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政治

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~肩書の外側に生まれる「見えない権力」の正体~

 政治の世界には、ときどき不思議な人物が現れる。大臣ではなく、党の幹事長でもなく、政府や党の重要会議を取り仕切っているわけでもないのに、政局が動き始めると記者がその人物の動静を追い、若手から中堅、時には党幹部までが面会に訪れ、誰と会食したのかというだけで政治記事になる人物である。表面だけを見れば国会議員の1人にすぎないはずなのに、その人物が何を考え、誰と会ったのかが政治の行方を読む材料として扱われる。

 こうした政治家は、しばしば「無役の実力者」「重鎮」などと呼ばれる。しかし、よく考えると奇妙な存在である。政治が法律や党則に基づいて動くのであれば、強い権限を持つのは役職に就いている人物のはずであり、総理大臣には総理大臣の権限があり、大臣には所管行政を担う権限があり、政党幹部には党運営上の権限がある。それにもかかわらず、肩書を持たない人物が大きな存在感を示すことがあるのは、政治における「権力」と「影響力」が必ずしも同じものではないからである。

 無役の実力者という存在を理解するには、権力を「命令できる能力」だけで考えない方がよい。政治は制度によって動くと同時に、人が人に相談し、人が人を説得し、ときには対立する者同士を仲介しながら進んでいくため、誰が誰を知っているのか、誰の話なら聞いてもらえるのか、誰が選挙や政策形成を支援できるのかという人間関係の構造も、政治過程を理解するうえで重要になる。

役職による権力と、蓄積される政治的影響力は同じではない

 もちろん、政治において役職が重要であることに疑いはない。役職には正式な権限、情報へのアクセス、組織を動かす能力が伴い、自由民主党でも党役員について任期を設ける改革が行われてきた。2022年には党役員の任期を原則として「1期1年、連続3期まで」とする党則改正が行われ、党側はその趣旨を、党の新陳代謝を進め、権力の集中や惰性を防ぐためだと説明している。つまり、役職そのものが政治的な力を生むことは、政党自身も前提としている。

 しかし、役職には任期がある一方、人間関係には必ずしも任期がない。昨日まで大臣だった政治家が内閣改造によって無役になっても、その人物が20年、30年とかけて築いた議員仲間との関係、地方組織との交流、政策分野の専門家や各種団体との接点まで、その日の人事発表と同時に消滅するわけではない。

 ここに、制度によって与えられる権力と、長い政治活動の中で形成される影響力との違いが生まれる。役職上の権力が「現在どの権限を持っているか」に関係するものだとすれば、非公式な政治的影響力は「どの人物や組織と関係を持ち、その関係を政治過程の中でどの程度機能させられるか」に関係するものだと考えることができる。ただし、後者は法律上認められた権限ではなく、誰かに従わせることを保証する力でもない。ここを混同すると、「実力者なら何でも決められる」という誤った政治像になってしまう。

なぜ選挙を助けられる政治家は存在感を持つのか

 政治家にとって、最も根本的な条件の1つは選挙に勝つことである。どれほど政策に詳しくても、選挙で議席を失えば国会議員として活動を続けることはできない。そのため、自分自身が当選できる能力だけでなく、他の候補者の選挙を支援できる政治家は、党内で一定の存在感を持ちやすくなる。

 たとえば新人候補が苦戦しているとき、地域の有力者を紹介することもあれば、地方議員との関係を仲介することもあり、選挙経験を持つスタッフや応援弁士を送り込むことも考えられる。こうした支援を受けた政治家が、将来すべての政治判断で支援者に従うとは限らないが、少なくとも政治的人間関係が形成される契機にはなり得る。

 日本政治を対象とした研究では、自由民主党の派閥が歴史的に候補者公認、選挙、人事などと関係してきたことが確認されている。1994年の選挙制度改革を分析した研究では、改革後、派閥指導者が候補者公認に与える影響は大きく低下した一方、少なくとも改革直後にはポスト配分に関する影響の変化は比較的小さかったとされている。これは、制度を変更すれば党内の非公式な関係が瞬時に消えるわけではないことを示す重要な例である。

 ただし、「有力政治家が指示すれば所属議員が必ずその通り投票する」というほど単純ではない。議員にはそれぞれ選挙区があり、支持者があり、政策上の判断があり、党員や世論からの圧力も受ける。したがって、他の政治家を支援できることは政治的資源の1つにはなっても、それだけで他者を自由に動かせることを意味しない。

人事では「決定権」だけでなく、その前に何が起きているかを見る

 政治で最も目立つのは最終決定である。「誰が大臣になった」「誰が党役員になった」という結果は誰にでも見えるため、政治権力を考えるときには、つい最後に判を押した人物だけを見てしまう。しかし実際の組織では、決定に至るまでに候補者の検討、関係者への相談、党内情勢の把握、利害調整などが行われることがあり、その過程を理解しなければ人事の力学は見えてこない。

 自由民主党の閣僚ポストを1960年から2007年まで分析した政治学研究では、党指導部が党内の派閥やライバルとの関係を考慮しながら閣僚ポストを配分していたことが統計的に示されている。党指導者が党内からの挑戦を受けやすい状況ほど、派閥側により多くのポストを配分する傾向が確認されており、人事が単純な年功や能力だけではなく、党内交渉とも関連していたことが分かる。

 ここから考えると、無役の政治家でも党内の人間関係をよく知り、「この人物を登用するとどの勢力がどう反応するか」「誰と誰の関係が悪化しているか」といった情報を持っていれば、正式な任命権を持たなくても相談相手になる可能性がある。ただし、相談を受けたことと人事を決定したことは全く別であり、政治報道を読む際にはこの区別が重要になる。

情報が集まる人物には、なぜ人がさらに集まるのか

 無役の実力者という現象を考えるうえで、もう1つ重要なのが情報である。ただし、「情報を持っている人は権力者である」と単純化するのは正確ではなく、重要なのは、異なる場所から情報が集まり、その情報を別の人物や集団につなぐ位置にいることである。

 ある政治家のもとには若手議員から党内の動向が入り、地方組織からは選挙区の状況が伝わり、政策関係者からは制度上の問題が持ち込まれるかもしれない。個々の情報だけなら大きな意味を持たなくても、異なる場所からの情報が同じ人物のところに集まれば、党内の変化を比較的早く把握できる可能性が生まれる。そして、「あの人物なら事情を知っている」と周囲から認識されれば、さらに相談や情報が集まるという循環が生じることも考えられる。

 この考え方は、社会ネットワーク分析(Social Network Analysis・人間や組織のつながりをネットワークとして分析する方法)によって、ある程度理論的に説明できる。ネットワーク研究では、単純に知人の数が多い人物だけでなく、異なる集団の間に位置し、情報や関係を橋渡しする人物が重要な位置を占める場合があることが知られている。議員の投票行動をネットワークとして分析した研究でも、ネットワーク上の中心性を政治的影響力の測定に利用しようとする試みが行われている。

 もっとも、これは「情報が多い人ほど必ず政治力が強い」という法則ではない。持っている情報が古ければ役に立たず、他者から信用されなければ仲介することもできず、正式な意思決定者が別の判断をすれば情報提供者の意向とは異なる結果になるため、情報は影響力を構成する1つの要素ではあっても、それ自体が権力そのものではない。

人脈は人数だけでは測れない

 政治家の実力を語るとき、「何人の議員を抱えている」「何人の仲間がいる」という人数が注目されることがある。しかし、ネットワークの観点から見ると、人間関係の価値は単純な人数だけでは説明できない。

 たとえば同じ20人と関係を持つ2人の政治家がいたとしても、1人は同じグループの20人だけと結び付き、もう1人は複数の異なる世代、地域、政策分野、党内グループにまたがって関係を持っているかもしれない。この場合、2人の知人の数は同じでも、ネットワークにおける役割は大きく異なる。

 社会ネットワーク研究では、このように異なる集団の間を橋渡しする位置を「媒介」という観点から分析することがあり、その程度を表す代表的な指標として媒介中心性が使われる。議員ネットワークを分析した研究では、正式な党幹部ではない議員が異なる集団をつなぐ位置を占める例も確認されている。もっとも、こうした研究の対象には日本以外の議会やオンライン上の議員ネットワークも含まれるため、その結果をそのまま2026年の日本政界に当てはめることはできないが、「公式の肩書」と「ネットワーク上の重要性」が必ずしも一致しないことを理解する理論的な手掛かりにはなる。

 したがって、「仲間が100人いる政治家より、橋渡しをする1人の方が強い」と数字で断言することはできない。政治的影響力は、直接的な人脈の数、関係の強さ、相手自身の影響力、異なる集団をつなぐ位置、政策能力、選挙基盤、資金、役職、世論などが複雑に絡み合った結果として生じるものだからである。

「電話できる相手の数」は政治力そのものではない

 政治の世界では、長い活動の中でさまざまな貸し借りが生まれる。選挙を手伝ったこともあれば、政策について関係者を紹介したこともあり、対立した政治家同士の仲介をしたこともあるだろう。そうした経験の蓄積によって、必要なときに連絡を取り、話を聞いてもらえる関係が増えていくことは十分考えられる。

 しかし、「電話をかけられる人物が100人いるから政治力が強い」というほど単純ではない。関係の数より、相手が実際に話を聞くか、互いにどの程度の信頼があるか、その関係が現在も生きているか、そして相手自身がどのような政治的位置にいるかの方が重要な場合もある。

 それでも、役職を離れた人物に人が相談を持ち込む現象を見るとき、それを単なる「昔の偉い人への挨拶」と決めつける必要もない。長年形成された関係や知識が、役職とは別の価値を持っている可能性があるからである。ただし、面会者が多いことだけから「この人物が政治を支配している」と結論づけることもできない。

政治の世界では「橋を架けられる人」が必要になる

 政治には対立がある。政策をめぐる対立だけでなく、世代、選挙区、党内グループ、過去の人事などをめぐって関係が悪化することもある。そのようなとき、自分の仲間を大量に抱えている人物とは別に、対立する双方と話ができる人物が意味を持つ場合がある。

 Aという集団とBという集団が互いに直接話しにくい状態になっているとき、双方と関係を持つ人物Xがいれば、Xを通じて情報や提案が伝わる可能性が生まれる。このXには正式な役職がなくてもよく、重要なのは双方から一定の信頼を得ていることである。

 実際、政治ネットワークに関する研究では、議員間の社会的つながりが議員としての活動成果と関連することを示す研究も存在する。米国議会を対象とした研究では、議員の社会的なつながりが立法上の有効性に影響することが統計的に示されており、人間関係そのものを政治的資源として分析する余地があることが分かる。もちろん米国議会の結果を日本政治へそのまま移すことはできないが、「政治家個人の能力だけでなく、その人がどのネットワークに位置しているかも政治活動に関係する」という考え方には実証的な裏付けがある。

派閥が変われば「無役の実力者」も消えるのか

 ここで問題になるのが、現在の日本政治である。かつて自由民主党の派閥が資金、人事、選挙、情報共有などをめぐって重要な機能を担ってきたことは多くの政治学研究で論じられてきたが、2024年以降、そのあり方は大きく変化している。

 自由民主党が2026年5月に公表したガバナンス体制に関する報告書では、「派閥」が従来その一部を担ってきた機能として、情報共有、人材育成、意見集約、意思疎通が挙げられており、それらを今後は党組織としてどのように代替し、透明性の高い統治構造へ転換するかが課題だとされている。また、2024年のガバナンスコード改正に基づき、政策集団を資金や人事から切り離し、政策集団からの組織的な人事要望を受け付けない方針も確認されている。

 この変化を踏まえると、「昔の派閥政治が名前だけ変えてそのまま続いている」と断定するのは適切ではない。その一方で、派閥という組織が弱まっても、政治家同士が情報を交換し、政策について相談し、選挙を助け、世代や立場を越えて人間関係を築く必要までなくなるわけではない。

 むしろ今後注目すべきなのは、かつて派閥という目に見える組織の内部に集約されていた機能が、党本部、政策集団、議員個人のネットワーク、地方組織などへどのように再配置されていくかである。2026年の日本政治については、過去数十年間の派閥研究と同じ構造がそのまま続いていると仮定するのではなく、現在進行中の変化として観察する必要がある。

「実力者の一声で決まった」という物語には注意が必要である

 政治報道では、ときどき「あの実力者が動いた」「重鎮が了承した」「最後は一声で決まった」といった物語が語られる。この種の表現は政治を分かりやすくする一方で、実際には多くの要因が絡んだ結果を、1人の人物の意思だけで説明してしまう危険も持っている。

 たとえばある人物が大臣に起用されたとしても、その背景には首相や党執行部の判断だけでなく、当選回数、政策経験、地域的なバランス、世代構成、党内事情、選挙への影響など、複数の要因が存在している可能性がある。直前に有力政治家と面会していたからといって、その有力者が人事を決めたとは限らない。

 ここには因果関係を考えるうえで重要な問題がある。「実力者と会った後に人事が決まった」という時間的な順序だけでは、「実力者が人事を決めた」という因果関係は証明できないからである。その人物が本当に結果へ影響したのかを確認するには、本人や関係者の証言、意思決定過程の記録、複数の独立した情報などを照合する必要がある。

 したがって、「無役の実力者」という言葉は正式な地位を示すものではなく、その人物が持つと考えられている影響力を表現した政治用語として読む方がよい。重要なのは「実力者と呼ばれているから実力がある」と循環論法で考えることではなく、その人物が誰と関係し、どの場面で何を行い、それが意思決定にどの程度結び付いたのかを具体的に見ることである。

役職を失った後に見えてくるもの

 それでも、政治家が役職を離れた後の姿は興味深い。大臣であれば行政機関から大量の情報が集まり、党幹部であれば役職上の必要から議員や職員が訪れるため、役職に就いている間だけを見ても、その人物自身のネットワークと役職の力を分離することは難しい。

 そこで、役職を離れた後にも多くの政治家が相談に訪れたり、政策や党内情勢について意見を求められたりするのであれば、その人物が役職以外にも一定の人的資源や知識を持っている可能性は考えられる。ただし、それだけで「真の政治力が証明された」と断言することはできない。元首相や元大臣という経歴自体が人を集める理由になるかもしれず、単なる儀礼的な面会も含まれるからである。

 科学的に検証するなら、同程度の年齢、当選回数、過去の役職、選挙基盤を持つ政治家を比較し、退任後の面会関係、他議員との共同活動、人事や政策への関与などを長期間観察する必要がある。現実にはそのようなデータを完全に集めることは難しいため、「役職を失ったとき本当の政治力が見える」という表現は、厳密な法則というより、政治を見るための興味深い視点として理解するのが適切である。

本当の政治は、組織図だけでは見えてこない

 政治を大きな建物にたとえるなら、総理大臣、大臣、幹事長などの役職は、扉に名前が書かれた部屋である。誰がそこに座っているのかも、どのような権限を持つのかも、ある程度は制度から読み取ることができる。

 しかし建物は部屋だけでは成り立たない。部屋と部屋をつなぐ廊下があり、階段があり、互いに離れた場所を行き来する通路がある。政治に置き換えれば、それが人間関係、情報交換、相談、説得、仲介であり、無役の実力者と呼ばれる人物を理解するには、その人物が大きな部屋を持っているかではなく、どの部屋とどの部屋を結ぶ位置にいるのかを見る必要がある。

 その意味で、無役の実力者とは、秘密の命令権を持つ人物ではない。正式な権限を持たなくても、長い政治活動によって形成された信頼関係、情報、経験、選挙支援、政策上の知識、異なる集団を結ぶネットワークなどを持ち、それらを通じて政治過程に一定の影響を及ぼす可能性のある人物である。

 しかも、その力は固定されたものではない。選挙で議席を失えばネットワークは弱まり、世代交代が進めば古い人脈の価値が低下することもあり、制度改革によって資金や人事への関与が難しくなることもある。世論が大きく動けば、党内の人間関係だけでは結果を制御できない場合もある。したがって、「実力者」という呼び名を、その人物が政治を自由自在に動かせる証明のように受け取るべきではない。

 それでも、無役の実力者という存在が繰り返し語られるのは、政治が制度だけで動く機械ではなく、人間が人間を説得し、協力し、ときには警戒しながら意思決定していく営みだからなのだろう。役職はある日突然与えられ、ある日突然失われるが、20年、30年とかけて形成された人間関係まで、その日の人事発表だけで消えるわけではない。

 政治の表面を見るなら、誰がどの役職に就いたかを見ればよい。しかし、その政治がどちらへ動こうとしているのかをもう少し深く読みたいなら、組織図には書かれていないもう1つの問いを持つ必要がある。

 役職を持っていないその人物のところへ、なぜ人は会いに行くのか。

 その理由をたどっていくと、肩書だけでは説明できない政治の構造が、少しずつ姿を現してくる。

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衆議院と参議院を分けて見ると、「党のナンバー2」では説明できない

 政治ニュースを見ていると、党首の隣にはしばしば幹事長がいる。選挙になれば候補者について語り、党内で問題が起これば調整に動き、他党との交渉でも名前が出てくるため、「党のナンバー2」と説明されることも多い。しかし、この説明だけでは幹事長という役職の本当の姿は見えてこない。日本の政党は、党首と幹事長だけで動く単純な組織ではなく、党本部、地方組織、選挙組織、政策部門、国会対策部門に加えて、衆議院と参議院という制度も選挙周期も異なる二つの議院を同時に抱えているからである。

 しかも2026年の日本政治を見ると、この構造はさらに複雑になっている。以下では自由民主党、立憲民主党、日本維新の会、公明党を主な例として見るが、これら4党だけで日本のすべての政党を説明できるわけではなく、幹事長という名称や権限、衆議院と参議院の組織関係は政党によって異なる。その前提を置いたうえで各党を比較すると、幹事長の力とは「何でも一人で決定できる力」ではなく、人事、資金、選挙、国会、地方組織、そして衆参両院を結び付ける位置から生まれる力だということが見えてくる。

まず、「政党」と「国会会派」は同じものではない

 幹事長を理解する前に、一つ重要な区別がある。それは政党と国会会派の違いである。政党とは、共通する理念や政策を実現するためにつくられる政治組織であり、国会会派とは衆議院や参議院の内部で活動を共にする議員の集団である。同じ政党の議員が一つの会派をつくることが多いものの、複数政党が一つの会派を構成することもあれば、政党に所属していない議員が会派に加わることもあるため、「政党の所属」と「国会でどの会派に所属するか」は必ずしも一致しない。

 2026年は、この違いを理解するのに象徴的な年になった。衆議院が公表している2026年2月18日現在の会派構成では、自由民主党・無所属の会が316人、中道改革連合・無所属が48人、日本維新の会が36人などとなり、立憲民主党と公明党はそれぞれ独立した衆議院会派としては存在していない。一方、参議院の2026年6月30日現在の会派構成を見ると、自由民主党・無所属の会101人、立憲民主・無所属40人、公明党21人、日本維新の会19人となっており、衆議院と参議院では同じ政党名をめぐる組織構造が大きく異なっている。

2026年には、衆議院と参議院の「政党地図」がずれた

 このずれが生じた大きな理由の一つが、2026年初めの政党再編である。立憲民主党所属だった衆議院議員と公明党所属だった衆議院議員は、中道改革連合の結成に伴ってそれぞれ元の党を離れ、2月の衆議院選挙を中道改革連合から戦った。その結果、立憲民主党と公明党は参議院や地方組織では存続しながら、衆議院ではそれぞれ独自の議員団を持たないという、通常とは異なる状態になった。

 ところが、この体制も固定されたわけではない。2026年9月には、中道改革連合、立憲民主党、公明党の3党による組織的な合流が実現しないことが明らかになり、中道改革連合は新たな形態へ移る方針を決めた。公明党出身の衆議院議員は公明党へ再結集し、立憲民主党出身の衆議院議員は新党を立ち上げ、そのうえで次の国会では両者が衆議院の統一会派「中道」を形成する方向が示されている。したがって2026年9月16日現在の衆議院については、「中道改革連合という既存政党がそのまま存続している」とも、「すでに新しい体制への移行が完全に終了した」とも単純には言えず、政党所属と国会会派の組み替えが進んでいる過渡期として見る必要がある。

 この出来事は、幹事長を理解するうえでも重要である。政党組織は衆議院と参議院で必ずしも同じ形を取らず、一方の議院で党所属議員がいなくなっても、他方の議院や地方組織を基盤として政党そのものは存続できるからである。幹事長とは、単に国会議員を束ねる役職ではなく、このような複数の組織を一つの政党として維持する党務の責任者なのである。

幹事長とは、そもそも国会の役職ではない

 衆議院議長や参議院議長は国会という国家機関の役職だが、政党の幹事長はその政党内部の役職である。そのため、日本国憲法に「幹事長」という役職が定められているわけではなく、その権限は各党の党則や規約によって決められる。同じ「幹事長」という名前でも、自由民主党と日本維新の会と公明党では制度設計が異なり、さらに党本部の幹事長とは別に、参議院幹事長や国会議員団幹事長を置く政党もある。

 自由民主党では、党本部の幹事長は総裁を補佐して党務を執行する役職とされ、その管掌下に人事局、経理局、情報調査局、国際局が置かれている。一方、参議院側には参議院議員総会や参議院幹事長、参議院政策審議会長、参議院国会対策委員長などの独自の組織が存在するため、「自由民主党幹事長」と「参議院幹事長」は名前こそ似ていても別の役職である。

 日本維新の会ではさらに構造が重なる。党本部には代表を補佐して予算執行など党運営を統括する幹事長がいる一方、国会議員で構成される国会議員団にも幹事長を置く仕組みがあり、さらに参議院には参議院会を設け、参議院会長や参議院幹事長、参議院国会対策委員長などを置くことができる。したがって政治ニュースで「維新の幹事長」と書かれていた場合、それが党本部を指しているのか、国会議員団を指しているのかまで確認しなければ、権限の意味を正確には理解できない。

衆議院と参議院では、政治を刻む時計そのものが違う

 なぜ一つの政党の中に、衆議院と参議院で別々の組織が必要になるのか。それは両院が同じ国会を構成しながら、まったく同じ制度では動いていないからである。衆議院議員の任期は4年だが、衆議院が解散されれば任期途中でも選挙になるため、衆議院議員は常に「いつ選挙になるか分からない」という不確実性の中で政治活動を行う。

 これに対して参議院議員の任期は6年で、参議院には解散がなく、3年ごとに半数が改選される。議員全員が一度の選挙で入れ替わることがないため、参議院という議院そのものには制度的な継続性が組み込まれている。したがって衆議院では突然の解散に備えた候補者や選挙区の準備が重要になり、参議院では3年ごとの改選周期を前提に、より長い時間軸で選挙や院内活動を組み立てることができる。

 さらに両院は権限も完全には対称ではない。予算は衆議院に先に提出され、内閣総理大臣の指名、予算、条約など一定の事項では条件を満たせば衆議院の議決が優越し、内閣不信任決議も衆議院に認められた制度である。このため衆議院は内閣の成立や存立とより直接的に結び付く一方、参議院は解散の影響を受けずに活動を継続する。党本部の幹事長は、この異なる時計で動く二つの議員集団を同時に政党の中へ組み込まなければならない。

自由民主党では、「党本部」と「参院自民党」が重なって動く

 自由民主党を見ると、この構造が比較的分かりやすい。党本部では総裁が最高責任者となり、幹事長が党務執行の中心に立つ一方、参議院には参議院議員総会を中心とする独自の組織があり、参議院幹事長などが置かれている。参議院側は党本部と無関係な別組織ではないが、党本部幹事長の直属部門として単純に一本化されているわけでもない。

 ここで重要なのは、幹事長の力を「上から命令する力」だけで測らないことである。党本部では全国の地方組織、選挙、人事、資金などを扱わなければならず、参議院側には参議院独自の議員間調整や国会運営があるため、両者の考えが完全に一致するとは限らない。その間を党として一つの方向へまとめることができるかどうかが、幹事長の政治的な力になる。

立憲民主党は、2026年に「参議院と地方組織を持つ政党」という性格が強くなった

 立憲民主党については、2026年以前の規約だけを読んで現在を説明すると誤解が生じる。規約上は衆議院議員団と参議院議員団を置くことができ、幹事長は代表を補佐して党務執行全般を統括し、国会対策委員長は代表と幹事長の下で衆参にまたがる国会対策を担うという構造が想定されている。しかし2026年には、所属していた衆議院議員が中道改革連合へ移ったことから、現実の立憲民主党は参議院議員、地方議員、地方組織を中心に存続することになった。

 2026年8月時点の立憲民主党役員を見ると、代表、幹事長、選挙対策委員長、政務調査会長、国会対策委員長など党執行部の中心を参議院議員が担っており、党自身も衆議院小選挙区の暫定総支部を設けるなど、将来の衆議院との関係を見据えながら地方組織を維持している。9月には中道改革連合の立憲民主党出身衆議院議員が新党をつくる方針となり、立憲民主党との今後の関係はなお調整段階にあるため、現在の立憲民主党を「従来と同じ衆参一体の政党」として描くことはできない。

 むしろここから分かるのは、幹事長の仕事が国会議員団の人数だけで決まるわけではないということである。衆議院に所属議員がいない時期でも、地方組織、党員、選挙準備、政策活動、参議院議員団を維持しなければ政党は存続できない。幹事長とは、国会内だけでなく、その背後にある組織を切れ目なく動かす役職なのである。

公明党も2026年に、衆議院と参議院の関係が大きく変わった

 公明党についても同じ注意が必要である。2026年1月、公明党所属の衆議院議員は中道改革連合への参加に伴って公明党を離れ、公明党は一時、参議院議員と地方議員を中心とする政党になった。それでも党本部には代表、幹事長、中央幹事会、常任役員会などが存続し、参議院側には参議院公明党議員団の組織が存在したため、衆議院から所属議員がいなくなっても政党そのものが消滅したわけではない。

 その後、2026年9月には中道改革連合の再編方針を受け、公明党出身の衆議院議員を公明党側が受け入れ、再び衆参両院に国会議員を持つ体制へ移行する方針が示された。ただし衆議院では、立憲民主党出身議員が設立する新党と統一会派「中道」を組む方向であるため、今後は「政党としての公明党」と「衆議院会派としての中道」が重なって存在することになる。

 この構造は一見ややこしいが、政党と会派を分ければ理解しやすい。公明党という政党には独自の代表や幹事長、党組織がありながら、衆議院では別の政党に所属する議員たちと一つの会派をつくることが可能である。つまり幹事長は、党の内部だけでなく、必要に応じて他党と組む国会会派との関係まで調整しなければならない。

「幹事長が金を握る」という言葉は、かなり乱暴である

 幹事長について昔から語られてきたのが、「金と人事を握るから強い」という説明である。しかし制度を確認すると、この言葉はそのままでは正確ではない。自由民主党では経理局が幹事長の管掌下に置かれているが、党財政には財務委員会など別の監督機構が存在する。日本維新の会では幹事長が予算を執行することが明確に規定されている一方、公明党では党の収支を管理する財務委員会や会計を監査する組織が置かれているため、いずれの党でも「幹事長が個人的判断で党の金を自由に使える」という意味ではない。

 それでも資金と幹事長が強く結び付けられるのは、政治における資金配分が単なる経理処理ではないからである。選挙対策にどれだけの組織資源を投入するのか、地方組織をどこまで支えるのか、党本部の活動をどう組み立てるのかという判断は、最終的には党の政治戦略と結び付いているため、党務全般に関与する幹事長がその調整から離れることは難しい。したがって「金を握る」というより、「党の限られた資源をどこへ向けるかという調整の中心に近い」と表現する方が実態に近い。

人事も、公認も、一人で決めているわけではない

 人事についても同じことが言える。自由民主党では幹事長管掌の部局について、総務会の承認を受けて幹事長が局長や次長を決定する仕組みがあり、日本維新の会では幹事長が常任役員会の承認を受けて幹事会の構成員などを選任できる。公明党でも幹事長室を中心に党務を統括する仕組みがあるが、中央幹事会などの議決機関と常任役員会などの執行機関が別に存在するため、幹事長が党内のあらゆる役職を単独で決定しているわけではない。

 選挙の公認についても同様である。候補者を正式に公認する手続きには各党の選挙対策機関や議決機関が関与するため、「幹事長の一声で候補者が決まる」という説明は制度上正しくない。しかし実際の候補者選定では、地方組織の希望、現職との関係、選挙区事情、比例代表との配分、他党との協力、資金や応援態勢などを事前に調整しなければならない。この長い調整過程に深く関わることが、幹事長の影響力につながるのである。

衆議院の選挙と参議院の選挙では、幹事長が考える時間軸も変わる

 衆議院では解散があるため、党本部は常に「次の総選挙が予定より早く来るかもしれない」という可能性を考えなければならない。候補者が決まっていない選挙区、地方組織が弱い地域、現職と新人の調整、他党との候補者競合などを日常的に整理しておかなければ、突然の解散に対応できなくなる。

 一方、参議院では改選時期があらかじめ分かっているため、衆議院とは異なる準備が可能になる。しかし参議院選挙には選挙区と比例代表があり、党全体の得票戦略や全国組織との関係が強く影響するため、こちらにも独自の調整が必要になる。幹事長は一種類の選挙だけを見ていればよいのではなく、いつ起こるか分からない衆議院選挙と、周期が決まっている参議院選挙を同じ党組織の中で並行して準備しなければならない。

幹事長には、「異なる種類の情報」が集まりやすい

 幹事長の力を考えるとき、資金や人事ほど目立たないものの、情報も重要である。ただし「幹事長が誰よりも早くすべての情報を知る」と断定する根拠はなく、より正確には、役職上、異なる種類の情報が集まりやすい位置にいると考えるべきである。

 自由民主党では情報調査局が幹事長の管掌下にあり、日本維新の会では幹事長が役職者の連絡や調整のための会議を招集できる。立憲民主党でも幹事長を中心とする党執行部には地方組織、選挙、国会対策、政策などの情報が集まる構造がある。衆議院側からは解散や選挙区情勢を意識した情報が入り、参議院側からは独自の国会運営や改選事情が届き、地方組織からは候補者や地域政治に関する情報が上がるため、幹事長はそれらを直接すべて処理しなくても、どの問題をどこで解決すべきかを判断する位置に置かれる。

だからといって、幹事長が党首より強いわけではない

 これだけ多くの分野に関わると、幹事長が党首の裏側で党を動かしているようにも見える。しかし制度上の最高責任者は、自由民主党なら総裁、立憲民主党や日本維新の会、公明党なら代表であり、幹事長ではない。また各党には総務会、常任幹事会、中央幹事会、常任役員会、両院議員総会などの合議機関が置かれており、重要事項を幹事長一人で決定する仕組みにはなっていない。

 むしろ幹事長の政治的な力は、党首からどこまで信頼されているか、衆議院議員や参議院議員とどのような関係を持つか、地方組織との調整能力があるかによって変化する。同じ党則の下でも、強い幹事長と目立たない幹事長が生まれるのはこのためであり、役職に書かれた権限だけを読んでも、その人物の実際の政治的影響力までは分からない。

幹事長の本当の力は、「接続点」と考えると見えてくる

 ここまで見てくると、「幹事長は何を握っているのか」という問いに、「金」「人事」「選挙」とだけ答えることが不十分である理由が分かってくる。資金は財務機構と共有され、人事には党内の承認手続きがあり、候補者公認には選挙対策部門や議決機関が関与し、国会運営には国会対策委員長や衆参それぞれの議員組織が存在するため、幹事長が一つ一つの権限を独占しているわけではない。

 それでも幹事長が重要なのは、これらの機能が互いに切り離されていないからである。候補者を立てれば資金と地方組織が必要になり、地方組織を動かせば人事や党本部との調整が必要になり、選挙で議席を得れば衆議院や参議院の国会運営へつながり、国会での政策判断は次の選挙に影響する。その循環の途中に幹事長が何度も現れる。

 したがって、幹事長が何か一つの巨大な権力を「握っている」と考えるより、人事、資金、選挙、国会、地方組織、衆議院、参議院という別々の回路を結ぶ「接続点」にいると考える方が実態を捉えやすい。これは党則に書かれた正式な定義ではなく、複雑な政党組織を理解するための一つのモデルであるが、幹事長という役職がなぜこれほど政治ニュースで重く扱われるのかを説明するには有効である。

 2026年の政党再編は、そのことを逆に鮮明にした。立憲民主党や公明党のように衆議院と参議院で一時的に所属構造が分かれても、政党そのものは地方組織や参議院議員、党員を基盤として存続し、その後また衆議院側との関係を組み直すことができる。その過程では、国会議員の数だけでなく、組織、人事、選挙、資金、他党との関係を同時に調整しなければならない。

 政治の表舞台で最も強い照明を浴びるのは党首である。しかし政党が実際に動く場所では、衆議院と参議院という異なる時間で動く二つの議院、全国の地方組織、選挙、政策、人事、資金が絶えず結び直されている。幹事長の力とは、そのすべてを独占することではなく、それぞれ別の方向へ動きかねない歯車を、一つの政党として噛み合わせ続ける位置にいることなのである。

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知名度は民主政治の「能力」なのか、それとも「資源」なのか

 選挙になると、ほとんど条件反射のように聞こえてくる言葉がある。「またタレント候補か」「有名人を出せば票が取れると思っている」「政治を人気投票にするな」。俳優、スポーツ選手、アナウンサー、文化人など、すでに広く知られた人物が立候補すると、その人の政策や準備状況を検討する前から、「人気だけ」という判決が下されることさえある。しかし、この批判には一つ厄介な問題がある。私たちは「人気で政治家が選ばれること」を嫌いながら、民主政治そのものが、人々に知られ、支持され、一票を託されなければ成立しない制度であることを、ときどき忘れてしまうのである。

 もちろん、有名であることと政治家として有能であることは同じではない。俳優として成功したから国家予算を読めるわけではなく、オリンピックでメダルを取ったから社会保障制度を設計できるわけでもなく、テレビ番組で気の利いた発言ができることと、法律の条文を読み込み、行政組織を動かし、複雑な利害を調整することの間には明らかな距離がある。したがって、「有名だから政治家に向いている」という推論は、論理的にも科学的にも成立しない。

 しかし、ここで話を終えてしまうと、反対方向にも同じ間違いを犯すことになる。「有名だから政治家として能力が低い」という推論もまた、根拠がないからである。タレント経験のある候補者集団が、それ以外の候補者集団より平均的に政治能力が低いという事実が確認されていない以上、「タレント候補だから中身がない」と最初から決めつけることは、候補者の能力を評価したことにはならない。それは職歴から能力を推定しているにすぎず、実のところ「芸能人だから駄目」という判断も、「元官僚だから優秀」「弁護士だから法律に強い」「経営者だから経済に強い」といった肩書による評価と、構造的にはそれほど違わない。

 ここで問題になるのが、政治家をどのような能力によって評価するのかという、もう少し深い問いである。政策知識だろうか、学歴だろうか、行政経験だろうか、それとも法律や経済への理解度だろうか。確かに、こうした能力はいずれも重要である。しかし、それだけが政治家の能力だと考えるなら、選挙という仕組みはずいぶん奇妙な制度になる。政治家として必要な知識を試験で測り、得点の高い順に議席を与えた方が効率的だからである。それでも私たちがその制度を採用しないのは、政治家が単なる専門家ではなく、市民から権力を預かる代表者だからである。

 民主政治の厄介さは、政治家が専門能力と代表能力の両方を求められるところにある。政策に詳しいだけでは足りず、その政策を人々に説明し、異なる意見を持つ人々の声を聞き、ときには妥協し、最終的な判断について責任を負わなければならない。どれほど優れた制度を考えても、それを社会に伝えられず、理解も支持も得られないのであれば、民主政治の中で実行することは難しい。政治とは、知識の競争であると同時に、信頼を形成し、人々との関係をつくる仕事でもある。

 だからといって、知名度そのものを「政治能力」と呼ぶのは正確ではない。ここは明確に区別した方がよい。知名度は政治能力そのものではなく、選挙において非常に強い「政治資源」である。候補者の名前を知っている、有権者が顔を認識できる、過去にどのような人物だったかについて何らかの印象を持っているという状態は、その候補者が自分の政策を届ける入口をすでに持っていることを意味する。

 無名の候補者は、まず自分が存在することを知ってもらわなければならない。ポスターを貼り、駅前に立ち、街宣車で名前を繰り返し、地域を回りながら、ようやく「この名前を聞いたことがある」という段階にたどり着く。一方、著名人はその最初の壁をすでに越えている。選挙という競争だけを見れば、この差は小さくない。

 政治学や行動科学では、有権者がすべての候補者について完全な情報を集めることは現実的ではないと考えられている。仕事があり、家事があり、子育てや介護があり、日々の生活がある中で、立候補者全員の政策集を読み、過去の発言を確認し、財政政策や外交政策を比較し、さらにその実現可能性まで検証することを全有権者に求めるのは無理がある。情報を調べるためには時間も労力も必要であり、その費用に比べて、自分一人の一票が選挙結果を変える可能性は極めて小さいため、有権者が政治情報の収集に無限の時間を使わないことには、それなりの合理性がある。

 この考え方は、政治学では「合理的無知」と呼ばれてきた。有権者が愚かだから政治について知らないのではなく、限られた時間や労力を仕事、家庭、趣味、健康などにも配分しなければならない以上、政治情報への投資を一定のところで止めることには合理性があるという考え方である。民主政治は、全有権者が政治学者になることを前提として設計されているわけではない。

 そこで人間は、複雑な判断を簡略化するための手掛かりを使う。所属政党、現職か新人か、職歴、過去の実績、推薦団体、話し方、人物像、そして知名度などである。こうした判断方法をヒューリスティクス(heuristics・複雑な判断を簡略化する認知上の手掛かり)という。ヒューリスティクスを使った判断がいつも正しいわけではないが、情報が限られた環境で人間が意思決定する以上、完全に排除することも難しい。

 その中で、「名前を知っている」ということも一つの手掛かりになる。日本の選挙を利用した研究でも、候補者名が認識されやすい条件が得票に影響し得ることが示されているほか、海外の実験研究でも候補者名の認知が支持に影響する場合が確認されてきた。一方で、近年の追試では、単に名前を繰り返し見せれば支持が上昇するという単純な効果は十分に再現されていない。つまり、現在の研究から言えるのは「知名度は条件によって投票に影響し得る」というところまでであり、「有名になれば自動的に票が増える」とまで単純化することはできない。

 ここは、タレント候補を論じるうえで非常に重要である。知名度は選挙において有利に働く可能性が高いが、それだけで当選が決まるわけではない。所属政党、候補者本人の評価、政策、選挙区の事情、現職効果、資金、組織力、報道量など、さまざまな要因が同時に作用する。したがって、タレント候補が当選したからといって、「知名度だけで当選した」と断定することも、科学的には慎重であるべきだ。

 統計学の言葉を借りれば、ここには「交絡」の問題がある。著名人は、単に名前が知られているだけではなく、人前で話す経験が豊富かもしれないし、メディアの扱い方に慣れているかもしれないし、政党から有力候補として手厚い支援を受けているかもしれない。反対に、著名人だからこそ過去の言動を厳しく調べられ、失言やスキャンダルが広く報道されることもある。したがって、「知名度」と「得票」の関係だけを見ても、その背後に何が働いているのかは簡単には分からない。

 同じことは政治能力についても言える。知名度が高い人物ほど政治能力が高いという関係は証明されておらず、逆に知名度が高い人物ほど政治能力が低いという関係も証明されていない。知名度は能力そのものではなく、候補者について何らかの情報を与える可能性のあるシグナルにすぎないのである。そして、そのシグナルがどれほど有用なのかは、知名度が何によって形成されたかによって大きく変わる。

 例えば、十年以上にわたって社会活動を続け、その中で多くの人に知られるようになった人物の知名度と、一時的にテレビ番組に大量出演したことで生まれた知名度は、同じ数字で表されるとしても意味は違う。スポーツ選手として長期間チームをまとめてきた人物なら、組織管理やプレッシャー下での意思決定について経験を持っているかもしれない。しかし、それが財政政策や外交政策への理解を保証するわけではない。重要なのは「有名である」という結果だけを見るのではなく、その知名度がどのような経験から生まれ、政治家として何に転換できるのかを見ることである。

 これは情報の問題として考えると、さらに分かりやすい。私たちが本当に知りたいのは候補者の政治能力だが、その能力を投票前に完全に観察することはできない。そのため、経歴や実績、所属政党、発言、知名度といった観察可能な情報から、見えない能力を推測することになる。もし知名度が政治能力について何らかの情報を含んでいるのであれば判断材料にはなるが、知名度と政治能力がまったく関係していないのであれば、名前を知っているという事実だけから能力を推測することはできない。

 つまり、「有名だから優秀」という判断も、「有名だから中身がない」という判断も、統計的には同じ誤りを犯す可能性がある。私たちが知らなければならないのは知名度の大きさではなく、その知名度の背後にある情報なのである。

 ここまで考えると、タレント候補への批判の仕方にも修正が必要になる。問題なのは、芸能人やスポーツ選手が政治に入ってくることではない。問題なのは、政党がその人物の政治的準備や適性を十分に検証せず、「この人なら名前だけで票が取れる」と考えて候補者にする場合である。

 これはかなり重要な違いである。前者を批判すれば、政治の世界に入れる職業を事実上制限することになるが、後者を批判するのであれば、候補者選定の質を問うことになる。民主政治にとって必要なのは、政治家一家、官僚、政党職員など限られた経路だけから候補者を供給することではなく、社会のさまざまな分野から政治に参加する人が現れ、そのうえで同じ基準によって能力を評価されることである。

 むしろ不思議なのは、タレント候補の知名度には厳しい視線が向けられる一方、既存政治家の知名度については同じほど疑問が向けられないことである。何期も当選した現職議員は、当然ながら名前も顔も知られている。世襲候補なら、本人が政治活動を始める以前から名字そのものが地域の政治ブランドになっていることさえある。それにもかかわらず、芸能人が持ち込む知名度だけを「不純な人気」と呼ぶのであれば、評価基準には一定の偏りがある。

 ただし、ここでも単純な同一視は避けなければならない。現職議員の知名度には、過去に選挙で選ばれたこと、議員として活動したこと、政治的判断の実績が存在することなどの情報が含まれている。一方、芸能活動によって形成された知名度は、必ずしも政治的実績について何も教えてくれない。どちらも「知っている名前」ではあるが、有権者に伝えている情報の中身は同じではないのである。

 したがって、「タレントも現職も有名なのだから同じだ」と言ってしまうのも正確ではない。より妥当なのは、どの候補者にも「既知であることによる優位」は存在し得るが、その知名度が政治家としての能力についてどの程度の情報を含むのかは、それぞれ異なると考えることだろう。

 ここで、もう一つ見落としてはいけない問題がある。私たちはタレント候補に対して「人気だけで選ぶな」と言うが、そもそも政策だけで候補者を選ぶことも、それほど簡単ではない。選挙公約には魅力的な言葉が並び、財源の説明が十分でない政策もあれば、前提条件を変えれば結果が大きく変わる試算もある。政策集を詳しく読んだからといって、その実現可能性まで正しく評価できるとは限らない。

 さらに、候補者本人が政策集のすべてを書いているわけでもない。政党スタッフ、秘書、専門家などが政策形成に関与することは珍しくなく、文章が精緻だから本人の政治能力が高いと単純に判断することもできない。結局、有権者は政策だけでなく、「この政策を語っている人物は信頼できるのか」「分からないことを学ぶ姿勢があるのか」「専門家の話を聞けるのか」「失敗したときに説明責任を果たすのか」という人物評価まで含めて判断するしかない。

 この意味で、人々に伝える能力は確かに政治家として重要である。ただし、ここにも一つ注意が必要である。知名度とコミュニケーション能力を同じものとして扱ってはいけない。非常に有名でありながら説明能力の低い人物もいれば、ほとんど知られていなくても複雑な政策を分かりやすく説明できる人物もいる。

 因果関係として考えるなら、コミュニケーション能力が高いために多くの人に知られるようになることはあり得るが、有名だからコミュニケーション能力が高いとは限らない。この向きの違いは大切である。テレビへの露出量、所属事務所、出演作品の成功、競技成績、時代的な流行など、本人の説明能力とは別の理由で知名度が形成されることはいくらでもある。

 だからこそ、有権者が見るべきなのは「人気があるかないか」という単純な二分法ではなく、その人物が何によって支持され、どのような能力を持ち、何を学び、分からない問題にどう向き合うのかという複数の情報である。政治家に必要なのは、すべてを自分一人で知っていることではない。現代国家の政策領域はあまりに広く、税制、医療、外交、安全保障、教育、エネルギー、科学技術、社会保障のすべてに一人で精通することなど不可能だからである。

 むしろ重要なのは、自分が知らないことを認識し、専門家の意見を聞き、異なる立場の説明を比較し、そのうえで政治的責任を引き受けて判断する能力だろう。そこには知識だけでなく、学習能力、判断力、説明力、倫理性、交渉能力などが関わってくる。政治能力とは、本来一つの数字では測れない多次元的な能力なのである。

 そう考えると、「タレント候補」という言葉そのものが、かなり粗い分類であることが分かる。数十年間社会問題に関わってきた著名人もいれば、選挙直前まで政治にほとんど関心を示してこなかった著名人もいる。同じ「元タレント」というラベルで、この二人を同じように評価することに意味はない。

 それは「元官僚」や「弁護士」でも同じである。官僚だったという経歴から行政制度への一定の知識を推測することはできるが、政治家としての調整能力や説明能力まで保証されるわけではない。弁護士であれば法律知識を期待できるが、経済政策や外交能力まで自動的に備わるわけではない。肩書は候補者について何らかの情報を与えるが、政治能力を丸ごと説明するものではない。

 ここまで来ると、「タレント候補は人気だけだ」という言葉が、かなり奇妙に見えてくる。候補者の政策、過去の活動、学習姿勢、説明能力を確認したうえで、「この人物には知名度以外に政治家として評価できるものがほとんどない」と結論づけるのであれば、それは正当な批判である。しかし、候補者が芸能人だったというだけで「人気だけ」と判断するのであれば、その批判は本人の政治能力を検証していない。

 皮肉なことに、それは「名前を知っているから投票する」という行為とよく似ている。前者は知名度を見ただけで肯定し、後者は知名度を見ただけで否定する。方向は正反対だが、どちらも候補者本人を十分に評価せず、一つの特徴だけから全体を判断しているという点では同じである。

 民主政治は、候補者の真の能力を完全に測定してから投票できる制度ではない。私たちはいつも不完全な情報の中で人を選ばなければならない。そのため、知名度、経歴、政党、政策、実績、人物像など、いくつもの情報を組み合わせながら判断するしかない。重要なのは、その中の一つだけを絶対視しないことである。

 だから、知名度は民主政治における「能力」なのかと問われれば、厳密な答えは「それ自体は能力ではない」となる。しかし、知名度は候補者が有権者に届くための重要な政治資源であり、場合によっては候補者について何らかの情報を伝えるシグナルにもなる。そのため、民主政治から完全に切り離すこともできない。

 そして、知名度という資源を持っていること自体を非難するより、その資源を何に使うのかを見る方がはるかに重要である。議席を得るためだけの広告塔として使うのか、それとも多くの人に政治を説明し、これまで政治と距離のあった人々を公共的な議論へ引き込むために使うのか。同じ知名度でも、その使われ方によって民主政治に与える意味は大きく変わる。

 政党についても同じである。著名人を候補者にすること自体を問題視するのではなく、その人物をなぜ候補者にしたのかを見るべきである。政策形成能力、社会経験、説明能力などを評価した結果なのか、それとも候補者名簿に有名な名前を載せれば票が増えるという計算だけなのか。後者であれば、批判されるべきなのはタレント本人の出自よりも、候補者を得票装置として扱う政党の選考姿勢だろう。

 民主政治は、少し不格好な制度である。最も賢い人物を試験で選ぶ制度でもなければ、最も政策知識の多い人物に自動的に権力を与える制度でもない。さまざまな経歴を持つ人間の中から、市民が「この人物に一定期間、権力を預ける」と決める仕組みである以上、政策だけでなく、信頼、説明力、人物像、実績、知名度といった人間的で曖昧な要素が入り込むことは避けられない。

 その曖昧さは民主政治の弱点でもあるが、同時に民主政治そのものでもある。もし政治能力を完全に客観評価できるのであれば、選挙など必要ない。しかし現実には、政治能力そのものを完全には観測できないからこそ、私たちは不完全な情報を持ち寄りながら代表者を選んでいる。

 だからこそ、タレント候補を「人気だけ」と笑う前に、一度問い直してみる必要がある。その人物は本当に人気しか持っていないのか。それとも私たちが、元芸能人、元スポーツ選手という肩書を見た瞬間に、その先を調べることをやめているだけなのか。

 知名度だけで候補者を選ぶ社会は危うい。しかし、知名度が高いというだけで候補者を低く評価する社会もまた、合理的とは言えない。知名度は政治能力そのものではないが、民主政治の中では無視できない政治資源であり、それが何を意味するのかは候補者ごとに検証しなければならない。

 結局、タレント候補をめぐる本当の問いは、「有名人を政治家にしてよいのか」ではない。もっと厄介で、逃げることのできない問いは、「私たちは候補者の何を見て、政治家としての能力を判断しているのか」である。

 その問いを避けたまま、「有名だから選ぶ」のであれば危うい。しかし、「有名だから駄目だ」と切り捨てるのであれば、それもまた同じくらい危うい。民主政治に必要なのは、人気を嫌うことでも、人気を信じることでもなく、その人気の背後に何があるのかを見ようとすることである。

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当確師」の変遷

 選挙になると、表舞台には候補者が立つ。駅前でマイクを握り、街角で頭を下げ、集会では政策を語り、選挙カーから名前を繰り返すが、その少し後ろには、候補者とはまったく違う景色を見ている人物がいる。「この地区では票が足りない」「この訴え方では高齢層には届くが若い世代には響かない」「こちらの支持者は多いが投票所まで来てくれるか分からない」と考えながら、目の前の一人ではなく、選挙区全体を眺めている人である。

 そうした人物は、時代によって選挙参謀、選挙プランナー、選挙コンサルタントなど、さまざまな名前で呼ばれてきた。本稿では、それらを少し俗っぽく、象徴的に「当確師」と呼ぶことにしたい。もちろん「当確師」という公的な資格や正式な職業が存在するわけではないが、この言葉には、結果の見えない選挙において、誰よりも早く勝敗の形を読もうとする人間の姿がよく表れている。

 もっとも、昭和、平成、令和の当確師を、まったく別の種類の人間として考えるのは正確ではない。昭和の技術が平成に消え、平成の技術が令和に消えたわけではなく、むしろ地縁や組織、人間関係を読む技術の上に、世論調査やイメージ設計が加わり、さらにデータ分析やインターネット上の情報が積み重なってきたと見る方が実態に近い。選挙は時代ごとに着替えてきたのではなく、古い服の上に新しい布を縫い足しながら、次第に複雑な装いになってきたのである。

昭和の当確師は「人間関係の地図」を持っていた

 昭和の選挙を考えるとき、現代のような巨大なデータベースやスマートフォンを思い浮かべる必要はない。当時の優秀な選挙参謀にとって最大の情報資産は、コンピューターの中ではなく、人間の頭と足の中に蓄積されていたからである。どの集落では誰に話を通せば人が集まるのか、商店街では誰の一言が効くのか、農家同士の関係はどうなっているのか、前回はこちらに入れた家が今回はなぜ静かなのかといった細かな情報が積み重なり、それが選挙区の「地図」になっていた。

 戦後の衆議院選挙では長く、複数の候補者が同じ選挙区から当選する中選挙区制が用いられ、同じ政党から複数候補が立つことも珍しくなかった。そのため候補者は他党の候補者だけでなく、同じ党の候補者とも個人票を争わなければならず、「政党に入れる」というより「この人に入れる」という支持を確保する必要が強かった。そこで大きな意味を持ったのが後援会であり、候補者本人と地域社会を長期的につなぐ組織だった。

 ただし、後援会の発達を中選挙区制だけで説明するのは正確ではない。戦前から個人後援会は存在しており、戦後に広く発達した背景には、中選挙区制による候補者間競争だけでなく、公職選挙法によって選挙期間中の運動が細かく規制されたことも関係していたと考えられている。選挙期間だけ活動するのでは足りないため、日常から人間関係を保ち続ける必要があり、冠婚葬祭や地域行事、業界団体、町内会などとの接点が政治活動の一部になっていったのである。

 こうした環境では、選挙参謀が見るべきものは数字そのものというより、数字になる前の空気だった。「この地区は前回より集まりが悪い」「いつも顔を出す人が今回は来ない」「こちらを支持すると言っていた人物の返事が曖昧になった」といった小さな変化から、まだ集計表には現れていない潮目を読み取ろうとしたのである。

 もちろん昭和にも票読みはあった。「この地区なら千票は固い」「この団体からは七割程度が出る」といった数字が語られたが、それらは今日の統計モデルのように大量の観測データから機械的に算出されたものではなく、過去の選挙、地域事情、人間関係、担当者の経験を組み合わせて作られることが多かった。つまり昭和の当確師とは、数字を使わなかった人ではなく、数字を人間関係の中から掘り出していた人なのである。

平成の政治改革が変えたもの

 平成に入ると、日本の国政選挙では大きな制度変更が起きた。1994年の政治改革によって衆議院選挙に小選挙区比例代表並立制が導入され、1996年の総選挙から新しい制度による選挙が始まった。小選挙区では一つの選挙区から原則一人しか当選しないため、同じ党の候補者同士が一つの選挙区で競う旧来の構図は大きく後退し、候補者や政党は選挙区全体で相手候補より多くの票を獲得する必要に迫られた。

 ただし、この変化をそのまま地方選挙へ当てはめることはできない。市長選や町長選、知事選、地方議会議員選挙が1994年を境に同じ制度へ変わったわけではなく、衆議院選挙の制度改革と地方選挙の制度は別に考えなければならない。それでも、国政の政治環境が変化し、政党間競争やメディアの役割、世論調査の重要性が高まれば、その影響は地方政治にも徐々に広がっていくため、平成という時代を「選挙の見方が変わっていった時期」と捉えること自体には意味がある。

 昭和型の選挙では、自分の支持者を固め、その支持を長期的に維持する力が大きな武器だったが、小選挙区を中心とした競争では、それだけでは足りない場面が増える。自分を強く支持している人だけでなく、支持政党を決めていない人、選挙ごとに投票先を変える人、政策や候補者の印象によって判断する人まで含めて、選挙区全体にメッセージを届ける必要が大きくなったからである。

 ここで当確師の仕事には、新しい問いが加わる。どこを回ればよいかだけではなく、どの言葉を使えばよいか、何を候補者の中心的なイメージにするか、どの政策を前面に出し、どの政策は詳しく説明するにとどめるかといった「見せ方」の設計が、従来以上に重要になっていったのである。

平成の当確師は、候補者を「編集」するようになった

 平成の選挙で重要になったのは、候補者自身が自分をどう評価しているかではなく、有権者からどう見えているかという視点だった。本人は「慎重で誠実な政治家」と考えていても、有権者には「決断力が弱い」と映るかもしれず、「改革派」を自称していても、長年議員を続けていれば「既存政治の一部」と受け取られることもあるため、自己評価と外部評価のずれを把握する必要が生じる。

 そこで選挙参謀や選挙コンサルタントは、候補者の人格を作り変えるというより、候補者の中にすでに存在している複数の特徴から、どの部分を前面に出せば有権者に伝わりやすいかを考える編集者のような役割を担うようになる。経歴、年齢、専門性、家族像、政策、話し方、服装、写真、キャッチフレーズといったさまざまな要素の中から、「この人は何者なのか」という像を一つにまとめる作業である。

 これは商品の広告に似ているようで、完全には同じではない。政治家は選挙が終われば消える商品ではなく、当選すれば議会や地域に残り続けるため、選挙期間中につくったイメージと本人の実像が大きく離れていれば、やがて矛盾が表面化する。したがって長期的に強い候補者ほど、別人を演じるのではなく、自分が本来持っている特徴の中から、有権者に伝わりやすく、しかも本人が維持できる姿を選び取る必要がある。

 この意味で、平成型の当確師は「候補者を商品化する人」というより、「候補者を翻訳する人」と考えた方が適切だろう。候補者が持つ専門用語や政治的理念を、有権者が日常生活の中で理解できる言葉へ置き換え、複雑な人物像を一つの分かりやすい印象へまとめるのである。

令和には、画面の中にも選挙区ができた

 そして令和になると、選挙区にはもう一つの空間が加わった。道路や住宅地によって区切られた現実の選挙区とは別に、スマートフォンの画面の中にも、人々が候補者を知り、評価し、語り合う空間が広がったのである。

 2013年にはインターネットを利用した選挙運動が解禁され、ウェブサイトやSNS(Social Networking Service・ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使った情報発信が選挙運動の一部として定着していった。候補者の演説は、その場にいる数十人や数百人だけに届くものではなくなり、撮影された動画が後から何千人、何万人に見られる可能性を持つようになったため、街頭演説は同時に映像素材でもあり、候補者の一つの発言が切り取られて広がることも珍しくなくなった。

 ただし、ネット選挙の効果を過大評価してはいけない。日本の選挙研究では、インターネット上の情報接触が政治認知や一部の投票行動に影響する可能性は確認されているものの、ネット選挙運動の解禁だけで投票行動が大きく変わったとまでは言えず、特に選挙参加については年齢、政治関心、所得、従来型メディアへの接触など、さまざまな要因が重なっていることが示されている。

 そのため、令和の当確師が「SNSで話題になれば勝てる」と考えるなら、それはむしろ危険である。地方選挙では特に、投稿に反応している人の多くが選挙区外に住んでいる可能性があり、選挙権を持たない人、同じ人による複数の反応、支持ではなく批判としての反応も混ざるため、画面上の数字と票数は直接対応しないからである。

一万の「いいね」が、一万票にならない理由

 ここで令和の選挙が抱える難しさが見えてくる。データは昭和より圧倒的に増えたが、データが増えれば真実がそのまま見えるわけではない。SNSの反応数、動画の再生回数、検索回数、世論調査、年代別人口、地区別投票率など、多くの数字を集めることはできるものの、その数字が何を表しているのかを間違えれば、情報が多いほど判断を誤る危険さえある。

 例えば、ある候補者の投稿に一万件の反応が付いたとしても、その一万人がその候補者に投票するとは限らない。選挙区外の人が半分を占めているかもしれず、候補者を批判する目的で見ている人もいれば、投票日に投票所へ行かない人もいるため、SNS上の人気と実際の得票の間には複数の段階が存在する。

 さらに重要なのは、人気と得票の因果関係である。SNSで人気になったから票が増えたのか、それとも元々支持の強い候補者だからSNSでも反応が多かったのかは、単純な観察だけでは分からない。候補者の知名度、政党、地域での基盤、報道量などが両方に影響している可能性もあり、データサイエンスの言葉で言えば、選択バイアスや交絡を無視してはならない。

 昭和の当確師には情報が足りないという苦労があったが、令和の当確師には、情報が多すぎる中から「本当に票につながる情報」を選ばなければならないという別の苦労がある。道具は進歩しても、判断が簡単になったわけではない。

支持率だけでは選挙は読めない

 選挙を数理的に考えると、支持者の人数だけを数えても十分ではない。重要なのは、その人が候補者を支持しているかだけでなく、実際に投票へ行く可能性、投票所へ行ったときに最終的にその候補者を選ぶ可能性まで考えることである。

 仮に候補者Aを支持している人が一万人いても、そのうち六割しか投票に行かなければ、得られる票は単純計算では六千票程度になる。一方で候補者Bの支持者が八千人しかいなくても、その九割が投票すれば七千二百票程度になるため、「支持者が多い候補者が必ず勝つ」とは言えない。

 実際の選挙はこれよりはるかに複雑で、選挙戦中の出来事、候補者間の競争、投票日の条件、期日前投票の広がりなども影響するが、少なくとも「支持」と「実際の投票行動」を分けて考える必要があることは変わらない。また、天候についても単純に「雨が降れば投票率が下がる」と決めつけるのは危険で、日本の選挙研究では降雨量よりも風など別の気象条件が影響している可能性も指摘されているため、悪天候や交通事情など、その日の条件が投票参加に影響することがある、という程度に考える方が慎重である。

令和の当確師が本当に見なければならないもの

 現代の選挙参謀が見るべきものは、単なる人気ではない。誰が支持しているか、その支持はどの程度強いか、投票まで行動する可能性はどの程度あるか、どの地区で支持が不足しているか、無党派層の関心はどこにあるか、相手候補の支持がどれほど固いかといった複数の要素を、同時に考える必要がある。

 だから選挙戦終盤で最も合理的な行動が、必ずしも「もっと有名になること」とは限らない。新しい支持者を一万人増やそうとするより、すでに好意的な有権者の中から投票に迷っている人を動かした方が有効なこともあり、地域によって支持の偏りが大きい場合には、選挙区全体へ均等に働きかけるより、弱い地区へ重点的に足を運ぶ方が合理的な場合もある。

 この意味で、令和の当確師は世論を自在に操る魔術師ではなく、不完全な情報から人間の行動を推定し、限られた時間、人員、資金をどこへ配分するかを決める戦略家へ近づいている。統計やデータはその判断を助けるが、最後の判断まで自動化してくれるわけではない。

それでも昭和は消えていない

 ここまで読むと、昭和、平成、令和で選挙の技術が完全に入れ替わったように見えるかもしれないが、実際にはそうではない。令和の地方選挙でも、地域の有力者、自治会、業界団体、後援会、日常の人間関係は依然として意味を持ち、候補者が地域でどれほど顔を知られているか、何年活動してきたか、困ったときに相談できる人物だと思われているかといった評価は、デジタル時代になっても簡単には消えない。

 一方で、昭和の当確師が使っていた地縁だけでも足りず、平成に広がった世論調査や候補者イメージの設計だけでも足りず、令和ではさらにSNSや動画、人口統計、投票データなどを組み合わせなければならない。現代の当確師は、昭和を捨てた人ではなく、昭和の技術を持ったまま平成と令和の技術まで背負わされるようになった人なのである。

 この累積こそが、現代の選挙を難しくしている。使える道具が増えたから仕事が簡単になるのではなく、見るべきものが増え、判断しなければならないことが増えたため、選挙参謀には以前より広い視野が求められるようになった。

「見える票」から「見えにくい票」へ

 昭和の選挙では、現在より地域組織や職場、業界団体、後援会などとの結びつきが強く、候補者側から見て支持の所在を把握しやすい部分が大きかったと考えられる。それに対して現在では、後援会にも入らず、政治集会にも参加せず、SNS上でも政治的な意見を表明しないまま、投票日だけ静かに投票所へ向かう有権者も少なくない。

 ただし、「昭和はすべての票が見え、令和は見えなくなった」とまで言うことはできない。無党派層は平成期からすでに政治学上の重要な研究対象となっており、政党や組織との結びつきが弱い有権者は以前から存在していたため、正確には、従来の組織関係だけでは投票行動を把握しにくい人々の存在が、選挙戦略上ますます重要になったと考えるべきだろう。

 つまり、当確師の仕事が難しくなった理由の一つは、データ不足だけでもデータ過剰だけでもなく、有権者そのものが以前より多様な情報源を持ち、投票先を決める経路が複雑になったことにある。

当確師が進化したのではなく、見るべき世界が増えた

 昭和の当確師は地域の人間関係を読み、平成の当確師はそれに世論や候補者イメージの設計を加え、令和の当確師はさらにデジタル空間の反応と大量のデータを見るようになった。しかし、この三つは互いに排他的なものではなく、現代の選挙ではすべてが同時に存在している。

 だから優秀な選挙参謀とは、最新の分析ツールを使える人だけでもなければ、地域の有力者を多く知っている人だけでもない。数字を見るときに、その数字の後ろにいる人間を想像でき、地域の声を聞くときに、それが選挙区全体を代表しているとは限らないことを理解し、ネット上の盛り上がりを見ても、それがそのまま票になるとは考えない人である。

 選挙という現象は、政治学であると同時に、社会学であり、心理学であり、統計学でもあるが、そのどれか一つだけで完全に説明することはできない。だからこそ当確師という存在には、いつの時代にも最後まで職人の部分が残る。

最後に残るのは、やはり人間である

 昭和の当確師は手帳を開き、平成の当確師は世論調査を読み、令和の当確師は画面いっぱいに並んだ数字を見る。しかし、最後に知りたいことは三つの時代で変わっていない。

 人は、なぜこの候補者に一票を入れるのか。

 政策への共感かもしれないし、人柄への信頼かもしれない。政党を支持しているからかもしれず、現職への不満から対立候補を選ぶ人もいれば、知人から頼まれたことが最後の一押しになる人もいる。投票用紙に書かれる名前は一つでも、そこへ至る理由は有権者の数だけ存在する。

 だから選挙のプロが最後に向き合うのは、統計そのものではなく、統計の向こう側にいる人間である。

 昭和には、その人間を集落の道を歩きながら見た。平成には、世論調査やテレビ、候補者の印象を通じて見た。令和には、地域の人間関係に加えて、データやスマートフォンの画面を通じても見ようとしている。

 道具は変わった。情報量も変わった。しかし、完全に予測できないという選挙の本質までは変わっていない。

 もし誰かが、すべての有権者の行動を正確に予測し、必ず候補者を当選させる方法を発明したなら、その瞬間に選挙は不確実な政治過程ではなく、計算問題になってしまうだろう。しかし現実には、投票箱が閉じられるまで人間は考えを変え、迷い、時には最後の瞬間に選択する。

 だから当確師は、いつの時代にも数字を読み、人を読み、空気を読み、それでも最後には完全には読めない何かを残したまま投票日を迎える。

 昭和から平成、そして令和へと変わったのは、当選させるための魔法ではない。見なければならない世界が増えただけである。

 そして、その世界の中心には今も変わらず、一枚の投票用紙を前にして最後の名前を決める、一人の有権者がいる。

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 地方議会の議員報酬ほど、見る場所によって値段の意味が変わるものは少ない。住民の側から見れば、「議会は一年中開かれているわけではないのに、毎月これだけ受け取るのか」という疑問が生まれる一方、四十代や五十代の会社員が仕事を辞め、四年後には落選して収入を失うかもしれない人生を選ぼうとすれば、「この金額で現在の仕事と将来を捨てられるのか」という、まったく反対の疑問が現れる。同じ二十万円、三十万円、四十万円という数字が、一方からは高く見え、もう一方からは安く見えるのである。

 この食い違いを、「議員はもらいすぎだ」「いや、報酬が低いから人が集まらない」という二つの主張に分けてしまうと、地方議会が抱えている問題の核心は見えにくくなる。本当に考えなければならないのは、議員一人がいくら受け取っているかだけではなく、その報酬水準によって、どのような人なら政治に参加でき、反対にどのような人が立候補する前から選択肢を失っているのかという問題だからである。

月二十万円台の町議は、本当に高給なのか

 全国町村議会議長会の調査によれば、令和七年七月時点の町村議会一般議員の平均報酬月額は二十二万二千七百四十円で、人口五千人未満の町村では十九万一千六百二十四円、人口二万人以上では二十七万三千三百四十円となっている。同じ町村議会でも人口規模による差はかなり大きく、全国平均の一つの数字だけで「町議はこの程度もらっている」と語ることには注意が必要である。

 市議会になると金額はさらに上がる。全国市議会議長会の令和七年十二月末時点の調査では、一般市議会議員の平均報酬月額は四十二万九千円、人口五万人未満の市では三十四万二千円、指定都市では七十八万九千円となっている。したがって「市議会議員」という名称が同じでも、人口数万人の小都市と数百万人規模の大都市では、報酬も仕事の規模も、議員一人が代表する住民数もまったく違い、町議会まで含めて地方議員を一つの職業のように扱うこと自体が、かなり粗い議論なのである。

 さらに、月額報酬だけを十二倍して議員の年間収入と考えるのも正確ではない。町村議会では六月と十二月に期末手当が支給される自治体がほとんどで、令和七年調査では年間平均支給率が三・六三月分となっている。平均月額二十二万二千七百四十円に十二か月と三・六三月分を単純に掛ければ約三百四十八万円となり、実際には多くの自治体で期末手当の算定基礎に加算措置も設けられているため、月額だけから「年収二百数十万円の仕事」と理解するのは実態を過小評価する。

 ここまでを見れば、「地方の所得水準を考えれば、それほど安くないではないか」という住民の感覚にも相応の根拠がある。特に人口の少ない地域では、年金生活者や非正規雇用者、所得の低い自営業者も少なくないため、公費から年間数百万円を受け取る議員を見て、それを「安い」と感じられない人がいるのは当然だろう。

 ところが、議員報酬の妥当性を一般の所得と比較するときには、数字の向きを反対側から見る必要もある。

議員報酬より高い「立候補の値段」

 たとえば四十五歳の会社員がいるとする。住宅ローンを払い、子どもの教育費を負担し、毎月の給与と賞与を受け取り、厚生年金にも加入しながら働いている。その人が地域の将来に危機感を持ち、「町議会議員になってみよう」と考えたとき、比較するのは議員報酬とゼロ円ではない。現在受け取っている給与、賞与、社会保険、退職金、昇進の可能性、会社員としての経験の蓄積、そして来年も再来年も仕事が続くという安定性と、議員になった場合の収入と将来を比較する。

 経済学では、何かを選ぶことによって失われる別の選択肢の価値を「機会費用」と考える。地方議員についても、この考え方は重要であり、同じ年間三百五十万円の報酬であっても、退職後の人にとっての三百五十万円と、年収六百万円の現役会社員にとっての三百五十万円では意味がまったく異なる。議員報酬の絶対額だけでは、立候補の経済的負担を測ることはできないのである。

 しかも地方議員は、四年ごとに選挙という審判を受ける。会社を辞めて初当選したとしても、四年後に再選される保証はなく、落選した時点で元の職場や元の待遇へ戻れる制度が一般的に保障されているわけでもない。この将来所得の不確実性まで考えれば、現役世代が議員になるために要求する報酬は、単純な現在所得との差額以上に大きくなる。

 ここで一つ注意しておきたいのは、会社員には選挙運動のための時間について一定の法的保護があることである。労働基準法上、法定の選挙運動期間中に選挙運動を行うため必要な時間を請求した場合、使用者は原則としてこれを拒むことができない。しかし、これは立候補準備から当選後の四年間の休職、任期終了後の復職まで一貫して職業生活を保障する制度ではないため、「会社を辞めずに地方議員になりやすい社会が完成している」という意味にはならない。

 したがって、地方議員のなり手不足を考えるとき、「報酬はいくらか」だけでは足りず、「議員になるために何を失わなければならないのか」まで見なければならない。

議員の高齢化は何を意味しているのか

 令和七年の町村議会議員の平均年齢は六十四・九歳で、六十歳代が三二・四%、七十歳代が三七・六%、八十歳以上も三・七%を占める。つまり町村議員のおよそ四人に三人が六十歳以上であり、女性議員の割合は一四・六%にとどまっている。また職業別では議員専業が二五・一%、農業が二三・七%を占めている。

 この数字から直ちに「報酬が低いから高齢者ばかりになった」と結論づけることはできない。地方そのものの高齢化、若者の都市流出、農業や自営業中心の地域産業構造、議員活動に必要な時間、地域社会における知名度や人間関係など、候補者の年齢構成を左右する要因は数多く存在するからである。また、報酬を上げれば女性議員や若年議員が自動的に増えるという強い実証的証拠が確立しているわけでもない。

 しかし、現役の会社員ほど議員になることで失う所得や職業上の安定が大きくなりやすいことを考えれば、報酬水準や兼業の難しさが候補者の構成に何らかの選別作用を及ぼす可能性は十分にある。ここで問題なのは、高齢の議員が多いこと自体ではなく、年齢や職業にかかわらず立候補したい人が競争できる制度になっているかどうかである。

選挙をしない町が増えている

 地方議会のなり手不足を最も分かりやすく表す数字の一つが、無投票選挙の増加である。全国町村議会議長会の集計では、平成二十三年五月から平成二十七年四月までに行われた町村議会一般選挙のうち無投票となった議会は二〇・四%だったが、その次の四年間には二一・九%、令和元年五月から令和五年四月までには二七・四%へ上昇した。さらに令和五年の統一地方選挙では、三百七十三町村のうち百二十三町村、実に三三・〇%が無投票となった。

 候補者数が議席数以下であれば、制度として議会は成立しても、住民には「誰を議員にするか」を選ぶ機会がない。選挙管理委員会もあり、議席もあり、任期もあるのに、候補者同士を比較して投票するという民主主義の競争部分だけが消えていくのである。

 では、その原因は議員報酬の低さなのだろうか。

 全国町村議会議長会の分析を見ると、無投票となった町村議会の一般議員平均月額報酬は約十九万五千五百円で、無投票ではなかった議会の約二十一万七千四百円より二万円余り低く、統計的にも有意な差が確認されている。したがって「報酬が低い自治体ほど無投票になりやすい傾向が存在する」というところまでは、データによってかなり強く支持されている。

 しかし、ここから「報酬が低いから無投票になった」と言い切ることはできない。無投票となる町村は人口規模が小さく、人口密度や産業構造、財政力、議員定数なども異なる場合が多く、人口減少が報酬水準と候補者不足の双方に影響している可能性もある。報酬、人口、定数などを組み合わせて無投票を説明した分析でも、モデルが説明できる変動は約五%程度にとどまっており、報酬だけで地方議会のなり手不足の大部分を説明できるわけではない。

 これは統計を読むうえで重要な違いである。「関係がある」ことと、「原因である」ことは同じではない。報酬が低い地域ほど無投票が多いという現象が確認されても、報酬を引き上げれば必ず候補者が増えるとは限らず、人口減少、若者流出、地域経済の縮小、選挙運動への負担、議員活動と本業との両立の難しさなどが複雑に重なっていると考える方が科学的には妥当である。

 したがって、報酬の低さは「なり手不足の原因」と断定するよりも、「なり手不足を構成する重要な要因の一つ」と捉えるのが適切だろう。

「議会に出る日数」で時給を計算してはいけない

 地方議員への批判でしばしば聞かれるのが、「議会は一年中開かれていないのだから、月に何十万円も払うのは高すぎる」という議論である。確かに、本会議への出席日数だけを数えれば、一般企業の年間勤務日数よりはるかに少ない自治体が多いだろう。

 しかし、この計算には分母の取り方に問題がある。

 地方議員の仕事には、本会議への出席だけでなく、予算書や決算書の分析、条例案の検討、委員会審査、一般質問の準備、行政への調査、住民相談、地域課題の把握などが含まれる。地方自治法でも、議会は地方公共団体の重要な意思決定を担う議事機関であり、議員は住民の負託を受けて職務を行う存在として位置づけられているため、議員を「議場に座っている時間だけ働く人」とみなすことは制度的にも適切ではない。

 とはいえ、ここで反対方向の誇張をしてもいけない。地方議員が年間何時間働いているかについて、全国の自治体を同じ方法で測定した精密な実働時間データが十分に整備されているわけではなく、非常によく調査して政策提言を続ける議員もいれば、住民から活動がほとんど見えない議員もいるだろう。したがって、「議員は実際には大変な長時間労働だから報酬は安い」と断定することも、「本会議の日数が少ないから実質時給は非常に高い」と断定することも、どちらもデータが足りない。

 合理的な結論はもっと地味であり、「本会議の開催日数だけから議員の実質的な時間単価を計算することはできない」ということである。

議員報酬を削れば、自治体財政は救われるのか

 議員報酬を上げようとすると、「人口が減り、財政も厳しい時代に、なぜ議員だけ給料を上げるのか」という反発が起きる。この感情には理解できる部分があるが、財政問題として考えるなら、自治体全体の歳出に対して議会関係費がどの程度を占めているのかも確認する必要がある。

 令和七年度当初予算の全国町村平均では、一般会計歳出は約八十五億一千二百万円、議会費は約八千五十三万円であり、構成比は〇・九%となっている。しかも、この議会費には議員報酬だけではなく、議会事務局職員の給与、共済費、旅費、委託費なども含まれているため、議員報酬だけを削減して自治体財政を劇的に改善することは数理的に考えにくい。

 たとえば一般議員十人の月額報酬を一人三万円ずつ引き下げ、期末手当も同じ割合で減ると仮定した場合、年間削減額は概算で五百万円弱となる。八十五億円規模の一般会計に対しては約〇・〇六%程度にすぎず、もちろん小さな金額だから無視してよいという意味ではないものの、自治体財政再建の主役になり得る規模でもない。

 むしろ考えるべきなのは、数百万円を節約することで議員への参入障壁が高くなり、その結果として数十億円規模の予算を監視する議会の競争性や専門性が弱くなった場合、本当に自治体全体として得をしたことになるのかという点である。議員報酬は政治家個人への給付であると同時に、行政を監視する人材を確保するための制度コストでもある。

 もちろん、だからといって「議会費は一%未満だから、報酬はいくら上げても問題ない」という結論にもならない。報酬を増やした結果として候補者が増え、議会活動が活発になり、行政監視が強化されるのでなければ、支出増加の合理性は弱い。財政負担が小さいことと、政策効果があることも、やはり別の問題である。

報酬を上げるだけでは、会社員は議場へ来ない

 地方議会のなり手不足を報酬だけで解決しようとすると、別の壁にぶつかる。仮に町議会議員の月額報酬を二十二万円から三十万円へ引き上げても、現在年収六百万円を得ている四十代会社員が、それだけを理由に会社を辞めて立候補するかと考えれば、答えは簡単ではない。

 地方議員は、議員という身分そのものによって厚生年金保険の加入資格が与えられているわけではなく、現在も地方議会関係団体から厚生年金制度への加入を求める要望が続いている。また、議員が当該自治体と行う請負については法改正によって一定の規制緩和が行われ、各会計年度に自治体から支払われる請負対価の総額が三百万円以下であれば規制の対象から除かれるようになったが、これも自営業者などの参入障壁を一部緩和する措置にすぎない。

 現役世代が政治に参加しやすくするには、報酬だけでなく、兼業のしやすさ、勤務先の休職制度、任期終了後の復職可能性、社会保険、育児や介護との両立、夜間・休日議会の活用などを含めて考える必要がある。地方議員のなり手不足は、給与問題というより、政治を一時的な職業として選んでも人生全体が破綻しにくい制度になっているかという、職業設計の問題でもある。

そもそも「高い」「安い」は何と比べるのか

 ここまで考えると、議員報酬について「高い」「安い」と言うためには、比較する物差しそのものを決めなければならないことが分かる。

 住民の立場から見た適正さを考えるなら、その地域で働く人の所得水準との比較が必要になる。年間三百五十万円の報酬は、平均年収六百万円の地域なら低く見えるかもしれないが、所得水準が大幅に低い地域では高く見える可能性がある。この意味では、住民が「議員はもらいすぎではないか」と感じることにも経済的な根拠がある。

 仕事の価値という観点から判断するなら、議員が実際に何時間活動し、どれだけの政策形成や行政監視を担っているかを測る必要がある。しかし、全国共通の実働時間データが十分でない以上、ここから正確な「議員の時給」を計算することは難しい。

 そして最も政策的に重要なのは、人材確保という観点である。報酬を一〇%上げた自治体で候補者数や選挙競争率がどの程度変化したのかを、似た条件の報酬を変えなかった自治体と比較できれば、報酬引き上げが本当に議員のなり手を増やすのかをより厳密に検証できる。地方議会の報酬問題には、このような実証研究がさらに必要なのである。

高すぎるのに、安すぎるという矛盾

 結局のところ、「地方議員の報酬は高すぎるのか、それとも安すぎるのか」という問いには、全国一律の答えは存在しない。

 人口数千人の町で年間数百万円の報酬を公費から支給することを高いと感じる住民の感覚には理由があり、同時に、安定した会社員が給与、賞与、厚生年金、昇進、退職金、そして四年後も働けるという職業上の安定を捨てる対価としては、その金額が低すぎるという判断にも合理性がある。

 つまり地方議員の報酬は、住民所得との比較では高く見える一方、現役世代を政治へ呼び込むための価格としては安くなり得る。この二つは矛盾しているように見えるが、比較しているものが違うため、同時に成立する。

 問題は、この二種類の「値段」を同じものとして議論してきたことにあるのかもしれない。

 報酬を下げれば、税金を節約したという分かりやすい成果を住民へ示すことができる。しかし、その金額では立候補できる人がさらに限られ、無投票選挙が増え、議会が地域社会の一部の属性だけで構成されるようになれば、節約した金額とは別の場所で民主主義のコストを支払うことになる。

 逆に報酬を上げるだけで活動内容を公開せず、議員個人による仕事量の差も検証せず、候補者が増えたかどうかも確かめないのであれば、それは単なる公費負担の増加に終わる可能性がある。必要なのは、報酬額だけを上下させることではなく、議員が何をしているのかを見えるようにし、その責任と活動に見合った報酬を設定すると同時に、会社員、自営業者、子育て世代などが職業人生を壊さず政治に参加できる仕組みを整えることである。

 無投票となる町村が珍しくなくなった現在、地方議員報酬は、もはや政治家が「いくらもらっているのか」というだけの話ではない。

 私たちが考えるべきなのは、その報酬で、どのような人なら議員になることができるのかということであり、さらに重要なのは、その報酬と制度のために、本来なら候補者になったかもしれないどのような人が、名前を投票用紙に載せる前に諦めているのかということである。

 地方議会の報酬を削ることは簡単である。しかし、候補者がいなくなった議会に、あとから競争を買い戻すことは難しい。

 議員報酬とは、政治家個人につけられた値札であると同時に、住民が「誰に地域を任せるのか」を選べる状態を維持するための費用でもある。地方から無投票選挙が増えているいま、私たちが決めようとしているのは、議員一人の給料だけではなく、民主主義にいくらまで払うつもりなのかという、もう少し大きな値段なのかもしれない。

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 選挙の日が来たのに、選挙がない。候補者のポスターが町を埋めることも、選挙カーの声が朝の静けさを破ることもなく、それでも告示の日が過ぎれば議員や首長が決まっている。無投票当選とは、候補者数が定数を超えなかったため投票を行わずに当選者が決まる制度上まったく合法的な仕組みであり、それ自体を直ちに民主主義の異常と呼ぶことはできない。しかし、その静けさが一度だけではなく、各地で繰り返されるようになったとき、その背後には人口減少時代の地方自治が抱える構造的な変化が見えてくる。

 本稿では、首長選挙や都道府県議会議員選挙でも発生する無投票のすべてを一括して論じるのではなく、なり手不足の問題がとりわけ鮮明に表れている町村議会議員選挙を中心に考えていく。選挙の種類が違えば無投票になる理由も完全には同じではなく、たとえば首長選挙では現職の強さや政党・地域勢力の関係などが大きく作用するため、「地方選挙の無投票には一つの原因がある」と考えること自体が適切ではないからである。

町村議会では、無投票はすでに珍しい出来事ではない

 全国町村議会議長会の集計を見ると、町村議会議員の一般選挙で無投票となった町村の割合は、2011年5月から2015年4月までの20.4%から、2015年5月から2019年4月には21.9%、2019年5月から2023年4月には27.4%へと上昇している。さらに2023年の統一地方選挙だけを見ると、町村議会議員選挙が行われた373町村のうち123町村、33.0%が無投票となった。

 さらに重要なのは、実際に無投票となった自治体だけを見ても候補者不足の全体像は分からないことである。2019年5月から2023年4月までの町村議会議員選挙では、無投票となった町村に、候補者数が定数をわずか1人だけ上回った町村まで加えると全体の59.7%に達しており、これは町村議会の約6割が「候補者があと一人少なければ無投票」という境界付近にあったことを意味する。無投票選挙は、もはやごく一部の山間部や離島だけで起きる例外的な現象ではなく、地方議会の候補者供給そのものが細くなっていることを示す現象として考える必要がある。

人口が少ない自治体ほど無投票になりやすいのは確かである

 最初に思い浮かぶ原因は人口減少だろう。住民が少なくなれば議員になろうとする人の母数も小さくなるため、小規模自治体ほど無投票になりやすいという説明には直感的な説得力があり、実際の統計もその傾向をかなり明瞭に示している。

 2017年5月から2021年4月までの市町村議会議員選挙を分析した研究では、無投票となった252選挙のうち241選挙、95.6%が「選挙人5万人以下、当選者20人以下」という比較的小規模な範囲に入っていた。また、無投票自治体の選挙人平均は約1万2900人だったのに対し、投票が行われた自治体では約5万4200人となっており、自治体規模と無投票との間には明瞭な関連が確認できる。

 ただし、ここで「人口が少なければ無投票になる」と単純化してしまうと、現象のかなり重要な部分を見落としてしまう。同じ研究では自治体の面積そのものには極端な差がみられなかった一方、1平方キロメートル当たりの選挙人数は、無投票自治体で約69人、投票が行われた自治体では約253人と大きく異なっていた。つまり、人口の総数だけでなく、人がどの程度まとまって暮らしているかという人口密度も無投票と関連しているのである。

 もっとも、この数字から「人口密度が低いことが無投票を引き起こす」と因果関係まで断定することはできない。人口密度の高い自治体では企業や商店、学校、地域組織、政党活動、職業構成なども同時に異なるため、人口密度だけの効果を切り離すことは難しいからである。統計が確実に示しているのは、小規模で人口密度の低い自治体ほど無投票が多いという相関であって、その背後にどのような社会構造が介在しているかは、さらに考える必要がある。

同じ5000人の町でも、候補者を生み出す力は同じではない

 人口5000人の町を二つ想像してみよう。一方には駅があり、その周囲に住宅、商店、学校、診療所、事業所が集まり、多様な職業や世代の住民が日常的に交わっている。もう一方では広い山間部に小さな集落が点在し、若い世代の多くが町外へ通勤し、地域組織の担い手も高齢化している。同じ人口5000人であっても、この二つの町から新しい議員候補が生まれる可能性まで同じだと考える理由はない。

 選挙とは、住民の頭数から一定割合で候補者が発生する仕組みではなく、政治に関心を持つ人が存在し、その人が立候補を現実的な選択肢だと考え、仕事や家族生活との調整ができ、周囲から一定の支援を受け、選挙に必要な時間と費用を負担できて初めて候補者が一人誕生する制度である。この過程のどこか一つでも大きな障壁が生じれば、人口が存在していても候補者は出てこない。

減っているのは「議員になれる年齢の人」だけではない

 町村議会の変化を見るうえでは、人口減少とともに年齢構成にも注意する必要がある。全国町村議会議長会の調査では、町村議会議員の平均年齢は2015年の62.7歳から2019年には63.9歳、2023年には64.4歳へ上昇している。また、在職20年以上の議員割合も12.3%から15.3%、16.2%へ増加している。

 一方、在職4年未満の議員割合は2015年の26.3%から2019年には24.9%へ低下し、2023年には25.9%までやや回復したものの、2015年をなお下回っている。このため「新人議員が一貫して減り続けている」と表現するのは正確ではないが、長期在職者の比率が高まり、議会構成の高齢化が進んでいることは確かであり、新しい世代への交代が十分に進んでいるとは言いにくい。

 問題は単なる年齢ではなく、現役世代が地方議員という仕事を選択できる生活条件を持っているかどうかである。若い人が町に残っていても、住宅ローンを抱え、子どもを育て、会社員としてフルタイムで勤務しているなら、地方議員への立候補は容易ではない。したがって候補者不足を考えるとき、本当に見るべきなのは「25歳以上の住民が何人いるか」ではなく、「現実に立候補できる生活条件を持つ人が何人いるか」なのである。

月額約22万円の議員報酬をどう見るか

 町村議会議員の報酬の低さも、なり手不足を考えるうえで無視できない。全国町村議会議長会の2025年調査では、町村議会議員の平均月額報酬は約22万3000円であり、人口5000人未満の町村では平均約19万2000円にとどまっている。

 もちろん、議員報酬が低いという事実だけで無投票が発生するわけではなく、報酬を上げれば候補者不足が自動的に解消するとも限らない。しかし、地方議員の仕事には本会議への出席だけでなく、委員会、行政資料の調査、住民相談、地域行事、政策研究などが伴うため、十分な生活収入を得られる専業職とは言いにくい一方、副業として簡単にこなせるほど軽い仕事でもないという矛盾が生じる。

 この条件は、とりわけ会社員に重くのしかかる。勤務先に兼業制度や休職制度がなければ立候補を機に退職せざるを得ない場合があり、しかも選挙に当選する保証はなく、当選しても4年後に再選できる保証はない。そのため、40代や50代の会社員が「地域のために働いてみたい」と考えても、その意欲だけでは越えられない経済的な壁が存在する。

 地方議会のなり手不足とは、政治に関心のある人がいない問題というより、政治に関心があっても職業生活を維持したまま参加することが難しい問題として捉えた方が実態に近い。

小さな町ほど、立候補は本人だけの問題ではなくなる

 小規模地域では住民同士の関係が密接であり、それは災害時の助け合いや高齢者の見守りでは大きな長所となるが、選挙では必ずしも政治参加を促進する方向だけに作用するとは限らない。

 全国町村議会議長会が行った現地調査では、小規模な町村では候補者本人だけでなく家族や親族まで地域から注目されるため、家族の反対によって立候補を断念した事例や、地域の推薦を受けていない移住者が立候補を考えた際に周囲から難色を示された事例などが報告されている。また、一部地域には、自ら立候補することを「出過ぎた行為」と捉える文化的な感覚が残っているとの指摘もある。

 ただし、これらは全国すべての小規模自治体に共通することを統計的に証明した結果ではなく、現地調査や聞き取りから得られた事例であることには注意が必要である。それでも、立候補が匿名性の高い都市部とは違って本人の政治的決断だけでは完結せず、家族や地域の人間関係を巻き込む場合があるという指摘は、候補者不足を人口統計だけでは説明できない理由の一つになる。

 ここには地方政治の難しい逆説がある。地域とのつながりが強い人ほど議員に向いているように見える一方、その人ほど立候補によって失う可能性のある人間関係も多い。商売をしていれば顧客との関係を考え、会社員なら勤務先を考え、家族は近所付き合いを考えるため、政治参加によって生じる社会的な費用が大きくなれば、「そこまでして議員にならなくてもよい」と判断することも個人にとっては合理的なのである。

候補者だけでなく、候補者を「担ぐ人」も減っている

 地方選挙では、候補者本人がある日突然政治家を志し、すべてを一人で準備して立候補するとは限らない。かつては自治会、商工団体、農業関係者、地域の世話役などが候補者を探し、「次はあの人に出てもらおう」と本人を説得し、選挙運動を支えることも珍しくなかった。候補者の背後には、候補者を発見し、支援し、政治へ送り込む地域社会の仕組みが存在していたのである。

 ところが人口減少と高齢化は、候補者になる世代だけでなく、その「担ぎ手」となってきた地域組織の側にも及んでいる。全国町村議会議長会の調査でも、従来の選挙を支えた組織や担ぎ手が弱まり、初めて立候補する人が選挙手続きや人員確保、資金準備などを自ら行わなければならない状況が指摘されている。

 もっとも、自治会や商工会などの縮小が候補者数をどの程度減らすのかを全国的な統計から数量的に示した研究は十分ではないため、「地域組織が弱くなったから無投票が増えた」と直接的な因果関係を断定することはできない。それでも、政治参加には候補者本人だけでなく候補者を発掘し支援する社会的な基盤が必要だという考え方には十分な合理性がある。

 人口減少から無投票へ至る経路は、「人口が1割減れば候補者も1割減る」という単純なものではないのかもしれない。人口が減ることで若年層が減り、事業所や商店が減り、地域組織が弱まり、候補者を探す人も支援する人も少なくなり、その長い連鎖の最後に候補者不足が数字となって表れると考える方が、地方社会の実態には近い。

定数を減らせば解決するという単純な話でもない

 候補者が少ないのであれば議員定数を減らせばよいという考え方も、一見すると合理的である。定数12人に候補者が12人しかいないため無投票になるのであれば、定数を10人に減らせば候補者12人で選挙が成立するからである。

 しかし、定数削減には別の作用もある。議席が少なくなれば一人の候補者が当選するために必要な支持は相対的に大きくなり、既存の支持基盤を持たない新人にとって参入障壁が高くなる可能性がある。町村議会を対象とした研究でも、低い議員報酬だけでなく少ない議員定数と無投票との関連が指摘されている。

 もちろん、定数を減らせば必ず候補者がさらに減るという意味ではなく、短期的には候補者数と定数との差が広がり、無投票を回避できる自治体もあるだろう。しかし、無投票を解消することだけを目的として定数を減らし続ければ、形式上は選挙が成立していても、新しい人が政治へ参入するための入口まで狭くしてしまう可能性がある。

無投票になりやすい自治体にあるのは、一つの原因ではなく「条件の重なり」ではないか

 ここまでを整理すると、無投票選挙が増える自治体の特徴を一つの数字だけで説明することは難しいことが分かる。統計的にかなり確実なのは、小規模で人口密度の低い自治体ほど無投票が発生しやすいということであり、その背景には高齢化、議員報酬の低さ、会社員が立候補する際の職業上のリスク、地域組織の担い手不足、新人が参入する際の障壁など、複数の条件が重なっている可能性がある。

 したがって、「人口5000人以下なら無投票になる」といった明確な境界線を設定することはできない。同じ5000人の町でも人口密度、産業構造、通勤形態、議員報酬、議員定数、地域組織、移住者の割合、地域社会の開放性などが違えば候補者供給の条件も異なるからである。

 科学的に重要なのは、ここで相関と因果を混同しないことである。小規模自治体ほど無投票になりやすいことはかなり強いデータで確認できるが、「人口が少ないから無投票になる」という単独の因果関係が証明されているわけではない。むしろ自治体が小規模になるにつれて、候補者を生み出す社会的・経済的条件が複数同時に厳しくなると考える方が、現在確認できる研究には整合的である。

本当に問題なのは「選べない状態」が続くことである

 無投票選挙については、選挙費用がかからず、地域内で候補者への合意が形成されているのであれば合理的ではないかという考え方もできる。実際、一度無投票になったという事実だけから、その自治体の民主主義が機能していないと断定することはできない。

 しかし、無投票が何度も繰り返される場合には別の問題が生じる。選挙がなければ候補者同士の政策比較は行われず、住民は複数の選択肢から地域の将来像を選ぶ機会を持たない。選挙期間中に本来行われるはずだった政策論争そのものが発生しないため、誰が当選するかという結果だけでなく、地域社会が政治を考える過程そのものが失われることになる。

 競争性の低い選挙と投票率との関連を示す研究は存在するものの、「無投票が続くことで住民の主権者意識が低下し、その結果としてさらに候補者が減る」という因果の連鎖までが全国的なデータによって十分に証明されているわけではない。逆に、もともと政治参加の低い地域だからこそ無投票が起こりやすいという逆方向の因果も考えられる。

 したがって、無投票が住民の政治意識を必ず低下させると断定するよりも、無投票が繰り返されれば、住民が候補者を比較し、政策を選択し、地域の将来について議論する機会が継続的に失われるという事実そのものを問題として捉える方が適切である。

無投票率は「地域の更新能力」を映す指標になり得るか

 ここから先は、現在の研究によって確立された結論ではなく、一つの仮説として考えてみたい。無投票率は、その地域社会が新しい担い手をどれだけ生み出せるかという「地域の更新能力」を見る補助的な指標として使えるのではないだろうか。

 人口減少率や高齢化率は地域の人口構造をよく表すが、それだけでは新しい住民が地域活動へ参加できるのか、若い世代が意思決定に入れるのか、既存組織の外から新しい人が出てこられるのかまでは分からない。もし人口規模や高齢化率がほぼ同じ二つの自治体で、一方では毎回複数の新人候補が現れ、もう一方では何期も無投票が続いているとすれば、その違いには人口統計だけでは捉えられない社会的な条件が存在する可能性がある。

 この仮説を検証するには、自治体ごとの無投票回数と人口減少率、高齢化率、人口密度、議員報酬、定数、産業構造、新人候補割合、移住者割合、地域組織への参加状況などを長期間にわたって比較する必要がある。その研究が十分に行われているわけではない以上、「無投票率が地域衰退を示す」と断定することはできないが、地域社会の政治的な新陳代謝を見る材料として注目する価値はある。

選挙がなくなる前に、何が地域から失われているのか

 無投票選挙の増加を人口減少だけの問題として処理すると、「人口が少ない地域では仕方がない」という結論になりやすい。しかし、実際には同じ規模の自治体であっても選挙になるところと無投票になるところが存在している以上、人口だけでは説明できない何かがある。

 そこには議員という仕事の経済条件、会社員が政治参加するための制度、候補者を支える地域組織、外部から来た住民や若い世代を受け入れる地域社会の開放性、そして議会そのものが住民から魅力ある政治参加の場として見えているかどうかまで、多くの要素が絡んでいる可能性がある。

 選挙とは、誰を選ぶかを決める制度である。しかし、その前にはもっと根本的な条件が存在する。選ばれようとする人が複数いなければ、住民が「選ぶ」という行為そのものが成立しないからである。

 地方自治にとって本当に注意すべき変化は、投票率が50%を切ることだけではないのかもしれない。そのさらに手前で、投票率を計算する選挙そのものが行われなくなっていくことにも目を向ける必要がある。

 人口が静かに減る町では、最初に学校が統合され、商店が閉じ、路線バスが消えるとは限らない。それらの変化と並行して、「次の選挙に出る人がいない」という政治の担い手不足が先に姿を現すこともある。ポスターのない選挙期間は静かであり、住民の日常生活が直ちに変わるわけでもない。しかし、その静けさが4年ごとに繰り返されるようになったとき、私たちは「選挙がなくて困らない」と考えるだけでなく、なぜこの地域から選ばれようとする人が生まれにくくなったのかを問い直す必要がある。

 無投票選挙が発しているのは、「人口が減った」という単純な警報ではない。それは、地域社会が新しい担い手を生み出し、世代を交代させ、異なる意見を政治へ送り込む力が今も残っているのかを問いかける、人口減少時代の地方自治から届く静かな警告なのかもしれない。

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