官僚対政治家」ほど単純ではない

 戦後日本の政治は、長い間「官僚が政策を作り、政治家がそれを追認する」と説明されることがあった。高度な専門知識を持つ霞が関と、選挙を仕事にする政治家という対比は分かりやすく、いまでも日本政治を説明するときに使われることがある。

 しかし政治学の古典的な研究を見ると、実際の政策形成はそこまで単純ではない。官僚は情報収集や制度設計、行政執行で重要な役割を果たしてきた一方、政治家も政策の優先順位や方向性を決め、官僚組織に影響を与えてきたため、どちらか一方が政策を作っているというより、異なる能力と権限を持つ政治家と官僚が交わる場所で政策が形になってきたと考えた方が実態に近い。

 ただし、ここにも時代の違いには注意が必要である。日本政治における官僚と政治家の関係を分析した代表的研究には1980年代のものがあり、それを現在の政官関係へそのまま当てはめることはできない。それでも、「官僚が政策を作り、政治家が承認するだけ」という単純な官僚支配モデルでは日本政治を十分に説明できないという指摘自体は、現在でも重要な視点である。

元官僚が減ったからといって、能力が低いとは言えない

 戦後政治を長い時間軸で見ると、自由民主党では、かつて官僚出身者が有力政治家への主要な経路の一つだったものの、その比重や重要ポストの占有率は長期的に変化してきたことが研究によって示されている。

 ただし、この変化だけから「官僚出身者の政治能力が低下した」と結論することはできない。政治家の経歴構成は、候補者選定の仕組み、世襲政治家の増加、選挙制度、政党組織、官僚自身の職業選択など、さまざまな要因によって左右されるからである。

 つまり、「元官僚の数が減った」という事実から、「元官僚は政治家として優秀ではない」と推論することはできない。

 それでも、官僚出身という経歴が政界で常に圧倒的な優位を保証してきたわけではなく、その価値が政治制度や時代によって変化してきたことは読み取れる。官僚経験は有力な武器ではあるが、それだけで政治家としての成功が決まるわけではないのである。

官僚出身者が優秀に見えるとき、本当に「官僚経験」の効果なのか

 さらに、もう一つ見落としやすい問題がある。仮に官僚出身の政治家が、他の政治家より政策知識や情報処理能力に優れているというデータが得られたとしても、それだけで「官僚経験がその能力を高めた」とは言えないことである。

 そもそも中央官庁に入る人々は、難しい採用試験を突破し、若い段階から政策や行政に強い関心を持ち、高い情報処理能力や学習能力を備えていた可能性がある。つまり、官僚になったから優秀になったのではなく、もともと特定の能力が高い人が官僚になり、その後政治家になっている可能性がある。

 統計や社会科学では、こうした問題を選抜効果と考える。観察された差が、官僚経験そのものによるものなのか、それとも官僚になる前から存在していた能力差によるものなのかを分けなければ、本当の因果関係は判断できない。

 この点は、「官僚出身政治家は政策に強い」という議論を考える上で非常に重要である。経歴と能力に相関があったとしても、その経歴が能力を生み出したとは限らないからだ。

「元官僚」という肩書から何を読むべきか

 では、有権者は官僚出身の政治家をどう評価すればよいのだろうか。

 元官僚という経歴を無視する必要はない。制度への理解、行政組織との交渉能力、法律や予算を読み解く力について、他の職業出身者より有利な出発点に立っている可能性は十分にあり、とりわけ官僚時代の担当分野と政治家として取り組む政策分野が重なっている場合、その経験はかなり強い武器になる。

 しかし、そこで評価を終わらせてしまうと、経歴を能力と取り違えることになる。

 見るべきなのは、役所で覚えた制度を説明できるかではなく、その制度を必要なら疑えるかであり、財源の制約を語るだけでなく、何を優先するかを決断できるかであり、専門家の言葉を国民へ伝えるだけでなく、国民の言葉を専門家へ持ち帰れるかというところにある。

 さらに、自分が正しいと思った政策が実施された後、本当に望んだ結果を生んだのかを検証し、間違っていれば修正できるかどうかも重要である。

 そこまでできて初めて、行政経験は政治能力へ変わる。

政治家に必要なのは、地図を持つことだけではない

 霞が関で長く働いた人は、国家という巨大な仕組みの地図を持って政界へ入ってくる。その地図には、法律という道路があり、予算という川があり、省庁という山があり、制度変更を阻む崖まで細かく描かれている。その地図を持たずに政治を始める人と比べれば、出発地点では確かに有利だろう。

 しかし政治家の仕事は、地図を読むことでは終わらない。どこへ行くべきなのかを決め、道の途中で利益を失う人を説得し、別の道を望む人と交渉し、予定していた道が行き止まりなら引き返し、目的地そのものが間違っていたと分かれば地図を書き換えることさえ求められる。

 だから、「官僚出身の政治家は本当に政策に強いのか」という問いへの答えは、単純な「はい」でも「いいえ」でもない。

 官僚経験は、制度を理解し、政策を設計し、行政組織を動かす上では大きな強みになり得る。しかし、政策を選び、人を説得し、合意を作り、実行し、その結果を検証し、必要なら修正するところまで含めて政治能力と呼ぶなら、元官僚という肩書だけでは何も保証されない。

 選挙公報に「元官僚」と書かれているとき、私たちはその肩書を能力の証明書として読むのではなく、その人がどのような地図を持って政治の世界へ来たのかを示す経歴として読んだ方がよい。

 そして最後に問うべきなのは、その人が地図をどれほど詳しく知っているかではなく、その地図を使って、私たちをどこへ連れて行こうとしているのかなのである。

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 地方議会の議員報酬ほど、見る場所によって値段の意味が変わるものは少ない。住民の側から見れば、「議会は一年中開かれているわけではないのに、毎月これだけ受け取るのか」という疑問が生まれる一方、四十代や五十代の会社員が仕事を辞め、四年後には落選して収入を失うかもしれない人生を選ぼうとすれば、「この金額で現在の仕事と将来を捨てられるのか」という、まったく反対の疑問が現れる。同じ二十万円、三十万円、四十万円という数字が、一方からは高く見え、もう一方からは安く見えるのである。

 この食い違いを、「議員はもらいすぎだ」「いや、報酬が低いから人が集まらない」という二つの主張に分けてしまうと、地方議会が抱えている問題の核心は見えにくくなる。本当に考えなければならないのは、議員一人がいくら受け取っているかだけではなく、その報酬水準によって、どのような人なら政治に参加でき、反対にどのような人が立候補する前から選択肢を失っているのかという問題だからである。

月二十万円台の町議は、本当に高給なのか

 全国町村議会議長会の調査によれば、令和七年七月時点の町村議会一般議員の平均報酬月額は二十二万二千七百四十円で、人口五千人未満の町村では十九万一千六百二十四円、人口二万人以上では二十七万三千三百四十円となっている。同じ町村議会でも人口規模による差はかなり大きく、全国平均の一つの数字だけで「町議はこの程度もらっている」と語ることには注意が必要である。

 市議会になると金額はさらに上がる。全国市議会議長会の令和七年十二月末時点の調査では、一般市議会議員の平均報酬月額は四十二万九千円、人口五万人未満の市では三十四万二千円、指定都市では七十八万九千円となっている。したがって「市議会議員」という名称が同じでも、人口数万人の小都市と数百万人規模の大都市では、報酬も仕事の規模も、議員一人が代表する住民数もまったく違い、町議会まで含めて地方議員を一つの職業のように扱うこと自体が、かなり粗い議論なのである。

 さらに、月額報酬だけを十二倍して議員の年間収入と考えるのも正確ではない。町村議会では六月と十二月に期末手当が支給される自治体がほとんどで、令和七年調査では年間平均支給率が三・六三月分となっている。平均月額二十二万二千七百四十円に十二か月と三・六三月分を単純に掛ければ約三百四十八万円となり、実際には多くの自治体で期末手当の算定基礎に加算措置も設けられているため、月額だけから「年収二百数十万円の仕事」と理解するのは実態を過小評価する。

 ここまでを見れば、「地方の所得水準を考えれば、それほど安くないではないか」という住民の感覚にも相応の根拠がある。特に人口の少ない地域では、年金生活者や非正規雇用者、所得の低い自営業者も少なくないため、公費から年間数百万円を受け取る議員を見て、それを「安い」と感じられない人がいるのは当然だろう。

 ところが、議員報酬の妥当性を一般の所得と比較するときには、数字の向きを反対側から見る必要もある。

議員報酬より高い「立候補の値段」

 たとえば四十五歳の会社員がいるとする。住宅ローンを払い、子どもの教育費を負担し、毎月の給与と賞与を受け取り、厚生年金にも加入しながら働いている。その人が地域の将来に危機感を持ち、「町議会議員になってみよう」と考えたとき、比較するのは議員報酬とゼロ円ではない。現在受け取っている給与、賞与、社会保険、退職金、昇進の可能性、会社員としての経験の蓄積、そして来年も再来年も仕事が続くという安定性と、議員になった場合の収入と将来を比較する。

 経済学では、何かを選ぶことによって失われる別の選択肢の価値を「機会費用」と考える。地方議員についても、この考え方は重要であり、同じ年間三百五十万円の報酬であっても、退職後の人にとっての三百五十万円と、年収六百万円の現役会社員にとっての三百五十万円では意味がまったく異なる。議員報酬の絶対額だけでは、立候補の経済的負担を測ることはできないのである。

 しかも地方議員は、四年ごとに選挙という審判を受ける。会社を辞めて初当選したとしても、四年後に再選される保証はなく、落選した時点で元の職場や元の待遇へ戻れる制度が一般的に保障されているわけでもない。この将来所得の不確実性まで考えれば、現役世代が議員になるために要求する報酬は、単純な現在所得との差額以上に大きくなる。

 ここで一つ注意しておきたいのは、会社員には選挙運動のための時間について一定の法的保護があることである。労働基準法上、法定の選挙運動期間中に選挙運動を行うため必要な時間を請求した場合、使用者は原則としてこれを拒むことができない。しかし、これは立候補準備から当選後の四年間の休職、任期終了後の復職まで一貫して職業生活を保障する制度ではないため、「会社を辞めずに地方議員になりやすい社会が完成している」という意味にはならない。

 したがって、地方議員のなり手不足を考えるとき、「報酬はいくらか」だけでは足りず、「議員になるために何を失わなければならないのか」まで見なければならない。

議員の高齢化は何を意味しているのか

 令和七年の町村議会議員の平均年齢は六十四・九歳で、六十歳代が三二・四%、七十歳代が三七・六%、八十歳以上も三・七%を占める。つまり町村議員のおよそ四人に三人が六十歳以上であり、女性議員の割合は一四・六%にとどまっている。また職業別では議員専業が二五・一%、農業が二三・七%を占めている。

 この数字から直ちに「報酬が低いから高齢者ばかりになった」と結論づけることはできない。地方そのものの高齢化、若者の都市流出、農業や自営業中心の地域産業構造、議員活動に必要な時間、地域社会における知名度や人間関係など、候補者の年齢構成を左右する要因は数多く存在するからである。また、報酬を上げれば女性議員や若年議員が自動的に増えるという強い実証的証拠が確立しているわけでもない。

 しかし、現役の会社員ほど議員になることで失う所得や職業上の安定が大きくなりやすいことを考えれば、報酬水準や兼業の難しさが候補者の構成に何らかの選別作用を及ぼす可能性は十分にある。ここで問題なのは、高齢の議員が多いこと自体ではなく、年齢や職業にかかわらず立候補したい人が競争できる制度になっているかどうかである。

選挙をしない町が増えている

 地方議会のなり手不足を最も分かりやすく表す数字の一つが、無投票選挙の増加である。全国町村議会議長会の集計では、平成二十三年五月から平成二十七年四月までに行われた町村議会一般選挙のうち無投票となった議会は二〇・四%だったが、その次の四年間には二一・九%、令和元年五月から令和五年四月までには二七・四%へ上昇した。さらに令和五年の統一地方選挙では、三百七十三町村のうち百二十三町村、実に三三・〇%が無投票となった。

 候補者数が議席数以下であれば、制度として議会は成立しても、住民には「誰を議員にするか」を選ぶ機会がない。選挙管理委員会もあり、議席もあり、任期もあるのに、候補者同士を比較して投票するという民主主義の競争部分だけが消えていくのである。

 では、その原因は議員報酬の低さなのだろうか。

 全国町村議会議長会の分析を見ると、無投票となった町村議会の一般議員平均月額報酬は約十九万五千五百円で、無投票ではなかった議会の約二十一万七千四百円より二万円余り低く、統計的にも有意な差が確認されている。したがって「報酬が低い自治体ほど無投票になりやすい傾向が存在する」というところまでは、データによってかなり強く支持されている。

 しかし、ここから「報酬が低いから無投票になった」と言い切ることはできない。無投票となる町村は人口規模が小さく、人口密度や産業構造、財政力、議員定数なども異なる場合が多く、人口減少が報酬水準と候補者不足の双方に影響している可能性もある。報酬、人口、定数などを組み合わせて無投票を説明した分析でも、モデルが説明できる変動は約五%程度にとどまっており、報酬だけで地方議会のなり手不足の大部分を説明できるわけではない。

 これは統計を読むうえで重要な違いである。「関係がある」ことと、「原因である」ことは同じではない。報酬が低い地域ほど無投票が多いという現象が確認されても、報酬を引き上げれば必ず候補者が増えるとは限らず、人口減少、若者流出、地域経済の縮小、選挙運動への負担、議員活動と本業との両立の難しさなどが複雑に重なっていると考える方が科学的には妥当である。

 したがって、報酬の低さは「なり手不足の原因」と断定するよりも、「なり手不足を構成する重要な要因の一つ」と捉えるのが適切だろう。

「議会に出る日数」で時給を計算してはいけない

 地方議員への批判でしばしば聞かれるのが、「議会は一年中開かれていないのだから、月に何十万円も払うのは高すぎる」という議論である。確かに、本会議への出席日数だけを数えれば、一般企業の年間勤務日数よりはるかに少ない自治体が多いだろう。

 しかし、この計算には分母の取り方に問題がある。

 地方議員の仕事には、本会議への出席だけでなく、予算書や決算書の分析、条例案の検討、委員会審査、一般質問の準備、行政への調査、住民相談、地域課題の把握などが含まれる。地方自治法でも、議会は地方公共団体の重要な意思決定を担う議事機関であり、議員は住民の負託を受けて職務を行う存在として位置づけられているため、議員を「議場に座っている時間だけ働く人」とみなすことは制度的にも適切ではない。

 とはいえ、ここで反対方向の誇張をしてもいけない。地方議員が年間何時間働いているかについて、全国の自治体を同じ方法で測定した精密な実働時間データが十分に整備されているわけではなく、非常によく調査して政策提言を続ける議員もいれば、住民から活動がほとんど見えない議員もいるだろう。したがって、「議員は実際には大変な長時間労働だから報酬は安い」と断定することも、「本会議の日数が少ないから実質時給は非常に高い」と断定することも、どちらもデータが足りない。

 合理的な結論はもっと地味であり、「本会議の開催日数だけから議員の実質的な時間単価を計算することはできない」ということである。

議員報酬を削れば、自治体財政は救われるのか

 議員報酬を上げようとすると、「人口が減り、財政も厳しい時代に、なぜ議員だけ給料を上げるのか」という反発が起きる。この感情には理解できる部分があるが、財政問題として考えるなら、自治体全体の歳出に対して議会関係費がどの程度を占めているのかも確認する必要がある。

 令和七年度当初予算の全国町村平均では、一般会計歳出は約八十五億一千二百万円、議会費は約八千五十三万円であり、構成比は〇・九%となっている。しかも、この議会費には議員報酬だけではなく、議会事務局職員の給与、共済費、旅費、委託費なども含まれているため、議員報酬だけを削減して自治体財政を劇的に改善することは数理的に考えにくい。

 たとえば一般議員十人の月額報酬を一人三万円ずつ引き下げ、期末手当も同じ割合で減ると仮定した場合、年間削減額は概算で五百万円弱となる。八十五億円規模の一般会計に対しては約〇・〇六%程度にすぎず、もちろん小さな金額だから無視してよいという意味ではないものの、自治体財政再建の主役になり得る規模でもない。

 むしろ考えるべきなのは、数百万円を節約することで議員への参入障壁が高くなり、その結果として数十億円規模の予算を監視する議会の競争性や専門性が弱くなった場合、本当に自治体全体として得をしたことになるのかという点である。議員報酬は政治家個人への給付であると同時に、行政を監視する人材を確保するための制度コストでもある。

 もちろん、だからといって「議会費は一%未満だから、報酬はいくら上げても問題ない」という結論にもならない。報酬を増やした結果として候補者が増え、議会活動が活発になり、行政監視が強化されるのでなければ、支出増加の合理性は弱い。財政負担が小さいことと、政策効果があることも、やはり別の問題である。

報酬を上げるだけでは、会社員は議場へ来ない

 地方議会のなり手不足を報酬だけで解決しようとすると、別の壁にぶつかる。仮に町議会議員の月額報酬を二十二万円から三十万円へ引き上げても、現在年収六百万円を得ている四十代会社員が、それだけを理由に会社を辞めて立候補するかと考えれば、答えは簡単ではない。

 地方議員は、議員という身分そのものによって厚生年金保険の加入資格が与えられているわけではなく、現在も地方議会関係団体から厚生年金制度への加入を求める要望が続いている。また、議員が当該自治体と行う請負については法改正によって一定の規制緩和が行われ、各会計年度に自治体から支払われる請負対価の総額が三百万円以下であれば規制の対象から除かれるようになったが、これも自営業者などの参入障壁を一部緩和する措置にすぎない。

 現役世代が政治に参加しやすくするには、報酬だけでなく、兼業のしやすさ、勤務先の休職制度、任期終了後の復職可能性、社会保険、育児や介護との両立、夜間・休日議会の活用などを含めて考える必要がある。地方議員のなり手不足は、給与問題というより、政治を一時的な職業として選んでも人生全体が破綻しにくい制度になっているかという、職業設計の問題でもある。

そもそも「高い」「安い」は何と比べるのか

 ここまで考えると、議員報酬について「高い」「安い」と言うためには、比較する物差しそのものを決めなければならないことが分かる。

 住民の立場から見た適正さを考えるなら、その地域で働く人の所得水準との比較が必要になる。年間三百五十万円の報酬は、平均年収六百万円の地域なら低く見えるかもしれないが、所得水準が大幅に低い地域では高く見える可能性がある。この意味では、住民が「議員はもらいすぎではないか」と感じることにも経済的な根拠がある。

 仕事の価値という観点から判断するなら、議員が実際に何時間活動し、どれだけの政策形成や行政監視を担っているかを測る必要がある。しかし、全国共通の実働時間データが十分でない以上、ここから正確な「議員の時給」を計算することは難しい。

 そして最も政策的に重要なのは、人材確保という観点である。報酬を一〇%上げた自治体で候補者数や選挙競争率がどの程度変化したのかを、似た条件の報酬を変えなかった自治体と比較できれば、報酬引き上げが本当に議員のなり手を増やすのかをより厳密に検証できる。地方議会の報酬問題には、このような実証研究がさらに必要なのである。

高すぎるのに、安すぎるという矛盾

 結局のところ、「地方議員の報酬は高すぎるのか、それとも安すぎるのか」という問いには、全国一律の答えは存在しない。

 人口数千人の町で年間数百万円の報酬を公費から支給することを高いと感じる住民の感覚には理由があり、同時に、安定した会社員が給与、賞与、厚生年金、昇進、退職金、そして四年後も働けるという職業上の安定を捨てる対価としては、その金額が低すぎるという判断にも合理性がある。

 つまり地方議員の報酬は、住民所得との比較では高く見える一方、現役世代を政治へ呼び込むための価格としては安くなり得る。この二つは矛盾しているように見えるが、比較しているものが違うため、同時に成立する。

 問題は、この二種類の「値段」を同じものとして議論してきたことにあるのかもしれない。

 報酬を下げれば、税金を節約したという分かりやすい成果を住民へ示すことができる。しかし、その金額では立候補できる人がさらに限られ、無投票選挙が増え、議会が地域社会の一部の属性だけで構成されるようになれば、節約した金額とは別の場所で民主主義のコストを支払うことになる。

 逆に報酬を上げるだけで活動内容を公開せず、議員個人による仕事量の差も検証せず、候補者が増えたかどうかも確かめないのであれば、それは単なる公費負担の増加に終わる可能性がある。必要なのは、報酬額だけを上下させることではなく、議員が何をしているのかを見えるようにし、その責任と活動に見合った報酬を設定すると同時に、会社員、自営業者、子育て世代などが職業人生を壊さず政治に参加できる仕組みを整えることである。

 無投票となる町村が珍しくなくなった現在、地方議員報酬は、もはや政治家が「いくらもらっているのか」というだけの話ではない。

 私たちが考えるべきなのは、その報酬で、どのような人なら議員になることができるのかということであり、さらに重要なのは、その報酬と制度のために、本来なら候補者になったかもしれないどのような人が、名前を投票用紙に載せる前に諦めているのかということである。

 地方議会の報酬を削ることは簡単である。しかし、候補者がいなくなった議会に、あとから競争を買い戻すことは難しい。

 議員報酬とは、政治家個人につけられた値札であると同時に、住民が「誰に地域を任せるのか」を選べる状態を維持するための費用でもある。地方から無投票選挙が増えているいま、私たちが決めようとしているのは、議員一人の給料だけではなく、民主主義にいくらまで払うつもりなのかという、もう少し大きな値段なのかもしれない。

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 もし現在の国会議員が、海外のカジノで巨額の金を失ったことを報じられ、その金をめぐって実業家との関係まで国会で追及されたなら、その政治生命はどこまで持つだろうか。さらに数年後、国会の重要な委員会を預かる立場にありながら激しい発言で審議を混乱させ、それでもその後の選挙で再び当選したとすれば、私たちはおそらく「なぜこの政治家は許されたのか」と考える。

 浜田幸一という政治家を振り返ると、まさにその疑問が浮かんでくる。後年、「ハマコー」と呼ばれ、テレビ番組で豪快に笑い、政治の裏話を語る姿だけを覚えている人にとって、浜田は少し口の悪い、どこか憎めない元政治家だったかもしれない。しかし、その政治人生をたどれば、単なる「面白い政治家」という言葉では収まらない。自民党内の激しい抗争の中で存在感を示し、ラスベガスでの賭博問題では議員を辞職し、政界復帰後には衆議院予算委員長となりながら、日本共産党の宮本顕治をめぐる発言によって委員会審議を混乱させ、再び職を辞することになった。

 それにもかかわらず、浜田は政治の世界から完全には消えなかった。むしろ、一度退場した後に選挙で復活し、問題発言によって重要な役職を辞した後にも議席を守り、政界引退後にはテレビの世界で「ハマコー」という新しい人物像を確立した。ここにあるのは、「昔は何でも許された」という単純な昭和懐古ではない。浜田本人だけでなく、彼を再び選んだ有権者、完全には排除しなかった政党、そして後年になって彼を娯楽の世界へ迎え入れたメディアまで含めて考えなければ、この政治家の特異な生存力は理解できないのである。

「許された」という言葉から疑ってみる

 最初に確認しておかなければならないのは、浜田幸一が「何をしても責任を取らなかった政治家」ではないという事実である。1980年、ラスベガスでの賭博問題が大きく取り上げられると、浜田は衆議院議員を辞職した。1988年、予算委員長としての発言をめぐって国会が紛糾した際にも、委員長を辞任している。したがって、「昭和の政治家だから不祥事を起こしても何の責任も問われなかった」と説明してしまうと、かえって事実から遠ざかる。

 興味深いのは、その後である。1979年の衆議院選挙で浜田は7万98票を獲得し、得票率16.7%で旧千葉3区の1位だった。ラスベガス問題による議員辞職を経て、1983年に復帰すると8万5327票、得票率18.3%で再び1位となり、1986年にはさらに10万5908票、得票率23.1%まで伸ばしている。スキャンダル以前より復帰後の方が得票数も得票率も増えている以上、「問題を起こした後も支持基盤が崩壊しなかった」という点は印象論ではなく、選挙結果そのものが示している。

 ただし、ここからただちに「有権者が浜田を許した」と結論づけることはできない。選挙結果から分かるのは、何人が浜田に投票したかという集団としての事実であって、一人ひとりが何を考えて投票したかではないからである。ある人は反省したと考えたのかもしれず、別の人は地元への働きを評価したのかもしれないし、単に同じ自民党候補の中で浜田を選んだ可能性もある。集団の数字から個人の心理を直接読み取れば、生態学的誤謬に陥る。

 したがって、この記事でいう「許された」とは、道徳的な免罪を意味するものではない。より正確に言えば、浜田幸一は重大な問題を経験しながらも、政治的支持を完全には失わず、再び公職へ戻ることを有権者から認められた政治家だったのである。

浜田を支えたのは「昭和の寛容さ」だけではない

 浜田の復活を考えるうえで欠かせないのが、当時の選挙制度である。現在の衆議院選挙では小選挙区制が大きな役割を占めるが、浜田が政治家として活動していた時代の中心は中選挙区制で、一つの選挙区から複数の議員が選ばれ、同じ自民党から複数の候補者が立つことも珍しくなかった。

 この制度では、「自民党を支持するかどうか」だけでは選挙は終わらない。同じ自民党候補の中から誰を選ぶのかという競争が起こるため、候補者本人の後援会、人脈、地域との結び付き、知名度、地元への利益還元能力への期待といった、政党とは別の個人的支持基盤が重要になる。浜田幸一が生きたのは、まさにそうした政治環境だった。

 だからこそ、浜田の復活を「有権者が不祥事に甘かった」とだけ解釈するのは弱い。むしろ、問題が起きても崩れないだけの個人的支持基盤があり、その支持基盤を維持できる政治制度が存在し、さらに浜田自身が「この人物なら中央で何かを動かしてくれる」と思わせるタイプの政治家だったという複数の条件が重なったと考える方が合理的である。

 政治家を評価する際、私たちは政策や倫理だけを見ていると思いがちだが、実際の投票行動はそれほど単純ではない。「この人は自分たちの側にいる」「何かあれば動いてくれる」「中央に物を言える」という感覚も一票を生み出す。浜田の選挙結果は、そのような候補者個人への支持が、政治的不祥事を経験してもなお残り得ることを示す一つの事例なのである。

辞めたことと、時間がたったこと

 浜田が復活できた理由として、「問題を起こしたときに一度辞めたからだ」と考えることもできる。確かに、政治における辞職には法律上の責任とは別の意味があり、地位を手放すことによって一つの事件に社会的な区切りを与える作用がある。

 1980年の浜田は議員そのものを辞職したため、1983年の選挙で有権者に問われたのは、「問題を起こした議員をそのまま居座らせるか」ではなく、「一度議席を失った人物をもう一度国会へ送り出すか」という新しい選択だった。この違いは小さくない。

 しかし、辞職だけが復活の原因だったと断定することもできない。ラスベガス問題による辞職から1983年の復帰選挙までは約3年8か月が経過しており、その間に問題そのものが有権者の評価の中で相対的に小さくなった可能性があるからである。政治スキャンダルについては、時間の経過によって選挙への影響が弱くなる傾向が海外の実証研究でも指摘されており、浜田の場合にも、辞職による政治的区切りと時間の経過の双方が作用した可能性を考えるべきだろう。

 つまり、浜田の復活を一つの理由で説明することは難しい。責任を取る行為、時間の経過、強い個人支持、当時の選挙制度、そして本人の政治的な存在感が重なった結果として見る方が、事実には近い。

「やはりハマコーだ」と思わせる人物

 それでも、制度だけでは説明し切れないものが浜田幸一にはあった。彼は最初から清廉潔白な優等生型政治家として自分を売り込んでいた人物ではない。言葉は荒く、行動は派手で、人間関係も政治抗争も泥臭く、その危うさを本人が完全に隠そうとしているようには見えなかった。

 ここには政治心理学的に興味深い問題がある。人間は、人物そのものの欠点だけではなく、自分がそれまで抱いていた人物像との食い違いによって強く反応することがある。清廉さを最大の売りにしてきた政治家に金銭問題が発覚すれば、それは単なる一件の不祥事ではなく、「この人物は自分たちが思っていた人間ではなかった」という期待の崩壊になる。一方、もともと荒っぽく危なっかしい人物として認識されていた政治家の場合、同じ種類の問題が起きても、人物像そのものが完全に反転するとは限らない。

 もちろん、浜田の支持者が実際に「期待を裏切られなかったから投票した」と証明する調査データが存在するわけではない。しかし、政治家の一貫性や真正性、すなわち「この人は良くも悪くも自分を偽っていない」と有権者が感じることが支持に影響するという政治心理学の知見を考えれば、浜田が自分の荒っぽさまで含めて一貫した人物として受け止められていたことが、完全な拒絶を免れた一因だった可能性はある。

 ここが浜田幸一という政治家の少し不気味なところでもある。欠点を隠さないことは、欠点そのものを消すわけではない。それにもかかわらず、人は「最初からこういう人だった」と感じた瞬間、その欠点を人物像の中へ吸収してしまうことがある。

国会議員として危険な性質が、大衆には魅力になった

 1988年、衆議院予算委員長だった浜田は、日本共産党の宮本顕治をめぐる激しい発言を行い、野党の反発を招いた。予算委員会は約1週間にわたって審議が止まり、浜田は最終的に委員長を辞任した。

 予算委員長という役職には、政治的主張以前に議事を公平かつ安定して運営する責任がある。その意味で、浜田の行動が批判を受けたことには十分な理由があり、「率直だったから仕方がない」と美化することはできない。

 ところが、浜田の政治家としての危うさと、大衆に言葉を届ける能力は、実は同じ場所から生まれていた。国会答弁では、制度上の事情もあって「検討する」「適切に対応する」「総合的に判断する」といった慎重な表現が多くなり、それは政治を安定させる一方で、有権者には何を考えているのか分かりにくく映ることがある。浜田はその反対側に立ち、言い過ぎるほど言い、感情を隠さず、相手の名前を挙げ、自分の考えをむき出しにした。

 委員長として見れば危険だが、テレビで見れば分かりやすい。この矛盾こそが、のちに「ハマコー」というキャラクターが成立する土台になったと考えることができる。

1990年の選挙を見ると、「完全に許された」わけではない

 もっとも、浜田への支持が何の影響も受けなかったと考えるのも正しくない。1986年には10万5908票、得票率23.1%で1位だった浜田は、1988年の予算委員長辞任を挟んだ1990年の選挙では8万5120票、得票率16.7%となり、順位も3位に下がっている。

 単純計算では得票数が2万788票、約19.6%減っており、これだけを見るなら「問題発言によって支持を失った」と考えたくなる。しかし、この推論にも注意が必要である。1986年は自民党が全国的に大勝した選挙だったのに対し、1990年には社会党が大きく伸び、旧千葉3区でも社会党候補がトップ当選しているため、浜田個人の問題だけではなく、全国的な政治状況や候補者構成の変化も数字に含まれているからだ。

 したがって、1988年の問題が浜田の得票にどの程度影響したのかを、この数字だけで分離することはできない。ただし、「問題を起こしても全く票を失わなかった」という説明も成立しないことは分かる。

 浜田は何をしても無傷だったわけではない。しかし、傷を負っても議席を失うところまでは崩れなかった。この違いこそ、「なぜ許されたのか」を考えるうえで重要なのである。

テレビは政治家の欠点を別の価値に変えた

 1993年に政界を引退した後、浜田幸一はテレビへ活動の場を移していく。そこで起きたのは、彼自身が突然別人になったことではなく、同じ性格の社会的な意味が変わるという現象だった。

 国会議員が大声で相手を攻撃すれば、権力を持つ人物の粗暴さとして問題になる。しかし、すでに公職を離れた人物がテレビで同じことをすれば、それは「歯に衣着せぬ発言」と呼ばれ、番組の見せ場になる。政治家時代には欠点だった遠慮のなさ、怒りっぽさ、豪快さ、裏話を包み隠さず話す性格が、テレビの世界ではそのまま商品価値へ変換されたのである。

 これを「テレビによって浜田が無害化された」と表現することはできるが、それは厳密な実証結果というより一つの解釈である。より正確には、政治権力を持った人物の粗暴さとして受け止められていたものが、権力を離れた後にはテレビ出演者の個性として消費されるようになった、と考えるべきだろう。

 人は、ときとして人物そのものを許すのではなく、その人物が置かれる場所を変えることで受け入れる。政治家として危険だったものが、芸能的な人物としては面白さになるという変化は、浜田幸一の後半生を象徴している。

「昭和だから許された」では、何も分からない

 浜田幸一を語るとき、「昭和はおおらかな時代だった」という言葉は便利である。しかし、それだけで説明してしまえば、かえって当時の政治を単純化することになる。

 浜田のラスベガス問題は当時も大きく批判され、その結果として本人は議員を辞職している。予算委員長時代の発言も問題となり、その職を失った。当時の社会が政治家に何をしても許していたのであれば、そもそも辞職も辞任も必要なかったはずである。

 違ったのは、「一度問題を起こした人間は二度と政治へ戻ってはならない」という判断が必ずしも共有されていなかったことであり、そこには当時の選挙制度、地域に根差した後援会政治、政治家個人への支持、責任を取った後の再挑戦を認める感覚などが複雑に重なっていた。

 したがって、浜田幸一を「昭和だから存在できた政治家」とだけ呼ぶのでは不十分である。彼は昭和政治の制度と文化の中で強かった政治家であると同時に、人間が政治家を政策と倫理だけでは評価しないという、時代を超えた問題を見せている。

浜田幸一は、本当に許されたのか

 ここで、最初の問いそのものを疑ってみたい。浜田幸一は、本当に「許された政治家」だったのだろうか。

 衆議院議員を通算七期務めたとはいえ、彼は政治家として完全に無傷だったわけではない。議員辞職も経験し、予算委員長も辞任し、選挙では得票を落とした時期もある。閣僚に就くこともなく、最終的には1993年に政界を去った。

 それでも彼は完全には排除されなかった。

 この事実を説明するのに、一つの美しい物語を作る必要はない。中選挙区制の下で個人票が重要だったこと、地元に強い支持基盤が存在したこと、問題後に地位を手放したこと、復帰まで時間があったこと、荒っぽさまで含めて人物像に一貫性があったこと、そして政界引退後にはテレビがその性格を別の価値へ変えたこと、それらが重なったと考える方が自然である。

 だから浜田幸一について「有権者が不祥事を忘れた」と考える必要も、「昔の日本人は政治倫理に鈍感だった」と決めつける必要もない。選挙結果が示しているのは、もっと人間臭い現実である。人は政治家に欠点があると知っていても、それとは別の価値を高く評価すれば票を投じることがある。

最後に残るのは、浜田ではなく有権者の問題である

 浜田幸一という人物を追いかけていくと、やがて「なぜ浜田は許されたのか」という問いが、「私たちは政治家の何を見ているのか」という問いへ変わっていく。

 私たちは政策を比較して政治家を選んでいるつもりでいても、実際にはその人の話し方、表情、親しみやすさ、力強さ、自分たちの側にいるように見えるかどうか、そして期待していた人物像を裏切ったかどうかまで含めて判断している。そこでは政策評価と人物評価を完全に切り離すことは難しく、倫理的な問題があったからといって、その人物が持つ他の政治的価値が自動的にゼロになるわけでもない。

 浜田幸一は、完全に許された政治家だったというより、問題を起こしては代償を払い、それでも支持基盤を失い切らず、政治の舞台を降りた後には別の役割を与えられながら社会の中に残った政治家だった。

 そして、その生き残り方を可能にしたものを浜田本人の特殊な才能だけに求めてしまえば、もっと重要なものを見落とす。

 政治家は、有権者が選ぶから政治家になる。

 浜田幸一という政治家が存在できた背景には、浜田幸一を必要とし、評価し、ときには批判しながらも完全には拒絶しなかった社会があった。だから「なぜ浜田幸一は許されたのか」という問いは、最後には「なぜ私たちは、ある政治家には厳しく、別の政治家には驚くほど寛容になるのか」という問いへ戻ってくる。

 そこまで考えたとき、浜田幸一は単なる昭和の名物政治家ではなくなる。彼は、民主政治が政策や制度だけでは動かず、感情、人物像、地域との関係、記憶、時間、そして人間の好き嫌いによっても動いていることを、きわめて分かりやすい形で残した政治家だったのである。

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 政治家とは、本来なら政策や実績によって記憶される職業のはずである。どの法律に関わり、どんな政策を進め、危機に際してどのような判断をしたのか。その積み重ねが政治家の評価になる、と私たちは考えている。ところが小泉進次郎という政治家には、少し違った現象が起きている。個別の政策について詳しく知らない人であっても、「進次郎構文」と呼ばれる独特の言い回しや、「セクシー」「プラスチックは石油」といった断片的な言葉なら知っていることがあるからだ。

 もちろん、「発言の一部分が本人より有名」という題名は、文字どおり発言の認知率が小泉進次郎本人の認知率を上回っているという意味ではない。そのような比較を直接行った調査が存在するわけでもない。ここで問題にしたいのは、政治家として何を行った人物なのかよりも、どのような言葉を話す人物なのかというイメージが先に想起されることがあるという、もっと奇妙な現象である。

 しかも、記憶されるのは長い演説や記者会見の全体ではない。一語、一文、あるいは十数秒ほどの短い部分である。政治家本人が何十分も話した言葉の森から一本の枝だけが折り取られ、その枝が繰り返し運ばれていくうちに、いつの間にか森そのものを代表するようになる。

 なぜこんなことが起きるのだろうか。単純に「小泉進次郎の発言がおかしいから」と片づけてしまえば話は簡単だが、それだけでは説明できない。そこには本人の話し方だけでなく、ニュースが言葉を短くする仕組み、SNS(Social Networking Service・交流型ソーシャルメディア)が特徴的な情報を増幅する仕組み、模倣したくなる言語の構造、そして一度抱いた人物像に合った情報を選んでしまう私たち自身の認知まで関係している可能性がある。

 小泉進次郎という政治家を見ているようで、実は私たちは、現代社会がどのようにして政治家のイメージを作るのかを見ているのかもしれない。

政治家の言葉が「発言」から「作品」に変わるとき

 政治家の発言の多くは、驚くほど記憶に残らない。「適切に対応する」「関係機関と連携する」「丁寧に説明する」といった表現は政治の世界では日常的に使われるが、その言葉だけが数年後まで語り継がれることはほとんどない。それは内容が正しいか間違っているかとは別の問題で、言葉の形そのものが私たちの予想の範囲内に収まっているからだろう。

 それに対して、小泉進次郎の一部の発言には、聞き手の耳がわずかに止まる特徴がある。意味が完全に分からないわけではないのに、普通ならそのようには言わない。説明しているようで同じ意味を繰り返していたり、抽象的な話の中に突然印象的な単語や数字が現れたりするため、「今の言い方は何だったのだろう」という小さな違和感が残るのである。

 この現象を考える上で興味深いのが、記憶に残る言葉についての計算言語学研究である。映画の台詞を分析した研究では、記憶されやすい台詞は、完全に奇妙で理解不能なのではなく、文章構造は比較的分かりやすい一方、使われている言葉には通常より少し特徴がある傾向が報告されている。もっとも、これは映画の台詞を対象とした研究であり、その結果をそのまま日本の政治家の発言へ適用することはできない。それでも、「意味は分かる。しかし少し変だ」という言葉が記憶されやすい可能性を考える上では、小泉氏の現象と興味深く重なる。

 完全に意味不明な文章なら、人はそのまま忘れてしまうかもしれない。しかし、意味は理解できるのに何か引っ掛かる文章は、他人に伝えたくなり、他人へ伝えるときには長い会見をすべて再現する必要はなく、最も特徴的だった一部分だけを切り出せばよい。

 この瞬間、政治家の発言は政策説明であるだけでなく、引用し、笑い、批評し、再利用できる小さな「作品」に変わる。

「セクシー」という一語が独り歩きした理由

 象徴的なのが、2019年の気候変動対策をめぐる「セクシー」という発言である。小泉氏は国際的な場で、気候変動問題への取り組みについて、楽しく、クールで、セクシーでなければならないという趣旨を英語で述べた。

 日本語で「セクシー」と聞けば、多くの人は性的な意味をまず思い浮かべる。しかし英語の「sexy」には、人を引きつける、魅力的であるといった比喩的な用法も存在するため、この発言を単純に「環境政策を性的だと言った」と理解するのは正確ではない。

 ところが、日本国内で広く流通したのは、発言全体の趣旨よりも「環境問題をセクシーに」という強烈な組み合わせだった。一語だけ取り出しても意味が成立し、その一語だけで違和感と面白さが生まれるためである。

 ここで重要なのは、小泉氏が何を意図したかと、社会が何を記憶したかが一致していないことである。政治家は一つの文脈の中で話すが、受け手は必ずしもその文脈ごと記憶するわけではなく、そこに強い単語が一つあれば、その言葉だけが外へ運び出され、やがて元の文章より長く生き続けることがある。

「プラスチックは石油」も文脈を外れると別の文章になる

 「プラスチックは石油」という趣旨の発言も同じ構造を持っている。ネット上では、あまりに当然のことを重大な発見のように語った発言として紹介されることが多い。

 しかし、環境省の公式な記者会見記録を見ると、小泉氏はプラスチック削減、代替素材、循環型経済、脱炭素、化石燃料輸入によって国外へ流れる資金などを説明する中で、「プラスチックはもともと石油ですから」という趣旨の話をしている。少なくとも、この会見について「プラスチックが石油から作られていることを小泉氏が初めて知った」と解釈するのは文脈上無理がある。

 一方で、ラジオ番組など別の場でも、プラスチックと石油の関係を強調した発言が知られている。そのため、ネット上に流通するさまざまな文章を一つの発言として扱うことにも注意が必要である。

 ここには、現代の情報環境の特徴がよく表れている。長い政策説明は文脈を必要とするが、SNS上で広がる短い言葉には文脈がなくてもよく、むしろ笑いや批判の材料として使うなら、長い前後関係は邪魔になることさえある。何分もの会見映像を見るには時間がかかるが、一文なら数秒で読め、一文になれば画像にも字幕にも引用にもできるため、情報量は減っているはずなのに、拡散する力は逆に強くなるのである。

「今のままではいけない」は、慎重に扱う必要がある

 進次郎構文の代表例として頻繁に紹介されるのが、「今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている」といった形の発言である。

 しかし、この言葉については注意が必要だ。ネット上に広がった短い映像の後にも発言が続いていたとする指摘があり、現在広く知られている部分だけを、小泉氏がその場で話した内容のすべてであるかのように扱うことには慎重でなければならない。

 これは「メディアが意図的に意味のない発言に加工した」と断定できるという意味でもない。完全な一次映像と編集過程を確認せずに、切り抜きの意図まで推測することはできないからである。

 むしろ、この不確実性自体が重要なのかもしれない。何年も流通を繰り返した短い言葉は、やがて元の発言がどのような文脈だったかという問題から離れ、「小泉進次郎なら言いそうな文章」として記憶されていき、本物の発言と、それを説明する文章と、後から作られた模倣文が同じ場所で混ざり始めるからである。

本人が言っていない「小泉進次郎」まで生まれる

 進次郎構文という現象が本当に面白くなるのは、ここからである。ある政治家の特徴的な話し方が広く知られると、人々は本人の発言を引用するだけでなく、その人物なら言いそうな文章まで作り始める。「今日は暑いですね。暑いということは、気温が高いということです」といった形で、同じ意味を言い換えて繰り返せば、それらしい文章が誰にでも作れる。

 ネット上には、この種の創作された進次郎構文が大量に存在する。その結果、本人が実際に話した文章と、誰かが後から作った文章の境界が分かりにくくなっている。

 これは政治家にとって不思議な状態である。普通、政治家の新しい言葉を生み出せるのは本人だけだが、「構文」になった瞬間、本人が沈黙していても新しい発言らしきものが作られ、本人の言葉だったものが、みんなで遊べる言語形式へ変わったのである。

 落語家には話芸があり、小説家には文体があり、漫画の登場人物には決まり文句がある。それとまったく同じではないにしても、小泉進次郎という現役政治家の名前が、一種の文章形式を表す言葉としてまで使われるようになったことは、現代日本政治の中でも目立つ現象である。

「発言したから構文になった」から「構文だから発言が探される」へ

 最初は、小泉氏の特徴的な発言が存在したから「進次郎構文」という言葉が生まれたのだろう。

 しかし、一度「進次郎構文」という型が社会に共有されると、因果関係が少し変わる可能性がある。今度は大量の発言の中から、「これは進次郎構文らしい」と感じられる部分が探され、切り出され、拡散されやすくなるからである。

 ここには、Confirmation Bias(確証バイアス・自分がすでに持っている考えと一致する情報を重視しやすい心理傾向)に近い作用を考えることができる。ただし、小泉氏についてこの心理効果が直接実験で証明されたわけではないので、「必ずこの心理現象が起きている」と断定することはできない。それでも、人間が既存の人物像に合う情報へ注意を向けやすいという一般的な認知特性は、「進次郎らしい発言」だけが集まりやすくなる現象を説明する一つの有力な仮説になる。

 逆に、小泉氏が普通に政策を説明している長い部分は話題になりにくい。「今日の小泉進次郎は普通に説明していました」という情報には驚きがなく、わざわざ共有する動機も小さいため、この結果、ネット上に残っていく小泉進次郎の言葉は、本人の全発言から無作為に選ばれた標本ではなく、「小泉進次郎らしいと思われた部分」が過剰に集まった標本になりやすい。

もし全発言の5%しか「進次郎構文らしく」なくても

 この問題は数理的に考えると分かりやすい。仮に、ある政治家が100個の発言をし、そのうち「進次郎構文らしい」と感じられる特徴的な発言が5個しかなかったとしよう。残る95個は普通の政策説明である。

 もし普通の発言が平均して1回分の拡散力しか持たない一方、特徴的な5個だけが平均10倍拡散されたとすると、社会に流通する情報量は、普通の発言が95に対して、特徴的な発言が50となる。

 本来は全体の5%にすぎなかった特徴的な発言が、人々が目にする発言の中では約34%を占めることになる。さらに特徴的な発言だけが20倍拡散されれば、普通の発言95に対して特徴的発言は100となり、観測される情報の約半分が、実際には全発言の5%にすぎなかった種類の発言になる。

 もちろん、これは小泉氏の実際の発言を測定した数字ではなく、仕組みを説明するための仮想例である。しかし重要なのは、情報の種類によって拡散率が違えば、「本人が実際にどのくらいそのような話し方をしているか」と「社会がどのくらいそのような発言を見るか」は大きく異なり得るということだ。

 統計学では、このように特定の特徴を持つ情報だけが選ばれて観測されることをSelection Bias(選択バイアス・特定の情報だけが選ばれることで全体像が歪む現象)の一種として考えることができる。この視点から見ると、私たちがネット上で見ている「小泉進次郎」は、本人の発言全体そのものではなく、拡散されやすさというフィルターを何度も通過した後の小泉進次郎なのである。

SNSはすべての言葉を公平に運ばない

 SNSは、政治家の発言を均等に運んでいるわけではない。実際の研究でも、SNS上では否定的な感情を含む情報が共有されやすい傾向や、著名人についてその傾向が強くなる場合があることが報告されており、大量のニュース記事とSNS投稿を分析した研究でも、否定的な内容の記事の方が共有されやすいという結果が示されている。

 もっとも、進次郎構文を単純に「否定的な情報」と分類することはできない。そこには批判だけでなく、笑い、驚き、皮肉、言葉遊びも含まれているからである。

 それでも、こうした研究から少なくとも言えるのは、SNSには「社会で発生した情報を公平な割合で保存する仕組み」がないということだ。面白いもの、驚くもの、怒りを呼ぶもの、誰かに見せたくなるものが選ばれて増幅されるため、政治家が100の言葉を発しても、その100が同じ確率で私たちのところへ届くわけではないのである。

繰り返し見れば「本当」に感じるのか

 では、進次郎構文を何度も見れば、「小泉進次郎はこういう政治家だ」という認識まで自動的に強くなるのだろうか。ここは慎重に考える必要がある。

 心理学にはIllusory Truth Effect(錯誤真実効果・同じ情報を繰り返し見ることで、その情報をより真実らしく感じる傾向)として知られる現象があり、多くの研究を統合した分析でも一定の効果が確認されている。

 しかし、政治や社会に関する意見については事情が単純ではない。近年の研究では、社会的・政治的な主張を繰り返し提示しても、その主張を真実だと感じる程度が明確には高まらなかったという結果も報告されている。

 したがって、「進次郎構文を何度も見ると、人は小泉進次郎を能力の低い政治家だと信じるようになる」といった因果関係まで断定することはできず、むしろ確実に言いやすいのは、繰り返し見かけることで「小泉進次郎といえば進次郎構文」という連想そのものが維持されやすくなるという程度だろう。政治家への評価と、政治家について何を思い出すかは、同じ問題ではない。

笑われる政治家は、忘れられにくい政治家でもある

 ここに、小泉進次郎という政治家の奇妙な位置がある。政治家は日々批判されるが、多くの批判は数日で忘れられる一方、言葉遊びとして再利用できる発言は、新しい出来事がなくても生き残ることができる。

 進次郎構文には、政治的立場を越えて共有される可能性もある。小泉氏を支持しているかどうかとは別に、「これは進次郎構文っぽい」と楽しむことはできるからであり、その意味で、小泉氏は知名度という点では特殊な強さを手に入れたとも言える。

 しかし、それは政治家にとって必ずしも望ましいことではない。名前は忘れられないのに政策が思い出されるとは限らず、政治家として何を実現した人物なのかより、「何か変わったことを言う人」というイメージの方が強く残れば、知名度と政治的評価はまったく別の方向へ進むことになるため、有名になることと正確に理解されることは同じではないのである。

本人にも言葉を選ぶ責任がある

 もっとも、この現象をすべてテレビやSNSの責任にするのも公平ではない。政治家、とりわけ大臣には、自分の政策を具体的で誤解されにくい言葉で説明する責任があり、抽象的な表現、印象的な比喩、独特な言い回しを多用すれば、その一部分だけが独立して歩き出す危険は高くなる。

 小泉氏自身の話し方が、進次郎構文という現象の出発点になったことまで否定する必要はないだろう。しかし同時に、その一部分がどの程度本人の話し方全体を代表しているのかは別問題であり、実際に発した言葉であっても前後を取り除けば意味が変わることがあり、さらにネット上では本人が言っていない創作まで混ざる。

 だから政治家を評価するなら、「その言葉は本当に本人が言ったのか」「前後には何を話していたのか」「一部分だけを見て全体を判断していないか」という確認が必要になる。

小泉進次郎は「短い言葉の時代」を可視化した

 小泉進次郎という現象は、一人の政治家の話し方を笑うだけで終わらせるには惜しい。かつて政治家の言葉は新聞記事の文章として伝わり、その後、テレビニュースの数十秒の映像になり、現在ではSNSの短い動画、一枚の画像、一文だけの投稿へと圧縮され、最後には本人の発言すら必要としない「構文」にまでなる。

 情報は短くなるたびに文脈を失うが、同時にコピーしやすくなり、共有しやすくなり、別の場面へ転用しやすくなる。ここには、情報量が少なくなるほど、社会の中での存在感が大きくなることがあるという一つの逆説がある。

 政治家が一時間説明した政策より、その途中の十秒の言葉が何百万回も見られるなら、私たちの頭の中に形成される政治家像を決めるのは、一時間の全体ではなく十秒の方になり得る。小泉進次郎は、その構造がとりわけ分かりやすい形で現れた政治家なのかもしれない。

「もう一人の小泉進次郎」を作っているのは誰なのか

 小泉進次郎の一部の言葉が本人から離れて有名になった理由を、一つの原因だけで説明することは難しい。本人の独特な言葉遣いがまずあり、それをテレビやネットが短く切り出し、SNSが特徴的なものほど繰り返し運び、人々が面白がって模倣し、やがて「進次郎構文」という型が生まれ、その型が広く知られるようになると、今度は大量の発言の中から、その型に合う発言がさらに見つけ出されやすくなる。

 そこには政治家本人の言葉、メディアによる選択、SNSの拡散構造、言葉遊びを好む人間の文化、そして既存の人物像に合った情報を選びやすい認知の性質が重なっている。ただし、これらの一般研究が小泉進次郎という一人の政治家について因果関係を直接証明したわけではなく、ここで述べてきたのは、確認できる事実と、言語学・心理学・情報科学・統計学から考えられる有力な説明を組み合わせた分析である。

 それでも、この現象から一つだけ確かなことが見えてくる。政治家のイメージを作っているのは政治家本人だけではなく、本人が言葉を発し、メディアがその一部を選び、SNSがそれを運び、私たちが面白いものだけを覚えるという過程を何度も通った末に、現実の政治家とは少し違う「もう一人の政治家」が社会の中に出来上がる。

 小泉進次郎の場合、そのもう一人の政治家には、「進次郎構文」という名前まで付いた。

 だから本当に興味深い問いは、「小泉進次郎はなぜこんな話し方をするのか」だけではない。何十分、何時間にも及ぶ彼の発言の中から、なぜ私たちはその一文だけを覚え、別の一文を忘れたのか。その問いを突き詰めると、見えてくるのは小泉進次郎という一人の政治家よりも、短い言葉を選び、繰り返し、そこから人物全体を理解した気になりやすい、私たち自身と現代の情報社会なのである。

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深く頭を下げれば、政治はリセットされるのか

 政治家の謝罪には、ほとんど決まった風景がある。記者たちの前に立ち、「国民の皆さまに多大なご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます」と述べて深く頭を下げると、シャッターの音が一斉に響き、その姿がテレビや新聞、SNS(Social Networking Service・交流型ソーシャルメディア)を駆け巡る。しかし、それで騒動が終わることはめったになく、その日のうちに「本当に反省しているのか」「辞任しないのか」「謝れば済むと思っているのではないか」という別の問いが始まる。

 考えてみれば、これは少し奇妙である。私たちは政治家に「謝れ」と要求しながら、政治家が実際に謝罪すると、それだけでは納得しない。謝らなければ「なぜ謝らない」と批判し、謝れば今度は「謝って済む問題ではない」と批判するのだから、一見すると有権者の側が矛盾しているようにも見える。しかし、この矛盾こそが政治家の謝罪という行為の特殊さをよく表している。

 そもそも私たちは、政治家に何を求めて「謝れ」と言っているのだろう。反省してほしいのか、事実を認めてほしいのか、それとも職を辞するなど具体的な責任を取ってほしいのか。この三つはしばしば一緒に語られるが、本来は別の問題であり、ここを区別しなければ、「謝った政治家は潔い」「謝らない政治家は卑怯だ」という単純な人物評から先へ進むことができない。

普通の人間関係では、謝罪は壊れた関係を修復する

 日常生活では、謝罪は壊れた関係を修復するための重要な手段として機能する。自分に非があったことを認め、相手が受けた損害や不快感を理解し、可能ならば償い、同じことを繰り返さない意思を示すことで、相手は初めて「この人は何が問題だったのかを理解している」と判断できるからである。

 謝罪を扱った心理学や交渉研究でも、すべての謝罪が同じ効果を持つわけではないことが示されている。ロイ・ルウィッキらが謝罪を構成する要素を比較した研究では、単なる後悔の表明や事情説明だけでなく、自分の責任を認めることや、損なわれたものを修復しようとする姿勢が重要であり、とりわけ責任の承認は高く評価された。一方で、「どうか許してください」と許しを求めるだけでは、十分な信頼回復には結び付きにくかった。

 感覚的にも理解しやすい。誰かが大切な物を壊した後に、「嫌な思いをさせてしまったのなら申し訳ない」と言ったとしても、私たちはどこか釈然としない。問題は相手が嫌な気持ちになったことだけではなく、その人自身が物を壊したことにあるからであり、「あなたが不快になったこと」を謝るのと「私が壊したこと」を認めるのとでは、謝罪の意味がまるで違う。

 ところが、政治の世界へ入ると、この当たり前の仕組みが複雑になる。政治家が「私が間違っていました」と率直に認めることは、人間関係として見れば誠実な行動である一方、政治的には「疑惑を本人が認めた」という新しい情報にもなるからである。

謝罪は誠実さの表明であると同時に、事実を認める行為でもある

 ここに、政治家が簡単には謝罪しない合理的な理由の一つがある。疑惑が報道された直後には、まだ事実関係をよく知らない有権者も多く、「本当にやったのだろうか」「報道が誇張されているのではないか」と判断を保留している人もいる。その段階で本人が全面的に謝罪すれば、有権者は「少なくとも本人は何らかの責任を認めた」と受け止める可能性が高くなる。

 つまり謝罪には、「この人物は自分の責任を認めるだけの誠実さを持っている」というプラスの情報と、「問題とされた行為が実際に存在したらしい」というマイナスの情報が同時に含まれている。この二つの効果が同じ方向へ働かないところに、政治的謝罪の難しさがある。

 この逆説は、政治スキャンダルについて行われた実験研究でも確認されている。ただし、ここで重要なのは研究の適用範囲を広げ過ぎないことである。米国の有権者を対象として、架空の連邦議会議員による性的不祥事を扱った大規模な実験では、不祥事を認めて謝罪した政治家より、疑惑を否認した政治家の方が支持を保つ場合があり、さらに追加の証拠が示された場合でも、謝罪が必ず否認を上回るとは確認されなかった。

 これはかなり刺激的な結果だが、「政治家は謝らない方が得だ」という普遍的な法則を意味するわけではない。この研究が直接示しているのは、米国の有権者、議員、性的不祥事、実験的なシナリオという一定の条件下で、謝罪が必ずしも政治的評価を回復しないということであり、政治資金問題や政策判断の失敗、失言、行政上の過失まで、同じ結果になるとは限らない。

 それでも、この研究が示す意味は大きい。私たちは道徳的には「正直に認めて謝る人を評価したい」と考えるが、有権者が実際に政治家を評価するときには、誠実さだけでなく、「この疑惑は本当だったのか」という事実認識まで同時に更新しているからである。

人は謝罪そのものではなく、新しい情報として受け取っている

 この仕組みは、確率的な情報更新として考えると分かりやすい。疑惑が報道された時点では、有権者一人一人が「本当である可能性は高い」「まだ分からない」「おそらく誤報だろう」と異なる判断を持っている。そこへ本人の謝罪という情報が加われば、「本人が責任を認めたのだから、疑惑が事実である可能性は以前より高そうだ」と判断する人が出てくる。

 逆に政治家が完全否認すれば、一部の有権者は「本人がここまで否定するのなら、まだ確定していないのかもしれない」と判断する。この反応が合理的であるかどうかは別として、政治家の発言自体が有権者の事実認識を変化させる情報として働くことは、実験研究でも確認されている。

 この意味で、謝罪の政治効果は単純な加点方式ではない。「謝罪すれば誠実さが十点上がる」といった問題ではなく、誠実性への評価が上がる一方で、不祥事が事実だったという認識も強まり、その二つが相殺したり、後者が前者を上回ったりする可能性がある。

 政治家の謝罪を理解するには、この二重構造を見なければならない。

支持する政治家の失敗には、私たちは少し甘くなる

 さらに政治を複雑にするのが、政党支持や政治家への既存の好感度である。ある政治家の不祥事を聞いたとき、もともと嫌っていた政治家なら「やはりそういう人物だった」と受け取り、自分が支持している政治家なら「何か事情があるのではないか」「報道の仕方に問題があるのではないか」と考えることは珍しくない。

 これは政治に限った特殊な心理ではない。人間は、自分がすでに持っている信念と一致する情報を受け入れやすく、それと矛盾する情報については慎重に扱ったり、別の説明を探したりする傾向を持つ。政治では、政党支持や政治的立場がその傾向を強めることがある。

 実際、カナダの総選挙期間中に現実の政治スキャンダルを利用して行われた大規模な調査実験では、問題となった政治家と同じ側を支持している有権者ほど、その政治家を許す方向へ動きやすく、反対側の支持者では逆方向の反応が現れた。つまり「その行為が許せるか」という判断は、行為そのものだけから独立して決まるわけではない。

 ここは政治家の謝罪を考えるうえで重要である。同じ言葉、同じ表情、同じ問題行為であっても、誰が謝っているかによって評価が変わるなら、謝罪の成否は政治家の技術だけでは説明できない。謝罪を受け取る有権者の側もまた、結果を作っているからである。

謝らないことが、支持者をつなぎ止める場合もある

 この党派性が強く働くと、「私は間違っていない」と言い続けること自体が政治的な意味を持ち始める。支持者にとって政治家の否認は単なる言い逃れではなく、「われわれの側が不当に攻撃されている」という物語を維持する材料にもなり得るからである。

 米国で行われた複数の実験でも、自分と同じ政治的陣営に属する政治家が問題行為を否認したり正当化したりすると、沈黙する場合より好意的に評価される条件があることが確認されている。ただし、この結果も無条件に一般化することはできず、研究者自身が示しているように、政治家と有権者の党派的関係や、その問題行為が政治的な目的とどう結び付いているかによって効果は変わる。

 したがって、「謝らない政治家ほど強い」と結論付けるのは乱暴である。ただ、「謝罪しないことが必ず政治的損失になるわけではなく、条件によっては支持者との結束を維持する戦略として働き得る」と考えることには、実証的な根拠がある。

 ここまで来ると、政治家が謝らない理由を単純に「反省していないから」と説明することは難しくなる。人間として反省しているかどうかと、政治家としてどの言葉を選択するかは同じ問題ではなく、謝罪、否認、沈黙のどれを選ぶかには政治的な損得計算も入り込むからである。

「申し訳ない」と「私の責任です」は似ているようで違う

 だからこそ、政治家の謝罪を見るときには、頭を何秒下げたかより、何について責任を認めたのかを見る必要がある。

 政治の謝罪では、「このような事態を招いたことは大変遺憾です」「国民の皆さまにご心配をおかけしました」「誤解を招く表現があったとすれば申し訳ありません」といった言葉が使われることがある。一見すると謝罪に見えるが、注意深く読むと「私は具体的に何をしたのか」という主語と行為が曖昧なまま残されている場合がある。

 「ご心配をおかけしたこと」と「不正な行為を行ったこと」は同じではなく、「誤解を招いたこと」と「誤った発言をしたこと」も同じではない。前者では、問題の中心が政治家自身の行為から、有権者がどう受け取ったかという側へ微妙に移されている。

 一般的な謝罪研究でも、責任の承認は信頼回復にとって重要な要素として示されている。ただし、これは政治家だけを対象とした研究ではないため、「政治家でも必ず同じ効果が生じる」とまで言うことはできない。それでも、人間が謝罪をどのように評価するかという基礎的な心理として、単なる後悔より責任の承認を重視するという知見は、政治的謝罪を読むうえでも重要な手掛かりになる。

能力の失敗と、誠実性の失敗は同じではない

 さらに、政治家が何について謝っているのかによっても意味は変わる。判断を誤った、予測が外れた、説明が不足していたという失敗と、嘘をついた、不正を隠した、私的利益のために権限を利用したという問題では、同じ「申し訳ありません」という言葉でも受け取られ方が違う。

 一般的な信頼修復研究では、能力不足によって失われた信頼は、誠実性そのものを疑わせる違反によって失われた信頼よりも、謝罪によって回復しやすい傾向が示されている。ただし、これも政治家だけを対象にした研究ではなく、一般的な対人関係や組織上の信頼を扱った研究なので、政治家へそのまま当てはめることは避けなければならない。

 それでも理屈は理解しやすい。「判断を間違えました。原因を検証し、次から改善します」という人物なら、経験によって能力が高まる可能性がある。しかし、「私は意図的に嘘をつきました。今後は正直に話します」と言われた場合、その約束そのものを信用してよいかという別の問題が発生する。

 謝罪とは本来、言葉を信じてもらうことによって成立する行為である。そのため、問題行為そのものが「この人物の言葉は信用できない」という疑念を生み出した場合には、謝罪という手段そのものの効力まで弱くなってしまう。

誰が謝るのかによっても、謝罪の意味は変わる

 謝罪の受け取られ方が「何を言ったか」だけで決まらないという点については、日本と韓国を対象にした大規模な実験研究からも示唆が得られている。ただし、これは政治家個人の不祥事ではなく、歴史問題をめぐる国家間・集団間の政治的謝罪を扱った研究であり、個人政治家の謝罪と同一視することはできない。

 その研究では、謝罪の言葉だけでなく、誰が誰を代表して謝るのか、誰に対して謝罪するのかといった要素が、謝罪の受け入れられ方を大きく左右していた。政治家個人の不祥事に直接当てはめることはできないものの、「正しい言葉さえ並べれば謝罪は成功するわけではない」という意味では示唆的である。

 謝罪とは文章ではなく関係である。誰が、どの立場から、誰に向かって、何について責任を認めるのかによって、同じ言葉の重さは変わる。

それでも社会が謝罪を求め続ける理由

 ここまで考えると、「謝っても必ず許されるわけではなく、場合によっては政治的に不利になるのであれば、政治家に謝罪を求める意味などないのではないか」という疑問が生まれる。

 しかし、おそらくそうではない。

 公的な謝罪には、選挙上の損得だけでは説明できない役割がある。政治哲学では、公的謝罪を、責任を持つ側が社会との関係を修復し、何が許され何が許されないのかという規範を改めて確認する行為として捉える議論がある。これは実験によって「謝罪すれば信頼が何%回復する」と証明された経験則ではなく、民主政治における責任とは何かを考える規範的な議論である。

 政治家が不正を行った後に、「私は何も悪くないし、そもそもこの行為の何が問題なのか分からない」と言う場合と、「私の行為は公職者として許されないものであり、責任は自分にある」と認める場合では、同じ問題行為が過去に存在したとしても、その後に共有できる社会的なルールが違う。

 謝罪の価値は、過去を消してしまうことではない。むしろ、過去を消せないからこそ、何が起きたのかを認め、そこから先の行動を評価できる地点まで戻ることに意味がある。

本当に評価すべきなのは、頭を上げた後である

 そう考えると、優れた謝罪とは巧みな謝罪文のことではない。完璧な言葉を並べても、その翌日に同じ行為を繰り返すのであれば意味はなく、反対に表現は不器用でも、事実を明らかにし、自分の責任を認め、必要な処分を受け、制度を改め、同じ問題を防ぐ仕組みを残したのであれば、その方が政治的にははるかに重い。

 政治家が謝罪すると、私たちはしばしば「本当に反省している顔か」という心理鑑定を始める。頭を下げる角度、声の震え、目線、表情、謝罪までにかかった時間までが論評されるが、他人の心の中を外から正確に測ることはできない。深く頭を下げたから誠実とは限らず、表情が硬いから反省していないとも限らない。

 民主政治が比較的客観的に評価できるのは、心の中より行動である。何が起きたのかを説明したか、自分の責任を具体的に認めたか、調査に協力したか、被害や損失をどう回復しようとしたか、同じことが繰り返されない制度を作ったかという行動であれば、少なくとも外部から検証することができる。

 このとき初めて、謝罪は一日のニュースではなく、政治的責任の一部になる。

「許すこと」と「責任を問わないこと」は違う

 政治家の謝罪をめぐる議論で最も混同されやすいのが、「許す」という言葉である。政治家が心から反省していると認めることと、その人物を引き続き大臣や首長として働かせることは別の判断であり、人間として謝罪を受け入れながら、公職者として辞任を求めることは何も矛盾しない。

 逆に、その政治家を個人的に好きになれなくても、問題が軽微で、十分な説明と是正が行われ、職務遂行能力にも重大な問題がないのであれば、政治的責任は果たしたと判断することもあり得る。

 ここを一緒にすると、「謝ったのだからもう許してやれ」という議論と、「一度失敗した人物は永久に許してはいけない」という議論の間を往復するだけになってしまう。

 民主政治に必要なのは、感情として許せるかどうかだけではなく、その行為の重大性に対してどの程度の責任を負わせるのが妥当なのかを考えることである。

謝らない政治家が強く見える理由

 それでも現実の政治では、謝らない政治家が強く見えることがある。批判されても引かず、報道機関と争い、自分は間違っていないと言い続ける姿を「信念がある」「ぶれない」と評価する支持者もいれば、逆にすぐ謝罪した政治家を「弱い」「世論に迎合した」と見る人もいる。

 政治が政策の違いだけでなく、自分たちと相手側という集団間の対立として認識されるようになるほど、謝罪は相手側への譲歩や敗北宣言として受け取られやすくなる。その結果、政治家には厄介な誘因が生まれる。正直に問題を認めれば責任を問われる一方、否定し続ければ支持者の一部が残る可能性があるからである。

 近年の米国の実験研究では、実際には存在する政治スキャンダルについて、政治家が「報道は偽物だ」「映像や情報は捏造されたものだ」と主張する戦略の効果も調べられている。複数の大規模実験では、文字情報を中心に不祥事が提示された場合、疑惑そのものを虚偽情報だと否認することで、謝罪するより支持を保ちやすくなる場合が確認された。

 しかし、この効果にも限界がある。本物の映像のような強い証拠が示された場合には、虚偽情報だと主張する戦略の効果は弱くなった。つまり「否定し続ければ何でも押し切れる」ということではなく、有権者が利用できる証拠の種類と強さによっても結果は変わる。

謝罪の効果を、一つの数字で表すことはできない

 ここまでの研究を総合すると、政治家の謝罪には「謝れば支持率が上がる」「謝らなければ支持率が下がる」という単純な法則が存在しないことが分かる。

 謝罪の政治的効果は、謝罪したかどうかだけではなく、不祥事の種類、問題の重大性、証拠の強さ、政治家への既存の好感度、有権者の政党支持、謝罪の内容、責任の認め方、報道媒体、発覚してからの時間、さらには政治家と有権者の関係まで組み合わさって決まる。

 数理的に考えれば、これは一つの原因と一つの結果を結ぶ単純な関係ではなく、複数の要因が互いに影響する多変量の問題である。「謝罪」という同じ行為であっても、自分が支持する政治家か反対側の政治家かによって効果が変わるなら、そこには交互作用が存在する。同じ謝罪でも、政策判断の失敗と意図的な不正では結果が異なる可能性があり、強い証拠がある場合と証拠が曖昧な場合でも効果は変わる。

 したがって、現在の研究から科学的に言えるのは、「政治家は謝った方が得である」でも「謝らない方が得である」でもない。

 より正確に言えば、政治家の謝罪の効果は、その謝罪が置かれた条件によって変わるのである。

謝罪会見で試されているのは、有権者なのかもしれない

 結局、「政治家は謝罪すると本当に許されるのか」という問いに、一つの答えを与えることはできない。謝罪によって信頼が回復することはあるが、謝罪そのものが責任の承認となって政治的に不利になることもあり、逆に謝らない政治家が支持者との結束を維持する場合もある。そして同じ謝罪を聞いても、ある人は「潔い」と評価し、別の人は「今さら遅い」と感じる。

 つまり、政治家の謝罪を見ているようで、そこで露わになっているのは、政治家だけではない。

 自分が支持する政治家なら事情を考慮し、嫌いな政治家なら即座に断罪していないだろうか。謝罪の言葉そのものを評価しているのか、それとも失敗した後の行動を見ているのか。人間として許すことと、公職者として責任を取らせることを区別できているだろうか。

 カメラの前で政治家が深く頭を下げたとき、私たちはその角度や時間や表情を見てしまう。しかし本当に見るべきなのは、政治家が再び頭を上げた後なのだろう。

 何を説明し、何を認め、何を変えたのか。そして私たち自身も、その謝罪を評価するとき、目の前の行為と証拠を見ているのか、それとも政治家の名前や政党、自分がもともと抱いていた好き嫌いを見ているのか。

 政治家の謝罪は、政治家自身を映す鏡であると同時に、それを見つめる有権者の判断を映す鏡でもある。

九条レオンのリベラル文庫

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 田中角栄の古い映像を見ると、不思議な感覚に襲われる。話し方は決して洗練されているとは言い難く、言葉を美しく並べるわけでもなければ、静かな低音と抑制された身ぶりで知性を演出するわけでもない。途中で言葉を継ぎ足し、同じ表現を繰り返し、ときには話が横道へそれる。それなのに、しばらく聞いていると、細かな文言は忘れても「この人は結局、何を言いたかったのか」が妙にはっきり残る。

 政治家の演説は、本来なら政策を説明するためのものである。しかし現実の政治では、政策の内容だけで人が動くわけではない。同じ政策を説明しても、ある人が話せば聞き流され、別の人が話すとなぜか耳を傾けてしまう。そこには政策の中身とは別に、言葉の具体性、話の組み立て方、話者への信頼、聞き手がもともと持っている政治的な好悪、さらには「この人は自分たちのことを分かっている」という感覚まで入り込んでくる。

 田中角栄という政治家を「話がうまかった人」の一言で片づけると、この複雑な構造を見失う。国会会議録をたどると、彼の答弁には「第一」「第二」と論点を区切り、金額、年数、回数、制度といった具体的な材料を会話の途中へ持ち込む例が繰り返し現れる。もちろん、すべての発言が同じ型だったと証明できるわけではない。それでも少なくとも、抽象的な政治課題を聞き手がつかめる大きさまで分解して示す話法が、彼の発言の中に何度も確認できることは確かである。

 では、その田中角栄の話し方を2026年のSNS(Social Networking Service・交流型ソーシャルメディア)へ持ってきたら、同じように人を動かせるのだろうか。これは実験で直接確かめることのできない問いである。半世紀前の政治家を現在の情報環境へ置くことはできない以上、答えはどうしても反実仮想になる。しかし、田中角栄の発話に見られる特徴と、現代の認知心理学や政治コミュニケーション研究で分かっていることを重ねれば、「何が現在でも通用しそうで、何が時代とともに変わったのか」を考えることはできる。

「分からせる」より先に、「分かる形」にしてしまう

 政治家が難しい政策を説明するとき、しばしば奇妙な逆転が起こる。正確に説明しようとするほど専門用語が増え、条件を丁寧に付けるほど文章が長くなり、話している本人は説明を尽くしているのに、聞いている側には何の話だったのかが残らなくなる。説明した情報量と、相手の頭に残った情報量が必ずしも比例しないのである。

 田中角栄の答弁には、その罠から逃れようとするような構造が見える。複雑な政策課題であっても、「第一の問題」「第二の問題」と区切り、そこへ金額や年数や制度の仕組みを置くことで、話全体にいくつもの目印を立てていく。聞き手は演説を一字一句記憶する必要はなく、「何が問題で、どれくらいの規模で、結局どうするのか」という骨格だけを持ち帰ることができる。

 これは心理学的にも無理のない考え方である。人間は、処理しやすい情報を理解しやすく感じる傾向を持つ。これをprocessing fluency(処理流暢性・情報をどれほど容易に認知、理解できるかという性質)という。政治的メッセージについても、抽象的で複雑な表現より、具体的で身近な表現の方が理解や説得力の評価に有利に働く場合があることが研究されている。

 ただし、ここで一つ重要な境界を引かなければならない。「分かりやすい」と「支持される」は同じではない。理解しやすい政策説明を聞いたからといって、その人が賛成するとは限らず、政治家への不信感が強ければ、むしろ内容を十分理解したうえで反対することもある。政党への帰属意識や、もともと抱いている政治家への好悪、自分の信念と一致しているかどうかといった要因が、情報の受け止め方に強く作用するからである。

 したがって田中角栄の話術を、「分かりやすかったから人を動かした」という一本の因果関係にしてしまうのは危険である。より現実に近いのは、具体性によって理解の負担を下げ、その上で信頼、人柄、政治的立場、利益への期待、地域との関係など複数の条件が重なったときに、態度や行動へ影響する可能性が高まるという見方だろう。

「強い言葉」と「強い説明」は同じではない

 現在の政治では、短く強い言葉が目立つ。「政治を変える」「既得権益を壊す」「国民を守る」といった言葉は、数秒で意味が伝わり、字幕にも入り、画面を流し見している人の目を止めやすい。SNS(Social Networking Service・交流型ソーシャルメディア)では、まず注意を獲得しなければ、その先の政策説明まで届かないのだから、政治家が短く強い表現へ向かうこと自体には合理性がある。

 しかし田中角栄の話し方をよく見ると、その強さは少し種類が違う。形容詞が強いから印象に残るのではなく、抽象的な政治課題を具体的な世界へ降ろしてくるから強いのである。道路の話なら道路がどこへ延びるのか、税金の話ならいくらなのか、制度の話なら誰が何をするのかというところまで言葉を運び、政治を霞の向こうにある巨大な仕組みから、自分の生活と地続きの問題へ変えていく。

 ここには、「強い言葉」と「強い説明」の違いがある。強い言葉は一瞬で感情を動かせるが、その人が政策を理解したとは限らない。一方、自分の暮らしがどう変わるのかまで想像できれば、賛成するにせよ反対するにせよ、政治はそれまでより自分に近い問題になる。田中角栄型の話術から現代の政治家が学べるとすれば、威勢の良い口調をまねることではなく、政策を聞き手の日常生活まで運んでくる技術の方だろう。

田中角栄は「切り抜き」に強かったのか

 現在の政治家は、一時間の演説全体によって評価されるとは限らない。その中の十五秒や三十秒だけが抜き出され、字幕を付けられ、元の演説を一度も見ていない何十万、何百万という人へ届くことがある。その映像を選ぶのも政治家本人とは限らず、支持者が好意的に編集することもあれば、批判する側が不利な部分を取り出すこともある。

 この環境へ田中角栄の話し方を置いたなら、比較的「切り抜きやすい」部分が多かった可能性はある。論点を明示し、数字を置き、結論へ向かう話し方は、発言の一部分だけを取り出しても意味が残りやすいからである。ただし、これはあくまで発話構造から導く仮説であり、「田中角栄なら現在の短尺動画で成功した」と実証できるものではない。

 本当に確かめようとするなら、田中角栄と複数の政治家の発言を同じ長さに編集し、人物名を伏せて被験者に提示したうえで、内容の理解度、記憶率、好感度、信頼度、共有したいと思う割合などを比較する必要がある。それを行わずに、「角栄は短尺動画に強い」と断言することは科学的にはできない。

 しかも、たとえ切り抜きに適した話し方であったとしても、それは長所であると同時に弱点にもなり得る。前後を含めて聞けば理由の分かる強い発言も、数秒だけを残せば「決断力のある政治家」にも「乱暴に断言する政治家」にも編集できる。話者本人が完成させた文脈より、編集した側が作った文脈の方が広く流通する可能性があるからだ。

 その意味で、田中角栄型の話術は、もし現在に存在すれば「切り抜きに強い」のではなく、「切り抜いた後でも形が残りやすい一方、別の物語にも組み替えられやすい」と表現した方が正確だろう。

百人の顔を見る政治から、見えない聴衆へ

 田中角栄の時代にも、もちろん新聞、ラジオ、テレビがあった。昭和の政治家が常に目の前の聴衆だけに向かって話していたわけではなく、田中角栄自身も放送を通して多数の国民へ語りかけている。したがって「昭和は対面、現代はネット」という単純な対比では、歴史を切り分けすぎることになる。

 それでも、現在のSNS(Social Networking Service・交流型ソーシャルメディア)が以前のマスメディアと決定的に違うところはある。テレビ放送なら、放送局が番組を編成し、おおよその放送時間と視聴者層を想定できる。ところがSNSでは、政治家が一台のスマートフォンへ話した映像が、その日の夜には数百人しか見られていなくても、翌朝には別の利用者による共有や推薦によって何十万人へ届く可能性がある。そのとき視聴者は、支持者だけではない。反対者、無関心層、偶然表示された人、政治的な対立を面白がって見ている人まで、まったく異なる文脈で同じ映像を受け取る。

 目の前の聴衆へ話す場合、政治家は相手の反応を見ることができる。笑えば分かり、退屈していれば分かり、ざわつけば話題を変えることもできる。SNSでは、その顔の代わりに再生回数、共有数、コメント数、視聴時間といった指標が返ってくる。人間の表情が、数字へ置き換えられるのである。

 ここで政治家にも新しい誘因が生まれる。怒りを示した動画の方が伸びる、対立相手を強く批判した投稿の方が共有される、慎重な説明より断言した発言の方が見られるという傾向が続けば、発信する側には、より反応の取れる表現を選びたくなる圧力がかかる。実際、政治的な対立や外集団への敵意、怒りなどを含む投稿が高い反応を得やすいことは、大規模なSNS分析でも報告されている。

 ただし、「だから政治家はアルゴリズムに操られている」とまで言うのは行き過ぎである。確認できるのは、刺激的な発信を選択する誘因が存在することであって、個々の政治家が実際にどの程度その数字へ適応しているかは別の問題だからだ。それでも、政治家が有権者へ働きかけるだけでなく、政治家自身も情報環境から影響を受けるという相互作用は、現代政治を考えるうえで無視できない。

「分かりやすい政治」が危険になる瞬間

 田中角栄の話し方を評価するとき、分かりやすさそのものを善と考えてしまうと、もう一つ重要な問題を見逃す。

 政策は、本来かなり複雑である。道路を一本造れば便利になるというだけではなく、建設費がかかり、その後には維持費が発生し、交通量が変わり、周辺の土地価格が動き、環境への負荷が生じ、隣接地域との競争条件まで変化するかもしれない。減税も家計にとっては利益になるが、その財源によって維持されていた公共サービスまで含めれば、単純に「税金が減るほど得」とはいえない。

 複雑な政策を生活の言葉へ翻訳することと、都合の悪い複雑さを取り除いてしまうことは、外から見るとよく似ている。前者は政治を理解可能にする行為だが、後者は政治を単純化しすぎる行為である。そして短い動画を中心とする情報環境では、この境界がますます曖昧になる。

 三十分の演説なら、「ただし、この政策にはこういう負担もあります」と補足することができる。しかし三十秒の動画では、条件や例外を付け始めた瞬間に時間がなくなる。その結果、「こうすれば解決する」という断定だけが残り、「その代わり何を失うのか」という部分が消えやすくなる。

 ここで田中角栄型の「分からせる政治」とSNSの短尺文化が結びつけば、非常に強い政治コミュニケーションになり得る。しかし同時に、政策の複雑性を一つの物語へ圧縮する力も強くなる。分かりやすさは民主政治に必要だが、分かりやすさが強すぎると、政治の現実そのものまで単純に見えてしまうのである。

人は論理だけでは動かない

 それでも、田中角栄を「説明がうまかった政治家」だけで理解するのは足りない。彼の話し方には、内容とは別に、聞き手との距離を縮める特徴があったと考えられる。

 政治家の言葉には、「何を言ったのか」と同時に「誰に向かって言っているように聞こえるのか」という情報が含まれている。全国民に向けて慎重に作られた完璧な文章より、少し不格好でも「自分たちに向かって話している」と感じる言葉の方が心に残る場合がある。人間は必ずしも、最も論理的で正確な説明をした人だけを信頼するわけではなく、「この人は自分たちの事情を分かっている」と感じることによって評価を変えることがあるからだ。

 ここでも因果関係を単純化してはいけない。親しみやすい話し方をすれば必ず支持が増えるわけではなく、同じ話し方でも、ある人には「庶民的」に映り、別の人には「粗野」に映ることがある。その違いを生むのは、話し手の言葉だけではなく、聞き手がすでに持っている政治的立場や社会経験、人物像への先入観である。

 田中角栄の話術の強さを考えるなら、「人を説得する魔法の話法」があったと考えるより、具体性、距離の近さ、行動の提示、人物への信頼といった複数の要因が相互作用し、その結果として強い政治的存在感が生まれたと考える方が現実に近い。

もし田中角栄が2026年にいたなら

 田中角栄が現在生きていたら、十五秒の動画を毎日大量に投稿しただろうか。それは分からないし、分からないことを断定する必要もない。ただ、彼の発話構造から推測するなら、短い動画だけで完結させるより、短い言葉を入口として長い説明へ人を連れていく形の方が似合ったのではないかと思える。

 田中角栄の話は、強い一言だけで終わるものではなく、論点を置き、数字や具体例を積み、その後で「だからこうする」という行動へ向かう。その構造を現在へ移すなら、三十秒の動画で注意を引き、その先に数分、さらに詳しい説明を置くという形になるだろう。

 ここに、現代の政治コミュニケーションを考えるうえで重要な問題がある。再生されることと理解されることは違い、理解されることと説得されることも違い、説得されることと支持されることも、さらに投票や政治参加という行動へ移ることも同じではない。

 一千万回再生された政治動画を見た人が、翌日には内容をほとんど覚えていないこともあり得る。一方、百人しか聞いていない演説が、その百人の投票行動や地域活動を変えることもあり得る。再生回数だけを見れば前者の圧勝だが、「人を動かしたか」という尺度では必ずしもそうならない。

 SNS時代の政治では、「何人に届いたか」という数字が目立つ。しかし本当に重要なのは、その言葉が誰に届き、その人の理解や判断をどれだけ変え、最終的にどのような行動へつながったのかである。そこまで追わなければ、情報の拡散量と政治的影響力を同じものとして扱うことになる。

角栄の声ではなく、構造を盗む

 では、田中角栄の話し方はSNS時代でも人を動かせるのか。

 科学的に答えるなら、「そのまま通用すると証明することはできない」が最も正確である。しかし同時に、彼の発話に確認できるいくつかの特徴は、現代の認知研究や政治コミュニケーション研究から見ても、人に理解されやすい条件とかなり重なっている。

 難しい政治を生活の言葉へ変え、抽象論の中へ数字を置き、話の途中に節目を作り、最後には「それで何をするのか」を示す。その方法は、半世紀を経たからといって古くなったわけではない。むしろ情報があふれ、数秒で次の情報へ移ってしまう現在だからこそ、複雑な話の骨格を失わずに分かりやすく伝える能力は、以前より重要になっている可能性がある。

 ただし現在の政治家には、田中角栄の時代とは異なる難しさが加わった。言葉はテレビや新聞だけでなく、無数の利用者が参加するネットワークへ放たれ、本人の手を離れた後で切り取られ、題名を付け替えられ、別の政治的物語へ組み込まれる。昭和の街頭政治では、政治家は目の前の聴衆の反応を見ながら話すことができた。テレビの向こうには顔の見えない大衆もいたが、現在ではさらに、誰がどこで、どの文脈で受け取るのかさえ予想しにくいネットワークが加わっている。

 その環境で、田中角栄の口調だけをまねても意味はない。豪快に話すことも、言葉を荒くすることも、断言を増やすことも本質ではない。学ぶ価値があるとすれば、その下にある構造である。

 政治を、自分とは遠い世界の出来事だと思っている人のところまで運び、そこで使われている言葉へ翻訳する。数字を数字のまま投げるのではなく、それが一人の暮らしに何を意味するのかを示す。そして、分かりやすく語りながらも、都合の悪い条件や副作用まで消してしまわない。

 田中角栄の話術がSNS時代にも生き残る可能性があるとすれば、それは昭和的な迫力が現在でも通用するからではない。

 人を動かす言葉とは、相手を圧倒する言葉ではなく、遠くにある政治をその人の足元まで運んでくる言葉だからである。メディアが新聞からテレビへ、テレビからネットワークへ変わっても、その一点だけは、案外変わっていないのかもしれない。

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