町役場が道路を直す。学校の空調設備を更新する。庁舎の清掃を委託し、公用車を購入し、給食の食材を調達する。自治体が何かを買うたび、住民から集められた税金などの公的資金は企業の売上へと姿を変えるが、その契約書に地元企業の名前が記されていれば、私たちはどこか安心する。「どうせ税金を使うのなら、地元に落とした方がいい」という感覚は分かりやすく、地域振興という言葉ともよくなじむ。
実際、町外の大企業が公共工事を受注し、資材も作業員も地域外から持ち込み、工事が終わると利益まで町の外へ出ていくように見えれば、「これでは地域経済のためにならない」と感じるのは自然である。それなら、多少価格が高くても地元企業へ仕事を回し、従業員の給与や企業利益を地域に残した方がよいのではないか。給与を受け取った住民が町内の商店で買い物をすれば、その支出が別の企業の売上となり、地域の中で経済活動が広がる可能性もある。
ところが、公共調達を地域経済の側から考え始めると、この一見単純な話は急に複雑になる。なぜなら、自治体にとっての「得」、地元企業にとっての「得」、住民全体にとっての「得」は必ずしも一致せず、しかも地元企業への発注額そのものと、地域経済に実際に残る所得も同じではないからである。さらに、安い契約が常に良い契約とは限らず、地元企業を優先することが常に地域経済を強くするとも限らない。
「地元に一億円落ちた」という言葉の危うさ
そもそも「地元企業」とは何を意味するのだろう。本社が町内にある企業なのか、営業所があれば地元企業なのか、従業員の多くが町民なら地元企業なのか、それとも町内企業から多くの商品や資材を購入している企業なのか。この定義を変えるだけでも、地域経済に残る所得の推計は大きく変わる。企業の登記上の所在地と、実際に経済活動が行われる場所は必ずしも一致しない。
たとえば町内に本社を置く建設会社が一億円の工事を受注したとしても、その一億円すべてが町内の所得になるわけではない。鋼材やコンクリートを町外から購入し、重機を町外企業から借り、専門工事を他地域の会社へ再発注すれば、その支出は地域外の企業の売上になる。一方で町外企業が受注した場合でも、町民を雇用し、地元事業者から資材を購入し、町内企業へ下請工事を発注するなら、地域内にも経済的な便益が生じる。
経済学的に重要なのは、契約書に記された企業の住所だけではなく、その支出によって地域内にどれだけの付加価値が生み出され、誰に所得が帰属したかということである。付加価値とは、企業などの生産活動によって新たに生み出された価値であり、売上高から原材料などの中間投入を差し引いたものに相当する。企業が一億円を受注しても、その金額のすべてが付加価値になるわけではない。
さらに、地域内で生み出された付加価値と、地域住民が受け取る所得も区別しなければならない。町内の事業所で働く町外居住者の給与は、町内での生産活動から生まれた所得であっても、居住地で消費される可能性がある。反対に町民が町外の企業で働いて得た給与は、町内で生産された付加価値ではないが、町民の生活を支える所得になる。企業利益についても、所有者がどこに居住し、利益をどこへ再投資するかによって地域への影響は変わってくる。
したがって、「地元企業への発注額が増えた」という数字だけでは、地域振興政策の成功を証明することはできない。簡単に測れるのは受注額だが、本当に知りたいのは、その発注によってどれだけの付加価値と住民所得が新たに生まれ、地域の雇用や企業活動がどの程度改善したかなのである。
地域内でお金が循環すれば必ず豊かになるのか
地域経済を説明するとき、「お金を地域内で何度も循環させることが重要だ」と言われることがある。この考え方には一定の根拠がある。地域内で受け取った所得が消費や投資に使われれば、別の企業への需要が発生し、その企業の生産活動を通じて新しい所得が生まれる可能性があるためである。
しかし、同じお金が何度も支払われたからといって、その取引金額をすべて新しく生まれた所得として足し合わせることはできない。商品を百万円で仕入れて百十万円で販売した場合、百十万円の売上全体を新しい付加価値とすることはできず、仕入れなどに要した費用を区別する必要がある。取引額の累計と地域経済の純粋な所得増加は異なるのである。
また、公共工事によって地域企業の売上が増えても、それまで民間工事を担当していた従業員や設備を公共工事へ移しただけなら、地域全体の生産が同じ割合で増えたとは限らない。公共工事の受注が増えた一方で民間住宅の修繕工事が遅れ、別の企業の売上が減少するような場合には、その影響も考慮しなければならない。
とりわけ人手不足が深刻な地域では、仕事を増やすことと、生産能力を増やすことは同じではない。働ける人が十分に存在する地域と、すでに人材が不足している地域では、同じ公共調達政策でも経済効果が異なる。地域経済を評価する際には、発注先が変わったことで移転した所得と、地域全体で新たに生み出された所得を区別する必要がある。
一億円の工事を一億一千万円で発注する意味
地元企業優先について、もう一つ避けて通れない問題が価格である。ただし、地元企業だから必ず価格が高いわけではない。移動費や輸送費を抑えられ、地域事情にも詳しい企業が、町外企業より安く適切な工事を行える場合もある。問題になるのは、所在地などによって競争相手を過度に絞り込み、十分な競争が働かなくなった場合である。
仮に同じ品質と履行条件の工事について、広域的に競争すれば一億円で契約できるところを、地元企業を優先した結果、一億一千万円になったとしよう。この一千万円には、地域内の雇用や企業利益を支える効果があるかもしれない。しかし、その一千万円を追加で支払うことには、他の事業へ使える財源が減るという機会費用が伴う。
ここで比較すべきなのは、「地元企業へ一億一千万円を払った場合」と「より安い企業へ一億円を払い、残った一千万円を別の行政目的へ活用できた場合」である。前者では地域企業に所得が残る可能性があるが、後者でも別の道路補修、学校設備、福祉、防災、子育て支援などを通じて、住民の生活水準を改善できる可能性がある。片方の経済効果だけを見て優劣を判断することはできない。
ただし、自治体の公共工事の財源は、町税や市税だけとは限らない。国庫支出金、県支出金、地方交付税、地方債など、複数の財源が組み合わされることがある。国や県の補助金には使途や交付条件があるため、契約価格が下がっても、その差額を別の行政サービスへ自由に振り替えられるとは限らない。また、地方債を利用していれば将来年度の財政負担も関係する。
したがって、追加の一千万円をすべて当該自治体の住民が直接負担すると考えるのも正確ではない。自治体の実質負担額、財源の使途制約、将来の償還負担、契約によって得られる便益を分けて考えなければならない。
仮に地元企業への発注によって町内に帰属する付加価値が三千万円多くなると推計されたとしても、それだけで一千万円高い契約が合理的だとは結論づけられない。三千万円のうち政策によって本当に純増した部分がどれだけあるか、別の経済活動から移転した部分がないか、失われる行政サービスの価値はいくらかを比較する必要があるからである。
これは経済学でいう機会費用と費用便益分析の問題である。地域内の所得増加、住民が受ける公共サービス、長期的な維持管理能力などの便益と、それらを得るための追加的な費用や失われる代替機会を比較しなければならない。しかも、同じ経済効果を複数の項目へ重複して計上しないことが重要になる。
最安値を追求することも正解とは限らない
もっとも、公共調達の効率性を考える際に、契約価格だけを比較するのも不十分である。公共工事では、最初の施工費が安くても耐久性が低く、短期間で再施工が必要になれば長期的な費用は増える。設備についても、購入価格が安い一方で、維持管理費、電気料金、故障時の修理費が高ければ、結果として割高になることがある。
さらに、労務費や資材価格が上昇している状況で、受注企業に過度の値下げを求めれば、従業員の賃金、適正な施工体制、安全管理などへ悪影響が及ぶ可能性がある。価格の安さが高い生産性から生まれているのか、それとも必要な費用を十分に確保していないためなのかは、区別しなければならない。
日本の公共工事制度でも、品質の確保や将来の担い手の育成が重視されている。2024年に改正された公共工事の品質確保の促進に関する法律は、経済性に配慮しつつ価格以外の要素も考慮すること、地域の実情に応じた契約方法を選択すること、地域における公共工事の担い手を中長期的に確保することなどを重視している。
公共調達で本当に求められているのは、目先の最低価格ではなく、必要な品質、安全性、維持管理、供給の安定性を含めて、住民が長期的に受け取る価値を高めることである。その意味では、高い価格がすべて非効率というわけでもなく、安い価格がすべて効率的というわけでもない。
地元企業が存在すること自体に価値がある仕事
公共調達には、通常の価格比較だけでは測れない価値がある。道路、水道、除雪、設備修繕、災害復旧などでは、自治体の近くに事業者が存在し、必要な人員や設備を確保していること自体が公共サービスを支える能力になっている場合がある。
平常時なら数十万円安い町外企業へ発注できても、台風で道路が寸断された翌朝に重機を動かし、倒木や土砂を撤去できるのは地域の建設会社かもしれない。深夜に水道管が破裂したとき、短時間で現場に駆けつけられる設備会社が近くに存在することにも価値がある。こうした緊急対応能力は、平常時の契約価格だけでは十分に評価できない。
重要なのは、その企業の存在が将来の被害をどの程度軽減できるかということである。災害発生時に道路の通行止めを早期に解消できれば、救急搬送、物流、通勤、住民生活への被害を抑えられる可能性がある。水道設備の復旧が早まれば、断水に伴う生活や事業活動への影響を小さくできる。こうした便益は平常時には目立たなくても、非常時には大きな価値を持ち得る。
日本の建設業が災害時の「地域の守り手」として政策上位置づけられていることにも、このような背景がある。公共工事の評価においても、工事の性質に応じて地域精通度、災害協定、地域貢献、維持管理能力などが考慮される場合があり、地域企業の存在そのものに公共的価値を認める考え方は、単なる感情論ではない。
ただし、すべての地元企業を無条件に保護する理由にはならない。地域の防災や維持管理に必要な人員、設備、技術、対応時間などを具体的に確認し、必要な供給能力をどのような方法で維持するのが効率的かを検討する必要がある。地域企業への継続的な発注だけでなく、複数企業による共同受注、近隣自治体との協力、災害協定、広域的な設備・人員の確保なども選択肢となる。
長い時間をかけて形成された技術者、設備、取引網、地域事情への知識、緊急時の連絡体制などを、一度失った後で短期間に再構築することは容易ではない。しかし、その維持に必要な費用がどれほどで、別の方法によって同じ能力を確保できないのかまで検証して初めて、公共的な支援の合理性を判断できる。
地元企業の優先は法律で禁止されているのか
ここで、経済的な合理性とは別に、日本の公共調達制度を確認しておきたい。地元企業の優先は、公平性や競争性に反するため、一律に禁止されていると考える人もいるかもしれない。しかし、実際の法制度はそれほど単純ではない。
地方自治法施行令第167条の5の2は、一般競争入札について、契約の性質または目的により、入札を適正かつ合理的に行うため特に必要があると認められる場合には、事業所の所在地や工事経験、技術的適性などに関する入札参加資格を設定できることを定めている。つまり、一定の条件のもとで所在地による参加資格を設けること自体は、法令上認められている。
したがって、「町内企業に限定することは法律違反だ」と一律に断定するのは正確ではない。一方で、所在地要件を設定できるからといって、あらゆる契約で自由に地元企業だけを参加させてよいわけでもない。契約の目的や性質に照らして、なぜその地域要件が必要なのか、競争をどの程度制限するのか、合理的な理由を説明できることが重要になる。
また、公共調達には国際的な政府調達に関する協定が適用される場合もある。ただし、日本における同協定の対象となる地方政府機関は、基本的に都道府県と政令指定都市であり、御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町のような一般の市町村を同じ条件で扱うことはできない。もっとも、国際協定の対象外であっても、地方自治法や同施行令、各自治体の契約規則などを守る必要がある。
制度上の適法性と、経済政策としての望ましさは別の問題である。法令に従った地域要件であっても、過度に競争を狭めれば契約価格が上昇する可能性がある。反対に、地域経済への便益が期待できても、その目的だけで法令上の条件を無視した優遇を行うことはできない。
公共調達を地域振興に活用するのであれば、地域要件を設ける理由、参加資格の設定方法、評価基準、契約の履行に必要な能力などを客観的に説明できる制度設計が必要なのである。
「中小企業を参加させること」と「地元企業を勝たせること」は違う
公共調達で中小企業が参加しやすくする政策と、地元企業を無条件に優先する政策は、似ているようで経済的な意味が異なる。
公共調達の契約規模が過大であれば、資金力や人員の限られた中小企業は最初から入札できない。過剰な売上高要件、大規模な過去実績の要求、複雑な事務手続、資金繰りを圧迫する支払条件なども、事実上の参入障壁となる。そのため、業務の一体性や効率性を損なわない範囲で契約を合理的な単位に分け、必要以上の参加条件を見直すことには意味がある。
この場合、目的は競争者を減らすことではなく、競争に参加できる企業を増やすことである。それに対して、所在地だけを理由として参加資格を過度に限定すれば、競争者が減少する可能性がある。地域企業支援という同じ看板を掲げていても、「競争に入れる企業を増やす政策」と「競争から外す企業を増やす政策」では、期待される効果が異なる。
もっとも、日本の中小企業政策は、単に入札参加者を増やして価格を引き下げることだけを目的としているわけではない。官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律に基づき、国は毎年度、中小企業者に関する契約の基本方針を定めている。2026年度の基本方針では、国等全体の中小企業・小規模事業者向け契約目標を61%、新規中小企業者向け契約目標を3%以上とするとともに、適正な価格転嫁、取引の適正化、過度の低価格受注の防止、品質や機能の適切な評価などを重視している。
これらは国等全体について設定された目標であり、個々の市町村が同じ受注割合を達成しなければならないという意味ではない。地方公共団体には、国の施策に準じて必要な施策を講ずるよう努めることが求められている。
重要なのは、中小企業の受注機会を確保しながら、適正な価格と品質、公正な競争を両立させることである。企業の規模が小さいことや所在地が近いことだけで評価を終わらせず、実際に必要な公共サービスを安定的に提供できるかという視点が欠かせない。
「守ること」がいつの間にか目的になる危険
地域企業を維持することに価値があるとしても、その論理をどこまでも広げてよいわけではない。地元企業優先が長期間固定されれば、公共調達市場そのものが閉じた市場になる可能性があるからである。
毎年ほぼ同じ企業だけが入札に参加し、発注者と受注者の関係が固定化し、新規企業が入りにくい状態が続けば、競争から生まれる改善の圧力は弱くなり得る。公共工事の入札を対象とした日本の研究でも、入札参加者数が増えるほど落札率が低くなる関係が報告されており、競争参加者の確保が契約価格に影響することには理論的、実証的な根拠がある。
ただし、入札者が増えれば必ず同じ割合で価格が下がると考えることはできない。工事の種類、施工条件、企業の費用構造、最低制限価格制度、低入札価格調査制度などによって結果は異なる。また、研究で観察された入札者数と落札率の関係が、そのまま入札者数を増やしたことによる因果効果を意味するとも限らない。
落札率の扱いにも注意が必要である。一般に落札率は、落札価格を予定価格で割って算出するが、予定価格の積算方法、資材価格、労務費、制度変更などによって変動する。落札率が上がったという事実だけで、競争が弱まった、談合が行われた、税金が無駄に使われたと結論づけることはできない。
それでも、毎年同じ企業しか参加せず、新規参入がほとんど起こらず、競争環境を検証する仕組みも存在しないのであれば、制度を見直す理由にはなる。特定企業が恒常的に保護される市場では、価格低減、生産性向上、新技術導入への圧力が弱まる可能性があり、長期的な産業競争力にも影響しかねない。
地元企業を育てるための制度が、結果として公共需要への過度な依存を生み出せば、政策の目的と結果は逆転する。役所から仕事を受けることには強くても、民間企業や他地域から仕事を獲得する競争力が十分に育っていないのであれば、それを地域産業の強化と評価できるかは疑問である。
公共調達に地域振興をどこまで背負わせるのか
さらに根本的な疑問がある。公共調達は、そもそもどこまで地域振興政策を担うべきなのだろう。
道路工事を発注する第一の目的は、地元建設会社の売上を増やすことではなく、安全で必要な道路を適切な費用で整備することである。学校給食を調達する目的は食品会社を支援することではなく、安全で安定した食事を子どもへ提供することであり、行政システムを導入する目的も、情報技術企業を育成することではなく、行政サービスを改善することである。
公共調達に地域雇用、環境、福祉、企業育成、防災、脱炭素などの政策目標を加えることには意味がある。しかし、目的を増やしすぎれば、調達の本来目的である品質、価格、必要性を客観的に評価しにくくなり、事業ごとの成果や責任の所在も不明確になりかねない。
特定の産業を振興したいのであれば、公共調達だけでなく、技術支援、人材育成、設備投資支援、企業間連携、販路開拓支援などの政策を比較する必要がある。地元企業への高価格発注によって間接的に支援する方法と、目的を明確にした産業支援策では、行政の費用と効果が異なる可能性がある。
公共調達は地域振興の手段の一つではあるが、すべての地域経済問題を解決するための制度ではない。何を公共調達で達成し、何を別の政策によって実現するのかを整理することが、限られた財源を有効に使うためには重要である。
地元企業だから評価するのか、地域に価値を残すから評価するのか
ここまで考えると、「地元企業だから無条件に加点する」という考え方より、「その企業が契約の履行を通じて地域にもたらす実質的な価値を評価する」という発想の方が、経済的には合理的に見えてくる。
たとえば緊急時に短時間で出動できる体制、必要な資材や設備の確保、継続的な維持管理能力、地域事情に関する知識などが契約の目的と直接関係する場合には、それらを適切に評価する余地がある。地域住民の雇用や地域内下請企業との取引についても、制度上認められる範囲で、調達目的との関係や実際の効果を検証することが重要になる。
ただし、地域雇用や地域内取引が増えれば必ず公共サービスの価値が高まるわけではない。また、町内に本社があるという形式だけでは、緊急対応能力や施工技術を保証できない。評価するのであれば、出動体制、必要な技能資格、過去の履行実績、設備の保有状況など、客観的に確認できる条件を重視すべきである。
発注者が自由に評価項目や加点基準を設定できるわけでもない。契約の種類、発注方式、関係法令、自治体の契約規則などを踏まえ、必要性と合理性のある条件を定めなければならない。透明性の低い評価や、事実上特定企業しか満たせない不合理な条件を設ければ、公正な競争を損なう可能性がある。
地域貢献を評価する場合にも、単に「地域のためになる」という抽象的な説明ではなく、契約の履行や公共サービスの質にどのような効果があるのかを説明できることが重要である。
行政境界と地域経済の境界は同じではない
もう一つ、「地元」という言葉そのものを考え直す必要がある。経済活動は市町村境界で止まっていないからである。
住民は隣町のスーパーで買い物をし、隣市の病院へ通い、別の自治体にある会社へ勤務する。企業も同じで、仕入れ先、従業員、顧客、下請会社は複数の自治体にまたがっている。特に人口規模の小さい自治体では、建設、医療、物流、設備保守、情報技術などの産業を町内だけで完結させることは現実的ではない。
たとえば、御宿町、いすみ市、勝浦市、大多喜町のように、通勤、買い物、医療、企業取引などが自治体境界を越えて行われる地域では、一つの町内だけを経済圏として扱うことが適切とは限らない。町外企業であっても町民を多数雇用している場合があり、町内企業であっても従業員や仕入れ先の多くが町外にある場合も考えられる。
地域経済への影響を測るのであれば、市町村単位の効果に加え、近隣自治体を含めた経済圏での効果も確認する価値がある。ただし、広域経済圏にとって利益があることと、一つの自治体の住民にとって利益があることも同一ではない。公共調達を行う自治体には、まず自らの住民への説明責任があり、広域的な効果を評価する場合には、その利益と負担が自治体間でどのように分配されるのかも考慮する必要がある。
町内企業か町外企業かという二分法だけでは、実際の経済活動を十分に捉えられない。地域政策として公共調達を利用するのであれば、「地元企業とは誰か」という問いに加えて、「どの範囲を地域経済として評価し、誰の利益を政策目的とするのか」という問いも必要になる。
本当に測るべきものは「地元企業受注率」ではない
自治体が地域企業支援の成果を示すとき、「地元企業への発注率」は分かりやすい数字である。しかし、分かりやすい数字が必ずしも政策の成果を適切に表すとは限らない。
仮に地元企業受注率が五十%から八十%へ上昇しても、入札参加企業が減り、新規参入がなくなり、毎年ほぼ同じ企業が受注するようになったのであれば、その政策を成功と呼べるかは疑わしい。ただし、落札率や契約価格が上がった場合には、資材価格や賃金の上昇、予定価格の積算方法、契約内容の変化なども確認しなければならず、数値の変化だけで競争低下を断定することはできない。
反対に地元企業受注率がそれほど高くなくても、地域企業が公共調達を通じて技術や実績を蓄積し、他の自治体や民間市場から仕事を獲得するようになり、地域住民の雇用や所得を増やしているなら、産業政策としてはこちらの方が健全な成果を上げている可能性がある。
本当に評価するのであれば、地元企業受注率だけではなく、入札参加企業数、新規参入数、契約価格、工事の品質、維持管理費、地域住民の雇用、地域内仕入れ、地域内下請、災害対応実績、受注企業の公共部門依存度、生産性、町外市場での売上などを長期的に確認する必要がある。こうした指標は、それぞれ異なる政策上の成果や問題を示すため、一つの数字だけを取り出して総合評価に置き換えることはできない。
さらに、価格や受注率を比較する場合には、工事の内容、規模、難易度、資材価格、労務費、契約方式などの違いを調整する必要がある。道路工事と庁舎清掃を同じ条件で比較することはできず、同じ道路工事でも施工条件や必要な技術が異なれば、契約価格に差が生じるのは当然だからである。
科学的に厳密な政策評価を行うなら、政策を実施しなかった場合に何が起きていたかという反実仮想を考える必要がある。たとえば、地元企業優先政策を導入した自治体と、導入していない類似自治体について、政策実施前後の雇用、所得、契約価格などの変化を比較する方法がある。
もっとも、似た自治体を比較するだけで政策の因果効果が明らかになるわけではない。政策導入前の経済動向が比較可能であったか、同じ時期に別の施策が実施されていないか、大規模工事が偶然集中していないかなども検証しなければならない。小規模自治体では年間の発注件数が少なく、一件の大型工事が集計結果を大きく左右する場合もあるため、複数年のデータを使った慎重な分析が必要になる。
地域企業の売上が増えたという事実だけでは、その増加が地元企業優先政策によるものなのか、公共事業費の増加、資材価格の上昇、景気変動など別の要因によるものなのかは分からない。政策の成果を説明するには、結果を示すだけでなく、なぜその結果が生じたのかを検証することが求められる。
地元優先か最安値かという二択から離れる
公共調達の議論は、「税金なのだから一円でも安くするべきだ」という考えと、「地域経済のために地元企業を優先するべきだ」という考えに分かれやすい。しかし、どちらも単独では十分ではない。
最安値だけを追えば、品質、適正な労務費、維持管理、緊急対応力、将来の地域供給能力を失う可能性がある。一方で地元企業だけに閉じた市場をつくれば、競争参加者が減少し、価格やサービス改善への圧力が弱まる可能性がある。どちらの危険も、公共調達によって住民が得られる利益を小さくしかねない。
現実的なのは、契約の目的に応じて制度を設計することである。競争を広げることが適切な物品購入や一般的な業務委託では、過剰な参加資格を見直し、事業者が参加しやすい条件を整える。一方で、災害復旧、緊急修繕、継続的な維持管理など、地域での即応能力が重要な契約では、法令に従って必要な対応体制や技術的能力を評価する。
その際、地域企業がどのような役割を果たすべきかを具体的に整理し、必要な能力を確保するための費用を検証することが重要になる。競争によって価格と品質を改善しながら、非常時に必要な供給能力を維持できる制度を目指すべきである。
地元企業を「競争から守る」のではなく、「競争に参加できるようにする」という考え方は、地域産業政策の重要な原則となる。ただし、人口減少地域で維持が必要なインフラ関連業務などには、競争環境の整備だけでは十分な供給能力を確保できない場合もある。そのような業務では、必要性を明確にした上で、継続的な契約や広域的な連携も含めた供給体制を検討する必要がある。
重要なのは、競争を増やすこと自体でも、地元企業の受注率を上げること自体でもない。住民に必要な公共サービスを、将来にわたって安定的かつ合理的な費用で提供できる仕組みをつくることである。
公共調達は十年後の地域に何を残すのか
一件の公共工事だけを見れば、それは道路を直したり、建物を建てたりする契約にすぎない。しかし、毎年繰り返される公共調達を十年、二十年という時間で眺めれば、その選択によって地域の企業構造そのものが少しずつ形づくられていく。
誰へ仕事を発注するかによって企業が残り、技術者が育ち、設備が維持され、雇用が生まれることがある。一方で、その企業を維持するために自治体が高い費用を払い続ければ、他の公共サービスへ回せる財源が減る可能性もある。さらに、公共工事に必要な人材を集めることで、地域の民間事業に人手不足が生じるなら、地域経済全体への影響は単純ではない。
そのため、「地元企業への公共調達は地域経済に得なのか」という問いに、全国共通の一つの答えはない。地域内に残る追加的な所得が大きく、雇用を生み、災害対応や維持管理能力を支え、価格差も合理的な範囲に収まるのであれば、地元企業への発注には十分な合理性がある。しかし、所在地だけを理由に競争を過度に狭め、価格差が大きく、同じ企業だけが受注し続け、企業自身の競争力も育っていないのであれば、その制度は地域経済を支えているというより、公共支出への依存を固定している可能性がある。
反対に、公共調達に依存する企業が存在するからといって、それだけで地域経済が弱いと断定することもできない。人口が少なく民間需要が限られる地域では、道路や水道などの公共インフラを維持する事業者にとって、公共需要が事業継続の重要な基盤となる場合がある。そのような企業については、民間市場での競争力だけでなく、地域住民の生活を支える公共的な供給能力をどれだけ維持しているかも評価しなければならない。
結局、見るべきなのは「地元企業への発注率」という一つの数字ではない。その政策によって地域内にどれだけの所得と雇用が追加的に生まれ、企業の技術と競争力がどれだけ育ち、災害時や人口減少時の供給能力がどれだけ維持され、そのために住民と行政がどれだけの費用や機会費用を負担したのかという全体の収支である。
地域経済を守るという言葉は分かりやすい。しかし、本当に重要なのは、企業を無条件に守ることではなく、地域に必要な仕事を将来も担える能力を維持しながら、企業が生産性を高め、可能な分野では外部市場とも取引できる経済構造を育てることではないだろうか。
公共調達をそのための入口として利用することはできる。ただし、すべての企業を公共需要によって支え続けることを政策の最終目的にしてはいけない。公共需要によって維持すべき能力と、民間市場での競争によって育てるべき能力を区別し、それぞれに適した政策を選択する必要がある。
公共調達で本当に問われているのは、「税金を地元に落としたか」ではない。その一円によって、十年後の地域にどれだけの所得、技術、競争力、そして非常時にも機能する供給能力を残せたのかである。地元企業を優先することが地域経済に得なのかどうかも、最終的には、その長期的な成果と費用を比較することによって判断されるべきなのである。

