地域政経

九条レオンの地域から社会と政治・経済のこれからを考える

 町役場が道路を直す。学校の空調設備を更新する。庁舎の清掃を委託し、公用車を購入し、給食の食材を調達する。自治体が何かを買うたび、住民から集められた税金などの公的資金は企業の売上へと姿を変えるが、その契約書に地元企業の名前が記されていれば、私たちはどこか安心する。「どうせ税金を使うのなら、地元に落とした方がいい」という感覚は分かりやすく、地域振興という言葉ともよくなじむ。

 実際、町外の大企業が公共工事を受注し、資材も作業員も地域外から持ち込み、工事が終わると利益まで町の外へ出ていくように見えれば、「これでは地域経済のためにならない」と感じるのは自然である。それなら、多少価格が高くても地元企業へ仕事を回し、従業員の給与や企業利益を地域に残した方がよいのではないか。給与を受け取った住民が町内の商店で買い物をすれば、その支出が別の企業の売上となり、地域の中で経済活動が広がる可能性もある。

 ところが、公共調達を地域経済の側から考え始めると、この一見単純な話は急に複雑になる。なぜなら、自治体にとっての「得」、地元企業にとっての「得」、住民全体にとっての「得」は必ずしも一致せず、しかも地元企業への発注額そのものと、地域経済に実際に残る所得も同じではないからである。さらに、安い契約が常に良い契約とは限らず、地元企業を優先することが常に地域経済を強くするとも限らない。

「地元に一億円落ちた」という言葉の危うさ

 そもそも「地元企業」とは何を意味するのだろう。本社が町内にある企業なのか、営業所があれば地元企業なのか、従業員の多くが町民なら地元企業なのか、それとも町内企業から多くの商品や資材を購入している企業なのか。この定義を変えるだけでも、地域経済に残る所得の推計は大きく変わる。企業の登記上の所在地と、実際に経済活動が行われる場所は必ずしも一致しない。

 たとえば町内に本社を置く建設会社が一億円の工事を受注したとしても、その一億円すべてが町内の所得になるわけではない。鋼材やコンクリートを町外から購入し、重機を町外企業から借り、専門工事を他地域の会社へ再発注すれば、その支出は地域外の企業の売上になる。一方で町外企業が受注した場合でも、町民を雇用し、地元事業者から資材を購入し、町内企業へ下請工事を発注するなら、地域内にも経済的な便益が生じる。

 経済学的に重要なのは、契約書に記された企業の住所だけではなく、その支出によって地域内にどれだけの付加価値が生み出され、誰に所得が帰属したかということである。付加価値とは、企業などの生産活動によって新たに生み出された価値であり、売上高から原材料などの中間投入を差し引いたものに相当する。企業が一億円を受注しても、その金額のすべてが付加価値になるわけではない。

 さらに、地域内で生み出された付加価値と、地域住民が受け取る所得も区別しなければならない。町内の事業所で働く町外居住者の給与は、町内での生産活動から生まれた所得であっても、居住地で消費される可能性がある。反対に町民が町外の企業で働いて得た給与は、町内で生産された付加価値ではないが、町民の生活を支える所得になる。企業利益についても、所有者がどこに居住し、利益をどこへ再投資するかによって地域への影響は変わってくる。

 したがって、「地元企業への発注額が増えた」という数字だけでは、地域振興政策の成功を証明することはできない。簡単に測れるのは受注額だが、本当に知りたいのは、その発注によってどれだけの付加価値と住民所得が新たに生まれ、地域の雇用や企業活動がどの程度改善したかなのである。

地域内でお金が循環すれば必ず豊かになるのか

 地域経済を説明するとき、「お金を地域内で何度も循環させることが重要だ」と言われることがある。この考え方には一定の根拠がある。地域内で受け取った所得が消費や投資に使われれば、別の企業への需要が発生し、その企業の生産活動を通じて新しい所得が生まれる可能性があるためである。

 しかし、同じお金が何度も支払われたからといって、その取引金額をすべて新しく生まれた所得として足し合わせることはできない。商品を百万円で仕入れて百十万円で販売した場合、百十万円の売上全体を新しい付加価値とすることはできず、仕入れなどに要した費用を区別する必要がある。取引額の累計と地域経済の純粋な所得増加は異なるのである。

 また、公共工事によって地域企業の売上が増えても、それまで民間工事を担当していた従業員や設備を公共工事へ移しただけなら、地域全体の生産が同じ割合で増えたとは限らない。公共工事の受注が増えた一方で民間住宅の修繕工事が遅れ、別の企業の売上が減少するような場合には、その影響も考慮しなければならない。

 とりわけ人手不足が深刻な地域では、仕事を増やすことと、生産能力を増やすことは同じではない。働ける人が十分に存在する地域と、すでに人材が不足している地域では、同じ公共調達政策でも経済効果が異なる。地域経済を評価する際には、発注先が変わったことで移転した所得と、地域全体で新たに生み出された所得を区別する必要がある。

一億円の工事を一億一千万円で発注する意味

 地元企業優先について、もう一つ避けて通れない問題が価格である。ただし、地元企業だから必ず価格が高いわけではない。移動費や輸送費を抑えられ、地域事情にも詳しい企業が、町外企業より安く適切な工事を行える場合もある。問題になるのは、所在地などによって競争相手を過度に絞り込み、十分な競争が働かなくなった場合である。

 仮に同じ品質と履行条件の工事について、広域的に競争すれば一億円で契約できるところを、地元企業を優先した結果、一億一千万円になったとしよう。この一千万円には、地域内の雇用や企業利益を支える効果があるかもしれない。しかし、その一千万円を追加で支払うことには、他の事業へ使える財源が減るという機会費用が伴う。

 ここで比較すべきなのは、「地元企業へ一億一千万円を払った場合」と「より安い企業へ一億円を払い、残った一千万円を別の行政目的へ活用できた場合」である。前者では地域企業に所得が残る可能性があるが、後者でも別の道路補修、学校設備、福祉、防災、子育て支援などを通じて、住民の生活水準を改善できる可能性がある。片方の経済効果だけを見て優劣を判断することはできない。

 ただし、自治体の公共工事の財源は、町税や市税だけとは限らない。国庫支出金、県支出金、地方交付税、地方債など、複数の財源が組み合わされることがある。国や県の補助金には使途や交付条件があるため、契約価格が下がっても、その差額を別の行政サービスへ自由に振り替えられるとは限らない。また、地方債を利用していれば将来年度の財政負担も関係する。

 したがって、追加の一千万円をすべて当該自治体の住民が直接負担すると考えるのも正確ではない。自治体の実質負担額、財源の使途制約、将来の償還負担、契約によって得られる便益を分けて考えなければならない。

 仮に地元企業への発注によって町内に帰属する付加価値が三千万円多くなると推計されたとしても、それだけで一千万円高い契約が合理的だとは結論づけられない。三千万円のうち政策によって本当に純増した部分がどれだけあるか、別の経済活動から移転した部分がないか、失われる行政サービスの価値はいくらかを比較する必要があるからである。

 これは経済学でいう機会費用と費用便益分析の問題である。地域内の所得増加、住民が受ける公共サービス、長期的な維持管理能力などの便益と、それらを得るための追加的な費用や失われる代替機会を比較しなければならない。しかも、同じ経済効果を複数の項目へ重複して計上しないことが重要になる。

最安値を追求することも正解とは限らない

 もっとも、公共調達の効率性を考える際に、契約価格だけを比較するのも不十分である。公共工事では、最初の施工費が安くても耐久性が低く、短期間で再施工が必要になれば長期的な費用は増える。設備についても、購入価格が安い一方で、維持管理費、電気料金、故障時の修理費が高ければ、結果として割高になることがある。

 さらに、労務費や資材価格が上昇している状況で、受注企業に過度の値下げを求めれば、従業員の賃金、適正な施工体制、安全管理などへ悪影響が及ぶ可能性がある。価格の安さが高い生産性から生まれているのか、それとも必要な費用を十分に確保していないためなのかは、区別しなければならない。

 日本の公共工事制度でも、品質の確保や将来の担い手の育成が重視されている。2024年に改正された公共工事の品質確保の促進に関する法律は、経済性に配慮しつつ価格以外の要素も考慮すること、地域の実情に応じた契約方法を選択すること、地域における公共工事の担い手を中長期的に確保することなどを重視している。

 公共調達で本当に求められているのは、目先の最低価格ではなく、必要な品質、安全性、維持管理、供給の安定性を含めて、住民が長期的に受け取る価値を高めることである。その意味では、高い価格がすべて非効率というわけでもなく、安い価格がすべて効率的というわけでもない。

地元企業が存在すること自体に価値がある仕事

 公共調達には、通常の価格比較だけでは測れない価値がある。道路、水道、除雪、設備修繕、災害復旧などでは、自治体の近くに事業者が存在し、必要な人員や設備を確保していること自体が公共サービスを支える能力になっている場合がある。

 平常時なら数十万円安い町外企業へ発注できても、台風で道路が寸断された翌朝に重機を動かし、倒木や土砂を撤去できるのは地域の建設会社かもしれない。深夜に水道管が破裂したとき、短時間で現場に駆けつけられる設備会社が近くに存在することにも価値がある。こうした緊急対応能力は、平常時の契約価格だけでは十分に評価できない。

 重要なのは、その企業の存在が将来の被害をどの程度軽減できるかということである。災害発生時に道路の通行止めを早期に解消できれば、救急搬送、物流、通勤、住民生活への被害を抑えられる可能性がある。水道設備の復旧が早まれば、断水に伴う生活や事業活動への影響を小さくできる。こうした便益は平常時には目立たなくても、非常時には大きな価値を持ち得る。

 日本の建設業が災害時の「地域の守り手」として政策上位置づけられていることにも、このような背景がある。公共工事の評価においても、工事の性質に応じて地域精通度、災害協定、地域貢献、維持管理能力などが考慮される場合があり、地域企業の存在そのものに公共的価値を認める考え方は、単なる感情論ではない。

 ただし、すべての地元企業を無条件に保護する理由にはならない。地域の防災や維持管理に必要な人員、設備、技術、対応時間などを具体的に確認し、必要な供給能力をどのような方法で維持するのが効率的かを検討する必要がある。地域企業への継続的な発注だけでなく、複数企業による共同受注、近隣自治体との協力、災害協定、広域的な設備・人員の確保なども選択肢となる。

 長い時間をかけて形成された技術者、設備、取引網、地域事情への知識、緊急時の連絡体制などを、一度失った後で短期間に再構築することは容易ではない。しかし、その維持に必要な費用がどれほどで、別の方法によって同じ能力を確保できないのかまで検証して初めて、公共的な支援の合理性を判断できる。

地元企業の優先は法律で禁止されているのか

 ここで、経済的な合理性とは別に、日本の公共調達制度を確認しておきたい。地元企業の優先は、公平性や競争性に反するため、一律に禁止されていると考える人もいるかもしれない。しかし、実際の法制度はそれほど単純ではない。

 地方自治法施行令第167条の5の2は、一般競争入札について、契約の性質または目的により、入札を適正かつ合理的に行うため特に必要があると認められる場合には、事業所の所在地や工事経験、技術的適性などに関する入札参加資格を設定できることを定めている。つまり、一定の条件のもとで所在地による参加資格を設けること自体は、法令上認められている。

 したがって、「町内企業に限定することは法律違反だ」と一律に断定するのは正確ではない。一方で、所在地要件を設定できるからといって、あらゆる契約で自由に地元企業だけを参加させてよいわけでもない。契約の目的や性質に照らして、なぜその地域要件が必要なのか、競争をどの程度制限するのか、合理的な理由を説明できることが重要になる。

 また、公共調達には国際的な政府調達に関する協定が適用される場合もある。ただし、日本における同協定の対象となる地方政府機関は、基本的に都道府県と政令指定都市であり、御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町のような一般の市町村を同じ条件で扱うことはできない。もっとも、国際協定の対象外であっても、地方自治法や同施行令、各自治体の契約規則などを守る必要がある。

 制度上の適法性と、経済政策としての望ましさは別の問題である。法令に従った地域要件であっても、過度に競争を狭めれば契約価格が上昇する可能性がある。反対に、地域経済への便益が期待できても、その目的だけで法令上の条件を無視した優遇を行うことはできない。

 公共調達を地域振興に活用するのであれば、地域要件を設ける理由、参加資格の設定方法、評価基準、契約の履行に必要な能力などを客観的に説明できる制度設計が必要なのである。

「中小企業を参加させること」と「地元企業を勝たせること」は違う

 公共調達で中小企業が参加しやすくする政策と、地元企業を無条件に優先する政策は、似ているようで経済的な意味が異なる。

 公共調達の契約規模が過大であれば、資金力や人員の限られた中小企業は最初から入札できない。過剰な売上高要件、大規模な過去実績の要求、複雑な事務手続、資金繰りを圧迫する支払条件なども、事実上の参入障壁となる。そのため、業務の一体性や効率性を損なわない範囲で契約を合理的な単位に分け、必要以上の参加条件を見直すことには意味がある。

 この場合、目的は競争者を減らすことではなく、競争に参加できる企業を増やすことである。それに対して、所在地だけを理由として参加資格を過度に限定すれば、競争者が減少する可能性がある。地域企業支援という同じ看板を掲げていても、「競争に入れる企業を増やす政策」と「競争から外す企業を増やす政策」では、期待される効果が異なる。

 もっとも、日本の中小企業政策は、単に入札参加者を増やして価格を引き下げることだけを目的としているわけではない。官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律に基づき、国は毎年度、中小企業者に関する契約の基本方針を定めている。2026年度の基本方針では、国等全体の中小企業・小規模事業者向け契約目標を61%、新規中小企業者向け契約目標を3%以上とするとともに、適正な価格転嫁、取引の適正化、過度の低価格受注の防止、品質や機能の適切な評価などを重視している。

 これらは国等全体について設定された目標であり、個々の市町村が同じ受注割合を達成しなければならないという意味ではない。地方公共団体には、国の施策に準じて必要な施策を講ずるよう努めることが求められている。

 重要なのは、中小企業の受注機会を確保しながら、適正な価格と品質、公正な競争を両立させることである。企業の規模が小さいことや所在地が近いことだけで評価を終わらせず、実際に必要な公共サービスを安定的に提供できるかという視点が欠かせない。

「守ること」がいつの間にか目的になる危険

 地域企業を維持することに価値があるとしても、その論理をどこまでも広げてよいわけではない。地元企業優先が長期間固定されれば、公共調達市場そのものが閉じた市場になる可能性があるからである。

 毎年ほぼ同じ企業だけが入札に参加し、発注者と受注者の関係が固定化し、新規企業が入りにくい状態が続けば、競争から生まれる改善の圧力は弱くなり得る。公共工事の入札を対象とした日本の研究でも、入札参加者数が増えるほど落札率が低くなる関係が報告されており、競争参加者の確保が契約価格に影響することには理論的、実証的な根拠がある。

 ただし、入札者が増えれば必ず同じ割合で価格が下がると考えることはできない。工事の種類、施工条件、企業の費用構造、最低制限価格制度、低入札価格調査制度などによって結果は異なる。また、研究で観察された入札者数と落札率の関係が、そのまま入札者数を増やしたことによる因果効果を意味するとも限らない。

 落札率の扱いにも注意が必要である。一般に落札率は、落札価格を予定価格で割って算出するが、予定価格の積算方法、資材価格、労務費、制度変更などによって変動する。落札率が上がったという事実だけで、競争が弱まった、談合が行われた、税金が無駄に使われたと結論づけることはできない。

 それでも、毎年同じ企業しか参加せず、新規参入がほとんど起こらず、競争環境を検証する仕組みも存在しないのであれば、制度を見直す理由にはなる。特定企業が恒常的に保護される市場では、価格低減、生産性向上、新技術導入への圧力が弱まる可能性があり、長期的な産業競争力にも影響しかねない。

 地元企業を育てるための制度が、結果として公共需要への過度な依存を生み出せば、政策の目的と結果は逆転する。役所から仕事を受けることには強くても、民間企業や他地域から仕事を獲得する競争力が十分に育っていないのであれば、それを地域産業の強化と評価できるかは疑問である。

公共調達に地域振興をどこまで背負わせるのか

 さらに根本的な疑問がある。公共調達は、そもそもどこまで地域振興政策を担うべきなのだろう。

 道路工事を発注する第一の目的は、地元建設会社の売上を増やすことではなく、安全で必要な道路を適切な費用で整備することである。学校給食を調達する目的は食品会社を支援することではなく、安全で安定した食事を子どもへ提供することであり、行政システムを導入する目的も、情報技術企業を育成することではなく、行政サービスを改善することである。

 公共調達に地域雇用、環境、福祉、企業育成、防災、脱炭素などの政策目標を加えることには意味がある。しかし、目的を増やしすぎれば、調達の本来目的である品質、価格、必要性を客観的に評価しにくくなり、事業ごとの成果や責任の所在も不明確になりかねない。

 特定の産業を振興したいのであれば、公共調達だけでなく、技術支援、人材育成、設備投資支援、企業間連携、販路開拓支援などの政策を比較する必要がある。地元企業への高価格発注によって間接的に支援する方法と、目的を明確にした産業支援策では、行政の費用と効果が異なる可能性がある。

 公共調達は地域振興の手段の一つではあるが、すべての地域経済問題を解決するための制度ではない。何を公共調達で達成し、何を別の政策によって実現するのかを整理することが、限られた財源を有効に使うためには重要である。

地元企業だから評価するのか、地域に価値を残すから評価するのか

 ここまで考えると、「地元企業だから無条件に加点する」という考え方より、「その企業が契約の履行を通じて地域にもたらす実質的な価値を評価する」という発想の方が、経済的には合理的に見えてくる。

 たとえば緊急時に短時間で出動できる体制、必要な資材や設備の確保、継続的な維持管理能力、地域事情に関する知識などが契約の目的と直接関係する場合には、それらを適切に評価する余地がある。地域住民の雇用や地域内下請企業との取引についても、制度上認められる範囲で、調達目的との関係や実際の効果を検証することが重要になる。

 ただし、地域雇用や地域内取引が増えれば必ず公共サービスの価値が高まるわけではない。また、町内に本社があるという形式だけでは、緊急対応能力や施工技術を保証できない。評価するのであれば、出動体制、必要な技能資格、過去の履行実績、設備の保有状況など、客観的に確認できる条件を重視すべきである。

 発注者が自由に評価項目や加点基準を設定できるわけでもない。契約の種類、発注方式、関係法令、自治体の契約規則などを踏まえ、必要性と合理性のある条件を定めなければならない。透明性の低い評価や、事実上特定企業しか満たせない不合理な条件を設ければ、公正な競争を損なう可能性がある。

 地域貢献を評価する場合にも、単に「地域のためになる」という抽象的な説明ではなく、契約の履行や公共サービスの質にどのような効果があるのかを説明できることが重要である。

行政境界と地域経済の境界は同じではない

 もう一つ、「地元」という言葉そのものを考え直す必要がある。経済活動は市町村境界で止まっていないからである。

 住民は隣町のスーパーで買い物をし、隣市の病院へ通い、別の自治体にある会社へ勤務する。企業も同じで、仕入れ先、従業員、顧客、下請会社は複数の自治体にまたがっている。特に人口規模の小さい自治体では、建設、医療、物流、設備保守、情報技術などの産業を町内だけで完結させることは現実的ではない。

 たとえば、御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町のように、通勤、買い物、医療、企業取引などが自治体境界を越えて行われる地域では、一つの町内だけを経済圏として扱うことが適切とは限らない。町外企業であっても町民を多数雇用している場合があり、町内企業であっても従業員や仕入れ先の多くが町外にある場合も考えられる。

 地域経済への影響を測るのであれば、市町村単位の効果に加え、近隣自治体を含めた経済圏での効果も確認する価値がある。ただし、広域経済圏にとって利益があることと、一つの自治体の住民にとって利益があることも同一ではない。公共調達を行う自治体には、まず自らの住民への説明責任があり、広域的な効果を評価する場合には、その利益と負担が自治体間でどのように分配されるのかも考慮する必要がある。

 町内企業か町外企業かという二分法だけでは、実際の経済活動を十分に捉えられない。地域政策として公共調達を利用するのであれば、「地元企業とは誰か」という問いに加えて、「どの範囲を地域経済として評価し、誰の利益を政策目的とするのか」という問いも必要になる。

本当に測るべきものは「地元企業受注率」ではない

 自治体が地域企業支援の成果を示すとき、「地元企業への発注率」は分かりやすい数字である。しかし、分かりやすい数字が必ずしも政策の成果を適切に表すとは限らない。

 仮に地元企業受注率が五十%から八十%へ上昇しても、入札参加企業が減り、新規参入がなくなり、毎年ほぼ同じ企業が受注するようになったのであれば、その政策を成功と呼べるかは疑わしい。ただし、落札率や契約価格が上がった場合には、資材価格や賃金の上昇、予定価格の積算方法、契約内容の変化なども確認しなければならず、数値の変化だけで競争低下を断定することはできない。

 反対に地元企業受注率がそれほど高くなくても、地域企業が公共調達を通じて技術や実績を蓄積し、他の自治体や民間市場から仕事を獲得するようになり、地域住民の雇用や所得を増やしているなら、産業政策としてはこちらの方が健全な成果を上げている可能性がある。

 本当に評価するのであれば、地元企業受注率だけではなく、入札参加企業数、新規参入数、契約価格、工事の品質、維持管理費、地域住民の雇用、地域内仕入れ、地域内下請、災害対応実績、受注企業の公共部門依存度、生産性、町外市場での売上などを長期的に確認する必要がある。こうした指標は、それぞれ異なる政策上の成果や問題を示すため、一つの数字だけを取り出して総合評価に置き換えることはできない。

 さらに、価格や受注率を比較する場合には、工事の内容、規模、難易度、資材価格、労務費、契約方式などの違いを調整する必要がある。道路工事と庁舎清掃を同じ条件で比較することはできず、同じ道路工事でも施工条件や必要な技術が異なれば、契約価格に差が生じるのは当然だからである。

 科学的に厳密な政策評価を行うなら、政策を実施しなかった場合に何が起きていたかという反実仮想を考える必要がある。たとえば、地元企業優先政策を導入した自治体と、導入していない類似自治体について、政策実施前後の雇用、所得、契約価格などの変化を比較する方法がある。

 もっとも、似た自治体を比較するだけで政策の因果効果が明らかになるわけではない。政策導入前の経済動向が比較可能であったか、同じ時期に別の施策が実施されていないか、大規模工事が偶然集中していないかなども検証しなければならない。小規模自治体では年間の発注件数が少なく、一件の大型工事が集計結果を大きく左右する場合もあるため、複数年のデータを使った慎重な分析が必要になる。

 地域企業の売上が増えたという事実だけでは、その増加が地元企業優先政策によるものなのか、公共事業費の増加、資材価格の上昇、景気変動など別の要因によるものなのかは分からない。政策の成果を説明するには、結果を示すだけでなく、なぜその結果が生じたのかを検証することが求められる。

地元優先か最安値かという二択から離れる

 公共調達の議論は、「税金なのだから一円でも安くするべきだ」という考えと、「地域経済のために地元企業を優先するべきだ」という考えに分かれやすい。しかし、どちらも単独では十分ではない。

 最安値だけを追えば、品質、適正な労務費、維持管理、緊急対応力、将来の地域供給能力を失う可能性がある。一方で地元企業だけに閉じた市場をつくれば、競争参加者が減少し、価格やサービス改善への圧力が弱まる可能性がある。どちらの危険も、公共調達によって住民が得られる利益を小さくしかねない。

 現実的なのは、契約の目的に応じて制度を設計することである。競争を広げることが適切な物品購入や一般的な業務委託では、過剰な参加資格を見直し、事業者が参加しやすい条件を整える。一方で、災害復旧、緊急修繕、継続的な維持管理など、地域での即応能力が重要な契約では、法令に従って必要な対応体制や技術的能力を評価する。

 その際、地域企業がどのような役割を果たすべきかを具体的に整理し、必要な能力を確保するための費用を検証することが重要になる。競争によって価格と品質を改善しながら、非常時に必要な供給能力を維持できる制度を目指すべきである。

 地元企業を「競争から守る」のではなく、「競争に参加できるようにする」という考え方は、地域産業政策の重要な原則となる。ただし、人口減少地域で維持が必要なインフラ関連業務などには、競争環境の整備だけでは十分な供給能力を確保できない場合もある。そのような業務では、必要性を明確にした上で、継続的な契約や広域的な連携も含めた供給体制を検討する必要がある。

 重要なのは、競争を増やすこと自体でも、地元企業の受注率を上げること自体でもない。住民に必要な公共サービスを、将来にわたって安定的かつ合理的な費用で提供できる仕組みをつくることである。

公共調達は十年後の地域に何を残すのか

 一件の公共工事だけを見れば、それは道路を直したり、建物を建てたりする契約にすぎない。しかし、毎年繰り返される公共調達を十年、二十年という時間で眺めれば、その選択によって地域の企業構造そのものが少しずつ形づくられていく。

 誰へ仕事を発注するかによって企業が残り、技術者が育ち、設備が維持され、雇用が生まれることがある。一方で、その企業を維持するために自治体が高い費用を払い続ければ、他の公共サービスへ回せる財源が減る可能性もある。さらに、公共工事に必要な人材を集めることで、地域の民間事業に人手不足が生じるなら、地域経済全体への影響は単純ではない。

 そのため、「地元企業への公共調達は地域経済に得なのか」という問いに、全国共通の一つの答えはない。地域内に残る追加的な所得が大きく、雇用を生み、災害対応や維持管理能力を支え、価格差も合理的な範囲に収まるのであれば、地元企業への発注には十分な合理性がある。しかし、所在地だけを理由に競争を過度に狭め、価格差が大きく、同じ企業だけが受注し続け、企業自身の競争力も育っていないのであれば、その制度は地域経済を支えているというより、公共支出への依存を固定している可能性がある。

 反対に、公共調達に依存する企業が存在するからといって、それだけで地域経済が弱いと断定することもできない。人口が少なく民間需要が限られる地域では、道路や水道などの公共インフラを維持する事業者にとって、公共需要が事業継続の重要な基盤となる場合がある。そのような企業については、民間市場での競争力だけでなく、地域住民の生活を支える公共的な供給能力をどれだけ維持しているかも評価しなければならない。

 結局、見るべきなのは「地元企業への発注率」という一つの数字ではない。その政策によって地域内にどれだけの所得と雇用が追加的に生まれ、企業の技術と競争力がどれだけ育ち、災害時や人口減少時の供給能力がどれだけ維持され、そのために住民と行政がどれだけの費用や機会費用を負担したのかという全体の収支である。

 地域経済を守るという言葉は分かりやすい。しかし、本当に重要なのは、企業を無条件に守ることではなく、地域に必要な仕事を将来も担える能力を維持しながら、企業が生産性を高め、可能な分野では外部市場とも取引できる経済構造を育てることではないだろうか。

 公共調達をそのための入口として利用することはできる。ただし、すべての企業を公共需要によって支え続けることを政策の最終目的にしてはいけない。公共需要によって維持すべき能力と、民間市場での競争によって育てるべき能力を区別し、それぞれに適した政策を選択する必要がある。

 公共調達で本当に問われているのは、「税金を地元に落としたか」ではない。その一円によって、十年後の地域にどれだけの所得、技術、競争力、そして非常時にも機能する供給能力を残せたのかである。地元企業を優先することが地域経済に得なのかどうかも、最終的には、その長期的な成果と費用を比較することによって判断されるべきなのである。

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「地域でお金を回しましょう」という言葉は、地方創生や商店街振興の場でよく聞かれる。地元の店で買い物をし、地元の会社に仕事を頼み、できれば地元で作られたものを選ぶ。それによって地域が豊かになる、と説明されることも多い。しかし、少し考えてみると不思議な言葉でもある。お金は使えば店に渡り、店から仕入先へ渡り、最後にはどこかへ消えていく。同じ千円札を町の中で何度受け渡したところで、千円札が二千円札になるわけではない。それでは「お金が回る」とは、経済学的にはいったい何が起きているのだろうか。

この問いを考えるには、財布の中の紙幣ではなく、その紙幣が誰の所得になるのかを見る必要がある。地域経済にとって重要なのは、お金そのものが町の中を移動することではない。ある人の支出が別の人の売上となり、その売上の一部が賃金や利益として地域住民の所得になり、その所得が再び地域の店や事業者に支払われる。この連鎖がどこまで続くかによって、同じ一円の経済的な意味が変わってくるのである。

一枚の千円札を追いかけてみる

たとえば、ある町を訪れた観光客が、地元の食堂で千円の昼食を食べたとする。この千円は、もともと町の外にあった所得である。それが食堂の売上として町の中へ入ってきた瞬間、地域経済には千円の需要が新しく生まれる。

けれども、その千円がそのまま食堂の主人の所得になるわけではない。米を買い、魚を仕入れ、電気代を払い、調味料を買い、設備を修理しなければならない。その食堂が地元の漁師から魚を買い、近所の米屋から米を仕入れ、町内の電気工事店に修理を頼んでいるなら、観光客が置いていった千円の一部は、食堂だけではなく町の別の事業者の売上へと変わっていく。

魚屋がその所得で町内の理髪店に行き、理髪店の主人が地元のスーパーで食料品を買えば、最初の千円が生み出した需要はさらに先へ進む。もちろん、そのたびに一部は町の外へ出ていく。それでも、外へ出るまでに何度も地域住民や事業者の所得を生み出すなら、その千円は地域経済の中で比較的大きな働きをしたことになる。

経済波及効果を分析するときにも、ある需要による直接的な売上だけでなく、原材料などへの需要が生まれる一次的な波及、さらにそこで生じた所得が消費されることによる二次的な波及が考えられる。環境省の地域経済波及効果分析でも、域外から原材料を調達したり、域外居住者へ賃金を支払ったり、所得が域外で消費されたりすれば、その途中で効果が地域外へ流出すると整理されている。

「地域でお金を回す」という言葉の実体は、こうした所得の連鎖なのである。

地域経済には「入口」と「出口」がある

もっとも、町の中だけで何度も買い物をしていれば、それだけで永遠に豊かになれるわけではない。ここには、地域経済を考えるうえで非常に重要な落とし穴がある。

十人の住民がそれぞれ一万円を持っている町を想像してみよう。互いに商品を売ったりサービスを提供したりすれば、取引額は増える。しかし、町全体が最初に持っていた所得そのものが、それだけで増えるわけではない。地域の中だけでお金を受け渡している経済は、やがて使える所得の限界にぶつかる。

そこで必要になるのが、地域の外から所得を獲得する力である。農産物を都市へ売ることも、製造業が町外へ製品を出荷することも、観光客が宿泊することも、地域外の企業から仕事を受注することも、外から所得を持ち込むという意味では同じ働きをする。町外で働く人の給与、年金や政府からの財政移転なども、経路は異なるものの、地域経済へ所得を流入させる役割を持つ。

環境省が地域経済を考える際に、「地域でお金を循環させること」と並んで「地域でお金を稼ぐ力」を重視しているのは、このためである。地域経済は、生産によって所得を稼ぎ、それが家計や企業へ分配され、消費や投資として支出され、再び生産へ戻っていく。したがって、外から稼ぐ力と、入ってきた所得を地域内に残す力の双方が必要になる。

町の経済を風呂桶にたとえるなら、域外から所得を稼ぐ産業は蛇口であり、町外への支払いは排水口である。桶の中で水を勢いよくかき回しても、蛇口が閉まり、排水口が大きく開いていれば、水位はやがて下がっていく。「地域でお金を回す」という言葉だけでは、この蛇口の存在を見落としやすい。

大切なのは「何回使われたか」より「どこまで残ったか」

ここで単純な数理モデルを考えてみると、地域経済循環の意味が見えやすくなる。

町外から百円が入ってきたとし、その百円を受け取った人が六十円を町内で使い、四十円を町外の商品やサービスに使うとする。次に六十円を受け取った人も、その六割に当たる三十六円を町内で使い、さらにその六割が町内で使われると仮定する。

すると地域内で生じる支出は、

100+60+36+21.6+……

と続いていく。

極端に単純化したモデルではあるが、地域内に残る割合を0.6とすると、この無限等比級数の合計は、

100÷(1-0.6)=250

となる。

最初に地域外から入ってきた百円をきっかけとして、累計では二百五十円分の地域内支出が生じ得るということである。もし地域内に残る割合が0.3しかなければ、同じ計算による累計は約百四十三円にとどまる。最初に入ってくる金額が同じでも、その後の地域内調達や地域内消費の割合によって、経済的な波及の大きさは大きく変わる。

ただし、この二百五十円を「百円が二百五十円の富になった」と理解してはいけない。ここで数えているのは累計された取引や支出であり、新しく生まれた付加価値や住民の所得とは区別しなければならない。それでも、この単純な計算は、「地域にいくら入ってきたか」だけでは地域経済の強さを測れない理由を鮮やかに示している。

地元企業なら必ず地域に残る、とは限らない

ここからさらに厄介な問題が出てくる。「地元の店で買うこと」と「地域に所得が残ること」は、似ているようで完全には同じではない。

町内にある店でも、販売している商品のほとんどを町外から仕入れ、設備も広告も情報システムも町外企業へ支払い、利益まで町外の本社へ送っているなら、売上のかなりの部分は地域外へ流れていく。一方、全国展開する企業であっても、地元住民を多数雇用し、地域の事業者から仕入れを行い、地域で設備投資をしているなら、その店舗から地域住民へ帰着する所得は決してゼロではない。

したがって、「地元資本か、大企業か」という看板だけを見て地域経済を論じると、本質を取り逃がす。重要なのは、売上のうちどれだけが地域住民の賃金になり、どれだけが地域企業の利益になり、どれだけの原材料やサービスが地域内から調達され、そこで得られた所得がさらにどこで使われるのかである。

経済産業省の地域間産業連関表も、地域の経済を単独で見るのではなく、財やサービスがどの地域から調達され、どの地域へ供給されるかという相互依存関係を捉えるために作られてきた。ある地域で投資が行われても、必要な財の多くを地域外から調達すれば、地域内に生じる生産波及は小さくなる。この考え方は、小さな町の商店や観光政策にも、そのまま当てはめることができる。

つまり、町に大きな店があるかどうかよりも、その店の後ろにどれだけ地域内の取引網がつながっているかの方が重要なのである。

「地産地消」だけでは地域は豊かにならない

ここまで考えると、「それなら何でも地域内で作ればよい」という結論に向かいたくなる。しかし、それもまた経済学的には危うい。

地域外から商品を買うこと自体が悪いわけではない。石油を産出しない町がガソリンを地域内で生産する必要はないし、小さな町が医薬品や自動車やコンピューターまで自給しようとすれば、かえって生活費は高くなり、生産性も落ちる。地域間で得意なものを交換することは、市場経済が豊かさを生み出してきた基本的な仕組みでもある。

問題は「地域外から買うこと」ではなく、地域が外から何も稼がないまま、あらゆる所得が一方向に外へ流れ続けることである。

地域で農産物を生産して都市へ販売し、その所得で地域外から自動車を購入するなら、それは交易である。しかし、地域内に域外から所得を獲得する産業がほとんどなく、住民が受け取った所得の多くを町外の店舗やサービスへ支払い続ければ、地域経済の循環は次第に弱くなる。

だから本当に考えるべきなのは、「町内で全部買おう」という閉鎖的な経済ではない。地域が得意なものを外へ売り、外から所得を呼び込みながら、その所得の一部が地域内の雇用、仕入れ、消費、投資へつながる構造をどう作るかなのである。

観光客が増えても地域が豊かにならないことがある

この問題が最も分かりやすく現れるのが観光地かもしれない。

年間百万人の観光客が訪れる町でも、宿泊施設の所有者が町外企業で、食材が町外から運ばれ、予約手数料が町外の事業者へ支払われ、土産物まで他地域で製造されているなら、観光客が落としたお金の相当部分は短時間で地域から出ていく。観光消費額だけを見れば巨大でも、その町で生活する人の所得があまり増えないということは十分に起こり得る。

反対に、観光客の人数がそれほど多くなくても、地元の宿が地域の農家から食材を買い、地元の酒を提供し、清掃や修繕を地域企業へ頼み、そこで働く住民が地域の商店を利用するなら、一人の観光客がもたらした所得は地域の中を比較的長く流れる。

環境省の地域経済循環分析が、単に地域の売上額を見るのではなく、生産、分配、支出の各段階で所得がどこから入り、どこへ出ていくのかを捉えようとしている理由もここにある。2025年12月に公表された最新版の分析ツールも、市町村単位で地域内外の資金の流れや産業間取引を分析できるものとして整備されている。

観光客の数を競うより、その一万円が翌朝どこへ行くのかを見る方が、地域経済の実像に近いのである。

地域経済を支えるのは「金額」より「つながり」なのかもしれない

ある町に百億円規模の工場が一つある場合と、数十人規模の企業、農家、商店、建設会社、宿泊業者、飲食店が互いに取引している場合とでは、どちらの地域経済が強いのだろうか。

答えは単純ではない。大工場が地域外から大きな所得を稼ぎ、地元住民を雇い、地域企業から多くを調達しているなら、それは非常に強力な地域経済の核になる。しかし、原材料も従業員も取引先も地域外に依存し、利益も本社へ送られるなら、巨大な生産額のわりに地域住民へ届く所得は小さい可能性がある。

逆に、小さな企業ばかりの地域でも、それぞれが互いに仕入れ、仕事を発注し、そこで得た所得を地域内で消費する関係が厚ければ、一つの需要が複数の事業者へ波及していく。地域経済を強くするものは、企業の数だけでも、観光客の数だけでも、売上高だけでもない。企業と企業、人と企業、そして地域と外部を結ぶ取引の網そのものなのである。

ここまで来ると、「地域でお金を回す」という素朴な言葉が、少し違って見えてくる。

それは、千円札を町から逃がさない運動ではない。

町の外から所得を稼ぐ人がいて、その所得を受け取る人がいて、その人の支出を次の誰かの所得に変えられる産業や店があり、その所得がさらに別の仕事を生み出していく。経済学的に見れば、「お金を回す」とは、その連鎖をできるだけ途中で切れにくくすることである。

地域に必要なのは、高い塀を造ってお金を閉じ込めることではない。外へ向かって開いた入口を持ちながら、入ってきた所得がすぐに流れ去ってしまわないよう、町の中に細かな水路を張り巡らせることなのだろう。

夕方、町の食堂で誰かが千円札を一枚置いて席を立つ。その千円が翌日には魚屋へ渡り、その週末には理髪店へ渡り、その一部が電気工事店の仕事になり、やがてどこかで町の外へ出ていく。

地域経済の強さとは、おそらく、その一枚の千円札が町を出ていくまでの時間ではない。

その途中で、何人の仕事と所得を生み出せたかなのである。

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 「今年は観光客が増えた」「過去最高の来訪者数を記録した」というニュースを聞くと、その地域の経済も活性化しているように感じられる。自治体の観光政策でも、年間観光客数や宿泊者数の増加は成果として紹介されやすく、観光施設の利用者数が前年を上回れば、地域振興が進んでいると評価されることもある。

 しかし、観光客が増えることと、地域住民が豊かになることは同じではない。来訪者が増えても消費単価が下がれば地域全体の観光消費額は減少する可能性があり、観光関連企業の売上が増えても、その利益が地域外へ流出したり、住民の賃金に反映されなかったりすれば、地域経済への恩恵は限定的になる。

 観光庁が公表した2025年の旅行・観光消費動向調査によると、日本人国内旅行消費額は26兆7,845億円となり、2019年を22.1%上回った。旅行によって動く金額は極めて大きいが、この数値は全国の日本人国内旅行による消費額であり、訪日外国人旅行者による消費は含まれていない。また、旅行者が支払った金額を示すものであって、その全額が観光地の所得になるわけでもない。

 観光を地域の豊かさにつなげるためには、単に何人訪れたかを数えるだけでは不十分である。旅行者がいくら使い、その消費が地域のどの産業に向かい、どれだけの付加価値が生まれ、最終的に誰の所得になったのか。さらに、観光を受け入れるために地域が負担した費用まで含めて考える必要がある。

観光客数と観光消費額は必ずしも同じ方向に動かない

 地域の観光振興を評価する際、最も分かりやすい指標は観光客数である。年間100万人だった観光客が120万人になれば、20%の増加であり、自治体の政策成果として説明しやすい。しかし、観光客数だけでは、その地域で発生した消費額の大きさまでは分からない。

 単純化すれば、観光消費額は「観光客数×1人当たり消費額」で表される。例えば、年間100万人が訪れ、1人平均1万円を使う地域なら、年間観光消費額は100億円となる。ところが、観光客数が120万人へ20%増加しても、日帰り客の割合が高まるなどして平均消費額が7,000円へ低下すれば、観光消費額は84億円となり、人数が増えたにもかかわらず16%減少してしまう。

 これは仮定に基づく計算例だが、人数の増加と消費額の増加が一致しないことを示している。実際の観光政策では、宿泊客と日帰り客、県内客と県外客、日本人旅行者と訪日外国人旅行者では消費構造が異なるため、それぞれの旅行者数と消費単価を分けて把握することが望ましい。また、観光統計には同じ人が複数の観光地点を訪れた回数を数える延べ人数と、一定の集計範囲内で重複を調整した人数があるため、異なる集計方法の数値をそのまま比較しないことも重要である。

2025年の全国統計が示す「人数より消費単価」の重要性

 観光客数と消費額の関係は、全国の実際の統計からも確認できる。観光庁によると、2019年の日本人国内延べ旅行者数は5億8,710万人、国内旅行消費額は21兆9,312億円、1人1回当たり旅行支出は37,355円だった。これに対して2025年は、延べ旅行者数が5億5,313万人、旅行消費額が26兆7,845億円、旅行単価が48,424円となっている。

 つまり、2025年の国内延べ旅行者数は2019年と比較して約5.8%少ないにもかかわらず、旅行消費額は22.1%増加している。旅行単価が約29.6%上昇したことが、総消費額の増加につながった計算であり、旅行者数だけで観光市場の規模を判断することが適切ではないと分かる。

 ただし、この増加をそのまま観光産業の実質的な成長と解釈することもできない。旅行支出の金額には宿泊料金、飲食代、交通費などの価格上昇が反映されるため、名目の消費額が増えても、提供されたサービスの数量や旅行者が得たサービスの実質的な価値が同じ割合で増えたとは限らない。地域の観光消費額を時系列で比較する場合にも、物価上昇による金額の変化と、利用者数やサービス需要そのものの変化を区別する必要がある。

 したがって、観光客数の増加率だけでなく、1人当たり消費額、宿泊率、滞在時間、消費内容、そして物価変動を組み合わせて分析することが、観光振興の成果を正しく評価する第一歩となる。

日帰り観光と宿泊観光では消費構造が異なる

 観光消費を左右する重要な要素の一つが滞在時間である。数時間だけ観光地に立ち寄り、駐車料金を払い、昼食を食べて帰る旅行と、ホテルや旅館に宿泊し、夕食や翌朝の食事、買い物、観光体験などを楽しむ旅行とでは、一般に1回の旅行で発生する消費額が大きく異なる。

 観光庁の2025年確報では、日本人国内旅行の1人1回当たり旅行支出は、宿泊旅行が72,412円、日帰り旅行が20,000円だった。宿泊旅行の単価は日帰り旅行の約3.62倍であり、宿泊を伴う旅行が大きな消費を生み出す傾向が確認できる。国内旅行消費額26兆7,845億円のうち、宿泊旅行は21兆7,211億円、日帰り旅行は5兆634億円であり、宿泊旅行が国内旅行消費額の約81%を占めている。

 もっとも、この旅行単価には交通費や旅行参加費なども含まれるため、宿泊旅行者が観光地の自治体内で日帰り旅行者の3.62倍を消費しているという意味ではない。旅行者が支払う鉄道運賃や航空運賃、地域外の旅行会社への支払いなどは、訪問先の市町村における売上とは必ずしも一致しないからである。

 地域経済への効果を正確に判断するには、宿泊したかどうかだけでなく、旅行者が実際に地域内で使った金額を把握する必要がある。宿泊施設の利用、飲食店での食事、地域産品の購入、体験型観光への参加など、消費の内容を分けて調べることで、その地域のどの産業が観光需要の恩恵を受けているのかが明らかになる。

 また、宿泊施設が不足する地域では、すべての旅行者を宿泊客へ転換できるわけではない。日帰り観光であっても、飲食、買い物、体験サービスなどの利用を促すことで地域内消費額を増やす余地はあるため、宿泊客の増加だけが唯一の解決策ではない。

観光客が使った1万円は、そのまま地域の所得にならない

 観光消費額と地域所得を考える際、特に重要なのが地域外への資金流出である。例えば観光客が地域のホテルで1万円を支払った場合、その1万円はホテルの売上として記録されるが、全額が地域住民の所得になるわけではない。

 ホテルが使う食材を地域外の卸売業者から仕入れていれば、その代金の一部は地域外へ支払われる。電力、燃料、設備保守、広告、予約サイトの手数料なども、取引先が地域外企業であれば地域内に残るとは限らない。さらに、本社が別の都市にある企業の場合、利益の一部が本社や地域外の株主に帰属する可能性もある。

 ここで区別すべきなのが、売上、付加価値、住民所得という三つの概念である。売上は商品やサービスを販売して受け取った金額であり、付加価値は生産額から原材料や外部サービスなどの中間投入を差し引いて新たに生み出された価値を意味する。その付加価値は労働者への報酬や企業の営業余剰などに分配されるが、地域内で生じた付加価値のすべてが、その自治体の住民に帰属するわけではない。

 例えば、地域内のホテルで働く従業員が隣接自治体に居住していれば、勤務先では地域内の生産活動が行われていても、賃金所得は居住地へ移る。また、地元住民が地域外の企業で働いて得た所得が地域内で消費される場合には、逆方向の資金流入も起きる。このように、事業所の所在地と所得を受け取る人の居住地が異なるため、地域内の売上と地域住民の所得を同じものとして扱うことはできない。

 環境省の地域経済循環分析では、地域経済を生産、分配、支出の三つの側面から捉え、産業間取引や所得の流出入を分析している。観光客が地域で支払った金額だけでなく、そのお金が生産活動を通じてどのように分配され、再び地域内外で使われるのかを把握することが、地域経済の実態を理解するうえで重要なのである。

地域に残る付加価値が違えば、観光消費額の大小と経済効果は逆転する

 観光消費額が同じでも、地域内の産業構造が異なれば、地域内で生み出される付加価値は変わる。例えば、観光消費に対する地域内付加価値の発生額が30%に相当する地域と、60%に相当する地域があると仮定すれば、前者で100億円の観光消費が発生した場合の地域内付加価値は30億円、後者で80億円の観光消費が発生した場合は48億円となる。

 この割合は説明のために設定した仮定であり、実際の観光地の平均値を示すものではない。また、地域内付加価値の発生額と住民所得も一致しないため、これらの金額を地域住民に還元された所得と断定することはできない。しかし、観光消費額が少ない地域であっても、地域内の産業との結び付きが強ければ、より大きな付加価値を生み出す場合があることは理解できる。

 重要なのは、観光消費額そのものを最大化することだけではなく、その消費が地域内の企業活動や雇用にどの程度結び付き、どれだけの価値を新たに生み出しているかを把握することである。観光客数、観光消費額、地域内付加価値、住民所得は相互に関係しているものの、それぞれ異なる指標として評価しなければならない。

全国チェーンと地元企業のどちらが地域に貢献するのか

 観光地に大型ホテル、全国チェーンの飲食店、小売店などが進出すると、観光客の利便性が高まり、雇用や設備投資も生まれる。一方で、商品の仕入れや本部への支払い、広告、情報システムなどを地域外企業に依存していれば、売上の一部が地域外へ流出するため、地域内で生み出される付加価値が限定される場合もある。

 これに対して、地元経営の旅館が地域の農家から野菜を仕入れ、漁業者から魚を購入し、地域住民を雇用していれば、観光客の支出が宿泊業だけでなく農業、漁業、商業などにも波及する。観光業と地域内の他産業が取引を増やすことで、それぞれの事業者に新しい売上や雇用が生まれる可能性がある。

 ただし、地元企業であれば必ず地域経済への貢献が大きいというわけではない。全国チェーンでも地域住民を多数雇用し、地元農産物を積極的に購入し、継続的に設備投資を行っていれば、大きな付加価値を生み出す可能性がある。反対に、地元経営の企業でも仕入れを地域外に依存し、雇用が少なく、生産性が低い場合には、地域経済への貢献が限定されることもある。

 したがって、観光関連企業を評価する際には、本社が地元にあるかどうかだけで判断するのではなく、地域内調達、地元雇用、労働生産性、利益の帰属先、再投資の状況などを総合的に見る必要がある。地域にとって望ましいのは、地元企業と地域外企業を単純に対立させることではなく、どちらの企業であっても地域の産業や雇用と結び付く仕組みを強めることである。

地元で仕入れることは重要だが、地域内取引の回数だけでは判断できない

 地域経済では、観光客が持ち込んだお金が地域内の複数の産業に波及することがある。例えば、観光客が旅館に支払った代金の一部が地元農家への食材代となり、農家が地域の商店から商品を購入し、その商店が地域住民に賃金を支払えば、観光による需要が複数の事業者の売上や所得につながっていく。

 ただし、こうした取引を何度も数えた合計額が、そのまま地域で新しく生み出された所得になるわけではない。旅館の売上に含まれていた食材代を農家の売上として再び数えれば、取引の合計額には重複が生じる。経済波及効果を分析する際には、生産活動が連鎖することによって増えた生産額と、新たに生み出された付加価値を区別する必要がある。

 また、地域内調達率を高めれば必ず地域全体が豊かになるとも限らない。地元からの仕入れ価格が著しく高かったり、安定供給が難しかったりすれば、旅館や飲食店の経営を圧迫し、価格競争力を低下させる可能性がある。地域内調達を増やすことと、生産性や品質を維持することの両立が重要であり、地域外からの仕入れをすべて否定する考え方は合理的ではない。

 観光政策としては、地元農産物や水産物の供給体制を整えること、事業者間の取引を仲介すること、共同配送などで物流費を抑えること、地域産品の品質や付加価値を高めることなどが考えられる。地域内の取引を増やすだけでなく、各事業者が継続して利益を確保できる仕組みを整えることが、持続的な経済波及効果につながる。

千葉県の観光統計から分かる消費額と経済波及効果の違い

 実際の地域統計でも、観光消費額と経済波及効果は区別されている。千葉県が2026年3月に公表した2024年の観光入込動向の確定値によると、県内の観光消費額は約2兆1,355億円、経済波及効果は約2兆5,871億円と推計された。いずれも県の統計開始以降で過去最高額となったが、この二つの数字は同じものを表しているわけではない。

 千葉県の経済波及効果は、県内の産業連関表を利用して推計した生産誘発額であり、観光需要に直接対応する県内生産額が約1兆7,507億円、原材料などの調達を通じて生じる第1次間接効果が約6,080億円、所得の増加によって新たな消費が生じる第2次間接効果が約2,284億円とされている。

 この合計額が観光消費額を上回るのは、観光需要が県内のさまざまな産業の生産を誘発するためである。しかし、生産誘発額には産業間取引の重複が含まれるため、約2兆5,871億円が県民の所得として増えたという意味ではない。また、産業連関分析は一定の前提条件に基づく推計であり、すべての波及効果が実際に同じ規模で発生したことを直接確認した数字でもない。

 さらに、千葉県の2024年調査では観光消費額などの推計に用いる調査方法が変更されているため、2023年の数値と単純に比較することには注意が必要である。統計の金額が増えた場合でも、実際の観光需要の変化なのか、物価の上昇なのか、調査方法の変更による影響なのかを確認しなければ、増加の理由を正しく判断することはできない。

 この千葉県の例から分かるのは、観光消費額、経済波及効果、地域内付加価値、住民所得を混同してはならないということである。観光による経済的な成果を説明する場合には、どの指標を使っているのか、その数値が何を表しているのかを明確にする必要がある。

観光客が増えても住民の賃金が上がらない理由

 観光産業は宿泊、飲食、小売、輸送、清掃、娯楽サービスなど幅広い雇用を生み出す。しかし、観光客が増え、企業の売上が拡大しても、それが地域住民の賃金上昇や生活水準の改善につながるとは限らない。売上増加分が原材料費、光熱費、設備維持費などの上昇に吸収されれば、企業の利益や賃金を増やす余力が限られるからである。

 また、夏休みや大型連休などの繁忙期に需要が集中する地域では、短期間の雇用や勤務時間の増加で対応することがある。この場合、年間を通じて安定した仕事が増えるとは限らず、観光客数の増加と地域住民の年間所得の増加が一致しない可能性がある。地域外から通勤する労働者が多い場合には、観光地で発生した雇用者所得の一部が地域外の家計に帰属することもある。

 一方で、観光需要が拡大することで、地域住民の勤務時間が増えたり、賃金が上昇したり、新しい事業への参入機会が生まれたりする場合もある。重要なのは、観光業の雇用を一律に不安定だと判断することではなく、雇用者数だけでなく、年間労働時間、賃金水準、雇用の継続性、労働生産性などを確認することである。

 さらに、地域全体の所得が増えても、その利益が一部の事業者や資産所有者に集中すれば、多くの住民は豊かさを実感できない。平均所得だけでは所得分布の変化を十分に把握できないため、住民の所得中央値や実質的な購買力、生活費の負担などにも目を向ける必要がある。

観光には季節変動と供給能力の制約がある

 観光需要には、季節によって大きく変動するという特徴がある。海水浴場では夏、紅葉の名所では秋、スキー場では冬に需要が集中しやすく、年間観光客数が多くても、それが数か月に偏っていれば地域経済の安定した基盤になりにくい。

 宿泊施設や飲食店は、繁忙期に対応できる設備と人員を確保する必要がある一方、閑散期には施設の稼働率が下がり、固定費の負担が重くなる場合がある。季節によって雇用を調整する経営も可能だが、働く側にとっては安定した年間所得を確保しにくくなることがある。観光産業への依存度が高い地域ほど、天候、自然災害、感染症、景気変動、交通障害などによる需要減少の影響も受けやすい。

 人口減少が進む地域では、こうした季節変動に加え、労働力不足が観光振興の制約になる。観光客をさらに呼び込もうとしても、宿泊施設、飲食店、交通機関などの人手が不足していれば、受け入れ能力には限界がある。過剰な需要がサービスの質を下げ、従業員の負担を増やす場合には、観光客数の拡大が必ずしも地域の利益につながらない。

 ただし、観光客数の増加自体を否定する必要はない。閑散期の施設や交通機関に余裕がある地域なら、需要が少ない時期への誘客は設備の稼働率を改善し、雇用の安定につながる可能性がある。観光客を増やすかどうかだけではなく、いつ、どのような旅行者を、どの程度受け入れることが地域にとって合理的なのかを考える必要がある。

観光客の増加は住民の負担を増やすこともある

 観光は地域に経済的な利益をもたらす一方で、交通渋滞、ごみ処理、公衆トイレ、駐車場、警備、公共交通、自然環境の維持など、さまざまな費用を発生させる。観光客が集中する時期には道路や公共施設の利用が増え、住民の日常生活に影響することもある。

 自治体が観光施設の整備や維持管理に多額の予算を投入しても、それに対応する税収や使用料収入が十分に増えなければ、一般財源による負担が大きくなる可能性がある。ただし、観光関連の支出がすべて住民にとって不利益になるわけではない。道路、公共交通、トイレ、公園などの整備は、観光客だけでなく地域住民の生活環境を改善する場合もあるからである。

 したがって、行政負担を評価する際には、観光客が増えたことによる追加的な支出と、それに伴う税収や使用料収入の増加を比較する必要がある。さらに、住民が受ける混雑や騒音などの負担と、施設整備による利便性向上などの利益も考慮しなければならない。

 2026年3月に閣議決定された第5次観光立国推進基本計画でも、観光の持続的な発展、消費額の拡大、地方誘客の促進に加え、観光と交通・まちづくりとの連携強化などが政策の方向性として位置づけられている。観光客数を増やすことだけではなく、住民生活や地域社会と両立する観光のあり方が求められているのである。

観光客が増えても新しい需要が生まれたとは限らない

 観光政策の効果を評価するうえでは、観光客数や消費額の増加が、本当に新しい経済需要を生み出した結果なのかという問題も重要になる。例えば、新しい観光施設が開業して多くの利用者を集めても、その利用者が以前から地域内の別の店舗を利用していた人々であれば、施設単体の売上増加ほど地域全体の消費額は増えない可能性がある。

 また、ある自治体の観光客数が増えた理由が、隣接する観光地から旅行者が移ったことにある場合、その自治体には利益が生じても、周辺地域全体では観光需要がそれほど増えていないことも考えられる。自治体単位の成果と、広域的な地域経済への効果は必ずしも一致しない。

 観光政策による追加的な効果を調べるには、政策を実施しなかった場合にどうなっていたかという反実仮想の視点が必要である。例えば、観光客数が10%増加したとしても、その増加が全国的な旅行需要の回復によるものなのか、自治体の施策によるものなのかを区別しなければ、政策の成果を正しく評価することはできない。

 厳密な評価は容易ではないが、近隣自治体との比較、政策実施前後の変化、全国的な観光動向、宿泊者数や消費単価の推移などを組み合わせることで、政策の影響をある程度検討できる。自治体の観光政策では、増えた人数をすべて政策の成果とみなすのではなく、施策によってどれだけ新しい需要を獲得できたのかを検証する姿勢が重要である。

観光政策の成功は自治体財政と住民生活でも評価する

 観光政策では、観光客数、消費額、宿泊者数などが成果指標として使われることが多い。しかし、自治体が公的資金を投入する以上、その支出によって地域社会にどのような利益が生じたのかも確認する必要がある。

 例えば、自治体が観光振興に1億円を支出し、その結果として観光消費額が5億円増えたとする。この数字だけを見ると大きな成果に見えるが、増えた消費額のうち地域内で生み出された付加価値がどれだけあるか、住民の賃金や事業所得がいくら増えたか、観光客増加に対応するために新たな行政支出が必要になったかによって評価は変わる。

 さらに、観光振興に使った1億円を、地域の交通、医療、子育て支援、他産業の生産性向上などに使った場合と比較することも重要である。限られた財源をある政策に投入すれば、他の政策に使う機会を失うため、観光事業の経済効果がプラスであっても、それだけで最も合理的な財政支出だったとは判断できない。

 観光政策の成果は、地域内で新たに生み出された付加価値、住民の実質所得、安定した雇用、自治体財政への影響、住民生活の質という複数の側面から評価する必要がある。経済効果だけを見れば成功でも、住民負担が大きければ政策全体としての評価は下がる可能性があり、逆に観光収入が限定的でも、生活環境の改善や地域産業の維持に役立つ事業には一定の社会的価値がある。

人口減少地域で求められる観光政策とは何か

 人口減少が進む小規模自治体では、観光客を際限なく増やす政策が常に合理的とは限らない。宿泊施設や飲食店、公共交通などの供給能力に制約があり、労働力不足が深刻であれば、大量の旅行者を受け入れるほど従業員や地域インフラへの負担が増える可能性がある。

 こうした地域では、単純な来訪者数の拡大だけでなく、1人当たり消費額を高めること、滞在時間を延ばすこと、観光需要を年間に分散させること、地域産品の購入を促すこと、地元企業と観光関連事業者の取引を増やすことなどが有力な選択肢になる。ただし、料金を高く設定すれば自動的に収益が増えるわけではなく、価格に見合うサービスの品質や魅力を高め、旅行者に選ばれる必要がある。

 例えば、千葉県外房地域の御宿町、勝浦市、いすみ市、大多喜町を考えても、観光資源や交通条件、宿泊施設、産業構造はそれぞれ異なる。海水浴や海岸景観を中心とする観光、漁業や農業と結び付いた飲食・買い物、歴史的な町並みや里山を活用した体験型観光などでは、旅行者の行動や地域内消費の構造が異なるため、同じ政策を実施しても同じ経済効果が得られるとは限らない。

 また、これらの自治体は互いに隣接しており、旅行者が一度の旅行で複数の市町を訪れることも考えられる。市町村ごとに観光客数を競うだけでなく、地域全体で滞在時間を延ばし、宿泊、飲食、買い物、観光体験を組み合わせることで、広域的な観光消費を増やす方法も検討に値する。

 ただし、地域全体の観光消費額が増えても、その利益がどの自治体のどの産業に帰属するかは別の問題である。地域間の連携を進める場合にも、事業者間の取引構造や住民所得への影響を把握し、利益と負担が極端に偏らない仕組みを考えることが必要になる。

地域が本当に見るべき観光の数字

 観光政策の成果を正確に把握するには、来訪者数を入口として、その先にある経済的な変化を段階的に確認する必要がある。まず、どのような旅行者が何人訪れ、どの程度滞在し、何にいくら支出したのかを把握する。そのうえで、その消費のうち地域内で発生した売上や生産活動がどれだけあるかを調べ、地域内で新たに生み出された付加価値や、それが住民の所得にどの程度結び付いているかを分析する。

 実務上は、観光客数、宿泊者数、平均滞在時間、1人当たり消費額といった観光需要の指標に加え、地域内調達率、雇用者数、賃金、企業の利益、労働生産性などを組み合わせる必要がある。さらに、自治体財政への影響を評価するためには、観光関連の税収や使用料収入と、施設整備、維持管理、環境保全などに必要な行政支出を比較することが重要になる。

 ただし、市町村単位では、観光由来の付加価値や住民所得を直接示す統計が十分に整備されていない場合もある。そうした場合には、観光客への消費調査、事業者の仕入先調査、雇用調査、地域経済循環分析、産業連関分析などを組み合わせ、推計上の前提と限界を明示しながら評価する必要がある。統計が存在しない部分を安易な仮定で補い、あたかも正確な経済効果が判明したかのように示すことは避けなければならない。

 なお、環境省の地域経済循環分析で用いられる地域経済循環率は、地域の生産額に相当する付加価値と分配所得の関係を示す指標であり、観光客が支払った金額のうち何%が地域内に残ったかを直接表すものではない。観光による地域内付加価値の発生割合や、住民に帰属する所得の割合とは定義が異なるため、指標を混同しないことも重要である。

「100万人来た町」より「住民の所得が増える町」

 年間観光客100万人、前年比20%増、過去最高の宿泊者数といった数字は、観光政策の成果を説明するうえで分かりやすい。しかし、地域住民にとって重要なのは、その結果として安定した仕事が増え、実質的な所得が上昇し、地元企業の経営基盤が強まり、自治体の財政や生活環境が改善したかどうかである。

 極端に言えば、年間100万人の観光客が訪れても、多くが短時間で通過し、地域内での消費が限られ、企業活動から生み出された所得の相当部分が地域外へ移れば、住民への経済的な恩恵は小さくなる可能性がある。反対に、年間50万人の来訪者であっても、宿泊や飲食、地域産品の購入、観光体験などが活発で、その需要が地域内の生産や雇用に結び付けば、より大きな付加価値を生み出すこともあり得る。

 もちろん、観光客数を増やす政策が間違っているわけではない。地域に余剰の受け入れ能力があり、新しい需要を獲得できるなら、来訪者数の増加は重要な経済的機会になる。また、地域内調達を増やすことも、それ自体が最終目的ではなく、企業の生産性や競争力、住民所得の増加につながって初めて持続的な意味を持つ。

 観光によって地域を豊かにするために必要なのは、地域外から新しい需要を獲得し、その消費を地域内の生産や雇用につなげ、新たに生み出された価値を住民の所得や生活の改善へと結び付けることである。同時に、観光を受け入れるために生じる行政負担や生活環境への影響を評価し、地域全体として利益が上回る仕組みを考えなければならない。

 観光客数は地域経済を動かす重要な要素であるが、それ自体が観光政策の最終目的ではない。人口減少が進む地域ほど、限られた人材、施設、財源をどのように活用し、観光需要から持続的な付加価値を生み出すかという視点が求められる。

 観光振興の本当の成果は、訪れた人数の多さではなく、その観光によって地域住民の暮らしがどれだけ改善したかによって評価されるべきなのである。

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