地域政経

九条レオンの地域から社会と政治・経済のこれからを考える

市長が作った予算案は、市長だけでは決められない

 市役所が新しい年度を迎える少し前、庁内では翌年度の予算編成が大詰めを迎えます。道路を直すのか、学校施設を更新するのか、子育て支援を拡充するのか、老朽化した公共施設を建て替えるのか、それとも財政の悪化を避けるために新規事業を抑えるのか、市役所の各部署から上がってくる要望を査定しながら、市長と行政組織は限られた財源をどこへ配分するのかを決め、最終的に何百ページにも及ぶ予算案を作り上げていきます。

 ここまでの過程だけを見ると、自治体のお金は市長が決めているように見えるかもしれませんが、地方自治の制度はそのようには作られていません。地方自治法では、普通地方公共団体の長には予算を調製して執行する権限が与えられている一方、議会には予算を定める権限が与えられており、市長が作成した予算はあくまで「案」であって、それを自治体の正式な予算として成立させるには議会の議決を経なければなりません。

 日本の地方自治では、市長も議員も住民による直接選挙で選ばれるため、市長の下に議会が置かれているわけでも、議会の下に市長が置かれているわけでもありません。行政を執行する首長と、自治体の重要な意思決定を担う議会がそれぞれ独立した民主的正統性を持って向かい合っており、その2つの権力が最も具体的な形で接触する場所の1つが、毎年度の予算審議なのです。

議会は市長案に賛成するか反対するかだけではない

 では、市長が100億円の当初予算案を提出した場合、議会にできることは「100億円の予算案に賛成する」か「否決する」かの2つだけなのでしょうか。実際にはそうではなく、議会には予算案を修正して議決する権限があり、ある事業の必要性が低いと判断すればその金額を減額することができるだけでなく、一定の範囲では、市長が計上した金額を増額して議決することもできます。

 この点は地方議会の権限を理解するうえで重要であり、「予算を作るのは市長なのだから、議会は削ることしかできない」と考えるのは正確ではありません。地方自治法第97条第2項は、議会が予算を増額して議決すること自体を明確に認めており、例えば市長が子育て支援事業に5000万円を計上したものの、審議の結果として議会が7000万円必要だと判断した場合、その2000万円の増額が法律上直ちに禁止されるわけではありません。

 つまり、予算審議とは市長が作成した数字の誤りを探すための事務的な作業ではなく、その自治体が限られた財源をどの政策へ振り向けるべきなのかを議論する政治そのものです。道路整備を優先するのか、高齢者福祉を厚くするのか、学校設備を更新するのか、将来の財政負担を考えて基金を残すのかという判断が数字に置き換えられているため、予算書をめぐる議論は、その自治体が何を大切にしようとしているのかを映し出します。

増額できるからといって、議会が別の予算を作れるわけではない

 もっとも、議会に増額修正権があるからといって、市長の予算案を好きなように作り替えることができるわけではありません。地方自治法第97条第2項は増額修正を認める一方で、その修正によって首長の予算提出権を侵してはならないと定めており、ここに議会の修正権と市長の予算提出権との境界があります。

 興味深いのは、その境界が「当初予算の5%まで」「増額は1億円まで」というような数値で決められていないことです。従来の行政解釈では、問題になるのは単純な増額の大小ではなく、修正の内容や規模、予算全体との関係、さらに自治体の行政運営へ与える影響などを総合的に見て、その修正によって市長が提出した予算の趣旨が実質的に失われていないかどうかだと考えられています。

 予算を1冊の本にたとえるなら、議会には市長が書いた本の一部を書き直す権限はありますが、登場人物から筋書き、結末まで全面的に入れ替えて別の作品にしてしまえば、「そもそもこれは市長が提出した予算といえるのか」という問題が生じます。しかも、何ページを書き換えたら別の本になるのかという明確な数字は存在しないため、予算修正をめぐる対立が深刻になった場合には、市長と議会の間で予算提出権の侵害に当たるかどうかが争われることになります。

 実際、近年にも議会が増額修正した予算をめぐり、首長側が予算提出権を侵害されたと主張して争いになった事例があります。このことからも、議会の増額修正権は教科書上だけの制度ではなく、実際の地方政治において、市長と議会の権限の境界を問う現実的な問題だと分かります。

減額する場合にも越えられない線がある

 それでは増額には制限があるものの、議会が市長の計上した経費を削る方向であれば自由なのでしょうか。一般に議会には広い減額修正権がありますが、それでも何を削ってもよいわけではなく、自治体が法律上負担しなければならない経費や、非常災害への応急対応、復旧、感染症予防などに必要な経費については、通常の政策予算とは異なる扱いが定められています。

 地方自治法第177条では、このような経費を議会が削除したり減額したりした場合、市長が理由を示して再び議会に審議させる制度が置かれており、とりわけ法令上自治体が負担する義務のある経費について議会が再び削減した場合には、市長がその経費を予算に計上して支出できる仕組みまで用意されています。

 議会は住民を代表して行政を監視する機関ですが、議会の多数決によって法律上必ず支出しなければならない費用や住民の生命に直接関わる経費まで自由に消すことができれば、行政そのものが機能しなくなります。地方議会の修正権が広く認められながら、その一部に強い歯止めが置かれているのは、議会による民主的統制と行政の継続性を同時に守るためなのです。

市長には議会へ「もう一度審議してほしい」と返す力がある

 市長と議会の力関係を考えるとき、もう1つ重要なのが「再議」という制度です。議会が市長の予算案を修正して可決した場合でも、市長がその議決に異議を持てば、一定の場合に議会へ議決を返し、もう一度審議させることができます。

 ここでは再議を1種類の制度として理解すると少し分かりにくくなります。地方自治法第176条には、市長が予算に関する議会の議決に異議を持った場合の再議がある一方、議会の議決が権限を越えている、あるいは法令などに違反していると市長が認める場合の再議もあり、同じ「再議」という言葉でも法的な意味は完全には同じではありません。

 予算について市長が通常の異議を理由として再議に付した場合、議会側が同じ議決を維持するためには、単純な過半数ではなく出席議員の3分の2以上の同意が必要になります。そのため、市長と議会の対立が深まると、最初の採決では成立した修正案が再議では維持できなくなる可能性があります。

 例えば、議長を含め21人の議員が出席している議会を考えてみます。通常の採決では議長を除く20人が採決に加わり、11対9で市長の予算案を修正したとします。この段階では修正案は可決されますが、市長がこれを再議に付した場合、今度は特別多数による議決となるため議長も採決に参加し、出席議員21人の3分の2以上、すなわち14人以上の賛成が必要になります。最初は11人の賛成で成立した修正案が、再議ではさらに3人の賛成を獲得しなければ維持できないことになり、市長の再議権が議会の多数派に対して相当な政治的圧力を持つ理由がここにあります。

制度上は議会が修正できても、現実には原案が圧倒的に多い

 ここまで制度だけを見ていると、全国の地方議会では市長や町村長が提出した予算案が頻繁に修正され、市長と議会が激しく対立しているように感じられるかもしれません。しかし、実際の統計を見ると、その印象とはかなり異なる姿が浮かび上がります。

 全国町村議会議長会の第71回町村議会実態調査では、調査対象となった一般会計予算7,407件のうち、7,335件が原案可決などとなっており、その割合は約99.0%に達します。一方、修正可決は53件で約0.7%、否決などは15件で約0.2%にとどまり、さらに地方自治法第176条や第177条に基づく再議も2町2件しかありませんでした。

 もっとも、この統計は全国の「町村議会」を対象としたものであり、市や都道府県まで含むすべての地方議会をそのまま代表しているわけではありません。それでも、地方議会が法律上は強い予算修正権を持ちながら、実際には提出された予算の大部分が原案のまま成立しているという現実を理解する材料としては十分に意味があります。

 ここで注意しなければならないのは、原案可決が約99%だからといって、「地方議会は何もしていない」と結論づけることもできないという点です。議会からの要望や各会派との調整が予算案提出前に行われている場合もあれば、市長側が議会で否決されそうな事業をあらかじめ修正して提出している場合もあり、最終的に原案可決されたという結果だけから、予算編成の過程で議会の影響がなかったと判断することはできません。

なぜ制度上は対等でも、市長側が強く見えるのか

 市長と議会のどちらが強いのかという問いに対して、地方自治法は単純な答えを与えていません。市長には予算を調製して提出し、成立後に執行する権限がある一方、議会にはその予算を審議し、修正し、場合によっては否決する権限があるため、法律上は一方が全面的に他方を支配する関係ではないからです。

 ただし、政治過程を順番に見れば、市長には1つの重要な優位があります。それは「最初の案を作る」という力であり、政治学ではこうした力をアジェンダ設定の優位として考えることができます。市長側は行政組織を使って税収や地方交付税、国庫支出金、社会保障費、公共事業費など膨大な情報を集約し、そのうえで最初の予算案を提示しますが、議会側は基本的にその案を基準として審議し、修正するため、議論の出発点そのものは市長側が設定していることになります。

 しかも市長は予算案を作るだけでなく、成立後には行政組織を通じて実際に事業を執行する立場でもありますから、情報量や専門的な行政能力という面でも議会とは完全に対称ではありません。その意味では、市長には「最初の設計図を描く力」と「完成した設計図を実行する力」があり、議会には「その設計図を自治体の正式な計画として認めるか、どこを修正するかを決める力」があると考えると、両者の違いが理解しやすくなります。

 もっとも、町村議会の予算が約99%原案可決されているという統計だけを使って、「だから市長の方が議会より強い」と断定することはできません。原案可決率が高い理由としては、市長の制度上の優位だけでなく、提出前の政治的調整、議会多数派と首長との関係、行政側と議員側との情報量の差、予算編成に必要な専門性など、複数の要因が考えられるからです。

 統計から確認できるのは「原案のまま成立する予算が圧倒的に多い」という相関的な事実までであり、その原因が市長の権限の強さだけにあるとするには、さらに多くの自治体について首長と議会の会派構成、修正提案数、事前協議、選挙結果などを分析する必要があります。数字は現実を理解する強力な道具ですが、数字だけで政治の因果関係まで自動的に説明できるわけではありません。

予算書を見ると、その自治体で誰が何を重視しているのかが見えてくる

 地方議会の予算審議を眺めていると、何千万円を削った、何億円を増やしたという数字だけが目につきがちですが、その数字の背後には、「何を行政の仕事と考えるのか」という市長の判断と、「住民の代表としてそれをどこまで認めるのか」という議会の判断があります。

 例えば、市長が新しい公共施設を建設するために10億円を計上し、議会がその一部を削減したとすれば、争われているのは単に建設費が高いか安いかという問題だけではありません。人口が減少していく時代に新しい施設を持つべきなのか、将来の維持費をどう考えるのか、その財源を子育てや福祉に回すべきなのかという、その町の将来像そのものが数字を通じて議論されています。

 逆に、市長が計上しなかった政策について議会が予算を増やそうとすれば、今度は「住民代表である議会の意思をどこまで予算に反映させるべきか」という問題と、「予算を調製して提出するのは首長である」という制度上の原則が衝突します。予算修正をめぐる争いが難しいのは、単純に市長と議会のどちらかが正しいからではなく、どちらにも住民から直接与えられた民主的な権限が存在するからです。

予算は首長と議会の力関係を映す鏡である

 市長が予算案を作るからといって、市長だけで自治体のお金を決められるわけではありませんが、議会が最終的に議決するからといって、議会が市長とは別の予算を一から自由に作れるわけでもありません。市長には予算を調製し、提出し、成立後に執行する力があり、議会にはその案を審議し、修正し、あるいは否決する力があり、さらに両者が正面から衝突した場合には再議という制度まで用意されています。

 その一方で、実際の統計では大部分の予算が原案のまま成立していますから、地方政治の現実を理解するには「法律上できること」と「現実にどの程度行われているか」を分けて見る必要があります。議会に修正権があることと、議会が頻繁に修正していることは同じではなく、市長側にアジェンダ設定上の優位があることと、市長が議会を自由に支配できることも同じではありません。

 毎年議会へ提出される分厚い予算書は、一見すると数字ばかりが並んだ行政資料ですが、その中には市長が何を実現しようとしているのか、議会が何を認め、どこに疑問を持っているのか、そしてその自治体が将来どこへ向かおうとしているのかが記されています。地方自治の予算制度が複雑に見えるのは、制度が曖昧だからではなく、1人の市長にも議会の多数派にも自治体のお金を完全には委ねず、互いの権限をぶつけながら最終的な意思を形成するように設計されているからであり、予算を読むことは、その自治体の会計を見ること以上に、その自治体の政治そのものを読むことなのです。

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