同じ「党の実力者」でも、見ている景色は違う
政治のニュースを見ていると、「政調会長が政策をまとめた」「幹事長が調整に乗り出した」という表現が頻繁に現れる。どちらも政権与党の中心にいる人物であり、テレビ画面では同じ会議室に並んで座っていることさえあるため、その違いは意外に分かりにくい。しかし、1つの政策が構想として生まれ、党内で形を整え、政府案となり、国会を通って制度として動き始めるまでを時間の流れに沿って追ってみると、政調会長と幹事長は同じ政策を見ながら、実はかなり違う景色を見ていることが分かる。
自民党を例にすれば、政調会長の正式名称は政務調査会長であり、政策の調査研究と立案を担う政務調査会を管掌する。一方、幹事長は総裁を補佐して党務を執行する立場にあり、政策という1枚の設計図だけではなく、所属議員、国会、選挙、党組織、他党との関係まで含んだ、より大きな政治の地図を扱う。したがって両者の違いは、「どちらが偉いのか」という単純な上下関係よりも、「政策決定のどの局面で、どの種類の力を発揮するのか」と考えた方がはるかに分かりやすい。
政策の出発点は、必ずしも政調会長の机ではない
政策が生まれる場所を考えるとき、まず注意しなければならないのは、政調会長がすべての政策を最初から作っているわけではないということである。たとえば内閣が国会へ提出する法律案であれば、所管する各省庁が政策目標に基づいて原案を作り、関係省庁との調整を重ねる。また、総理大臣や官邸が大きな方向性を示す場合もあれば、与党議員から政策提案が出る場合、業界団体や自治体から要望が持ち込まれる場合、選挙公約が政策の起点になる場合もあるため、現代の政策形成を1本の川のように考えるなら、その源流は1か所ではなく、山のあちこちから水が集まってくる姿に近い。
だから、「政策決定の最初に力を持つのは政調会長」と言い切ると正確ではない。むしろ政調会長の力がはっきりしてくるのは、それらの構想が与党の政策として審査され、具体的な制度へと形を整えていく段階である。まだ「子育て支援を充実させる」「地方を活性化する」といった大きな言葉にすぎなかった構想を、対象者は誰なのか、所得制限を設けるのか、いくら必要なのか、財源をどこに求めるのか、既存制度とどのようにつなぐのかという具体的な仕組みに変えていかなければ、政治的な理念は行政が実行できる政策にはならない。
政調会長の力は「政策の形」が決まるところで現れる
自民党では、党が政策として採用する議案は政務調査会の議を経る仕組みになっており、その下には内閣、外交、財務金融、厚生労働、農林、経済産業、国土交通など各政策分野を扱う部会や調査会が置かれている。そこでは政府側から示された案も含め、議員の意見や関係者からの要望を照らし合わせながら内容が検討され、必要であれば修正され、さらに政調審議会へと進んでいく。
この過程を眺めると、政調会長の影響力の性格が見えてくる。それは、すでに完成した政策に最後の賛成票を投じる力というより、「どの案を党の政策として扱うのか」「どこまで制度を修正するのか」「何を残し、何を削るのか」という、政策の輪郭を形づくる過程にかかわる力である。役所から出てきた原案がそのまま政治の世界を通過するとは限らず、与党側から修正を求められることもあるため、政務調査会とは政策の設計図を党の立場から読み直す工房のような場所だと考えると分かりやすい。
政調でまとまっても、まだ「党として決まった」とは限らない
しかし、ここで重要なのは、政務調査会で政策内容がまとまったからといって、その瞬間に党全体の最終意思になるわけではないことである。自民党では、政調審議会で決定された政策事項は総務会へ報告され、その決定を経る仕組みになっているため、政策は専門分野を中心に議論される世界から、党全体として受け入れることができるかを判断する世界へと移っていく。
この変化は小さいように見えて、政治を理解するうえでは大きい。政調段階では、制度として合理的か、財源は成立するか、既存制度との整合性はあるかという問題が中心になりやすいが、党全体の意思形成となれば、異なる政策分野を担当する議員の考えや地域事情、これまでの党の方針なども無視できなくなる。設計図として優れた政策が、そのまま政治的にも通る政策であるとは限らず、ここから政策は「正しい制度を作る問題」だけではなく、「大きな組織として合意できるかという問題」へ少しずつ姿を変えていく。
幹事長の存在が重くなるのは、政策が政治問題になったときである
政策内容が具体的になるほど、その政策によって利益を受ける人と負担を負う人も明確になる。そうなると、政策論だけでは決着しない問題が現れ始める。党内に強く反対する議員がいるかもしれず、地方組織から異論が出ることもあれば、連立政党や野党との合意が必要になることもあり、さらに次の選挙への影響や国会での審議日程まで考えなければならない。このあたりから、幹事長という役職の持つ意味が大きくなってくる。
幹事長は特定の政策分野を専門的に審査する役職ではなく、総裁を補佐しながら党務全体を執行する立場にある。そのため、政策の文章を1条ずつ作るというより、党内の力関係や議員の意見、国会活動、選挙、党組織などを含め、「この政策を党全体としてどのように扱うのか」という政治的な条件を調整する場面で影響力を発揮しやすい。
政調会長の机の上に制度の設計図が広がっているとすれば、幹事長の机には、その設計図を持って歩かなければならない巨大な党組織の地図が広がっている。同じ政策を見ていても、政調会長が線の太さや柱の位置を見ているとき、幹事長はその建物をどの土地に、誰の了解を得て建てられるのかまで見ているのであり、この視野の違いこそ両者の力の違いを理解する鍵になる。
党内対立が起きると、2人の役割の違いが最も見えやすい
たとえば農業政策を改革し、既存の補助制度の一部を縮小する代わりに新しい支援制度へ移行する案が出たとする。政策を数字だけで評価すれば合理的に見えたとしても、農業地域を選挙区に持つ議員から強い反対が起きれば、その瞬間から問題は制度設計だけでは済まなくなる。農業政策としてどこまで修正できるのかを考える一方で、党内の反発がどこまで広がるのか、地方組織がどう受け止めるのか、国会審議や選挙への影響がどの程度あるのかまで見なければならなくなるからである。
このとき政調会長は、政策の目的を失わずに修正できる範囲を探る役割を担いやすく、幹事長は、その修正案を含めて党全体を政治的にまとめられる地点を探る役割を担いやすい。ただし、現実の政治では両者の境界に壁が立っているわけではなく、幹事長が政策内容について強い意見を述べることもあれば、政調会長が他党との政策協議に出ることもあるため、「政調会長は政策だけ、幹事長は政治だけ」と分けてしまうのも正確ではない。
幹事長が枠を作り、政調会長が中身を詰めることもある
政策決定を一直線の工程として考えない方がよい理由は、政治的な合意が先に作られ、その後から政策の詳細が詰められる場合もあるからである。たとえば複数政党で新しい制度について協議することを党の幹部同士が決め、その政治的な合意を受けて政調会長など政策担当者が具体的な制度設計を始めるという流れもあり得る。
つまり、幹事長の役割を単純に「政策形成の後半」と位置づけることもできない。政策決定は、政調会長から幹事長へバトンを1回渡せば終わるリレー競技ではなく、政治上の制約が見つかれば政策設計へ戻り、制度上の問題が見つかれば再び政治調整を行う往復運動である。政調会長と幹事長は同じ一本道の前半と後半を担当しているのではなく、異なる種類の問題を担当しながら、必要に応じて何度も同じ政策を行き来している。
政府の側にも、もう1本の政策決定の流れがある
さらに忘れてはならないのが、与党の中だけで政策が作られているわけではないという点である。内閣提出法律案の場合、所管省庁が原案を作成し、関係省庁との調整を行い、内閣法制局による法的・立法技術的な審査を受けたうえで、閣議決定されて国会へ提出される。したがって実際の政策形成では、政府側の流れと与党側の流れが並行し、ときに交差しながら1つの法律案へと収束していく。
この構造を理解すると、政調会長がすべての政策の発案者でもなければ、幹事長がすべての政策の最終決定者でもないことが分かる。総理大臣、官房長官、担当大臣、各省庁、政務調査会、総務会、幹事長など複数の主体が、それぞれ異なる角度から政策へ作用するのであり、特に総理大臣や官邸が重要政策の方向性を強く示す場合には、党側の政策形成もその影響を受ける。
国会へ入ると、「政策を作る力」から「成立させる政治」へ重心が移る
党内と政府内で法律案が整い、内閣提出法律案として閣議決定されても、その時点ではまだ法律ではない。法案は国会へ提出され、委員会での審査、本会議での議決を経るため、ここでは制度の細部だけでなく、審議の日程、野党との交渉、採決の時期など国会運営の問題が大きくなる。
自民党には国会活動に関する事項を扱う国会対策委員会があり、その委員長は総務会の承認を受けて幹事長が決定する。このため幹事長は国会活動とも制度的につながっているが、日常的な法案の日程交渉をすべて幹事長自身が直接行うわけではなく、実際の国会対応では国会対策委員長などが重要な役割を担う。ここでも幹事長の力は、個々の条文を作る力というより、党組織と国会活動を結びつける政治的な力として理解する方が正確である。
「衆議院と参議院を通らなければ絶対に法律にならない」わけではない
法律案は原則として衆議院と参議院の両院で可決したときに法律となるが、日本国憲法には両院の意思が一致しなかった場合の仕組みも設けられている。参議院が衆議院とは異なる議決をした法律案について、衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再び可決すれば法律となるため、「必ず両院が同じ内容で可決しなければ法律にならない」と説明すると正確ではない。
もっとも、通常の政策過程を理解するうえでは、衆議院と参議院の双方で審議が行われることを基本形として考えてよい。重要なのは、党内で政策内容がまとまったことと、国家の法律として成立したことはまったく別の段階だということであり、政調会長や幹事長が強い影響力を持っていたとしても、その先には内閣と国会という別の意思決定主体が存在している。
すべての政策が「総務会、閣議、国会」という同じ道を通るわけでもない
ここでも、政策という言葉を広く捉えすぎると誤解が生まれる。国が行う政策のすべてに新しい法律が必要なわけではなく、既存の法律の範囲で行える行政措置もあれば、政令や省令で具体化できるものもあり、予算措置を中心として実施される政策もある。このため、「政策は総務会、閣議、国会をすべて通らなければ実現できない」と考えるのは正確ではない。
ただし、新しい法律の制定や法改正を必要とする重要政策であれば、与党内部での政策審査に加えて、政府内の立案と閣議決定、さらに国会での審議という複数の関門を通ることになる。ニュースを読むときには、いま報じられているのが党内の政策案なのか、政府案なのか、閣議決定された法案なのか、それとも国会で審議中の法律案なのかを区別するだけでも、その政策がどこまで進んでいるのかがかなり正確に見えるようになる。
「政調会長は上流、幹事長は下流」では説明しきれない
政調会長と幹事長の違いを簡単に説明するなら、「政調会長は政策を作り、幹事長はそれを通す」と言いたくなる。確かに入口としては分かりやすいが、ここまで見てきたように、実際の政策形成はそれほど単純ではない。政策の源流には各省庁や官邸、議員、社会からの要望などがあり、党内の政策審査へ入ると政調会長の役割が大きくなり、党内対立や国会運営、選挙への影響が問題になれば幹事長の政治調整力が重みを増す。そして政治的な事情から政策案が修正されれば、流れは再び政策形成の側へ戻っていく。
したがって、「上流が政調会長、下流が幹事長」というより、政調会長は政策という機械の内部を調整し、幹事長はその機械を載せた大きな船を動かす人物だと考えた方が実態に近い。機械が優秀でも船が出航できなければ政策は実現せず、船を動かす政治力があっても中に積んだ政策が制度として成立していなければ長くは走れない。2人の力は競合するというより、異なる種類の問題に作用しているのである。
ニュースに出てくる肩書を見ると、政策が今どこにいるのかが分かる
政治ニュースで政調会長の名前が前面に出てきたときには、政策の対象、財源、制度設計、党内の政策部門での合意など、「中身をどう作るか」が焦点になっている可能性が高い。一方、幹事長が前面に出てきたときには、党内の大きな調整、他党との政治的な協議、国会活動、選挙や党運営など、その政策を現実の政治の中でどう扱うかという問題が強くなっている可能性がある。ただし、これは絶対的な法則ではなく、政策ごとに総理大臣や官邸の関与の強さ、与野党の議席状況、連立政党との関係、政策をめぐる党内対立の程度によって、誰が前面に立つかは変化する。
だからこそ、政調会長と幹事長の違いは肩書だけを暗記するより、1本の政策が今どの段階にいるのかを追いながら見ると理解しやすい。まだ制度の形をめぐって議論しているのか、党として了承できるかを調整しているのか、政府として法案にまとめているのか、あるいは国会で成立させるための政治が始まっているのかによって、同じ永田町でも主役は少しずつ入れ替わる。
政策決定とは、権力が1か所に集まる瞬間ではなく、重心が移動していく過程である
政策決定という言葉からは、誰か有力な政治家が最後に判を押し、そこで物事が決まる姿を想像しやすい。しかし実際には、政策を構想する力、制度へ組み立てる力、党内で合意を形成する力、政府として法案にする力、国会で成立させる力が別々に存在し、その重心が時間とともに移動していく。
政調会長は、その長い過程の中で政策の内容を党として吟味し、形を整える局面に強く関わる。幹事長は、政策だけでは解けない党内政治、組織、国会活動、選挙などを含む大きな政治条件を扱う立場にある。どちらか一方が政策を決めるのではなく、政策の置かれている場所が変わるにつれて、必要とされる力そのものが変わっていくのである。
ニュースで「政調会長が調整に入った」「幹事長が協議した」と聞いたとき、その人物の名前だけを見るのではなく、「この政策はいま、どの扉の前に立っているのだろう」と考えてみるとよい。政策の中身を作る扉なのか、党をまとめる扉なのか、政府として決める扉なのか、それとも国会で法律へ変える最後の扉なのか。その位置が分かるようになると、同じ政治ニュースでも、表面に映る人事や発言の奥で、政策がどの方向へ動こうとしているのかが以前よりはっきり見えるようになる。

