地域政経

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鳩山由紀夫の友愛は、本当に政治理念として非現実的だったのか

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 「友愛」という言葉ほど、日本政治の中で不思議な運命をたどった言葉も珍しい。自由でも、平等でも、改革でも、成長でもない。2009年9月、民主党が政権交代を実現し、鳩山由紀夫が首相に就任したとき、この柔らかな2文字が国家の進む方向を示す政治理念として掲げられた。しかし、鳩山政権は2010年6月までの266日間で幕を閉じ、普天間飛行場移設問題をはじめとする政治的混乱の記憶とともに、「友愛」という言葉も、理想主義、優柔不断、現実を知らない政治の象徴であるかのように語られるようになった。

 しかし、鳩山政権が短命に終わったことと、鳩山が掲げた友愛という政治理念そのものが非現実的だったことは、本来別の問題である。政権運営の結果だけから理念の正否を判断するのであれば、どのような政治思想も、その思想を掲げた政権の成功や失敗によって評価が変わってしまう。政治理念が捉えようとした社会問題、理念を実現するための制度設計、政治指導者の判断、議会や官僚機構との関係、連立政権の事情、国際環境などを区別しなければ、私たちは鳩山政権の失敗を説明したつもりになりながら、実際には何が失敗したのかを見失うことになる。

 さらに、公平な評価のためには、鳩山政権が何も実現できなかったわけではないという事実も確認しなければならない。子ども手当や高校授業料無償化など、政権下で法制化され実施に移された政策がある一方、普天間問題のように当初の政治目標を達成できなかった政策も存在した。友愛という理念の可能性を考えることは、鳩山政権を全面的に擁護することでも、政治的失敗を軽視することでもない。むしろ、何が実現し、何が実現せず、その違いはどこから生まれたのかを検討することによって、初めて思想と現実政治の関係が見えてくるのである。

「友愛」は、単なる「みんな仲良く」ではなかった

 鳩山由紀夫が語った友愛は、日常生活における友情や人間関係の温かさを、そのまま政治に持ち込もうとする思想ではなかった。その背景には、祖父の鳩山一郎が影響を受けたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの思想があり、鳩山一郎は1952年にその著書を『自由と人生』として翻訳している。クーデンホーフ=カレルギーは、ヨーロッパの平和と統合を構想した思想家として知られ、自由や人格の尊重を重視しながら、人間同士の連帯によって社会的対立を乗り越えようとした。鳩山由紀夫もまた、この系譜を意識しながら、友愛を「自立」と「共生」を結びつける政治原理として説明していた。

 ここで重要なのは、友愛が自由や平等に取って代わる理念として提示されたわけではないことである。個人の自由を尊重する社会では、競争や自発的な活動が経済的な活力や革新を生み出す一方、資産、教育、雇用、地域などの条件によって、自由を実際に行使できる範囲に大きな違いが生じることがある。逆に、所得再分配や社会保障によって生活の安定を図る場合でも、制度の設計によっては個人の選択や経済活動との間に緊張が生じる。しかし、自由と平等は必ずしも対立するものではなく、教育機会の保障や医療へのアクセスの改善が、経済的に不利な立場にある人々の実質的な自由を拡大する場合もある。友愛は、こうした価値の関係を一方の勝利によって決着させるのではなく、互いの人格と自由を認めながら支え合う社会のあり方を考えるための原理だったと理解できる。

 ただし、クーデンホーフ=カレルギー、鳩山一郎、鳩山由紀夫の思想を、内容まで完全に一致する一つの体系として扱うのは適切ではない。それぞれが直面した政治環境は異なり、ヨーロッパ統合をめぐる思想、戦後日本の保守政治、21世紀初頭の日本における市場経済と社会保障の問題は、同じ言葉だけで説明できるものではない。思想的な継承関係が存在することと、各人の政策判断が同じ原理から必然的に導かれたことも区別する必要がある。

 それでも、友愛を単なる感情論として片づけるのは正確ではない。鳩山由紀夫の友愛には明確な思想的背景があり、個人の自由を尊重しながら、競争によって生じる社会的な分断や孤立をどのように防ぐのかという問題意識が存在していた。それは政治思想における唯一の答えでも、科学的に正しさが証明された社会原理でもないが、少なくとも政治理念として検討するに値する内容を備えていたのである。

市場か国家か、その間に残される領域

 友愛という思想を理解するうえでは、市場と国家の関係を考えると分かりやすい。市場経済には、価格や競争を通じて資源を配分し、新しい商品やサービスを生み出す力がある。しかし、人々にとって必要なサービスが、必ずしも事業者にとって十分な利益を生むとは限らない。特に人口密度の低い地域では、交通、医療、介護、買い物、物流などの生活サービスについて、社会的な必要性と事業としての採算性が一致しなくなることがある。

 例えば、地域の路線バスを考えてみよう。車両や営業所、運行管理などの固定費が年間3,000万円、利用者1回当たりの追加費用が200円、平均運賃収入が500円であると仮定すると、補助金がなく、ほかの収入もなければ、年間10万回の利用でようやく収支が均衡する。利用回数が6万回まで減少すれば、同じ費用構造を維持する限り、年間1,200万円の赤字が生じる計算になる。これは実在する路線の経営数値ではなく、費用構造を説明するための仮定だが、人口減少が交通事業の維持を難しくする仕組みを示している。

 もっとも、赤字になったからといって、直ちにそのサービスを廃止することが社会全体にとって合理的だとは限らない。バスがなくなれば、高齢者の通院や買い物が難しくなり、家族による送迎負担が増え、外出機会の減少によって健康状態や社会参加にも影響が及ぶ可能性がある。そのため、運賃収入だけでなく、地域住民が得る便益や、サービスが失われた場合に発生する社会的費用も考慮する必要がある。一方、民間事業として赤字であることだけを理由に、無制限の公的補助を正当化することもできない。運行形態の変更、予約型交通への転換、医療機関や商業施設との連携などを含め、必要なサービスをどの程度の費用で維持できるのかを比較しなければならない。

 国家や自治体には、税を通じて財源を確保し、生活に不可欠なサービスを支える役割がある。しかし、政府も地域ごとの細かな事情を完全に把握できるわけではなく、財政や人員にも制約がある。そのため、行政だけが供給主体になる方法にも限界があり、民間企業、協同組合、非営利組織、医療機関、住民団体などが、それぞれの能力や資源を組み合わせる仕組みが必要になる場合がある。

 こうした発想は、鳩山だけの特殊な思想ではない。現代では社会的連帯経済、地域共生、官民連携、協同組合活動などの名称で議論され、国際労働機関も2022年に社会的連帯経済に関する国際的な定義を採択している。市場、国家、地域共同体を互いに排他的な選択肢とするのではなく、必要に応じて役割を組み合わせる考え方には、友愛が重視した自立と共生に通じる部分がある。

 ただし、地域社会の善意や住民の互助に過度な期待を寄せることには危険もある。行政が担うべき責任を住民に移し、無償の活動によって不足するサービスを補おうとすれば、支える側の負担が増え、参加できる人とできない人の間にも新たな格差が生まれかねない。特に、介護や子育てなどの負担が家族や特定の住民に偏る場合、それは友愛が目指す自由や人格の尊重と矛盾する可能性がある。したがって、相互扶助を重視する理念が現実的であるためには、権利の保障、負担の公平性、専門性、安全性、持続可能な財源といった条件を同時に満たさなければならない。

2009年という時代に置き直してみる

 鳩山政権が誕生した2009年は、前年の世界金融危機による衝撃が世界経済を覆っていた時期だった。金融市場の混乱と景気後退は、市場の自由な活動が常に社会全体にとって望ましい結果をもたらすとは限らないことを改めて示し、各国政府は金融システムの安定化、雇用の維持、企業への支援などに大規模な政策対応を迫られた。市場が持つ効率性や革新の力を認めながらも、その不安定性や分配上の問題にどのように対処するかが、国際的な政治課題となっていたのである。

 鳩山が市場原理主義への批判を展開し、経済活動だけでは維持できない社会的な価値を友愛という言葉で提示したことは、この時代背景から大きく外れたものではなかった。市場の競争を全面的に否定するのではなく、その成果を社会全体の安定や人々の尊厳とどのように結びつけるのかという問題は、当時の先進国に共通する課題でもあった。したがって、2009年に友愛を政治理念として掲げたこと自体を、時代錯誤の理想主義と断定する根拠は乏しい。

 もっとも、世界金融危機によって市場の限界が明らかになったことは、友愛という特定の理念が最も適切な解決策だったことを意味しない。金融規制の強化、社会保障制度の充実、労働市場政策、財政政策など、危機への対応には複数の選択肢があり、それぞれの有効性は制度設計と実際の効果によって評価されるべきである。鳩山の問題意識が当時の国際的な議論と重なっていたとしても、そこから具体的な政策の正しさまで自動的に導くことはできない。

 さらにその後、先進国では所得や資産の格差、地域社会の衰退、孤独、供給網の脆弱性、経済安全保障などが重要な政策課題となり、市場の効率性だけでは測れない社会的な価値が改めて注目されてきた。しかし、この変化をもって「後の世界が鳩山の正しさを証明した」と評価するのは後知恵になる。現在の問題と鳩山が提起した問題に共通点があることは確認できても、両者の間に直接的な思想の継承関係があるのか、あるいは類似した社会的条件から独立に同じ問題意識が生まれたのかは、別途検証しなければならない。

理念には翻訳装置が必要になる

 政治理念は、それだけでは政策にならない。自由という理念を実現するには、表現の自由や職業選択の自由を守る法制度が必要であり、平等という理念を追求するにも、税制、社会保障、教育、雇用などについて具体的な制度を整えなければならない。友愛も同様であり、互いを尊重しながら支え合う社会を目指すという方向性だけでは、誰が何を負担し、誰にどのような権利を保障し、限られた財源をどこへ優先的に配分するのかを決めることはできない。

 地域主権を友愛の実践として考えるなら、国と地方の権限や財源をどう配分するのか、自治体間の税収格差をどこまで調整するのか、人口の少ない自治体でも最低限どのような行政サービスを保障するのかという制度設計が必要になる。外交に友愛を持ち込む場合には、価値観や政治体制の異なる国家とどこまで協力し、どの段階で自国の安全保障上の利益を優先するのかという境界を明確にしなければならない。理念が大きな社会的価値を掲げるほど、その実現には財源、期限、法制度、実施主体、優先順位、交渉戦略といった具体的な仕組みが必要になるのである。

 ただし、ここで鳩山政権は理念を制度へ変換できなかったと一括して評価するのは、歴史的な事実を十分に反映していない。鳩山政権下では、2010年4月に子ども手当が始まり、中学校修了までの子どもを対象に、当初は1人当たり月額1万3,000円が支給された。同じ月には、公立高校の授業料を原則として徴収せず、私立高校などについても就学支援金を支給する制度が始まっている。これらは2009年の民主党の政策公約を背景として実施されたものであり、友愛という理念だけから直接導かれた政策と断定することはできないが、少なくとも鳩山政権が構想を具体的な制度へ転換した事例である。

 もっとも、法律が成立し、制度が実施されたことと、その政策が長期的に成功したことも同じではない。子ども手当については、財源の確保や所得制限のあり方、少子化対策としての効果などをめぐって議論が続き、当初の公約どおりに制度が完成したわけでもなかった。高校授業料無償化についても、教育機会の拡大という目標と、財政負担、支援対象、教育の質などの問題は区別して評価しなければならない。制度化された政策には具体的な成果がある一方、その有効性と持続可能性については、別の検証が必要なのである。

 したがって、鳩山政権を評価する際には、法律として実現した政策、構想や制度設計に着手した段階の政策、既存の制度や国際合意を変更しようとしたものの当初の目標を達成できなかった政策を分ける必要がある。理念から制度への転換が全くできなかったわけでも、すべて成功したわけでもない。この政策ごとの差異を説明することが、鳩山政治の実態を理解するうえで重要になる。

「新しい公共」は友愛の制度化だったのか

 鳩山政権の友愛思想と具体的な政策を結びつけて考えるなら、見落としてはならないのが「新しい公共」という構想である。鳩山は2009年10月の所信表明演説で、行政だけが公共的な課題を担うのではなく、市民、企業、非営利組織などが参加し、教育、子育て、医療、福祉、まちづくりなどを支えていく社会のあり方を提起した。翌2010年には「新しい公共」円卓会議が設けられ、同年6月4日には宣言が取りまとめられている。

 この構想では、公共的な活動を政府だけの領域として捉えるのではなく、多様な主体が自発的に参加することによって、行政や市場だけでは対応しにくい課題に取り組もうとしていた。その意味では、自立した個人が互いに支え合うという友愛の考え方と重なる部分があり、友愛が単なる外交上の標語ではなく、国内の社会政策にも結びつけられていたことを示している。

 しかし、「新しい公共」の構想が示されたことをもって、友愛が有効な制度として完成したと評価するのも早い。円卓会議や宣言は政策形成の過程として意味を持つが、それだけで生活サービスの改善や社会的格差の縮小が実現したわけではない。実際の成果を判断するには、活動への参加がどの程度広がったのか、行政サービスとの役割分担が明確になったのか、支援を必要とする人々の生活がどのように変わったのかを検証する必要がある。

 また、市民の自発的な活動を重視することには、地域の主体性を高める可能性がある一方、公的な責任を曖昧にする危険もある。例えば、過疎地域の移動支援を住民ボランティアが担う場合、行政の支援を組み合わせれば柔軟なサービスが実現する可能性があるが、運転者の高齢化や事故への責任、継続的な人員確保などに十分な対応がなければ、制度として持続するとは限らない。公共的な活動への参加は重要であっても、参加の自発性と生活に不可欠なサービスを受ける権利は、分けて考えなければならないのである。

 「新しい公共」は、鳩山政権が友愛と重なる問題意識を政策へ転換しようとした具体的な事例として評価できる。ただし、それは理念の実現が完了したことを意味するのではなく、行政、市場、地域社会の役割をどう組み合わせるかという制度的な課題を政治の場に提示したものと位置づけるのが適切だろう。

普天間問題に現れた理念と制約

 鳩山政権の政策運営の問題を最も鮮明に示した事例の1つが、沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題だった。沖縄に集中している基地負担を軽減したいという問題意識自体には、十分な政治的根拠がある。安全保障が日本全体の利益のために必要なのであれば、そのために生じる負担が特定の地域に長期間集中していることについて、政府は合理的な説明を行い、可能な限り負担の軽減を図る責任を負うからである。この問題は、他者の負担を自分自身の問題として捉えようとする友愛の理念とも結びつけて理解できる。

 しかし、普天間飛行場の移設は、国内の行政判断だけで決定できる問題ではなかった。アメリカ軍の運用、海兵隊の配置、抑止力の評価、既存の日米合意、沖縄県民の意向、移設先となる自治体の受け入れ可能性、連立政権内の政策上の違いなど、複数の条件が同時に存在していた。しかも、それぞれの条件は独立しているわけではなく、1つを変更すればほかの条件にも影響が及ぶため、県外移設という目標を掲げるだけでは、具体的な代替案の実現可能性を保証できなかった。

 ここで求められたのは、沖縄の基地負担を軽減するという目標を放棄することではなく、その目標を実現するための条件がどこまで整っているのかを事前に検証し、外交交渉と国内調整の順序、代替候補地の受け入れ可能性、期限、実現できなかった場合の対応を明確にすることだった。しかし、鳩山政権は県外移設への期待を高めながら、それに見合う実行可能な代替案を最終的に確保することができず、2010年5月28日の日米共同発表では、キャンプ・シュワブ辺野古崎地区とその隣接水域に代替施設を設ける方針が改めて示された。

 この決定は、連立政権の運営にも深刻な影響を与えた。同じ5月28日には、移設方針をめぐる対立から福島瑞穂消費者・少子化担当相が罷免され、5月30日には社会民主党が連立政権から離脱した。鳩山は6月2日に辞任を表明し、政権は6月8日に終わったが、その政治的背景を普天間問題だけで説明することも正確ではない。鳩山自身の政治資金問題や小沢一郎民主党幹事長をめぐる政治とカネの問題など、政権への信頼を損なう要因が重なっていたのである。

 したがって、普天間問題は友愛という理念が外交や安全保障では通用しないことを証明した事例というより、政治的に望ましい目標と、それを実現するための制約条件を十分に整合させられなかった事例として評価すべきだろう。交渉工程の設計だけでなく、そもそも掲げた目標を実現するために必要な条件が存在したのか、それを確認する前にどの程度の政治的約束を行うべきだったのかという問題も残る。

 理念を掲げることは、政策の方向を示すうえで重要である。しかし、安全保障のように関係者の利害が複雑に絡み、取り返しのつかない影響を生む可能性がある分野では、理念の正当性だけで実行可能性を推定することはできない。普天間問題に現れたのは、友愛という思想そのものの論理的な破綻というより、理念、政策目標、制約条件、政治的約束の間に十分な整合性を確保できなかったことの深刻さだったと考えられる。

東アジア共同体には、海図がまったくなかったわけではない

 鳩山外交のもう1つの象徴が「東アジア共同体」構想である。当時、この構想は日本がアメリカから距離を置き、中国を中心とするアジアへ外交の軸足を移そうとしているのではないかという警戒を招いた。しかし、鳩山政権が公式に示した内容を確認すると、アメリカを排除した地域秩序を直ちに構築しようとしていたと理解するのは正確ではない。

 鳩山は2009年11月15日のシンガポールでの演説において、日米同盟を日本外交の重要な基軸と位置づけ、アメリカのアジアにおける存在が地域の平和と安定に重要であるという認識を示していた。その一方で、東アジアでは貿易、投資、金融、環境、災害対策、感染症、海難救助、教育、文化交流など、具体的な分野ごとに協力を積み重ね、複数の機能的な協力関係を発展させていく構想を語っていた。したがって、東アジア共同体には何の具体策も存在しなかったという評価は、公式演説の内容と一致しない。

 もっとも、協力分野が明確であることと、国際制度の設計が完成していることは別である。どの国々が参加するのか、意思決定をどのように行うのか、参加国にどの程度の義務を課すのか、既存の地域協力の枠組みとどう関係づけるのか、どの段階でどのような成果を目指すのかについては、十分に確定していない部分があった。

 ただし、この不確定性のすべてを制度設計の失敗とみなすのも適切ではない。鳩山の構想には、最初から参加国を固定して強い拘束力を持つ国際機関を設立するのではなく、協力可能な国々が分野ごとに参加し、長期的に関係を深めていくという考え方も含まれていた。したがって、完成形を確定しないこと自体が、柔軟な地域協力を進めるための選択だった可能性も考慮する必要がある。

 問題は、そのような長期構想と、日本が直面していた当面の外交・安全保障政策との関係を、国民や同盟国にどの程度明確に説明できていたのかという点である。日米同盟を外交の基軸とする方針と、東アジアに新たな協力関係を構築する構想は、理論上必ずしも矛盾しないが、実際の外交では、各国が日本の意図をどのように理解するかによって政治的な影響が生じる。中国の台頭、アメリカの地域関与、東アジア各国の歴史認識や安全保障上の利害が複雑に交錯する中では、構想の目的だけでなく、その実現過程が既存の国際関係に及ぼす影響も説明しなければならなかった。

 鳩山の東アジア共同体構想を表現するなら、羅針盤だけを持って海に出ようとしたというより、進みたい方角といくつかの航路は描いていたものの、参加する船の範囲、航行規則、目的地に至るまでの工程が十分に定まっていなかったと考える方が実態に近い。そこにあったのは、協力という理念そのものの非現実性だけではなく、長期的な地域秩序の構想を、短期的な外交政策や同盟関係の中でどう位置づけるかという課題だったのである。

鳩山政治の弱点は、本当に「理想主義」だったのか

 ここまで考えると、鳩山由紀夫の政治を「理想主義だったから失敗した」と説明することには疑問が生じる。政治には、現在の制度を管理するだけでなく、まだ実現していない社会の姿を構想し、その方向へ制度を変えていく機能がある。社会保障、地方分権、国際協力なども、開始時点ですべての成果が予測できていたわけではなく、理念を掲げ、制度を作り、実施結果を検証しながら修正を重ねてきた。理想を掲げること自体を政治的な欠陥とするのであれば、政治は既存制度を維持する行政技術だけになってしまう。

 しかし、そのことは政治家が理想を掲げれば、実現可能性の検証を後回しにしてよいという意味ではない。政治理念は何を重視すべきかという価値判断を与えるが、実際の政策には、その価値を実現する手段が存在するか、費用と便益が見合うか、関係者の合意を得られるかという別の判断が必要になる。理想主義と現実主義を単純に対立させるのではなく、理想を実現するためにこそ現実的な制度設計が必要だと考えるべきなのである。

 鳩山政権についても、政策実行上の弱点を「理想主義」という一語で説明することはできない。子ども手当や高校授業料無償化のように制度化された政策がある一方、普天間問題では政治的な目標と外交上の制約を整合させることができず、東アジア共同体では長期構想と短期的な外交運営との関係が十分に明確にならなかった。つまり、理念が政策として機能するかどうかは個別の政策によって異なり、政権全体を単一の能力や思想的傾向によって説明することには限界がある。

 さらに、政治家個人の能力を客観的に評価することも容易ではない。政権の結果には、首相自身の判断だけでなく、党内の意思決定、連立相手との関係、官僚組織、国際交渉、国会運営、経済情勢など多くの要因が関わる。そのため、「鳩山には実行能力がなかった」と人物全体を断定するよりも、重要な政策課題の一部において、目標設定、事前調整、優先順位、交渉戦略、代替案の準備が十分に機能しなかったと評価する方が、検証可能性の高い説明になる。

 また、鳩山政権の短命を友愛思想だけに結びつけることは、政治資金問題や党内事情など、理念とは直接関係しない要因を過小評価する危険がある。政権運営の失敗を分析するには、思想が政策判断に与えた影響と、それ以外の政治的要因を可能な限り切り分けなければならない。友愛に共感できるかどうかとは別に、こうした区別を保つことが、公平な歴史評価の条件となる。

友愛の有効性は、どのように検証できるのか

 政治理念としての友愛を評価するとき、避けて通れないのが、その有効性を何によって判断するのかという問題である。友愛のような規範的な理念は、自然科学の法則のように実験によって真偽を直接確定できるものではない。個人の尊厳を尊重することや、社会的に弱い立場にある人々を見捨てないことを重視すべきかどうかは、価値判断を含む問題だからである。

 しかし、その理念に基づいて実施された政策が、実際に人々の生活を改善したかどうかは、経験的に検証することができる。例えば、地域住民の互助活動に行政が支援を行う制度を導入した場合、活動団体や参加者が増えたことだけでは政策の成果を判断できない。支援を必要とする住民がサービスを利用できるようになったのか、利用者の生活の質は改善したのか、行政の財政負担はどう変化したのか、住民の無償労働に過度に依存していないかなど、複数の指標を確認する必要がある。

 統計的な評価では、制度を導入した地域と導入しなかった地域を単純に比較するだけでも十分ではない。人口構成、所得水準、財政状況、交通条件、既存の住民組織の活動などが異なれば、制度以外の要因によって結果が変わる可能性があるからである。そのため、導入前後の変化や、条件の近い地域との比較を通じて、政策の実施が結果にどの程度影響したのかを慎重に推定しなければならない。

 さらに、相互扶助の仕組みが社会全体にとって望ましいかどうかを判断するには、平均的な効果だけではなく、負担と便益の分布を見る必要がある。地域全体の満足度が上昇していても、一部の住民に過大な活動負担が集中していたり、支援を最も必要とする人々が制度から取り残されていたりするなら、友愛が目指した社会的連帯が十分に実現したとはいえない。政策の効果を測ることと、その効果が誰に帰属しているかを確認することは、同じくらい重要なのである。

 このように考えると、友愛が政治理念として非現実的であるかどうかは、抽象的な言葉の印象だけで判断できないことが分かる。友愛から導かれる政策目標を明確にし、具体的な制度を設計し、その成果と副作用を検証して初めて、特定の条件のもとで有効だったのか、どのような限界があったのかを評価できるのである。

「友愛」を現代に置き直すと何が見えるのか

 ここで時間を進め、現在の日本社会から友愛を振り返ると、この言葉が提起していた問題の一部が、別の政策用語の中に残っていることに気づく。人口減少と高齢化が進む地域では、路線バス、医療、介護、商店、金融機関、宅配などの生活基盤を、利用者1人当たりの採算だけで維持することが難しくなっている。国土交通省が2026年3月に公表した資料でも、人口減少や運転者不足などによって交通サービスの供給が制約され、全国に約2,500の交通空白が存在することが示されている。

 しかし、地域の人口が減少しても、そこに暮らす人々の通院、買い物、介護、社会参加の必要性が消えるわけではない。公共交通がなくなれば自家用車を運転できる人とできない人の間に生活機会の格差が生まれ、医療機関や介護事業所が撤退すれば、住民の健康や家族の生活にも影響が及ぶ。市場の採算性だけでは必要なサービスを維持できず、一方で行政にも財政や人員の制約があるという状況は、地域社会にとって現実的な問題となっている。

 この問題を考える際には、行政か民間かという単純な二者択一よりも、自治体、事業者、医療機関、非営利組織、住民などが役割を分担し、必要なサービスを持続可能な形で提供する方法を検討する方が合理的な場合がある。ただし、複数の主体が参加すれば必ず効率的になるわけではなく、調整費用や責任分担の不明確さが新たな問題を生むこともあるため、それぞれの地域の条件に応じた制度設計が不可欠である。

 こうした仕組みを友愛と呼ぶ必要はない。地域共生、社会的連帯経済、官民連携、住民参加などの用語を使う方が、具体的な政策内容を説明しやすい場合も多い。しかし、人間を市場の消費者としてだけでも、国家から給付を受ける存在としてだけでも捉えず、自立した個人が社会的な関係の中で支え合うという考え方には、鳩山の友愛と共通する部分が存在する。

 もっとも、現在の政策が鳩山政権の思想を直接継承したと断定することはできない。地域の相互扶助や協同組合活動、社会保障の制度設計は、鳩山政権よりはるか以前から議論されてきたものであり、現代の地域共生政策も複数の思想や制度的な背景を持っている。2009年の友愛思想と現在の社会政策に類似性があることは、鳩山が未来を予見していたことや、今日の政策課題に対して最も適切な解決策を提示していたことの証明にはならない。

 それでも、当時の友愛思想が提起した問題の一部が、現在も解決されないまま残っていることには意味がある。市場の効率性と社会的な連帯をどのように両立させるのか、個人の自立を守りながら孤立を防ぐにはどうすればよいのか、地域の主体性を尊重しながら行政の責任をどこまで維持すべきなのかという問題は、今日の政策論においても検討に値する。鳩山政権への評価とは別に、こうした問いを政治思想として読み直す余地は残されているのである。

「友愛」が失敗したのではないのか

 鳩山由紀夫という政治家に対する評価と、友愛という政治理念に対する評価を分けることは、鳩山政権を擁護するためではない。むしろ、政治の成功と失敗を具体的に説明するために必要な区別である。鳩山政権が短期間で終わり、普天間問題をめぐって大きな政治的混乱を残したことは、その理念の正しさを証明する材料にはならないが、同じように、政権運営が失敗したという事実だけから友愛という理念そのものが誤っていたと結論づけることもできない。

 政治理念の評価には、少なくとも三つの異なる問いがある。第一は、その理念が社会のどのような問題を捉え、どのような価値を重視しているのかという問いであり、第二は、その価値を実現するためにどのような制度を設計できるのかという問いである。そして第三は、実際に制度を運用したとき、掲げた目的に照らして十分な成果が得られたのかという問いである。この三つを区別しなければ、理念の魅力を政策の成功と取り違えることも、政策の失敗を理念の全面的な否定と取り違えることも起こり得る。

 鳩山の友愛は、第一の問いについては現在も検討する価値が残っている。自由と社会的連帯をどのように結びつけるのかという問題は、人口減少や地域社会の変化が進む日本において、決して現実離れしたものではない。第二の問いについては、子ども手当や高校授業料無償化、「新しい公共」などの取り組みが存在した一方、各政策の制度設計や財源、持続可能性にはそれぞれ異なる課題があった。第三の問いについても、政策ごとの成果を検証する必要があり、政権が短命に終わったことだけをもって一括して判断することはできない。

 そして、外交や安全保障の領域では、普天間問題が示すように、理念に基づく政治目標と実現可能な政策との間に大きな隔たりが生じた。これは、政治理念が不要だという教訓ではなく、理念を掲げる政治家ほど、その実現条件を厳密に検証しなければならないという教訓である。制度という仕組み、財源という制約、期限という条件、交渉という過程、そして目標を達成できなかった場合の代替案がなければ、どれほど望ましい理念であっても、政策として機能するとは限らない。

 この問題は友愛だけに固有のものではない。自由、平等、改革、地方創生、成長、安全保障といった政治的な言葉も、具体的な制度や実行工程を伴わなければ、その意味は曖昧なまま残る。理念の現実性は、その言葉が美しいかどうかでも、過去の政権が成功したかどうかでもなく、社会的な問題を適切に捉え、その問題に対応する制度を設計できるかどうかによって、具体的に検討されるべきなのである。

友愛という言葉が消えた後に残ったもの

 鳩山由紀夫の友愛を振り返るとき、「非現実的な理想だった」と一言で片づけるのは簡単である。しかし、その評価では、友愛が提起した社会的な問題と、鳩山政権が実際に経験した政策運営上の失敗との関係を十分に説明できない。より正確には、友愛は自由と社会的連帯の関係を考える政治理念として一定の意味を持っていた一方、その理念を具体的な政策へ転換する過程には、制度化に至った成果と、十分な実現に至らなかった課題の双方が存在したと考えるべきだろう。

 もちろん、友愛という理念が現実的だったと証明されたわけでもない。社会的連帯を重視する制度がどの程度有効に機能するかは、財政負担、行政責任、住民参加、地域の条件などによって異なり、具体的な政策の効果を検証しなければ判断できない。また、共同体や相互扶助を重視することが、場合によっては個人の自由を制限し、支援を担う人々に過度な負担を生じさせる可能性もある。友愛を現代的な政治理念として再評価するのであれば、こうした限界や副作用についても、理念への好意とは独立して検討する必要がある。

 そのうえで、鳩山政権が終わった後も、人口減少、地域社会の衰退、孤独、格差、生活サービスの撤退、国際社会の分断といった問題は残り続けている。これらの問題すべてが友愛によって解決できるわけではないが、市場の効率性だけでも、国家による一律の制度だけでも十分に対応できない領域が存在することは、現在の社会を考えるうえでも重要な論点である。かつて友愛という言葉によって提示された問題意識の一部は、地域共生や社会的連帯経済など、異なる言葉で論じられる政策課題と重なっている。

 そこに、友愛という政治理念の少し皮肉な運命がある。鳩山政権の短命と政治的混乱によって、その言葉は政治の中心から急速に姿を消したが、言葉が用いられなくなったことは、そこで扱われた問題まで消滅したことを意味しない。ただし、現在の社会政策に類似した問題意識が存在するからといって、鳩山の思想がその源流だったと考える必要もない。歴史的な評価において重要なのは、特定の政治家を先見の明があった人物として称賛することでも、失敗した人物として切り捨てることでもなく、その思想と政策が何を捉え、何を実現し、何を実現できなかったのかを区別することである。

 鳩山由紀夫の友愛は、少なくとも非現実的な理想だったという一言だけでは説明しきれない政治理念だった。そこには、自立した個人の自由を守りながら、社会的な孤立や格差をどのように抑え、人々が互いを支え合える社会を作るのかという、現在にも通じる問いが含まれていた。しかし、その問いに価値があることと、当時の政権が十分な答えを示したことは同じではない。むしろ、鳩山政権の成果と失敗をともに検証することで、政治理念に求められる条件がより明確になる。

 それをもう一度「友愛」と呼ぶ必要はない。しかし、個人の自由を尊重しながら、社会の中で誰もが必要な支援を受けられる仕組みをどのように作るのかという問題は、今も残っている。鳩山由紀夫の友愛が現代に問いかけるものがあるとすれば、それは理想を掲げることの美しさではなく、理想を現実の制度へ変換することの難しさ、そして、その難しさを理由に社会のあり方を構想することまで放棄してよいのかという問題なのではないだろうか。

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