地域政経

九条レオンの地域から社会と政治・経済のこれからを考える

「守る政治家」と「選ばれる政治家」のあいだ

 政治家の力量というものは、一枚の通知表では測れない。平時には地味に見えていた人物が非常時になると急に大きく見え、反対に、危機のただ中で強い存在感を示した人物が選挙になると同じようには評価されないことがある。枝野幸男という政治家を長い時間軸で眺めると、この政治家評価の不思議な変化がかなり鮮明に見えてくる。

 2011年3月、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故が重なったとき、枝野は官房長官として連日のように記者会見に立った。政府の対応や情報発信そのものについては当時から多くの批判があり、後から見れば検証すべき問題も少なくない。しかし、それとは別に、混乱の中で繰り返し表に立ち、政府が把握している情報を説明し続けた枝野個人への評価が上昇したことも確認できる。2011年春の世論調査では、次期首相にふさわしい人物として枝野の名前が上位に現れ、政府全体への不信が強い状況の中でも、政府報道官としての枝野本人には一定の評価が集まるという興味深い現象が起きていた。

 これは単なる「震災のときによくテレビに出ていた」という記憶だけではない。危機という特殊な環境が、普段とは異なる政治家の能力を可視化した可能性がある。

 ただし、ここで注意しなければならない。危機のときに評価された政治家なら、当然、選挙でも強いはずだという推論は成り立たない。危機と選挙では、有権者が政治家を見るときの採点基準そのものが違うからである。

 危機では、すでに問題が目の前に存在している。地震が起き、原子力発電所で事故が起こり、感染症が拡大し、金融市場が混乱しているなら、政治家が最初に求められるのは「何を目指すか」を考えることではなく、すでに発生した問題をどのように処理するかである。情報を集め、状況を整理し、優先順位をつけ、不確かな情報を不確かなまま扱いながら、限られた時間の中で判断しなければならない。

 このような場面では、政治家に求められる資質も平時とは変わる。大胆な夢を語る能力より、混乱を整理する能力が重要になり、強い断定より慎重な説明が有効になることがある。何が起こるか分からない状況で「絶対に大丈夫だ」と断言する政治家より、「現時点で確認できているのはここまでであり、この先には不確実性が残る」と説明する政治家のほうが信頼される場合がある。

 枝野の政治的な話し方には、もともとこうした状況と相性のよい部分があるように見える。法律家出身であることだけを理由に性格まで決めつけることはできないが、公の場での発言を見る限り、条件を区切りながら説明し、制度や手続きを重視し、容易に大きな断定をしない傾向がある。平時の政治では、その話し方が理屈っぽさや慎重すぎる印象につながることがある一方、不確実性の高い危機では、同じ特徴が「暴走しにくい」「状況を整理して説明する」という安心感につながる可能性がある。

 つまり、危機になると枝野自身が別の政治家になるわけではない。同じ資質に対する評価の重みが変わるのである。統計的な言葉を借りれば、政治家の能力そのものだけでなく、その能力に対して有権者が付ける重みが環境によって変化していると考えたほうがよい。

 選挙になると、その重みづけは再び変わる。投票所へ向かう有権者は、災害対策本部の責任者だけを選んでいるのではない。賃金はどうなるのか、物価はどうなるのか、社会保障は維持できるのか、子どもの世代にどのような社会を残すのか、日本は十年後にどの方向へ進むのかという、互いに性質の違う問題を一つの選択にまとめなければならない。

 そこで政治家には、目の前に存在する問題を整理する能力だけでなく、無数の問題の中から「何を最重要課題とするのか」を選び、それを一つの未来像へまとめる能力が必要になる。危機では問題の側が政治家に課題を与えてくれるが、選挙では政治家自身が「これこそが問題である」と社会に提示しなければならない。この違いは思った以上に大きい。

 危機の場面では「この人に任せて大丈夫か」という評価が強く働くのに対し、選挙ではそれだけでなく、「この人に任せたら今とは違う未来が見えるか」という評価が加わる。前者は安心を測る問いであり、後者は期待を測る問いでもある。

 もちろん、これは厳密な法則ではない。選挙でも有権者が変化より安定を求めることはあるし、危機の最中でも大胆な方向転換が支持されることはある。それでも一般論として、危機では統治能力や安心感の比重が高まり、選挙ではそれに加えて未来への期待や方向性が問われると考えると、枝野への評価の変化をかなり説明しやすくなる。

2017年は「危機に近い選挙」だった

 この仮説を考えるとき、2017年の衆議院選挙は非常に興味深い。枝野は同年、立憲民主党を立ち上げ、短期間のうちに大きな政治的存在感を得た。これだけを見れば、「選挙になると枝野の評価が下がる」という説明には明らかな反例があるように見える。

 しかし、2017年を通常の政権選択選挙としてだけ捉えると、その特殊性を見落とす。当時、民進党は希望の党への合流をめぐって大きく揺れ、従来の民進党支持層の一部には、自分たちの考え方を代表する投票先がなくなるのではないかという感覚が広がっていた。そこで枝野が新党を立ち上げたことは、単にもう一つ政党を増やしたという以上の意味を持った。

 枝野自身も後に、選択肢がなくなると感じた人々から受け皿を求める声があったことを語っている。つまり、この局面では「どのような日本を十年かけてつくるのか」という壮大な国家構想を示す前に、「この政治的選択肢を消してはならない」という課題が突然目の前に現れたのである。

 そう考えると、2017年は通常の意味での選挙であると同時に、枝野にとっては一種の政治的危機への対応でもあったと言える。何を守るべきかが比較的明確になり、短期間で組織をつくり、選択肢を残すこと自体が政治的メッセージになったからである。

 ここで重要なのは、2017年の成功が「枝野は危機に強い」という仮説を証明したとまで言わないことである。選挙結果には、新党効果、希望の党をめぐる動き、報道量、候補者構成、既存野党支持層の移動、戦略的投票など、多数の要因が同時に作用している。その中から枝野個人の危機対応型リーダーシップだけを取り出して効果を測ることはできない。

 それでも2017年の出来事が、枝野の強みがどのような条件で表れやすいのかという仮説とよく整合していることは確かだろう。政治的な空白が生まれ、それを埋める必要が突然生じたとき、枝野の慎重さと制度志向は、普段とは違って決断力として見えたのである。

2021年になると、試験問題そのものが変わった

 それから四年後の2021年、枝野が置かれていた位置はまったく違っていた。立憲民主党は、消えかけた政治的選択肢を救うために急造された政党ではなく、野党第一党として政権交代を目指す立場になっていた。枝野自身も「立憲民主党を残せるか」を問われる人物ではなく、「枝野政権を選ぶ理由を示せるか」を問われる人物へ変わっていた。

 2017年には、守るべき対象が明確だった。2021年には、その先の社会を描かなければならなかった。この二つの仕事は似ているようで、政治的にはかなり違う。

 2021年の衆議院選挙で立憲民主党は96議席となり、公示前勢力を下回った。小選挙区では議席を増やすなど結果を単純に失敗とだけ評価できない面もあったが、政権交代を掲げた野党第一党として全体の議席を減らした以上、枝野が代表辞任に至ったことには政治的な必然性があった。

 ただし、この結果を「枝野には未来を語る能力がなかったから負けた」と説明してしまえば、分析としては粗すぎる。共産党との候補者調整、比例代表での政党支持、岸田政権発足直後という選挙時期、日本維新の会の伸長、各選挙区の候補者事情など、多数の要因が結果に影響しているためである。

 それでも、枝野の政治的言語が選挙で支持を大きく広げるには不利に働いた可能性は検討に値する。慎重に条件を示しながら制度を説明する言葉は、政策を誤解なく伝えるには適していても、有権者に「この政権になれば社会がこう変わる」という像を瞬間的に想像させるには弱い場合がある。これは枝野個人だけの問題ではなく、政策説明に強い政治家がしばしば直面するジレンマでもある。

政治家には「説明する能力」と「意味を与える能力」がある

 政治家の言葉には少なくとも二つの役割がある。一つは現実を正確に説明することであり、もう一つは、その現実に意味を与えることである。

 危機において重要なのは前者になりやすい。何が起きているのか、政府は何をしているのか、何が分かっていて何がまだ分からないのかを整理する必要があるからだ。そこでは言葉は現実に追いつかなければならない。

 ところが選挙では、言葉が現実より少し先を歩かなければならない。「今の社会はこうなっている」という説明だけでなく、「だから、次はここへ向かう」という方向を示す必要がある。まだ存在していない未来を語る以上、そこには当然、不確実性が入り込む。

 この不確実性をどこまで引き受けられるかが、枝野という政治家を考えるうえで重要なのかもしれない。危機管理では、分からないことを分からないと言える慎重さが価値になる。しかし選挙では、完全には分からない未来についても、ある程度の確信をもって方向を示さなければならない。

 政治家としての誠実さと選挙での強さは、常に同じ方向を向いているとは限らないのである。

「枝野は政治を演劇にしない」は事実ではなく、一つの読み方である

 枝野を語るとき、「政治を演劇にしない政治家」という表現は魅力的である。しかし、これは測定された事実というより、彼の政治的スタイルを理解するための一つの解釈である。

 枝野は、大げさな身ぶりや個人的英雄像を前面に押し出すタイプの政治家ではないように見える。政策や制度を説明するときにも、人物のカリスマ性そのものより、論理や手続きに重点を置くことが多い。この姿勢は、国家的危機の場面では合理的である。混乱時の政治に必要なのは、政治家本人の物語より、行政機構を動かし、専門知を集め、誤った判断の可能性を抑えることだからだ。

 しかし民主主義の選挙から演劇的要素を完全に取り除くことはできない。有権者は未来を見ることができないため、候補者の言葉、表情、物語、象徴を材料にして、まだ存在しない政権を想像するしかない。「この人物を首相にした日本はどのような国になるのか」という問いに答えるためには、政策の正確さだけでなく、未来を可視化する政治的表現も必要になる。

 枝野の慎重な政治姿勢が、この部分で支持拡大の障害になっている可能性はある。しかし、それは科学的に証明された事実ではなく、彼の言動と選挙結果から導かれる一つの有力な仮説として扱うべきだろう。

2024年は、別の比較材料を与えた

 2024年の立憲民主党代表選挙では、枝野は決選投票まで進んだものの、野田佳彦に敗れた。決選投票では野田232ポイント、枝野180ポイントだった。その後、野田代表の下で行われた衆議院選挙では、立憲民主党は選挙前の98議席から148議席へ大きく議席を伸ばした。

 この結果だけを見ると、「枝野より野田のほうが選挙向きだった」と結論づけたくなる。しかし、ここでも慎重さが必要である。2024年の選挙では自民党の政治資金問題が大きな争点となり、政権与党に対する逆風が存在していた。野田の党首としての力量、自民党側の問題、候補者配置、政党間競争などを完全に切り分けることはできない。

 それでも、2017年、2021年、2024年を並べて考えることには意味がある。枝野個人の資質だけですべてを説明するのではなく、政治家の評価は「その人物がどのような能力を持つか」と「その時代がどの能力を要求しているか」の組み合わせで決まるという見方が浮かび上がるからである。

危機では「安心」の比重が高まり、選挙では「期待」も必要になる

 枝野という政治家の評価の変化を最も簡潔に表現するなら、危機では「安心」の価値が上がり、選挙ではそれに加えて「期待」をつくる能力が問われるということになる。

 危機の最中、人々が第一に願うのは、明日が今日よりさらに悪くならないことである。そこで必要になるのは、予測可能性、慎重さ、情報整理、制度を逸脱しない統治である。政治家が不用意な断定や冒険をしないこと自体に価値が生まれる。

 ところが通常の選挙では、現状維持だけでは政権を替える理由になりにくい。有権者が野党に票を投じるためには、「現在の政権より安全である」というだけでなく、「こちらを選んだほうが生活や社会が良くなる」と感じられる何かが必要になる。

 そこで枝野の長所と弱点が同じ根から生まれる。慎重だから危機では信頼される一方、慎重だから未来を大胆に描く場面では物足りなく見えることがある。制度を重視するから暴走しにくい一方、制度を説明することに多くの言葉を使うほど、選挙で必要な単純で強いメッセージが薄くなる場合がある。

 これは枝野の能力が高いか低いかという単純な問題ではない。能力の組み合わせと、政治環境との適合の問題である。

政治家の評価は人物だけでは決まらない

 私たちは政治家を評価するとき、その人自身に固定された点数があるように考えがちである。しかし実際の政治家評価は、もっと相対的である。

 同じ慎重さでも、国家的危機では責任感になり、選挙戦では決断力不足に見える。同じ詳細な説明でも、混乱時には安心感になり、平時には話が長いと感じられる。同じ制度重視の姿勢でも、民主主義そのものが危機にあるときには強い政治的メッセージとなり、政策選択を競う通常選挙では特徴が弱く見えることがある。

 この視点から見ると、枝野幸男という政治家への評価が時期によって変わるのは、枝野本人が頻繁に変質しているからとは限らない。むしろ社会の側が政治家に求めるものを変えている可能性がある。

 2011年には、国民は混乱を整理する政治家を必要としていた。2017年には、消えかけた政治的選択肢を残す人物が求められる局面が生まれた。2021年には、その選択肢を守るだけでなく、政権を担った後の未来まで提示することが求められた。こうして並べると、枝野の評価の変化には一定の構造が見えてくる。

 ただし、それを「危機なら必ず枝野が評価され、選挙なら必ず評価が下がる」という法則にしてしまってはいけない。政治は実験室ではなく、同じ条件を二度再現することができないからである。選挙結果には経済状況、政権への評価、対立候補、政党組織、候補者調整、報道、スキャンダル、国際情勢など無数の変数が入り込む。一人の政治家の性格だけで結果を説明することはできない。

 だからこそ、枝野をめぐるこの考察は「証明」ではなく「仮説」として読むのが最も正確である。そしてその仮説は、2011年から2024年までの出来事を見る限り、少なくとも事実と大きく矛盾してはいない。

枝野幸男が映している民主主義の矛盾

 ここまで考えてくると、問題は枝野幸男という一人の政治家から、民主主義そのものへ移っていく。

 私たちは危機になると、冷静で慎重で、制度を理解し、簡単に断定せず、余計な冒険をしない政治家を求める。その一方で選挙になると、同じ政治家に大胆な構想、分かりやすい言葉、強い決断、未来への高揚感まで要求する。

 これはかなり難しい注文である。

 危機管理に適した性格と選挙運動に適した性格が完全に一致するとは限らない。あらゆるリスクを検討してから発言する人物に、三十秒で国の未来を語れと要求すること自体に矛盾がある。逆に、大胆な未来像を強く語る人物が、そのまま危機管理にも優れている保証はない。

 枝野幸男という政治家が興味深いのは、この矛盾が彼を通して見えやすくなるからである。危機が訪れると、普段は地味に見える慎重さが意味を持ち始める。危機が去り、政治が未来を競う舞台へ戻ると、その同じ慎重さが重く見えることがある。

 政治家の評価とは、政治家本人だけで決まるものではない。人物と時代の掛け算によって決まる。

 火事の最中、人は炎の向こうから現れて状況を整理し、消火の手順を説明する人物を頼もしく思う。しかし火が消えた翌朝、その人に「では、この土地にどのような町を造りますか」と尋ねた瞬間、必要になる才能は変わる。

 枝野幸男は、燃えている建物の前では能力が見えやすい政治家なのかもしれない。しかし選挙とは、火を消すだけでなく、まだ存在していない町の設計図を人々に見せ、その町で暮らしてみたいと思わせる仕事でもある。

 だから枝野幸男をめぐる本当の問いは、「危機に強いか、選挙に弱いか」という単純な二択ではない。

 危機が存在しない日に、どのような未来を示せるのか。

 2011年から続く枝野幸男への評価の揺れは、結局のところ、この問いに集約される。そして同時にそれは、政治家を選ぶ私たち自身が、危機のときと平時とでまったく異なる人物像を求めているという、民主主義の少し厄介な性質を映し出しているのである。

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