地域政経

地域の暮らしと地域課題を考える

関税は産業を守るのか、それとも国民生活と世界経済を傷つけるのか

2026年、世界の通商政策は大きな転換点に立っている。

関税、輸出規制、国内生産への補助金、政府調達における国産品優遇、重要物資の囲い込みなど、各国が自国の産業と安全保障を優先する政策を強めている。

日本の経済産業省も、「通商戦略2026」の検討資料において、保護主義は単なる「台頭」の段階ではなく、「本格化・常態化」していると認識している。同資料は、国際経済秩序の重心がルールから力と威圧へ移り、関税、輸出規制、非市場的措置などが経済的な圧力手段として使われる状況を指摘している。

こうした変化には、一定の理由がある。

新型コロナウイルス感染症の世界的流行、ロシアによるウクライナ侵攻、半導体不足、重要鉱物の供給不安、過剰生産、強制労働、人権問題などを通じて、安価な輸入品だけに依存する危険性が明らかになった。

自由貿易は必ずしも公正な競争を意味しない。政府補助金、低賃金、環境規制の違い、知的財産権の侵害、安全保障上の依存などが存在する以上、何の条件も付けずに市場を開けばよいという考え方にも限界がある。

しかし、保護主義には別の危険がある。

一つの国が国内産業を守るために関税を引き上げれば、相手国も対抗措置を取る可能性がある。輸入品価格が上がれば、消費者だけでなく、輸入原材料や部品を使う国内企業の費用も増える。

さらに、保護される企業が競争力の改善を怠れば、関税は一時的な産業支援ではなく、非効率な産業を恒久的に維持する制度へ変わる。

過去200年の世界史は、保護主義が常に失敗したとも、自由貿易が常に成功したとも示していない。

歴史が示しているのは、対象、目的、期間、国際環境、退出条件のない保護政策が、当初の目的を超えて拡大し、報復と政治的対立を生みやすいという事実である。

1.保護主義とは何か

保護主義とは、外国との競争から国内産業や雇用を守るため、政府が輸入や外国企業の活動に制約を加える政策をいう。

代表的な手段は関税である。

関税は輸入品に課される税金であり、通常は輸入者が政府へ納付する。その費用の全部または一部は、販売価格の上昇という形で、国内の事業者や消費者へ転嫁される。

この点は重要である。

関税は、外国政府から自国政府へ自動的に支払われる罰金ではない。実際の負担は、輸入業者、流通業者、製造業者、消費者、外国の輸出企業の間で分かれる。

保護主義には、関税以外にも次のような手段がある。

輸入数量制限、輸入許可制、国内企業への補助金、政府調達での国産品優遇、技術移転の要求、輸出規制、経済制裁、原産地規則、国内生産比率の義務付けなどである。

日本にも保護的な制度は存在する。

例えば、関税割当制度では、一定数量までの輸入品に無税または低い関税率を適用し、それを超える輸入には比較的高い関税率を適用する。財務省税関によると、2026年度はナチュラルチーズ、革、革靴、豆類、こんにゃく芋など19品目に関税割当制度が適用されている。

したがって、保護主義は特定の国だけが採用している特殊な政策ではない。

問題は、保護するか否かという二者択一ではなく、どの産業を、どの理由で、どの程度、どの期間保護するかにある。

2.19世紀前半~穀物法が示した生産者保護と生活費の対立

過去200年の保護主義を考えるうえで、英国の穀物法は重要な出発点となる。

英国では、国内農業を保護するため、輸入穀物に高い障壁が設けられた。農業生産者や地主にとっては、外国産穀物との競争を抑え、国内価格を維持する効果があった。

一方で、穀物価格が高く維持されれば、パンなどの食料価格も高くなりやすい。保護政策の利益を受ける農業生産者と、食料費を負担する都市労働者や消費者との間に、利益の対立が生じた。

1846年、ロバート・ピール首相の政権は穀物法の廃止を進めた。

当時の英国議会では、保護を急に撤廃すれば農業に深刻な打撃を与えるという反対論と、食料品価格を下げ、製造業を発展させるためには撤廃が必要だという議論が対立した。

ピールは議会で、禁止的な措置と保護関税の緩和を原則として進めると説明する一方、農業への急激な影響を避けるため、一定の移行期間を設ける考えも示していた。

穀物法は最終的に1846年に廃止された。ただし、英国議会の解説によると、廃止後に小麦価格が直ちに暴落したわけでも、欧州産小麦が突然大量に流入したわけでもなかった。

この事例から分かるのは、関税の影響は政治的な主張ほど単純ではないということである。

関税を撤廃すれば、必ず輸入品が国内市場を席巻するとは限らない。一方で、関税を維持すれば、国内生産者だけでなく、食料を購入する多数の国民が負担を負う。

保護政策では、「守られる産業」だけでなく、「価格上昇を負担する側」を確認する必要がある。

3.19世紀後半~保護関税は工業化を成功させたのか

19世紀後半、米国やドイツなどは、英国との工業競争のなかで比較的高い関税を採用した。

この歴史から、「先進国も成長期には保護主義を採用していた」「自由貿易を受け入れる前に、幼い国内産業を保護する必要がある」という議論が生まれた。

これは幼稚産業保護論と呼ばれる。

新しい産業は、技術、設備、熟練労働者、販売網などが未成熟であり、すでに規模を拡大した外国企業と最初から同じ条件で競争することが難しい。そのため、一定期間だけ関税や補助金で保護し、競争力を持つまで育成するという考え方である。

この理論には合理性がある。

実際、重要技術、医薬品、半導体、エネルギー、食料などを完全に外国へ依存することには、経済上だけでなく、安全保障上の危険もある。

しかし、19世紀の関税が米国の工業化を生み出したと断定することはできない。

米国の成長には、人口増加、国土の拡大、豊富な天然資源、鉄道建設、資本蓄積、技術革新、教育など、複数の要因があった。

NBER(National Bureau of Economic Research・全米経済研究所)の研究では、19世紀後半の米国経済成長は人口増加と資本蓄積への依存が大きく、輸入資本財の価格を上げる関税が投資を抑えた可能性も指摘されている。

また、2024年に公表された研究では、19世紀末から20世紀初頭の米国製造業について、関税が全体として労働生産性を低下させたとの推計が示された。一部の先端産業には正の効果があった可能性もあるが、その効果には不確実性が残る。

つまり、「関税が高かった時期に工業化した」という時間的な一致だけでは、関税が工業化の原因だったとは証明できない。

成功した産業だけを見て、保護されたまま成長しなかった産業を無視することも適切ではない。

4.保護政策が既得権益へ変わる仕組み

幼稚産業保護論には、重大な制度上の問題がある。

保護を始める理由は説明しやすいが、保護を終える時期を決めることは難しい。

関税によって利益を得る企業や業界は、制度の維持を求める。政治家に働きかけ、雇用喪失や地域経済への打撃を訴える。

一方、関税によって少額ずつ負担を負う消費者は、個々の商品の価格上昇が小さければ、強い政治運動を起こしにくい。

この結果、少数の受益者が強く制度維持を求め、多数の負担者の意見が政策に反映されにくくなる。

保護政策が長期化すると、企業は技術開発、生産性向上、経営改革よりも、政府からの保護を維持する活動に力を使う可能性がある。

本来は競争力を育てるための制度が、競争を避けるための制度へ変わるのである。

したがって、産業保護を実施する場合には、開始条件だけでなく、終了条件が必要になる。

保護期間、達成すべき生産性、研究開発、国内生産能力、輸出実績、価格水準などを事前に定め、目標を達成できない場合は保護政策を縮小する仕組みが必要である。

5.19世紀末から第一次世界大戦前~世界経済の統合と反動

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、蒸気船、鉄道、電信などの発達により、国際貿易と資本移動は拡大した。

一方で、外国産農産物との競争、労働者の不安、産業間の利害対立を背景に、各国で保護主義も強まった。

ここでも、関税と成長の関係は単純ではない。

19世紀末に高関税国の一部が高い成長を示したことは事実だが、その相関関係だけでは因果関係を証明できない。産業構造、資源、人口、制度、技術導入などの違いを考慮する必要がある。

保護主義は、国内産業の育成だけでなく、政治的な不満を外国との競争へ向ける手段にもなった。

国内の所得格差、失業、地域間格差、技術変化などの問題が、輸入品や外国企業の責任として説明されると、関税は経済政策であると同時に、国民をまとめる政治的象徴になる。

この構造は、現在にも共通している。

6.1930年代~スムート・ホーリー関税法の教訓

保護主義の危険を象徴する歴史として、1930年の米国スムート・ホーリー関税法が挙げられる。

この法律は、米国の農業や製造業を外国との競争から守る目的で、幅広い輸入品の関税を引き上げた。

しかし、法案成立前から貿易相手国は反発し、成立後には報復関税や輸入制限が広がった。米国上院の歴史資料も、相手国が米国製品への関税を引き上げ、国際貿易を停滞させたと説明している。

米国国務省の歴史資料によると、米国の欧州からの輸入額は1929年の13億3,400万ドルから1932年には3億9,000万ドルへ減少し、欧州向け輸出額も23億4,100万ドルから7億8,400万ドルへ減少した。世界貿易は1929年から1934年までに約66%減少したとされる。

ただし、この数字をもって、スムート・ホーリー関税法が世界恐慌の唯一の原因だったとするのは正確ではない。

世界恐慌には、株価暴落、銀行危機、信用収縮、金本位制、需要減少、企業倒産など、複数の原因があった。

貿易減少についても、関税と報復措置だけでなく、各国の所得と需要が急減した影響が大きい。

経済史研究でも、貿易崩壊のうち、関税、所得減少、外国の報復がそれぞれどの程度を説明するかについては検討が続いている。

したがって、正確な評価は次のようになる。

スムート・ホーリー関税法が世界恐慌を単独で発生させたとはいえない。しかし、各国の報復を招き、輸出市場を縮小させ、国際協調を損ない、すでに進行していた経済危機を悪化させた可能性は高い。

特に重要なのは、各国が同時に輸入を減らそうとしたことである。

一国だけなら、輸入を制限して国内需要を自国企業へ振り向けられる可能性がある。しかし、すべての国が同じ政策を採れば、各国の輸出市場も同時に縮小する。

自国だけが利益を得ようとする政策が、全体としてすべての国を悪化させる。

これが「近隣窮乏化政策」の危険である。

7.関税が外交関係を傷つける過程

貿易摩擦は、商品の価格だけに影響する問題ではない。

関税を課された国では、その措置が経済政策ではなく、自国への攻撃として受け止められることがある。

すると、相手国政府は国内世論に対応するため、報復措置を取らざるを得なくなる。

最初は鉄鋼や農産物だけだった対立が、自動車、食品、技術、投資、政府調達、渡航制限などへ広がる可能性もある。

1930年代の保護主義について、米国国務省の資料は、スムート・ホーリー関税を世界恐慌の唯一の原因とはしていない一方、国際協力を促進せず、近隣窮乏化政策の象徴となったと評価している。

経済的な相互依存が平和を自動的に保証するわけではない。

しかし、相互依存を急に切断し、国家間の経済関係を勝者と敗者だけで捉えるようになれば、相手国への不信が強まりやすい。

関税そのものが戦争を起こすと断定することはできないが、経済対立が政治的、外交的な対立を深める経路は存在する。

8.第二次世界大戦後~なぜGATTがつくられたのか

第二次世界大戦後、各国は1930年代の保護主義と経済対立への反省から、多国間の通商ルールを整備した。

1947年には、GATT(General Agreement on Tariffs and Trade・関税及び貿易に関する一般協定)が成立し、1948年に発効した。

GATTの目的は、すべての関税を直ちに廃止することではなかった。

関税を交渉によって段階的に引き下げ、特定国だけを不当に差別せず、突然の輸入制限を抑え、紛争をルールのなかで処理することであった。

1947年から1994年までに、ジュネーブ、アヌシー、トーキー、ディロン・ラウンド、ケネディ・ラウンド、東京ラウンド、ウルグアイ・ラウンドなど、8回の主要な関税交渉が行われた。

WTO(World Trade Organization・世界貿易機関)の説明によると、GATTは1948年から1994年まで世界貿易の主要な規則を提供し、国際貿易が大きく成長した時代を支えた。

ただし、戦後の経済成長をすべて自由貿易だけの成果とすることもできない。

各国は社会保障、産業政策、農業保護、公共投資、教育、研究開発支援などを併用していた。

戦後体制の重要な点は、国内政策をすべて放棄したことではなく、貿易政策を一国の一方的判断だけで運用せず、共通ルールと交渉の対象にしたことにある。

9.自由貿易の利益は均等に分配されなかった

戦後の貿易拡大は、消費者に安価で多様な商品を提供し、輸出企業に大きな市場を与えた。

国際分業によって生産費が下がり、技術や設備の導入も進んだ。

しかし、その利益が国内のすべての地域、産業、労働者へ均等に分配されたわけではない。

輸入品との競争に敗れた産業では、工場閉鎖や雇用減少が起きた。輸出産業や都市部が成長する一方で、特定の製造業に依存する地域が衰退することもあった。

自由貿易によって国全体の所得が増える可能性があっても、損失を受けた労働者が自動的に新しい仕事へ移れるとは限らない。

年齢、技能、居住地、家族、住宅などの事情によって、転職や移住が難しい人もいる。

この調整費用を軽視したことが、保護主義復活の一因になったと考えられる。

自由貿易への反発を、単なる無知や排外主義として片付けるべきではない。

実際に損失を受けた地域や労働者が存在する以上、政府には職業訓練、所得補償、地域投資、教育、産業転換を行う責任がある。

自由貿易を持続させるには、自由貿易の利益を再分配する国内政策が必要なのである。

10.1970年代以降~関税から非関税措置へ

戦後、関税率が段階的に低下すると、貿易摩擦は関税以外の手段へ移っていった。

輸入数量制限、輸出自主規制、国内基準、補助金、政府調達、為替政策などが争点となった。

自由貿易と保護主義は、明確に二分できるものではなくなった。

表面的には関税を低く維持しながら、国内規制や補助金によって外国企業の参入を難しくすることもできる。

反対に、安全、環境、労働、人権を守るために必要な規制が、外国企業からは貿易障壁に見える場合もある。

したがって、現在の保護主義を分析するときは、関税率だけを見ることはできない。

制度が正当な公共目的を持つのか、国内企業と外国企業に同じ基準を適用しているのか、必要以上に貿易を制限していないかを確認する必要がある。

11.2010年代以降~自由貿易から経済安全保障へ

2010年代後半から、世界の通商政策は再び保護的な方向へ動き始めた。

背景には、中国の急速な工業化、政府補助金、鉄鋼などの過剰生産、技術覇権、知的財産権、国家安全保障への懸念がある。

その後、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって、医療用品、半導体、物流などの供給網が混乱した。

さらに、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、エネルギーや食料を特定国へ依存する危険が明確になった。

こうした経験から、各国は効率だけでなく、供給網の強靱性を重視するようになった。

重要物資の国内生産、友好国からの調達、輸出管理、投資審査などは、単純な産業保護とは異なる経済安全保障政策として説明されている。

日本も、重要鉱物などの特定国依存を減らし、恣意的な輸出規制や非市場的な政策へ対応する必要性を国際会議で主張している。

この方向性には合理性がある。

例えば、医薬品、食料、エネルギー、半導体など、供給停止が国民生活や国家機能へ重大な影響を与える物資について、最安値だけを基準に調達先を決めることは危険である。

しかし、「安全保障」という言葉が使われれば、すべての保護政策が正当化されるわけではない。

安全保障の対象を広げすぎれば、ほとんどすべての産業を保護できてしまう。

本当に供給途絶の危険があるのか、代替調達が可能か、備蓄で対応できるか、国内生産の費用はどの程度かを検証する必要がある。

12.令和の現在~保護主義は常態化した

2026年3月のWTOによる世界貿易見通しは、2025年に予想以上の伸びを示した世界貿易が、2026年には減速すると予測した。

2025年の貿易には、関税引上げ前の駆け込み輸入や、AI(Artificial Intelligence・人工知能)関連製品への需要が影響していた。WTOは、関税上昇の影響が2026年に現れることや、中東情勢によるエネルギー、食料、輸送への影響を警戒している。

米国では2026年にも、鉄鋼、アルミニウム、銅、医薬品などに対する関税措置が実施・調整されている。

2026年6月の米国大統領布告では、鉄鋼、アルミニウム、銅の一部製品に50%、一部派生製品に25%などの関税制度が示された。米国政府は、その理由を国家安全保障と国内産業基盤の再建としている。

また、米国通商代表部は、強制労働によって生産された商品の輸入禁止を十分に実施していないとされる複数の国・地域について、通商法301条に基づく調査と関税措置を進めている。

これらの措置には、それぞれ国内産業、国家安全保障、人権、公正競争などの理由がある。

したがって、1930年の政策と現在の政策を、根拠なく同一視することは適切ではない。

現在はWTO、経済連携協定、多国籍企業の供給網、変動相場制などが存在し、1930年代とは制度も経済構造も異なる。

一方で、次のような危険な兆候には共通性がある。

関税の対象が限定品目から広範な品目へ拡大すること、政策目的が頻繁に変わること、相手国が報復措置を取ること、企業が投資判断を先送りすること、貿易政策が国内政治の象徴として使われることである。

13.現在と1930年代は同じなのか

2026年の世界を「1930年代の再来」と断定することは正確ではない。

1930年代には、世界恐慌、銀行危機、金本位制、植民地経済圏、国際機関の弱さなど、現在とは異なる条件があった。

現在の世界経済には、WTO、IMF(International Monetary Fund・国際通貨基金)、地域貿易協定、中央銀行の協調、国際金融支援などの制度がある。

企業の生産活動も、完成品を一国で製造する形から、複数国で部品と工程を分担する形へ変わった。

そのため、現在の関税は外国製品だけを打撃するとは限らない。

輸入部品に関税がかかれば、国内で完成品を生産する企業の費用も上がる。国内企業を守る目的の関税が、別の国内企業の競争力を下げる可能性がある。

現在と1930年代の最大の共通点は、関税率そのものではない。

国内の経済問題を外国との競争だけで説明し、相手国も対抗措置を取らないと想定し、自国だけが利益を得られると考える危険性である。

14.関税の国内負担は見えにくい

関税政策では、保護される工場や雇用は目に見えやすい。

一方で、負担は広く分散する。

輸入品の価格上昇、原材料費の増加、商品の種類減少、設備投資の遅れなどは、一つ一つが小さく見えるため、政策の費用として認識されにくい。

例えば、鉄鋼への関税は国内製鉄業を支援する可能性がある。

しかし、鉄鋼を使用する自動車、機械、建設、家電などの企業にとっては、材料費の上昇になる。

保護対象産業で雇用が増えても、川下産業の生産や輸出が減れば、国全体の雇用効果は小さくなる可能性がある。

関税政策を評価する場合には、保護対象企業の雇用だけでなく、原材料を使用する産業、消費者物価、輸出、投資への影響まで含めなければならない。

15.報復関税は政治的に選ばれる

相手国が報復関税を課す場合、対象品目は無作為に選ばれるとは限らない。

関税を発動した国の政治的に重要な地域、農産物、象徴的な企業や商品が狙われることがある。

これにより、貿易紛争は経済合理性だけでなく、国内政治の争いになる。

1930年代のスムート・ホーリー関税を扱った研究でも、米国へ抗議した国や報復措置を取った国で、米国の輸出がより大きく減少したことが示されている。

報復の対象となる輸出企業は、自国政府が保護しようとした産業とは別の産業である可能性が高い。

一つの産業を守るための関税によって、競争力のある別の産業が輸出市場を失うことがある。

16.関税は交渉手段として有効か

関税には、交渉相手から譲歩を引き出す手段としての機能もある。

大きな市場を持つ国が輸入制限を示せば、相手国は市場へのアクセスを失わないため、関税、規制、投資条件などについて譲歩する可能性がある。

2026年の米国も、複数国との相互貿易協定や投資協定を進めている。

したがって、関税を常に経済的に無意味な政策と断定することはできない。

しかし、交渉手段として有効であるためには、目的が明確でなければならない。

何を改善すれば関税を撤廃するのか、相手国がどの条件を満たせば合意となるのかが示されなければ、関税は交渉手段ではなく、恒久的な障壁となる。

また、関税を頻繁に発動・変更すれば、企業は将来の税率を予測できず、設備投資や調達先の決定を遅らせる。

政策の不確実性そのものが、経済活動を抑える可能性がある。

17.自由貿易と無防備な依存は同じではない

保護主義への批判は、すべての物資を外国から最安値で輸入すべきだという意味ではない。

自由貿易と無防備な海外依存は別の問題である。

食料、エネルギー、医薬品、半導体、通信設備、重要鉱物などは、供給停止時の社会的損失が大きい。

これらについては、国内生産、複数国からの調達、備蓄、代替技術、再利用などを組み合わせる必要がある。

ただし、国内自給率を100%にすれば安全になるとも限らない。

国内災害、不作、設備事故、労働力不足が起きれば、国内生産だけに依存することも危険である。

重要なのは、自給か輸入かの二者択一ではなく、調達先と生産拠点を分散することである。

18.日本にとっての危険

日本は、資源、エネルギー、食料、原材料の多くを海外から調達し、自動車、機械、電子部品、化学製品などを輸出する経済構造を持つ。

そのため、世界的な保護主義の拡大は、輸出市場の縮小と輸入費用の上昇を同時に引き起こす可能性がある。

日本政府は、WTOを中心とする多角的貿易体制を通商政策の柱としながら、CPTPP(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership・環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership・地域的な包括的経済連携)などの経済連携協定も進めてきた。

外務省の資料によると、日本の貿易総額に占めるEPA(Economic Partnership Agreement・経済連携協定)およびFTA(Free Trade Agreement・自由貿易協定)の相手国・地域の比率は、2023年の対日貿易政策検討時点で約8割とされていた。

これは、世界全体の自由貿易体制が弱まるなかで、一定の国々との安定した貿易ルールを確保する政策である。

ただし、日本も保護主義を批判するだけでは不十分である。

国内農業、エネルギー、重要産業をどの程度守るのか、消費者負担をどう評価するのか、非効率な保護をどのように縮小するのかを説明する必要がある。

19.地域経済への影響

関税や貿易摩擦は、国家間の問題に見えるが、影響は地域経済へ及ぶ。

輸出企業の工場がある地域では、相手国の関税によって生産と雇用が減る可能性がある。

輸入原材料を使う中小企業では、仕入れ価格が上昇する。

農産物への報復関税が行われれば、農村地域の所得に影響する。

港湾、物流、倉庫、運送業も、輸出入量の変化による影響を受ける。

一方、輸入品との競争が弱まることで、国内の一部地域では生産が回復する可能性もある。

重要なのは、国全体の貿易収支だけで判断しないことである。

どの地域、どの業種、どの所得階層が利益を得て、誰が費用を負担するのかを確認しなければならない。

20.危険な保護主義を見分ける基準

保護政策のすべてが危険なのではない。

危険性が高いのは、次の条件が重なる場合である。

対象が広すぎる

安全保障上重要な品目に限定せず、ほとんどすべての輸入品へ関税を課す場合、国内の物価と生産費への影響が大きくなる。

目的が変化する

雇用保護、貿易赤字、安全保障、税収、外交交渉など、政策目的が次々に変われば、終了条件が不明確になる。

期限がない

一定期間で競争力を向上させる制度ではなく、恒久的な保護になれば、企業の改革を妨げる。

効果測定がない

雇用、生産性、価格、輸出、川下産業への影響を検証せず、保護対象企業の生産増加だけを成果とする。

報復を想定しない

相手国が何もせず、自国だけが利益を得ることを前提にしている。

政治的な忠誠心を求める

政策の費用を指摘する者を、国益に反する存在として排除する。

国際ルールを軽視する

自国だけが例外的な措置を取り続ければ、他国も同じ行動を正当化し、共通ルールが崩れる。

21.現実的な産業保護の条件

国内産業を保護する場合には、少なくとも次の条件が必要である。

第一に、保護の目的を明確にする。

国家安全保障、供給網の分散、幼稚産業育成、雇用調整、不公正貿易への対抗など、目的を区別しなければならない。

第二に、対象を限定する。

すべての産業を保護するのではなく、供給途絶時の損失、技術的重要性、代替可能性を基準に選ぶ。

第三に、期限を設ける。

一定期間後に、保護の継続、縮小、廃止を検証する。

第四に、成果指標を定める。

生産量だけでなく、生産性、研究開発、価格、輸出能力、雇用、供給安定性を測る。

第五に、消費者と川下産業への費用を公開する。

保護対象だけを見ず、経済全体の負担を示す。

第六に、国際協調を優先する。

不公正な補助金や強制労働などは、一国の関税だけでなく、複数国の共同ルールで対応した方が正当性と効果を高めやすい。

22.歴史が示す最も危険な兆候

過去200年を振り返ると、最も危険なのは、関税の高さだけではない。

危険な兆候は、国内の複雑な問題を外国の責任だけで説明することである。

工場閉鎖には、輸入競争だけでなく、技術変化、経営判断、国内需要、為替、設備投資、教育、人材不足などが関係する。

賃金停滞や地域衰退も、貿易だけでは説明できない。

それにもかかわらず、外国製品や外国人を原因として示せば、政治的には理解されやすい。

関税は、政府が何かをしていることを示す象徴的な政策になる。

しかし、原因の分析が誤っていれば、関税を課しても問題は解決しない。

輸入品価格が上がり、相手国の報復を招き、国内企業の生産費が増えた後も、技術力、教育、設備、人材、地域格差の問題は残る。

結論~保護すべきものは産業だけではない

保護主義には、国内産業、雇用、安全保障を守るという理解しやすい目的がある。

不公正な補助金、強制労働、過剰生産、経済的威圧、重要物資の供給途絶に対して、何の対策も取らないことが正しいとはいえない。

一方、過去200年の歴史は、広範で恒久的な保護政策が、価格上昇、企業の非効率化、報復措置、輸出市場の縮小、国際関係の悪化をもたらし得ることを示している。

スムート・ホーリー関税法は、世界恐慌を単独で引き起こしたわけではない。しかし、自国産業を守るはずの政策が相手国の報復を招き、国際協力を弱め、危機をさらに深刻化させた歴史的事例である。

令和の現在と1930年代は同じではない。

しかし、自国だけが関税によって利益を得られると考えること、相手国の反応を軽視すること、国内問題を外国の責任に単純化すること、政策の期限と検証を設けないことには、共通する危険がある。

自由貿易を守ることは、国内産業を放置することではない。

必要なのは、供給網を分散し、重要産業を限定的に支援し、損失を受ける労働者と地域を支え、不公正な競争には国際ルールで対処することである。

保護すべきものは、特定企業の現在の利益だけではない。

国民の生活、産業の将来の競争力、地域雇用、外交関係、そして予測可能な国際秩序を同時に守る必要がある。

保護主義の影が濃くなる時代だからこそ、関税を支持するか反対するかという単純な二者択一ではなく、誰を、何から、どの費用で、いつまで守るのかを問い続けなければならない。