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地方議会の委員長になると、普通の議員より何ができるようになるのか~本会議より委員会が重要になる理由

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 地方議会という言葉から多くの人が思い浮かべるのは、大きな議場に議員が並び、市長や町長を前に一般質問を行ったり、条例案や予算案について賛成か反対かを決めたりする本会議の光景ではないだろうか。新聞やテレビで報道されるのも本会議が中心であり、インターネット中継を行う自治体も増えているため、住民から見れば本会議こそが地方政治の中心で、そこで目立つ質問をする議員ほど大きな仕事をしているように感じられるのも不思議ではないが、実際の議会制度を少し内側から眺めてみると、地方政治の重要な作業のかなりの部分が、本会議場より小さく、傍聴者も少ない委員会室で行われていることに気づく。

 しかも、その委員会の中央には委員長という議員がいるため、普通の委員だった議員が委員長になると特別な権力を手に入れるようにも見えるのだが、ここには地方議会を理解するうえで興味深い仕組みがある。委員長になったからといって単純に議決権が2倍になるわけではなく、市長や町長に命令できるわけでもなく、自分が気に入らない議案を1人で否決することもできない一方、委員会を招集し、議事を整理し、秩序を保持しながら審査を進める立場となり、さらに標準的な委員会制度では可否同数になった場合に委員長が結論を決する仕組みも置かれているため、一般委員とは明らかに異なる制度的位置に立つことになる。

委員長になると「質問する側」から「議論を動かす側」へ移る

 全国市議会議長会の標準市議会委員会条例では、委員長は委員会の議事を整理し、秩序を保持するとされており、原則として委員会を招集する役割も担っているが、この「議事を整理する」という言葉だけを見ると、発言者を順番に指名して会議を進める司会者程度の仕事に思えるかもしれない。しかし、実際の会議は人を同じ部屋に集めただけでは成立せず、どの議題について審査しているのかを明確にし、委員に発言の機会を与え、質疑が本来の論点から外れれば議事を整理し、行政側から必要な説明を受けながら審査を進め、質疑や討論を経て最終的には表決など次の手続へ移らなければならないため、委員長は単なる参加者ではなく、複数の参加者による議論を「委員会としての審査」に変える役割を担っている。

 普通の委員であれば、自分が疑問に思った数字を追及し、住民から聞いた問題を取り上げ、行政側の説明に納得できなければ再び質問するというように、基本的には自分の問題意識を中心として活動することができるが、委員長になると、自分が何を質問したいかという視点だけでは足りなくなり、ある委員の質疑がどこまで進んでいるのか、行政側の答弁によって論点が明らかになったのか、ほかの委員にも発言の機会を与える必要があるのか、審査をさらに続ける段階なのか、それとも次の手続へ進める段階なのかというように、委員会全体の進行を見る必要が生じる。

 ただし、ここで重要なのは、委員長が自分の判断だけで自由に議論を打ち切ったり、結論を決めたりできるわけではないことであり、発言時間の制限や質疑・討論の終結などについても、会議規則に従い、必要な場合には委員会に諮りながら進める仕組みが置かれているため、委員長の権限は強い独裁的な権限ではなく、あくまで合議制という枠組みの中で委員会を成立させるための議事運営上の権限なのである。

委員長の「1票」は普通の委員と少し違う

 委員長の立場を理解するとき、表決の仕組みは特に興味深い。委員長になったからといって自分の1票が単純に2票になるわけではないが、標準市議会委員会条例では、委員会の議事は出席委員の過半数で決し、可否同数の場合には委員長が決する仕組みになっており、通常の表決では委員長は委員として表決に加わらず、賛成と反対が同数になったところで委員長が結論を決めるという、一般委員とは異なる位置に置かれている。

 たとえば委員長以外に6人の委員がいて、賛成3人、反対3人となれば、その時点では委員会として結論を出せないため、委員長の判断が意味を持つことになる。これは委員長が常にほかの委員より強い議決権を持っているということではなく、通常は表決から一歩離れた位置にいながら、委員会の意思が二分された場合に結論を形成する役割を担う制度だと考えた方が正確であり、委員長という職が単なる名誉職ではないことをよく表している。

 もっとも、地方議会の具体的な運営は、それぞれの自治体が定める条例や会議規則によって細部が異なるため、全国のすべての地方議会が完全に同じ仕組みで運営されていると考えるべきではなく、実際の議会について確認する場合には、その自治体の委員会条例や会議規則を見る必要がある。

本会議で見えるのは結論だが、その結論をつくる材料は委員会で掘り出される

 では、なぜそこまで委員会が重要になるのだろうか。それを理解するには、地方議会へ提出される議案を完成した文章として見るのではなく、その背後に多数の数字、制度、行政判断が折り重なっているものとして考えてみると分かりやすく、地方自治法でも常任委員会には、その所管に属する地方公共団体の事務を調査し、議案や請願などを審査する役割が認められているため、委員会は単なる本会議の予行演習として存在しているわけではない。

 たとえば自治体が新しい公共施設を建設する議案を提出した場合、本会議で最終的に問われるのはその議案を議会として認めるかどうかであっても、政策として本当に検討しなければならない問題は単純な賛否だけでは終わらず、なぜ現在その施設が必要なのかという問いから始めれば、想定利用者数はどのように計算したのかという問題へ進み、その数字を調べれば将来人口をどのように推計したのかという問題が現れ、さらに建設費を調べれば他の候補地や既存施設の改修との比較が必要になり、完成後の維持費まで考えれば、人口が減少する10年後、20年後にも自治体が同じ財政負担を続けられるのかという問題へ行き着く。

 最初は「施設を建設するか」という1つの議案だったものが、審査を深めるにつれて人口政策、財政政策、公共施設管理、地域政策という複数の問題へ枝分かれし、その過程で初めて議案の背後にある行政の考え方が見えてくるため、本会議が最終的に議会として意思を示す場所だとすれば、委員会はその意思を形成するための材料を細部まで調べる場所であると考えることができる。

予算書の「500万円増」から自治体の政策思想まで見えてくる

 地方行政を理解するときに特に興味深いのが予算審査であり、予算書には膨大な金額が並んでいるものの、そこに書かれた数字は単なる会計上の記号ではなく、その自治体が何に人を配置し、何を自前で行い、何を民間へ委託し、どの住民層を支援し、何を将来への投資と考えているのかという行政判断が金額として現れたものでもあるため、委員会で1つの数字を丁寧に追っていくと、予算書を眺めているだけでは見えなかった政策の実像が浮かび上がってくることがある。

 たとえば、ある事業費が前年度より500万円増えていることに委員が気づき、その理由を尋ねたところ、行政側から委託料が増加したためだという説明があったとすれば、そこで質疑を終えれば単なる増額理由の確認で終わるが、なぜ委託料が増えたのかをさらに尋ね、それが利用者の増加によるものだと分かれば、今度は利用者1人当たりの費用はいくらなのか、利用者増加は一時的なのか継続的なのか、自治体職員が直接行う場合と委託する場合では費用やサービスにどのような違いがあるのかという新しい問いが生まれ、わずか500万円の増額から、その自治体が公共サービスをどのような方法で維持しようとしているのかという政策全体の問題へ到達することもあり得る。

 議会による行政監視とは、必ずしも市長や町長と激しく論争することではなく、このように小さな数字や説明の中に隠れている前提を1つずつ確認していく作業でもあり、その作業を複数の委員が異なる視点から行うことで、1人の議員だけでは気づかなかった論点が浮かび上がる可能性があるところに、委員会という合議制の仕組みの意味がある。

委員長の力は「自分が質問すること」より「議論を成立させること」に現れる

 ここまで考えると、委員長が普通の委員とどこで違ってくるのかも見えやすくなる。優秀な議員というと、行政資料を読み込み、数字の矛盾を発見し、鋭い質問によって行政側から重要な答弁を引き出す人物を想像しやすいが、委員長には自分以外の委員が持っている知識や問題意識も含めて委員会全体を進行させる役割があるため、自分自身の質問力とは別の能力が必要になる。

 ある委員が財政面から質問し、別の委員が住民サービスの面から問い、さらに別の委員が過去の事業との整合性を尋ねたとき、それぞれの質問が無関係なまま終われば単発の質疑が並んだだけになるが、それらが同じ政策の異なる側面を照らすことによって議案を見る角度が増えれば、委員会全体として得られる情報も豊かになる可能性があり、委員長は個々の委員の発言を尊重しながら議事を整理し、必要な手続を経て委員会として意思形成できるところまで審査を進める役割を担うことになる。

 この意味では、委員長を「政策を決める人」と考えるより、多数の議員と行政との間で発生する情報交換を一定の議事規則の下で整理する「調整点」と考えた方が実態に近く、委員が増え、質問が増え、行政側の答弁が増えるほど議論は複雑になるため、それらを1つの審査として成立させる議事整理の重要性も高くなる。

委員長席に座ると、行政だけでなく議会自身も見えやすくなる

 普通の議員として行政に質問しているときには、自分が質問し、担当部長などが答え、その答弁に問題があれば再質問するという往復の中で行政を見ることになりやすいが、委員長席から委員会全体を見る立場になると、行政側の答弁だけではなく、同じ議員たちがどのような資料を使い、どのような問いを立て、その答弁から次の質問をどのように組み立てているのかを見る機会も増えるため、行政だけではなく議会自身の審査能力も観察しやすくなる面がある。

 資料を十分に読み込んだ質問では具体的な数字が示され、それに対する行政側の説明も具体化する可能性がある一方、前提が曖昧な質問では議論が一般論の範囲から進まないこともあり、さらに1人の委員の質問を受けて別の委員が異なる角度から問いを重ねれば、それまで明確でなかった論点が浮かび上がる場合もあるため、委員長という位置は「行政が十分に説明しているか」だけでなく、「議会が十分に質問できているか」を見る位置にもなり得る。

 ただし、委員長経験を積めば必ず議員を見る能力が高くなるという統計的な因果関係が証明されているわけではないため、これは制度そのものが保証する効果ではなく、委員会全体を継続的に見る立場に置かれることから生じ得る経験上の特徴として考えるのが適切だろう。

本会議より委員会の方が「上」なのではない

 ここで最も注意しなければならないのは、委員会が重要だからといって、本会議より委員会の方が制度上格上であるという意味にはならないことであり、条例案や予算案などについて地方議会として最終的な意思を決定する本会議の役割は当然重要で、委員会が議会そのものに代わって自由に最終決定できるわけではないため、「本会議より委員会が重要になる」という表現は、法的な権限の上下ではなく、政策の内容を詳細に検証する過程に注目した場合の話として理解する必要がある。

 本会議と委員会は競争しているのではなく、本会議だけでは扱いにくい細部を委員会で審査し、その審査結果が委員長報告などを通じて本会議へ戻され、最終的な討論や表決へつながっていくという関係にあるため、住民にとって興味深いのは、本会議で誰が賛成し誰が反対したかという最終結果だけではなく、その結論へ到達する前に委員会でどのような疑問が提示され、行政がどのように答え、どの数字が問題となり、どの論点が解消され、あるいは最後まで残ったのかという過程なのである。

 したがって「委員会の方が本会議より情報量が多い」「委員会の方が常に重要である」と全国の地方議会について統計的に断定することはできず、実際に証明するためには議案1件当たりの審査時間、質問数、再質問数、行政答弁数、発言文字数、資料提出数などを多数の議会について比較する必要があるが、制度そのものが詳細な審査を委員会に担わせている以上、政策の中身がどこまで検証されたのかを知ろうとするとき、委員会審査が重要な観察対象になることは制度構造から説明することができる。

地方議会を見るなら「誰が質問したか」だけでは足りない

 地方議会を評価するとき、私たちはどうしても目立つ議員へ視線を向けやすく、本会議の一般質問で市長や町長と論戦する姿は分かりやすい一方、議会という組織の能力を考えるなら、その議員が何を質問したかだけではなく、委員会でどこまで議案を調べているのか、行政答弁に対してさらに問いを重ねているのか、予算や事業の数字について根拠まで確認しているのか、異なる立場の議員が別々の角度から政策を検証できているのか、そして委員長がそれらの質疑を議事規則に従って1つの審査として成立させているのかを見ることで、その地方議会が行政をどこまで検証できているのかをより立体的に理解できる。

 採決結果だけを見れば議会は賛成何人、反対何人という数字の世界に見えるが、その数字が生まれるまでの過程を追えば、議会は行政から提出された政策情報を複数の議員が異なる角度から検証する制度として見えてくるため、本会議と委員会の違いを知ることは、地方政治を単純な賛成派と反対派の対立として見るのではなく、「政策がどの程度まで検証されたのか」という別の尺度から見る入口にもなる。

委員長席から見えるのは、地方議会そのものの実力である

 結局、地方議会の委員長になると普通の議員より何ができるようになるのかという問いに対して、単純に「権力が強くなる」と答えてしまうと本質を外してしまう。委員長には議事整理や秩序保持、委員会の招集など一般委員とは異なる役割があり、標準的な制度では可否同数の場合に結論を決する位置にも置かれている一方、それらの権限は条例や会議規則と合議制の中で行使されるものであり、市長や町長のように政策を執行する権限でも、委員会の結論を1人で自由に決定する権限でもない。

 それでも普通の委員として自分の問題意識を質問する立場から、複数の委員による質疑と行政側の答弁を整理し、委員会という制度を動かしながら審査を成立させる立場へ移ることには大きな意味があり、そこで必要になる能力も、個人として鋭い質問をする力だけではなく、異なる論点を持つ複数の議員が議事規則の中で十分に審査できるよう会議全体を見る力へ広がっていく。

 地方議会の本会議場には議員全員が並び、委員会室にはその一部しかいないため、外から眺めれば大きな本会議場の方が政治の中心に見えるかもしれないが、政治の重要性は部屋の大きさや発言の華やかさだけでは測れず、予算の数字を読み、事業の前提を疑い、行政の説明を掘り下げ、議会として判断できるだけの材料があるのかを確かめる委員会の過程を見れば、その地方議会が行政から提出された政策をどの程度まで検証しているのかが、本会議の採決結果だけを見ているときより鮮明に見えてくることがある。

 だから地方議会を深く知ろうとするなら、本会議で誰が何を質問したかを見るだけでは足りず、委員会で何が問われ、その問いに行政が何と答え、別の委員がそこから何を見つけ、委員長がそれらの議論をどのように審査として成立させているのかまで見たとき、初めて地方議会という制度の輪郭が浮かび上がってくるのであり、華やかな本会議場が地方政治の「表紙」だとするなら、委員会室には、その自治体の政策が実際にどこまで調べられ、疑われ、考え抜かれたのかを知るための本文が書かれているのである。

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