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扉を開いた制度が、いつしか扉になった~記者クラブは日本の政治報道に何をもたらし、何を失わせたのか

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政治ニュースはどこで生まれているのか

 朝の霞が関では、まだ多くの人が職場へ向かっている時間から記者たちが官庁の廊下を歩き、大臣が何を語ったのか、官僚の説明は昨日とどこが変わったのか、政府の方針にわずかな修正が加えられていないかを追い続けている。そこで拾われた言葉は、数時間後には新聞の記事となり、テレビのニュースとなり、インターネットを通じて私たちの手元へ届くが、その「政治ニュース」がどのような場所で生産され、記者と政治家や官僚がどのような距離を保ちながら作られているのかを意識する機会は、それほど多くない。日本の政治報道を考えるとき、その舞台裏に百年以上存在してきた仕組みがある。記者クラブである。

記者クラブは「権力の道具」として生まれたわけではない

 記者クラブという言葉には、しばしば閉鎖性や横並び報道という批判的な印象がつきまとうが、その出発点は少し違う。日本新聞協会が示している沿革によれば、起源は1890年、帝国議会が開会した際、議会を取材しようとした新聞記者たちが傍聴取材を求めて結成した「議会出入り記者団」にさかのぼる。当時の政治情報は現在以上に政府や官庁の内部に閉じ込められており、個々の新聞社が別々に取材を求めるより、記者たちが集団となって情報公開を要求する方が力を持った。少なくともその原型を見る限り、記者クラブは権力が記者を管理するために一方的につくった制度ではなく、むしろ閉ざされた権力の扉を記者側から開こうとした運動の中から生まれたのである。

 もっとも、一つの制度は誕生した瞬間の理念のまま百年以上存在し続けるわけではない。記者クラブも戦時下の報道統制を経験し、敗戦後には親睦団体として位置付けられ、その後も社会環境と報道制度の変化に合わせて役割を変えてきた。したがって、1890年の成立事情を根拠として現在の記者クラブまで無条件に「権力から情報を引き出す制度」と評価することも、逆に現在指摘されている閉鎖性から歴史全体をさかのぼって「権力が報道を管理するためにつくった制度」と説明することも正確ではない。記者クラブを理解するには、理想から始まった制度が長い時間の中でどのように政治権力、行政機構、大手メディアとの関係を組み替えてきたのかを見る必要がある。

記者クラブがもたらした「継続して見る力」

 この仕組みが日本の政治報道にもたらしたものとして、まず無視できないのは継続的な取材環境である。政治は選挙や政変のときだけ動くのではなく、予算編成、法案作成、省庁間調整、与野党協議、人事、外交交渉といった小さな変化を毎日のように積み重ねながら進んでいく。官房長官の定例会見が原則として平日に午前と午後の二回開かれていることに象徴されるように、政治報道とは一度の会見で真相を聞き出す仕事というより、昨日の発言と今日の発言のわずかな差を追い続ける仕事でもある。その意味で、記者を行政機関の近くに置き、継続して資料や説明に接触させる仕組みは、速報性を高め、公式情報を継続的に確認し、政治過程の変化を記録するための実務的な基盤として機能してきた。

 ここで注意したいのは、記者クラブがあるから報道が「正確になる」と単純に断定することはできないという点である。記者クラブの存在する取材現場と存在しない取材現場を比較し、誤報率や訂正率がどれほど違うのかを厳密に測定した実験が十分に蓄積されているわけではないからだ。しかし、行政側の説明を継続して受け、同じ問題を担当する複数の記者が資料や発言内容を照合できる環境が、公式情報の確認可能性を高める方向に働くという説明には合理性がある。つまり、ここで実証的に強く言えるのは「記者クラブが真実を保証する」ということではなく、「政治や行政を継続的に観察するための安定した取材経路を提供してきた」というところまでなのである。

権力に近づくほど、権力から離れにくくなる

 しかし、まさにその長所の中に記者クラブの難しさが潜んでいる。権力の近くに記者を置けば情報は入りやすくなるが、明日も明後日も同じ政治家や官僚から情報を得なければならない記者にとって、取材対象は監視すべき相手であると同時に仕事を成立させる重要な情報源にもなる。ここに政治取材特有の矛盾が生まれる。政治家から離れ過ぎれば内部で何が起きているのか分からず、近づき過ぎれば相手の世界観や問題設定を無意識のうちに共有する可能性が高まるのであり、これは個々の記者の倫理性だけに還元できる問題ではなく、継続的に情報源へ依存する取材という仕事そのものに内在する構造なのである。

 政治家と記者の関係を考えると、この構造はさらによく見える。政治家には自らの政策や意図を社会に伝えてほしいという動機があり、記者には他社より早く政治の内部情報を知りたいという動機があるため、両者は対立するだけでなく互いを必要とする。政治家が情報を渡し、記者がそれを社会へ伝え、記者はその関係を通じて次の情報へ近づく。この交換関係そのものが不正であるわけではなく、政治報道を成立させるために必要な側面もあるが、情報へのアクセスそのものが記者にとって希少な資源になるほど、取材対象との関係を失うことのコストも大きくなる。記者クラブが生み出した「近さ」は、情報量を増やす利点と、情報源から自由でいることを難しくする危険を同時に抱えているのである。

記者会見は本当に「閉鎖空間」なのか

 ただし、現在の記者会見が一律に「記者クラブ会員しか参加できない閉鎖空間」であるかのように描くことも正確ではない。首相官邸が示してきた会見参加の仕組みを見ると、専門新聞、雑誌、外国報道機関、一定の条件を満たすインターネット報道機関や媒体へ記事を提供する記者などにも参加経路が設けられており、近年は従来の大手新聞・放送会社だけに完全に限定された制度ではなくなっている。一方で、参加には登録や活動実績などの条件があり、会見によってはスペースや時間の制約から参加や質問の機会が限定されることもあるため、「完全に閉鎖されている」と「誰にでも完全に開放されている」のどちらも実態を正しく表してはいない。問題はゼロか百かではなく、誰が、どの条件で、どの程度継続的に権力へ質問できるのかという開放性の度合いにある。

失われるのは「席」ではなく「異質な問い」かもしれない

 そして、この問題が重要なのは、会見室の椅子を誰が確保できるかという物理的な問題にとどまらないからである。本当に失われる可能性があるのは「違う角度から問いを立てる人間」であり、同じ省庁を毎日取材し、同じ資料を読み、同じ会見に参加し、同じ政治日程を追う記者たちは、会社が違っていても、何を重要なニュースと考え、何を記事にするほどではないと判断するかという職業上の感覚を共有していく可能性がある。そこでは政府による検閲も、編集部からの命令も必要ない。「これは大きな話だ」「これはまだ書けない」「この程度ならニュースにはならない」という判断そのものが似ていけば、結果として報道内容も似ていくからである。

日本の新聞は本当に「横並び」なのか

 この「横並び」は単なる印象論だけではない。日本と韓国の主要新聞について複数の社会問題の報道量を比較した研究では、対象とした四つの問題について新聞間の報道量の相関を計算したところ、日本紙の平均相関係数は0.77、韓国紙では0.51となり、研究対象の範囲では日本の新聞の方が、ある問題をいつ、どの程度報道するかという動きが相対的に似ていた。相関係数は1に近いほど二つの変数が同じ方向に動くことを示すため、0.77という数字は小さくない。ただし、この研究だけから「記者クラブがあるから0.77になった」と結論することはできない。調査対象は限定された新聞と社会問題であり、新聞社の市場構造、通信社からの情報供給、記者教育、政府発表の日程、ニュース価値についての職業規範など、報道を似せる別の要因も存在するからである。

 これは統計学でいう相関関係と因果関係の違いそのものである。二つの現象が同時に存在していても、一方がもう一方を生み出したとは限らず、その背後に第三の要因が存在する可能性を検討しなければならない。したがって、「日本の新聞には報道内容が同質化する傾向が観察された」というところまでは研究によって支持されても、「その原因は記者クラブである」と単独原因のように断定すれば、科学的には一歩進み過ぎる。記者クラブは有力な説明要因の一つとして考えることはできても、それだけで日本の報道文化全体を説明することはできないのである。

情報の入口が同じでも、新聞の「味」は同じではない

 しかも、日本の新聞が政治についてすべて同じ意見を示しているわけでもない。全国紙を対象とした計量的な研究では、同じ政権や政策を扱っていても新聞ごとに取り上げる争点や肯定的・否定的な論調に違いが存在することが示されており、長期間の社説を分析した研究でも各紙の政治的立場には一定の差が確認されている。ここから見えてくるのは、「情報の入口が似ていること」と「最終的な論調が同じであること」は別問題だということである。同じ市場で材料を仕入れていても、料理人によって出来上がる料理の味は違う。記者クラブを論じる際には、この二つを混同しない方がよい。

「世界62位」という数字をどう読むべきか

 国際的な評価を見ると、日本の報道環境が単純に「自由」か「不自由」かという二択で説明できないことも分かる。国境なき記者団が公表した2026年の世界報道自由度指数で、日本は180の国と地域のうち62位、得点は62.90だった。同団体は、日本を議会制民主主義の国として報道の自由と多元性の原則がおおむね尊重されているとする一方、政治的圧力、メディア産業の構造、法制度や情報アクセスなどについて問題を指摘している。ただし、この62位という数字を日本のジャーナリズムの品質順位として読むことはできない。この指数には専門家による評価なども含まれており、記事の正確性や記者個人の能力を直接測定したものではないため、国際比較の一つの指標として見るべきであって、それだけで日本の政治報道全体を判定することはできない。

記者クラブの外に広がった政治情報

 そして今、この百年以上続いた仕組みの前提そのものをインターネットが変え始めている。かつて有権者が首相や大臣の発言を知るためには新聞やテレビという編集過程を通過する必要があったが、現在では政府自身が記者会見の動画や発言記録を公開し、政治家も動画配信やソーシャルメディアを通じて有権者へ直接発信できるようになった。これは記者クラブが握っていた政治情報への入口を相対的に分散させる一方で、政治家自身が都合のよい論点を選び、編集者や記者による検証を経ずに有権者へ届けられる環境を生み出したという意味でもある。情報の入口が増えたことと、情報の信頼性が自動的に高まったことは同じではない。

「横並び」の次に現れたエコーチェンバー

 既存メディアの横並びを嫌ってインターネットへ移った人が、今度は自分の政治的好みに合う情報だけを見るようになる可能性も指摘されている。ソーシャルメディア上には、似た政治的立場を持つ利用者同士が結びつきやすい「エコーチェンバー」と呼ばれる現象が観察されることがあるが、ここでも慎重さが必要である。異なる意見への接触を減らすことが、そのまま政治的な分極化を引き起こすのかについては研究結果が一様ではなく、情報環境と政治意識の間には、年齢、社会階層、既存の政治意識、メディア選択など多くの要因が介在する。したがって、「記者クラブの時代は横並び、インターネットの時代は自由」という単純な物語ではなく、旧来メディアには情報の同質化という危険があり、インターネットには選択的な情報接触という別の危険があると考える方が現実に近い。

問うべきは「廃止か存続か」ではない

 こうして見ると、記者クラブをめぐる問いを「残すべきか、廃止すべきか」という二択に閉じ込めること自体が、問題を単純化し過ぎていることが分かる。政治家や官僚を長期間追い、過去の発言や政策との矛盾を発見できる専門記者は必要であり、継続的に取材できる拠点にも実務上の価値がある一方、その場所に集まる記者が固定され、政府から提供される情報が報道の中心になり過ぎれば、外部から見れば不思議に思える問題設定が内部では当たり前になってしまう可能性がある。制度を評価するときに問うべきなのは、クラブが存在するかどうかだけではなく、どれほど多様な報道者が参加でき、政府発表以外の情報源をどれだけ持ち、既存の問いそのものを疑う余地が残されているかなのである。

記者クラブがもたらした「近さ」と失わせた「異質さ」

 記者クラブが日本の政治報道にもたらしたものを一つ挙げるなら、「近さ」という言葉が最もよく似合う。権力の近くに記者を置いたからこそ、政治や行政の動きを日々追い、わずかな政策変更を記録し、公式情報を継続的に確認する報道が可能になった。しかし、その近さが情報源への依存を生み、取材する側とされる側の問題意識まで近づけてしまう可能性も同時に生まれた。逆に、記者クラブが失わせる危険を持つものを一つ挙げるなら、それは「異質な視線」なのかもしれない。全員が同じ情報を聞くことより恐ろしいのは、全員が同じ問いを当然だと思い始めることである。

扉を開くための制度が、新しい扉になったとき

 1890年、記者たちは閉ざされた議会の扉を開けるために集まった。そこには、権力が持っている情報を社会へ取り戻そうとするジャーナリズムの原点があった。しかし制度には奇妙な性質があり、かつて扉を開くためにつくられた仕組みが、長い年月の中で新たな扉になることがある。だから日本の政治報道に必要なのは、記者クラブを無条件に称賛することでも、すべての問題の原因として否定することでもない。その扉を誰に向かって、どの程度開き続けられるかを問い続けることである。民主主義にとって危険なのは、政府と報道が対立することそのものではなく、政府も報道も、そして情報を受け取る私たちまでが、いつの間にか「ほかに問うべきことがある」という可能性を忘れてしまうことなのである。

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