地域政経

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観光客が増えても地域が豊かにならない理由

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「今年は観光客が増えた」「過去最高の来訪者数になった」というニュースを聞けば、その地域の経済も活性化しているように感じる。

しかし、観光客が増えることと、地域が豊かになることは同じではない。

観光庁によれば、2025年の日本人国内旅行消費額は26兆7,845億円となり、2019年を22.1%上回った。国内旅行全体で見れば、旅行によって動く金額は非常に大きい。

それでも、観光地の住民から「観光客は増えたが、地域が豊かになった実感がない」という声が出ることは珍しくない。

なぜこのようなことが起きるのだろうか。

その理由を考えるためには、「何人来たか」ではなく、観光客が使ったお金が、どこへ流れ、最終的に誰の所得になったのかを見る必要がある。

観光客数と地域所得は別の指標である

地域の観光を考えるとき、最も分かりやすい数字は観光客数である。

年間100万人だった観光客が120万人になれば、20%増加したことになる。一見すれば大きな成果に見える。

しかし、地域経済への効果は人数だけでは決まらない。

単純化すれば、観光によって地域にもたらされる最初の消費額は、

観光消費額 = 観光客数 × 1人当たり消費額

と考えることができる。

例えば100万人が訪れ、1人平均1万円を使う地域なら、観光消費額は100億円である。

ところが、観光客数が120万人へ20%増えても、日帰り客が増えたため1人当たり消費額が7,000円へ下がれば、

120万人 × 7,000円 = 84億円

となる。

観光客は20%増えたのに、観光消費額は16%減ってしまう。

したがって、「観光客が何人来たか」という数字だけでは、地域経済への効果を判断することはできない。

日帰り観光と宿泊観光では経済効果が違う

この問題を考えるうえで重要なのが、滞在時間である。

観光客が地域を訪れても、数時間滞在して帰るだけなら、使われるお金は限られる。

駐車料金を払い、昼食を食べ、土産を一つ買って帰る観光と、ホテルや旅館に泊まり、夕食を食べ、翌朝も地域内で買い物をする観光とでは、一人の旅行者が地域に落とす金額が大きく異なる。

観光庁の2025年統計では、日本人国内旅行消費額26兆7,845億円のうち、宿泊旅行が21兆7,211億円、日帰り旅行が5兆634億円だった。もちろん旅行者数などの条件が異なるため単純比較はできないが、宿泊を伴う旅行が観光消費の重要な部分を占めていることは分かる。

地域側から見れば、重要なのは単純な「入込客数」だけではない。

何時間滞在したのか、宿泊したのか、何回食事をしたのか、地域内でどれだけ買い物をしたのか。

この違いによって、同じ100万人の観光客でも地域経済への影響は大きく変わる。

観光客が使った1万円が、そのまま地域の所得になるわけではない

さらに重要なのが、観光消費の「地域外への流出」である。

例えば観光客が地域のホテルで1万円を支払ったとする。

その1万円が、そのまま地域住民の所得になるわけではない。

ホテルが仕入れる食材が地域外から運ばれていれば、仕入代金は地域外へ流れる。電力や燃料の支払い先が地域外企業なら、その分も外へ出ていく。予約サイトへ手数料を支払えば、それも地域内には残らない。本社が別の都市にある企業なら、利益の一部が本社側へ移る場合もある。

環境省が行っている地域経済循環分析も、地域経済を見る際には「生産」「分配」「支出」の三面から所得の流出入を把握することを重視している。地域内で売上が発生したとしても、そのお金が地域外へ流出すれば、地域内の所得として残る割合は小さくなる。

そこで観光の経済効果をもう少し現実に近づけて考えるなら、

地域に残る所得 = 観光消費額 × 地域内に残る割合

という考え方が必要になる。

仮に観光客が年間100億円を消費しても、そのうち地域内に残る割合が30%なら、地域内に残る金額は30億円程度になる。

一方で観光消費額が80億円でも、地域内調達や地元経営の事業者が多く、60%が地域内に残れば48億円になる。

つまり、観光客の数が少ない地域の方が、場合によっては地域住民へ還元される経済効果が大きいことさえあり得る。

全国チェーンが繁盛しても地域経済への効果は限定されることがある

観光地に大型ホテル、全国チェーンの飲食店、小売店が進出すると、観光客にとっては便利になる。

雇用も生まれるため、地域にとって無意味ということではない。

ただし、「売上」と「地域所得」を区別する必要がある。

例えば1億円の売上がある店舗でも、商品の仕入れ、本部への支払い、設備、広告、各種サービスなどを地域外企業に依存していれば、売上の相当部分が地域外へ流れる。

反対に、地元の旅館が地元農家から野菜を買い、地元漁業者から魚を仕入れ、地域住民を雇用し、利益を地域内で再投資すれば、一つの観光消費が複数の地域住民の所得につながっていく。

重要なのは、「観光産業があるか」だけではなく、その観光産業が地域の他産業とどの程度結び付いているかである。

地元で仕入れると同じ1万円が地域内を何度も回る

地域経済を考えるうえでは、資金循環という考え方が重要になる。

観光客が地元経営の旅館へ1万円支払う。

旅館がその売上から地元農家へ食材代を払う。

農家が地元の商店で買い物をする。

商店が地域住民へ賃金を支払う。

このような取引が続けば、最初に観光客が持ち込んだお金が地域内で繰り返し使われる。

反対に、最初の取引の直後に地域外の会社へお金が支払われれば、地域内での循環はそこで止まる。

環境省が地域経済循環分析で「地域内の産業間取引」や「所得の流出入」を重視しているのも、この構造を見るためである。

したがって、観光による地域活性化を考える場合、

「観光客を100万人から120万人へ増やす」

という政策だけでなく、

「観光客が使った1万円のうち、地域内に残る金額を3,000円から5,000円へ増やす」

という政策も同じくらい重要になる。

場合によっては後者の方が、地域住民の所得を増やす効果は大きい。

観光客が増えても住民の賃金が上がらなければ豊かさは実感できない

もう一つの問題が雇用である。

観光業は宿泊、飲食、小売、清掃、輸送など多くの仕事を生み出す。

しかし、観光客増加によって企業の売上が増えても、それが地域住民の所得増加につながるとは限らない。

繁忙期だけの短期雇用が中心であったり、人手不足をパートタイム労働や地域外からの労働力で補ったりすれば、観光産業全体の売上増加と地域住民一人当たり所得の増加は一致しない。

地域住民にとって重要なのは「地域の売上が増えたか」ではなく、「安定した仕事が増えたか」「賃金が上昇したか」「地元企業の利益が増えたか」という問題である。

観光政策を評価するのであれば、観光客数だけでなく、観光関連雇用者の所得や地元企業への発注額まで見る必要がある。

観光には季節変動という弱点がある

海水浴場なら夏、紅葉の名所なら秋、スキー場なら冬というように、観光需要には強い季節性がある。

年間の観光客数が多くても、数か月間に需要が集中していれば、地域経済の安定した基盤にはなりにくい。

ホテルや飲食店は、繁忙期の需要に対応できる設備と人員を用意しながら、閑散期にはそれらを十分利用できない。

これは経営効率を悪化させる。

さらに、地域全体が観光に依存すると、天候、災害、感染症、景気、為替、交通事情といった外部要因の影響を受けやすくなる。

観光は地域経済にとって重要な産業になり得るが、「観光客さえ呼べば地域経済が安定する」というほど単純ではない。

観光客増加によって地域住民の負担が増えることもある

観光にはプラスの経済効果だけでなく、地域側のコストもある。

道路の混雑、ごみ処理、公衆トイレ、駐車場、警備、景観維持、公共交通の混雑などである。

観光客が増えれば、こうした行政サービスやインフラへの需要も増える。

その費用を観光関連収入だけで十分に賄えなければ、自治体の一般財源や住民の負担によって支えることになる。

国の観光政策でも現在は単純な観光客数の拡大だけではなく、「住民生活の質の確保との両立」やオーバーツーリズム対策が政策課題として位置づけられている。

観光客が増えた結果として地域住民の生活コストや行政負担まで増えるなら、観光による利益からそのコストを差し引いて考えなければならない。

本当に見るべきなのは「観光客数」ではなく「地域に残った所得」

ここまでを整理すると、観光客数から地域住民の豊かさに至るまでには、いくつもの段階が存在する。

概念的には、

観光客数 ↓ 観光消費額 ↓ 地域内売上 ↓ 地域内所得 ↓ 住民所得

という流れになる。

途中で地域外への資金流出が大きければ、最初の観光客数がどれほど多くても、最後の住民所得はそれほど増えない。

より現実的には、

地域への純効果 = 観光消費額 × 地域内循環率 - 観光による地域コスト

と考えた方が、地域経済の実態に近い。

この式で重要なのは、観光客数そのものが不要という意味ではない。

観光客数は「観光消費額」を決める一要素にすぎないということである。

小さな自治体ほど「人数を増やす観光」から転換する必要がある

人口減少地域では、観光客数を無制限に増やすことは現実的ではない。

宿泊施設にも飲食店にも交通にも人手が必要だからである。

人口が減少して働き手も減る地域で、大量の観光客を受け入れるモデルを追求すれば、やがて供給能力そのものが制約になる。

それならば、観光客の絶対数だけを競うより、長く滞在してもらうこと、宿泊してもらうこと、地域の飲食店を利用してもらうこと、地域産品を買ってもらうこと、地元事業者同士の取引を増やすことを重視した方が合理的である。

観光政策においても、単に旅行者数を増やすだけでなく、旅行消費額、地方への誘客、宿泊、観光産業の強化など、複数の指標を見る必要がある。

「100万人来た町」より「お金が残る町」

観光政策では、大きな数字が注目されやすい。

年間観光客100万人、前年比20%増、過去最高の宿泊者数。

こうした数字は成果を説明しやすい。

しかし、地域住民にとって本当に重要なのは、その結果として所得が増え、仕事が安定し、地域企業が存続し、自治体財政が改善したかどうかである。

極端に言えば、100万人の観光客が訪れても、その多くが短時間で通過し、地域外資本の店舗で消費し、ほとんどのお金が地域外へ出ていくのであれば、地域経済への恩恵は限られる。

反対に50万人しか訪れなくても、宿泊し、地域の店で食事をし、地元産品を買い、その売上が農業、漁業、商業、サービス業へと循環するなら、地域経済への効果は大きくなる。

観光で地域を豊かにするために必要なのは、単に人を集めることではない。

観光客が持ってきたお金を、どれだけ地域内に残し、地域の中で何度循環させられるか。

そこまで考えて初めて、「観光振興」が「地域経済の振興」になる。

観光客数は入口であって、目的ではない。

地域が本当に見るべき数字は、訪れた人数の向こう側にあるのである。

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