地域政経

九条レオンの地域から社会と政治・経済のこれからを考える

議場の外にも続いている、議員と職員の関係

 地方議会について考えるとき、私たちは本会議場で質問する議員と、それに答弁する市長や町長、担当部長といった光景を思い浮かべやすい。しかし、地方議員と自治体職員との関係は、議場や委員会室の中だけで完結しているわけではない。住民から道路の補修について相談を受けた議員が担当課へ問い合わせることもあれば、福祉制度について「このような場合は対象になるのか」と確認することもあり、地域で拾い上げた問題を行政へ伝え、行政の説明を住民へ返すことも、現実の地方政治では行われている。

 私自身、この問題を考えるきっかけになった光景を見たことがある。休日に自治体職員の携帯電話へ地方議員から電話が入り、その会話が1時間以上続いていたのである。ただし、私は電話の内容をすべて聞いていたわけではないため、何について話していたのか、それが緊急の連絡だったのか、政策についての相談だったのか、複数の住民相談をまとめて話していたのかは分からない。したがって、この出来事だけから議員が職員へ何らかの圧力を加えていたと評価することはできず、1時間以上の電話だったという事実だけで、その働きかけが適切だったのか不適切だったのかを判断することもできない。

 それでも、この光景が印象に残ったのは、地方議員と自治体職員との関係が、法律や議会規則に書かれた公式な場面だけではなく、電話や面談といった議会の外側にも広がっていることを実感したからである。制度上、地方議員は自治体職員の上司ではない。それにもかかわらず、現実には議員と職員が継続的に接触する場面が存在するのであれば、そこで交わされる質問や相談、要望と、議員という立場を背景に生まれ得る影響力との境界は、どこにあるのだろうか。

地方議員は自治体職員の上司ではない

 まず法律上の関係は比較的明確である。地方自治法第154条は、普通地方公共団体の長が「その補助機関である職員」を指揮監督すると定めている。したがって、市長や町長の補助機関として働く一般の職員について、その行政組織上の指揮監督系統は首長側に置かれており、市議会議員や町議会議員がその職員の上司になる制度にはなっていない。なお、自治体には議会事務局や教育委員会など首長の補助機関とは異なる組織も存在するため、すべての自治体職員を一律に「首長の指揮監督下」と表現するのは正確ではなく、ここでは主として首長の補助機関で働く一般の職員について論じている。

 地方公務員法第32条も、職員は職務を遂行する際、法令、条例、自治体の規則などに従うとともに、「上司の職務上の命令」に忠実に従わなければならないと定めている。地方議員から「こうしてほしい」と頼まれたからといって、その要望が職務命令へ変わるわけではなく、議員個人に自治体職員への一般的な指揮命令権が与えられているわけでもない。

 ここは地方政治を考えるうえで重要な区別である。地方議員は選挙によって選ばれ、条例や予算などの議決に参加し、行政について質問し、政策を議論する立場にある。しかし、「選挙で選ばれた公職者であること」と「行政職員を直接指揮できること」は同じではない。

「議会の権限」と「議員個人の力」は同じではない

 地方自治法は、議会に行政を検査し、調査するための権限を与えている。第98条では議会が自治体事務に関する書類や計算書を検閲し、執行機関などから報告を求めて事務を検査できるとされ、第100条では自治体事務について調査し、必要な場合には関係人の出頭や証言、記録の提出を求めることができる。いわゆる100条調査と呼ばれる制度である。

 ただし、ここで権限を持つ主体として法律に書かれているのは基本的に「議会」であり、1人の議員が役所へ電話したり担当課を訪れたりしただけで、第98条や第100条と同じ法的権限を個人として行使できるわけではない。通常の議員活動として行政へ問い合わせ、資料について説明を求め、住民から寄せられた問題を伝えることと、議会という機関に法律上与えられた検査権や調査権とは、分けて考える必要がある。

権限がないことと、影響力がないことは同じではない

 ここまでを見ると、「議員には職員への命令権がないのだから、議員からの電話や要望は一般住民からのものとまったく同じなのではないか」と考えたくなる。しかし、制度上の権限と、組織や人間関係の中で現実に生じ得る影響力は必ずしも一致しない。

 地方議員は本会議や委員会などで行政の施策を取り上げることがあり、住民から継続的に相談を受ける立場でもある。そのため、職員に対する正式な命令権が存在しなくても、「この問題を議員が認識している」という事実が行政組織の中で一定の意味を持つ可能性はある。ただし、ここから「地方議員は常に職員へ強い影響力を行使している」と一般化することはできず、実際の関係は自治体の規模や組織文化、案件の性質、議員と行政との関係、行政側の対応制度などによって異なると考える方が慎重である。

 私が見た休日の長電話も、この問題について考えるきっかけにはなるが、何らかの影響力が実際に行使された証拠ではない。観察できたのは、休日に地方議員から自治体職員の携帯電話へ電話があり、会話が1時間以上続いていたという事実までであり、その電話によって行政判断が変わったのか、職員が心理的な負担を感じたのか、あるいは通常の相談として問題なく対応していたのかは分からない。1つの経験から地方議員全体や自治体職員全体について結論を出すことはできず、具体的な経験を問題意識の出発点にすることと、それを一般的な傾向を示す証拠として扱うことは別なのである。

「確認してほしい」と「優先してほしい」の間にある境界

 例えば、住民から「道路に大きな穴が開いていて危険だ」という相談を受けた議員が担当課へ連絡し、「現場を確認してもらえないだろうか」と伝えたとする。担当課が現地を確認し、道路管理上の基準に基づいて危険度を判断し、その結果として補修が必要だと決定するのであれば、議員は住民と行政との間で情報を伝える役割を果たしたと考えることができる。

 ところが、「自分が頼んだ案件なのだから、ほかより先に直してほしい」となれば意味が変わってくる。さらに、許認可について特定の人だけ異なる扱いを求めたり、契約について特定の事業者を優先するよう求めたり、人事に関して通常の手続きとは異なる扱いを求めたりするのであれば、行政の公平性という別の問題が生まれてくる。

 つまり、質問、相談、要望、不当な働きかけの境界は、使った言葉の丁寧さだけでは決まらない。「お願いなのですが」と言えば正当になり、「要求する」と言えば直ちに不当になるというものでもなく、何を求めているのか、通常の行政基準を変更させようとしているのか、特定の人だけを有利に扱うことを求めているのか、職員の公正な判断を妨げるような態様になっているのかという実質を見る必要がある。

要望の内容とともに、その過程が見えなくなることも問題になる

 一部の自治体では、こうした問題への対応として、行政に寄せられた要望を記録する制度を設けている。大阪市では、市民だけでなく公職者や団体などから職員の職務に関して寄せられた要望について記録し、対応方針を明らかにする制度を運用している。2026年6月に公表対象となった要望等は1,945件で、このうち公職者によるものは24件であり、24件はいずれも「定例的で対応方針が明確なもの」に分類されていた。

 この数字から分かるのは、少なくとも大阪市では公職者から行政への要望が制度上記録され、その内容に応じて行政の対応が整理されているということである。一方で、この24件を地方議員による問題のある働きかけの件数と読むことはできないし、24件が24人の公職者を意味するわけでもない。さらに、大阪市という1自治体の記録から、日本全国の地方議員と自治体職員との接触頻度を推計することもできない。

 それでも、この制度の考え方には注目すべき点がある。行政への要望自体をなくそうとするのではなく、「誰から、どのような要望があり、行政がそれをどのように扱ったのか」という過程を記録することで、公平性と透明性を高めようとしているからである。問題のある要望であれば内容そのものを検討する必要があるが、正当な要望であっても、その後の行政判断が外部からまったく確認できなければ、「なぜこの案件だけ対応が変わったのか」という疑念を生みやすい。したがって、要望の内容と、その要望を行政がどのように処理したのかという過程の双方を見る必要がある。

「口利き」という言葉だけでは実態は分からない

 地方政治では、議員が行政へ何かを頼む行為を「口利き」と呼ぶことがある。しかし、この言葉には、住民と行政との間をつなぐ日常的な活動から、行政の公平性に疑問が生じるような働きかけまで、かなり異なる行為が一緒に含まれてしまう。

 高齢者から「制度の説明を受けてもよく分からない」と相談された議員が担当課へ確認することも、人と行政との間をつなぐという意味では仲介である。一方で、特定の人や事業者だけ異なる扱いを受けられるよう求めることも、外形だけを見れば議員から行政への働きかけである。しかし、両者の性質は大きく違うため、「議員が役所に電話した」「議員が担当課へ行った」という事実だけから、その行為の適否を判断することはできない。

 休日の長電話についても同じである。電話時間が長かったことは観察できても、それだけで不当な要求だったことにはならない。重要なのは、電話が何分間続いたのかという時間だけではなく、その中で何が求められ、それに対して行政側がどのような判断を行ったのかという内容である。

長電話と不当要求を直接結び付けることはできない

 大阪市では、不当要求行為について、威圧的な言動などだけでなく、地位を利用したり、その権限に基づく影響力を行使したりして、職員に不適正な職務上の行為をすること、またはしないことを求め、公正な職務執行を妨げる行為などと定めている。ここで重視されているのは、単に議員や公職者から接触があったという事実ではなく、働きかけの内容や方法によって職員の公正な職務執行が妨げられたかどうかである。

 したがって、私が見た1時間以上の電話と、このような不当要求行為とを直接結び付けることはできない。長時間の電話が通常の政策説明や住民相談であることもあり得るし、反対に短い電話であっても内容によっては行政の公平性を考える必要が生じる場合もあり得る。電話時間は外から確認できる1つの事実ではあっても、それだけで働きかけの性質を判断できる指標ではないのである。

正当な要望活動にも、制度上の境界がある

 地方議員が住民から相談を受け、制度について問い合わせたり、地域の課題を行政へ伝えたりすること自体は、行政と住民との間をつなぐ活動として理解できる。一方で、法律は、公職者が一定の契約や行政処分について請託を受け、自らの権限に基づく影響力を使って行政へ働きかけ、その対価として財産上の利益を受け取るような場合について、通常の政治活動とは別の扱いを定めている。

 重要なのは、このような規定があるからといって、議員による日常的な問い合わせや住民相談まで同じように見るべきではないということである。政策上の提案、住民から受けた相談の伝達、行政上の判断基準から外れるような働きかけ、さらに法律が特別に規定している行為は、それぞれ性質が異なる。議員が行政へ何かを伝えたという一点だけで、すべてを同じ種類の行為として評価すれば、地方議員が本来果たすべき住民と行政との橋渡しまで萎縮させる可能性がある。

職員を守るのは「断る勇気」だけではない

 制度上、議員は一般の自治体職員の上司ではないのだから、不適切な要求であれば職員が断ればよいという考え方もある。しかし、現実の組織では、法的な命令権の有無だけで人間同士の関係が決まるわけではない。議員と職員は今後も議会や行政の場で顔を合わせる可能性があり、議員がその部署の施策を議会で取り上げることもあるため、職員が議員からの連絡を一般住民からの問い合わせとは多少異なるものとして受け止める可能性は考えられる。

 もっとも、「議員から連絡が来れば職員は必ず圧力を感じる」と一般化することもできない。議員との連絡を通常の職務の一部として処理している職員もいるだろうし、議員から地域の情報が入ることを行政運営に役立つものと考える部署もあるだろう。職員が実際に何を感じるのかについては、その職員本人への調査なしに外部から断定することはできない。

 だからこそ、公平性を職員個人の性格や「断る勇気」だけに委ねない仕組みが重要になる。外部からの重要な要望について記録を残し、必要に応じて上司と共有し、個人ではなく組織として対応するようにしておけば、担当者1人が議員との関係を抱え込む必要は小さくなる。これは職員を守るだけではなく、議員にとっても、正当な要望まで後から不適切な働きかけだったのではないかと疑われる可能性を減らすことにつながる。

統計から分かることと、分からないこと

 この問題を数字だけで説明しようとすると、大きな限界がある。少なくとも、ここで扱った資料だけから、日本全国の地方議員が議会の外で自治体職員へどの程度連絡しているのか、そのうちどの程度が行政判断に何らかの影響を及ぼしているのか、さらに不当な働きかけに当たるものがどの程度存在するのかを推計することはできない。

 大阪市の要望等記録制度は有用な資料ではあるが、大阪市独自の制度によって記録された数字であり、全国調査ではない。また、私が見た休日の1時間以上の電話も1件の観察事例にすぎず、そこから地方議員と自治体職員との一般的な関係を統計的に推定することはできない。1件の経験が具体的な疑問を生むことはあっても、それを集団全体の傾向を証明するデータとして扱うことはできないのである。

 したがって、この記事が示そうとしているのは、「地方議員による不適切な働きかけが何%存在するのか」という発生率ではない。地方議員には一般の自治体職員への指揮命令権がない一方、議会の外でも質問、相談、要望を通じた接点が存在し得るため、その働きかけと行政判断との関係をどのように透明にしていくかという制度上の問題なのである。

「議員に頼んだら動いた」という言葉をどう考えるか

 地方では、「役所へ直接言っても動かなかったが、議員に頼んだらすぐ動いた」という話を耳にすることがある。しかし、この言葉だけを取り上げて、行政上問題のある対応が行われたと判断することはできない。

 例えば、住民が担当窓口へ説明した時点では問題の重大性が十分伝わらなかったものの、議員が現場写真や周辺住民からの情報などを整理して担当部署へ伝え、その結果として危険度が再評価されたのであれば、行政が動いたことには合理的な理由がある。一方で、新しい事実も事情の変化もないのに、「議員から頼まれた案件だから」という理由だけで処理の順位が変わったのであれば、その公平性について説明が求められるだろう。

 つまり、本当に確認すべきなのは「議員が関与したか」という一点だけではない。「議員が関与した後に何が変わったのか」「判断が変わったのであれば、その理由は何だったのか」「同じ事情にある一般住民にも同じ基準が適用されるのか」というところまで見なければ、行政が合理的な理由によって動いたのか、それとも議員という立場そのものが判断に影響したのかは分からない。

議員と職員は、離れすぎても近すぎてもいけない

 地方議員と自治体職員との接触を一切なくせばよいという結論も現実的ではない。住民が抱える問題は統計や行政文書だけでは把握できないことがあり、議員が地域で聞いた声を行政へ届けることには意味がある。行政側にとっても、地域で起きている問題を知る経路が増えること自体は、必ずしも行政運営を損なうものではない。

 しかし、その関係が近くなりすぎ、行政上の優先順位や個別案件の結論が「誰から頼まれたか」で変わるようになれば、公平性について疑問が生じる。「議員に相談できる住民」と「議員との接点を持たない住民」とで、同じ制度の下にありながら行政サービスの結果が変わるのであれば、その違いを合理的に説明できるかが問われることになる。

 必要なのは、議員と職員の接触をなくすことではなく、接触があっても行政判断を説明できる状態を保つことである。議員は住民の相談を伝え、行政へ質問し、制度改善を求めることができる一方、職員はその意見を聞いたうえで、法令、条例、予算、行政上の基準、事実関係などに基づいて判断する。そして、議員の希望どおりになった場合にも、ならなかった場合にも、なぜその結論になったのかを説明できることが重要なのである。

議員の影響力に必要なのは「ゼロ」ではなく「見えること」

 地方議員には、自治体職員へ一般的な職務命令を出す権限はない。しかし、選挙によって選ばれ、行政を議会で問い、地域住民の声を行政へ届ける立場にある以上、その発言が現実の行政組織の中で何らかの重みを持つ可能性まで否定する必要はない。

 私が見た休日の1時間以上の電話についても、その影響力が良い方向に使われていたのか、そもそも行政判断へ何らかの影響があったのかは分からない。その意味では、この経験を「問題のある場面を目撃した」という話に変えてしまうべきではない。しかし、議員と自治体職員との関係が議場の外にも存在し、そのやり取りの一部は外部から見えにくいということを考えるきっかけにはなった。

 地方政治に必要なのは、「議員は職員へ連絡してはいけない」という単純な規制でも、「選挙で選ばれた議員なのだから行政へ強く求めて当然だ」という考え方でもないだろう。誰からどのような要望があり、それに対して行政が何を確認し、どの基準によって判断したのかを必要に応じて説明できる仕組みを持つことの方が重要である。

 政策を改善するために議員が行政へ働きかけることは、地方議会の役割と矛盾するものではない。しかし、議員という肩書だけで個別の行政判断が変わるのであれば、それは別の問題になる。質問、要望、相談と、不当な影響力の境界を見極めるために必要なのは、「議員が職員に何かを言ったか」という表面的な事実だけではなく、「何を求め、その後に行政判断がどう変わり、その理由をほかの住民に対しても説明できるのか」を見ることである。

 議員の影響力を完全にゼロにすることではなく、住民の声や政策課題を行政へ届ける正当な活動と、行政の公平性を損なう働きかけを区別できるようにすること、そのために議会の外で行われる重要なやり取りについても必要な記録と組織的な判断を残すことが、議員の正当な活動を守り、自治体職員を不必要な負担から守り、最終的には「誰に頼んだか」ではなく「何が妥当なのか」で行政が動くための条件になるのではないだろうか。

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 人口が減少すれば、自治体の職員数も減らしてよいのだろうか。例えば、人口5万人の自治体が3万人になった場合、住民が減った分だけ行政の仕事も少なくなるのだから、役場の職員数を減らしても問題はないように思える。しかし、実際の自治体行政は、それほど単純な仕組みでは成り立っていない。

 住民が半分になっても、道路の延長が半分になるわけではなく、橋や水道管、公共施設の数が同じ割合で減少するわけでもない。住民基本台帳の管理、税の賦課徴収、福祉、防災といった行政機能も、人口が一定数を下回れば不要になるという性質のものではない。人口に比例して減少する業務がある一方で、人口規模にかかわらず一定の人員や専門性を必要とする業務も存在している。

 もっとも、人口減少によって自治体職員が必ず減るわけではない。実際、市区町村の職員総数は長期的には減少してきたものの、2010年代半ば以降には増加傾向も見られる。高齢化や福祉需要の複雑化、防災対策などによって、人口が減っても必要な行政能力が増える場合があるためだ。

 人口減少社会で問題となるのは、単に職員数が減ることではなく、必要な行政業務量に対して、それを処理する人員や専門能力を十分に確保できなくなることである。特に小規模自治体では、職員一人の退職や欠員が特定の行政機能に大きな影響を与える可能性がある。

 では、自治体の人的資源が不足していったとき、実際にはどの行政サービスから影響が現れるのだろうか。

役所の窓口が最初になくなるとは限らない

 自治体の仕事と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのは役所の窓口だろう。住民票の交付、転入・転出の届け出、税金や国民健康保険の手続きなど、住民が直接利用する行政サービスである。職員数が減れば、窓口の待ち時間が長くなり、やがて窓口そのものを維持できなくなると考える人もいるかもしれない。

 しかし、窓口業務の中には、手続きの標準化やデジタル化によって効率化しやすいものがある。国は地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化を進めており、住民基本台帳、地方税、介護保険、国民健康保険、生活保護、障害者福祉など、主要20業務が対象となっている。自治体ごとに異なるシステムを維持する負担を減らし、情報システムに費やしていた人的・財政的資源を、住民サービスや政策立案などへ振り向けることが政策目的の一つである。

 ただし、システムの標準化と行政業務の自動化は同じではない。2026年3月末時点でも、標準化対象システムの約3割が、2026年度以降の移行支援を必要とする特定移行支援システムに該当していた。また、システム移行後の運用経費の増大も政策上の課題となっている。標準化によって職員の業務時間がどの程度削減されるかは、各自治体の業務設計や運用方法によって異なる。

 さらに、高齢者や障害のある人、複雑な事情を抱える住民への対応では、対面による説明や個別の判断が欠かせない場合がある。単純な証明書発行と、生活上の問題を抱えた住民への相談支援を、同じ窓口業務として一括りにすることはできない。

 それでも、定型的な申請や証明書発行については、オンライン化、コンビニ交付、共同処理などによって、職員数の減少を一定程度吸収できる可能性がある。したがって、職員不足が深刻化した場合に、最初に行政機能そのものが失われるのは窓口業務だとは限らない。

最初に苦しくなるのは専門職への依存度が高い仕事

 道路に異常が見つかった場合を考えてみよう。舗装に穴が開いているだけなら、業者に補修を依頼すれば済むように見える。しかし、実際の道路行政では、現場の確認、危険度の判断、工事方法の検討、設計・積算、予算の確保、施工業者との調整、工事の監督や検査など、多くの工程が必要になる。これらの仕事には、土木工学や施設管理に関する知識と経験が求められる。

 ところが、自治体の土木系職員は長期的に減少してきた。国土交通省の資料によれば、1996年度から2024年度までに市区町村全体の職員数は約16%減少したのに対し、土木部門の職員数は約26%減少している。また、2023年4月1日時点の一般行政部門における土木技師・建築技師の配置状況を見ると、全国1,741市区町村のうち、両職種が一人もいない自治体は435団体で、全体の約25%を占めていた。5人以下の自治体まで含めると826団体となり、全体の約47%に達する。

 ただし、土木・建築技師が配置されていないことと、土木・建築行政が実施できないことは同じではない。民間事業者への委託、都道府県による技術支援、周辺自治体との共同処理などによって、必要な行政機能を維持している自治体もある。また、土木部門の職員数と土木・建築技師の人数は集計対象が異なるため、両者を単純に比較することもできない。

 重要なのは、自治体内部に専門知識を持つ職員が少ないほど、特定の人物への依存が強くなりやすいことである。例えば、土木技師が3人いる自治体で1人が退職する場合と、唯一の土木技師が退職する場合では、組織への影響は大きく異なる。後者では、自治体内部で技術的な判断を行う能力が失われ、外部支援への依存度が急激に高まる可能性がある。

 行政サービスの維持能力は、職員数に比例して滑らかに低下するとは限らない。一定の専門職員を確保できなくなった時点で、従来の業務体制が急に成立しなくなることもある。これは職員の総数だけでは把握できない、行政組織の構造的な弱さである。

道路や橋は壊れる前から管理能力の差が現れる

 道路や橋の管理能力が低下したとしても、ある日突然、道路が通行不能になるとは限らない。最初に起こり得るのは、日常巡回の見直し、小規模な補修の先送り、施設の利用状況に応じた維持管理の優先順位付けなどである。

 例えば、道路の草刈り回数を減らす、交通量の少ない道路の補修時期を見直す、利用者の少ない公共施設への投資を抑えるといった判断が考えられる。限られた予算と人員の中で、重要度の高い業務を優先すること自体は不合理ではない。しかし、こうした調整が長期間続けば、同じ自治体の中でも、地域によって行政サービスの水準に差が生じる可能性がある。

 もっとも、道路や橋の点検を、自治体の判断だけで自由に減らせるわけではない。道路法令では、橋梁やトンネルなど一定の道路構造物について、必要な知識と技能を有する者が原則として5年に1回の頻度で点検することが定められている。職員不足を理由として、この法定点検の基準を任意に引き下げることはできない。日常的な道路巡回や草刈りなど、実施方法に一定の裁量がある業務と、法令に基づく点検業務は区別する必要がある。

 一方で、点検を実施できることと、発見された問題を速やかに修繕できることは別問題である。国土交通省が2026年に公表した2025年度道路メンテナンス年報では、2020年度に早期措置または緊急措置が必要と診断された橋梁について、地方公共団体による修繕等の措置着手率は79%であった。ただし、この数字だけで修繕の遅れを職員不足の結果と断定することはできない。財政状況、施工業者の確保、工事の難易度なども影響するためである。また、全国的には早期措置や緊急措置が必要な橋梁数が減少するなど、改善している指標も存在する。

 人口減少によって注目すべきなのは、行政サービスが存在するかどうかだけではない。施設の安全性をどの程度維持できているか、修繕が必要と判断されてから着手するまでにどれほど時間がかかるか、日常の維持管理が地域全体に行き届いているかという、実際の管理水準である。

行政サービスは消滅する前に地域ごとの密度が変わる

 人口減少地域では、行政サービスが一律に縮小するとは限らない。限られた財源と職員を効率的に使おうとすれば、利用者の多い地域や重要性の高い施設に資源を重点配分することが合理的になる場合がある。その結果、中心市街地では従来のサービス水準が維持される一方、人口密度の低い周辺地区では、施設の統廃合や維持管理方法の変更が進む可能性がある。

 このような変化は、行政サービスの「消滅」ではなく「粗密化」と捉えることができる。同じ自治体の住民であっても、住んでいる地域によって公共施設までの距離、道路管理の状況、行政サービスへのアクセスに差が生じるという意味である。

 もちろん、地域によるサービス水準の違いがすべて職員不足によって生じるわけではない。人口分布、地形、交通条件、施設の老朽化、財政事情なども影響する。また、利用者の少ない施設を統廃合することが、必ずしも行政の衰退を意味するとは限らない。限られた資源を再配分することで、安全性やサービスの質を維持できる場合もある。

 問題は、そうした変更が合理的な行政改革なのか、それとも必要な人員や財源を確保できないために生じた事実上のサービス低下なのかを区別することである。行政サービスの粗密化を評価するには、住民の利用状況、代替手段の有無、維持管理の実績などを確認する必要がある。

現場へ行かなければできない仕事は人口に比例して減らない

 デジタル化は行政の効率化に役立つが、現実の地域を管理する仕事をすべてオンライン化できるわけではない。倒木が道路をふさいだ場合には現場を確認する必要があり、大雨で側溝があふれた場合には排水状況を調べなければならない。倒壊の危険がある空き家についても、建物の状態や周辺への影響を確認する作業が必要になる。

 ここには、人口減少社会の行政を考えるうえで重要な違いがある。住民票の発行のように処理件数が人口に比較的連動する業務と、道路や公共施設の維持管理のように管理対象の規模によって必要な仕事量が左右される業務は、同じようには減少しない。

 例えば、ある自治体で必要な行政業務量の60%が人口に比例して減らない業務であり、残る40%が人口に比例すると仮定する。この場合、人口が40%減少しても、行政全体の業務量は16%しか減少しない計算になる。これは実際の自治体を推計した数値ではなく、人口減少率と行政業務量の減少率が必ずしも一致しないことを示す単純な数理モデルである。

 現実には、公共施設の統廃合、民間委託、技術革新などによって業務量そのものを減らすこともできる。しかし、住民が減少したからといって、残る住民が利用する道路や生活基盤の管理を同じ割合で削減できるわけではないという制約は残る。

 また、道路、河川、海岸、上下水道などの管理主体が、すべて市町村であるわけではない。国や都道府県、地方公営企業などが管理している施設もある。したがって、自治体職員の負担を評価する際には、行政区域の面積だけでなく、その自治体が実際に管理責任を負っている施設の種類と数量を確認することが重要である。

災害対応は普段の人員不足を一気に表面化させる

 平常時には何とか通常業務を処理できている自治体でも、大規模災害が発生すれば状況は大きく変わる。台風や豪雨、地震などが起これば、避難所の開設、道路や公共施設の被害確認、住民からの問い合わせ、被害認定調査、罹災証明書の交付、国や都道府県との調整など、多数の業務が短期間に集中する。

 自治体の対応能力を考えるうえで重要なのは、平常時にどれだけの仕事を処理できるかだけではなく、突発的な業務の増加に対応できる余力がどれほど残されているかという点である。通常業務を少人数で効率的に処理できていても、職員が常に高い負荷で働いている組織では、災害などによって新たな仕事が発生したとき、対応が滞る可能性が高くなる。

 この問題は、業務処理能力と待ち時間の関係からも説明できる。例えば、平均して1日に8件の仕事が発生する窓口について、一定の確率的な仮定を置いた単純な待ち行列モデルを考えると、1日に10件処理できる状態から9件しか処理できない状態へ能力が10%低下しただけで、平均滞在時間が2倍になる場合がある。実際の行政業務はこれほど単純ではないものの、業務量が処理能力の限界に近づくほど、わずかな能力低下が大きな遅延を招く可能性を示している。

 ただし、自治体の災害対応力は、常勤職員数だけで決まるものではない。大規模災害時には、国、都道府県、他の市町村、関係機関などからの応援を受ける仕組みがある。実際、2024年の能登半島地震では、被災自治体に対して全国の自治体から職員が派遣され、避難所運営や住家被害認定調査などを支援した。

 したがって、災害対応能力を評価するには、自治体内部の職員数に加えて、代替要員の確保、応援職員を受け入れる体制、指揮命令系統、他自治体との協定なども確認する必要がある。重要なのは、普段の職員が何人いるかという数字だけではなく、非常時に必要な行政機能を実際に動かせる仕組みが整っているかどうかである。

福祉行政は職員数より業務の複雑さが重要になる

 人口減少が進む自治体では、住民の数が減ったからといって福祉行政の負担まで同じ割合で減るとは限らない。高齢化が進めば、介護、生活支援、認知症、孤立、成年後見、身寄りのない高齢者への対応など、個別の事情を踏まえた判断が必要な案件の比重が高まる可能性がある。

 こうした仕事は、定型的な申請処理とは性質が異なる。同じ高齢者の一人暮らしであっても、本人の健康状態、認知機能、所得、家族関係、住宅環境、近隣とのつながりなどによって必要な支援は変わる。制度上の手続きが共通していても、相談や調整に必要な時間まで一律にすることは難しい。

 ただし、福祉行政で一人の職員が担当する案件数が全国一律に増加しているわけではない。例えば、厚生労働省の資料では、生活保護のケースワーカー数は2011年4月の15,429人から2024年4月の19,619人へ増加し、一人当たりの担当世帯数は94.8世帯から84.0世帯へ減少している。

 もっとも、担当世帯数が減少したことだけで職員の負担が軽くなったとは判断できない。複雑な事情を抱えた世帯が増えれば、一件当たりの対応時間が長くなる可能性があるためだ。また、生活保護の統計を高齢者福祉や障害者福祉を含む福祉行政全体に当てはめることも適切ではない。

 さらに、福祉行政では市と町村の制度上の役割にも違いがある。福祉事務所の設置は都道府県と市には義務付けられているが、町村については任意である。福祉事務所を設置していない町村では、生活保護行政などについて都道府県が重要な役割を担うため、町村の職員数だけで福祉行政の対応能力を判断することはできない。

 福祉分野で注目すべきなのは、単純な担当件数だけではなく、相談から支援開始までの期間、継続的な支援の実施状況、職員の専門性、関係機関との連携などである。同じ制度が存在していても、住民が必要な支援を適切な時期に受けられるかどうかによって、行政サービスの実質的な質は異なる。

最初に縮小するのは法定業務ではなく任意事業かもしれない

 ここまで道路、橋梁、防災、福祉などの分野を取り上げてきたが、自治体職員が減ったときに最初に縮小される行政サービスを考えるなら、もう一つ区別しておくべきことがある。それは、法令に基づいて実施が求められる業務と、自治体が独自の政策判断によって実施している事業の違いである。

 自治体には、住民基本台帳、税務、生活保護、法定点検など、法令上の責任を伴う業務がある。一方で、文化事業、住民向け講座、地域独自の補助制度、公共施設の開館時間の拡充など、自治体の判断によって実施内容を変更しやすい事業もある。もちろん、任意事業であっても地域にとって重要な役割を果たしているものは少なくない。

 人的・財政的な制約が強まった場合、法的義務を伴う業務よりも、実施内容を調整しやすい任意事業が先に縮小される可能性がある。例えば、イベントの開催回数を減らす、公共施設の開館時間を短縮する、独自の住民サービスを見直すといった対応である。

 一方、道路維持管理や福祉などの義務的な業務では、制度そのものを容易に廃止できないため、業務処理の遅延、内部の負担増加、外部委託への依存などの形で人的制約が現れる場合がある。

 つまり、「最初に廃止・縮小されやすい行政サービス」と「制度が残っていても実際の対応能力が低下しやすい行政サービス」は、必ずしも一致しない。この二つを区別しなければ、自治体職員の減少が行政に与える影響を正確に理解することは難しい。

自治体の規模だけでは維持できる行政機能を判断できない

 人口1万人の自治体と人口5万人の自治体を比較した場合、人口の多い自治体の方が行政能力も高いと考えがちである。しかし、行政能力は人口や職員総数だけで決まるものではない。

 例えば、人口1万人でも、必要な専門職を確保し、周辺自治体や都道府県との共同処理を進め、定型業務を効率化している自治体であれば、一定の行政サービス水準を維持できる可能性がある。反対に、人口がそれより多くても、専門職の採用が進まず、重要な業務が特定の職員の経験だけに依存している自治体では、退職や休職によって特定の機能が弱くなることも考えられる。

 行政機能の持続可能性を判断するためには、職員数と業務量の関係を調べる必要がある。道路延長や橋梁数に対して土木系職員が何人いるのか、福祉相談件数に対して担当職員がどの程度配置されているのか、情報システムの管理を何人で担っているのかといった指標である。

 さらに重要なのが、職員の年齢構成と採用状況である。現在5人の専門職が配置されていても、全員が退職年齢に近づいている自治体と、若手から中堅まで幅広い年齢層で構成されている自治体では、今後の行政能力に差が生じる可能性がある。

 専門職の採用が難しい場合には、退職後の補充だけでなく、知識や経験をどのように組織内に引き継ぐかも課題となる。業務手順が明文化されているか、複数の職員が担当できる体制になっているか、外部の専門家や周辺自治体に支援を求められるかといった条件によって、一人の退職が組織に与える影響は変わる。

 したがって、人口が何人以下になれば自治体を維持できなくなるという全国共通の境界線を設けることは難しい。人口規模は重要な条件の一つだが、それだけで行政能力の限界を判断することはできないのである。

合併しなくても行政機能を共同化することはできる

 人口減少への対応策として、市町村合併が議論されることがある。しかし、自治体の行政能力を維持する方法は合併だけではない。現在の地方自治制度には、自治体の区域や議会、首長を維持したまま、特定の行政事務を共同で処理する仕組みが存在している。

 地方自治法では、事務の委託、機関等の共同設置、一部事務組合、広域連合、連携協約など、複数自治体が連携するための制度が設けられている。道路や公共施設の管理についても、国土交通省は複数の自治体や施設を一体的に捉えて維持管理を進める「地域インフラ群再生戦略マネジメント」を推進している。

 例えば、単独の町では確保が難しい土木・建築の専門性を広域的に活用する、複数自治体で共通の情報システムを利用する、専門的な審査や施設管理を共同で実施するといった方法が考えられる。

 ただし、共同化すれば必ず効率化するわけではない。関係自治体間の調整、費用負担、責任の所在、意思決定の速度などが新たな課題になる場合もある。外部委託についても、受託事業者の確保が難しい地域では、委託によってすべての問題を解消できるとは限らない。

 重要なのは、行政機能を自治体内部で維持する場合と、外部の資源を活用する場合の費用、専門性、継続性、責任体制を比較することである。自治体を存続させることと、すべての業務を自前の職員だけで実施することは、別の問題として考える必要がある。

 今後、行政区域はそのまま残りながら、実際の行政機能の一部だけが広域化していく可能性は十分にある。人口減少時代の地方自治では、自治体の規模だけでなく、自治体間で行政能力をどのように分担するかが重要な政策課題になるだろう。

行政サービスの低下を何によって判断するのか

 自治体職員の減少による影響を客観的に検証するには、職員数の変化と行政サービスの実績を結び付けて分析する必要がある。

 例えば、土木系職員が減少した自治体について、道路や橋梁の点検実施率、修繕が必要とされた施設への措置着手率、修繕までの期間などを調べる方法がある。福祉行政では、担当件数だけでなく、相談から対応開始までの期間、継続支援の実施状況などが重要になる。窓口業務では、申請件数、処理時間、待ち時間、オンライン利用率などを比較することで、デジタル化による効率化の効果を検証できる。

 ただし、職員数が減った自治体で修繕の遅れが見られたとしても、それだけで職員不足が原因だと判断することはできない。財政力、施設の老朽化、管理対象の数量、民間事業者の確保状況、災害の発生など、複数の要因が影響するためである。

 職員不足の影響をより正確に把握するには、同じ自治体の複数年の変化を追うとともに、人口規模や財政状況、管理対象施設などが類似する自治体を比較することが望ましい。職員数だけでなく、職種別の配置、年齢構成、外部委託、広域連携の有無なども分析対象とする必要がある。

 現時点で、全国の自治体について、職員が減少した際にどの行政サービスから先に低下するかという順序が一律に実証されているわけではない。道路管理や福祉、防災などが人的制約を受けやすいと考えることには理論的な根拠があるものの、実際の影響や発生順序は自治体によって異なると考えるべきである。

最後まで役場が残っていても行政は以前と同じではない

 人口減少社会で起きる行政の変化は、必ずしも役場が閉鎖されたり、住民票の発行が停止されたりするような分かりやすい形で現れるとは限らない。役場の窓口が開き、税金が徴収され、行政制度も従来どおり存在している一方で、現場対応の速度や予防的な維持管理の水準が変化する可能性がある。

 例えば、道路の小規模な補修に以前より時間がかかる、公共施設の維持管理を従来と同じ頻度では実施できない、福祉相談で専門職による対応までの時間が長くなるといった状況である。これらは行政サービスが完全に消滅した状態ではないが、住民が実際に受けるサービスの質が変化していることを意味する。

 もっとも、職員数が少なくても、業務の共同化やデジタル化、施設の再編によって、必要なサービス水準を維持できる場合もある。職員削減そのものが行政サービスの低下を意味するわけではなく、限られた人的資源をどのように配置し、行政機能を維持する仕組みを構築しているかが重要なのである。

 その意味で、自治体の将来を考える際には、人口だけでなく、職員の専門性、管理施設の規模、業務量、外部支援体制、行政サービスの実績を併せて見る必要がある。住民が減少しても必要な行政機能を維持できる自治体と、人口が比較的多くても特定の機能に弱さを抱える自治体が存在する可能性があるからだ。

人口減少後の地方自治を左右するもの

 自治体職員が減ったとき、最初に維持できなくなる行政サービスを全国共通で一つに決めることはできない。法令上の義務が比較的小さく、自治体の裁量で実施内容を変更しやすい任意事業は、早い段階で縮小の対象になる可能性がある。一方、道路や橋梁、福祉、防災など、法的責任や住民の安全に関わる分野では、制度そのものを廃止するよりも、業務負担の増加、対応の遅延、外部支援への依存といった形で人的制約が現れることが考えられる。

 特に注意すべきなのは、専門職への依存度が高く、人口減少に比例して業務量を減らすことが難しく、現場での判断や対応を必要とする仕事である。ただし、それらの分野で実際にサービス水準が低下しているかどうかは、職員数の統計だけでなく、行政サービスの実績によって確認しなければならない。

 これからの地方自治に問われるのは、役場という建物を残せるかどうかだけではない。必要な専門知識と実務経験をどのように確保し、職員が退職しても行政機能を引き継げる体制をつくり、単独では維持が難しい仕事をどの範囲で共同化するかという問題である。

 人口減少が進むなかで、すべての自治体が現在と同じ職員構成や業務体制を維持できるとは限らない。しかし、それは直ちに行政サービスの縮小を受け入れなければならないという意味でもない。業務内容を見直し、自治体間で専門性を共有し、デジタル化や民間の能力を適切に活用することで、必要なサービスを維持する余地は残されている。

 地方自治の持続可能性を左右するのは、人口が何人残るかという数字だけではなく、その人口規模に応じて、必要な行政能力をどのような仕組みで確保できるかという点にある。

 そして、人口減少が進む日本の自治体がこれから直面するのは、「住民が何人まで減れば役場を維持できなくなるのか」という単純な問題ではない。「限られた職員と財源の中で、どの行政機能を自前で担い、どの機能を共同化し、住民に必要なサービスの水準をどこまで維持できるのか」という、より複雑で現実的な課題なのである。

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