地域政経

九条レオンの地域から社会と政治・経済のこれからを考える

平成の時代、日本地図から多くの市町村名が消えた。

 昨日まで町だった場所が、翌日から隣の市の一部になる。役場の看板が替わり、住所の表記が変わり、長く親しまれてきた町の名前が行政区画から姿を消していった。人口減少や財政難に備えるためには、小さな自治体が一つになり、役場も議会も行政組織もまとめた方が効率的だという考え方が、その背景にあった。いわゆる「平成の大合併」である。1999年3月末に3,232あった全国の市町村は、2010年3月末には1,727となり、およそ47%減少した。日本の地方自治制度において、極めて大きな行政区域の再編が行われたのである。

 市町村合併には、行政組織の統合、専門職員の確保、広域的な政策の推進など、一定の合理性がある。実際、行財政基盤の強化や歳出の効率化という面で成果を認める分析も存在する。一方で、行政機関までの距離が遠くなったり、旧市町村ごとの意見が政策に反映されにくくなったりする問題も指摘されてきた。合併の効果は自治体の規模、地理的条件、行政組織の再編方法によって異なり、成功か失敗かを一律に判断できるものではない。

 それから年月が経ち、人口減少はさらに進行している。地方自治体では財政制約だけでなく、行政サービスを担う職員、とりわけ専門的な知識や技術を持つ人材を確保することが難しくなっている。そこで、私たちはもう一度、少し違う問いを立ててもよいのではないだろうか。市町村という自治体そのものをなくさなくても、行政の仕事だけを周辺自治体と一緒にすることはできないのか、という問いである。

 結論からいえば、それは可能である。しかも、日本の地方自治制度には、複数の自治体が行政事務を共同で処理するための仕組みが、すでに整備されている。消防、ごみ処理、介護認定、斎場、情報システム、専門的な行政事務など、住民から見れば一つの自治体が行っているように見える仕事であっても、実際には複数の自治体が協力して運営している例は少なくない。人口減少時代の地方自治を考えるうえで、ここには重要な手掛かりがある。

「町を残すこと」と「仕事を全部自分でやること」は同じではない

 人口5,000人の町と人口5万人の市があるとする。人口には10倍の差があるが、行政に必要な仕事が単純に10分の1になるわけではない。住民記録、税務、子育て支援、高齢者福祉、障害福祉、道路管理、防災、選挙、環境対策など、人口規模にかかわらず対応しなければならない行政分野は数多く存在する。

 もっとも、すべての市町村が同じ行政権限を持ち、同じ仕事を自ら処理しているわけではない。例えば、生活保護を扱う福祉事務所について、市には設置義務がある一方、町村は任意設置となっており、設置していない町村の区域では原則として都道府県の福祉事務所が事務を担当する。建築確認に関する行政権限も、自治体の種類や権限の配分によって所管が異なる。つまり、日本の行政制度は、すべての市町村が完全に同じ仕事を自前で行う仕組みではない。それでも、住民に必要な行政サービスを継続的に提供する責任が、人口の減少に比例して小さくなるわけではないのである。

 ここに小規模自治体の難しさがある。人口が減れば、地方税収や行政需要の構造が変化し、職員の確保や財政運営に制約が生じやすくなる。しかし、人口が1割減少したからといって、職員を1割減らすことが合理的だとは限らない。高齢化が進めば福祉や介護に関する行政需要が増える場合があり、人口密度が低下すれば、道路や水道などの施設を一人当たりで維持する負担が重くなることもある。

 さらに、行政の仕事は以前より単純になっているわけではない。福祉制度の複雑化、災害対応の高度化、情報セキュリティーへの対応、個人情報保護、公共施設の老朽化など、専門性を必要とする課題は増えている。一人の職員が複数の分野を担当している自治体では、日常業務をこなすことができても、制度改正への対応や長期的な政策立案まで十分に行うことは難しくなる。役場の建物が残っていても、その中で専門的な行政を支える人材が不足する。人口減少時代に起こり得る問題は、役場が突然なくなることだけではなく、役場が存在していても必要な行政機能を十分に維持できなくなることなのである。

 ならば、発想を変える余地がある。自治体という意思決定の単位は残しながら、一つの自治体だけでは維持しにくい行政機能を、周辺自治体と共同で確保するという方法である。

実は消防も、ごみ処理も、すでに自治体の境界を越えている

 私たちは行政というものを、市役所や町村役場の内部で完結する仕事のように考えがちである。しかし、実際の地方行政では、自治体の境界を越えて処理されている仕事が数多く存在する。分かりやすいのが消防である。小規模な自治体がそれぞれ消防本部を設置し、高価な消防車両や通信設備を整え、専門職員を配置するよりも、複数の自治体が共同で消防組織を運営する方が合理的な場合がある。消防指令センターだけを共同運用する方法もあり、消防組織全体を統合する場合とは区別されている。

 総務省消防庁の2025年版消防白書によると、2025年4月1日時点で、全国には720の消防本部が存在する。このうち、一部事務組合または広域連合によって設置された消防本部は288本部であり、構成する市町村は1,114に上る。これは常備消防を設置している市町村の約65.9%に相当する。また、消防指令の共同運用も56地域で行われており、241の消防本部が参加している。これらの数字は、消防行政における自治体間の共同処理が、例外的な仕組みではないことを示している。ただし、共同組織を設置しているという事実だけで、単独運営に比べてどの程度の経費が削減されたかまで証明できるわけではない。消防の広域化については、費用に加えて、出動体制、現場への到着時間、指揮命令系統、災害時の対応力なども評価する必要がある。

 ごみ処理施設にも、似た構造がある。焼却施設は、人口1,000人の自治体なら人口10万人の自治体の100分の1の規模で建設すればよい、という性質の施設ではない。一定の設備規模、環境対策、専門職員、安全管理体制が必要であり、建設費だけでなく長期的な維持管理費も発生するため、複数自治体が共同して施設を整備・運営することには合理性がある。

 具体例として、東京都の23特別区では、ごみの収集・運搬は各区が担当する一方、焼却や破砕などの中間処理は、23区が共同設置した東京二十三区清掃一部事務組合が担っている。最終処分については東京都が関与しており、行政サービスの工程ごとに役割を分担している。特別区は一般の市町村とは制度上の違いがあるものの、住民に近い仕事と広域的な施設運営を分けるという点では、参考になる事例である。

 こうして見ると、日本の地方行政はすでに、自治体の区域と行政サービスを提供する区域が必ずしも一致しない仕組みになっている。ただし、ここで注意したいのは、行政事務の共同処理と、単に住民の生活圏が自治体境界を越えていることは別だという点である。例えば、医療圏は都道府県の医療計画などに基づいて設定されるものであり、その区域が複数の市町村にまたがっていても、それだけで市町村が医療行政を共同処理していることにはならない。救急搬送、消防組織の広域化、医療提供体制の整備についても、それぞれ制度や責任主体が異なる。それでも、住民の生活が市町村境界の内部だけで完結していないことは確かである。行政区域とは別に、どの範囲でサービスを提供するのが合理的なのかを考える必要がある。

市町村を合併しなくても、行政を共同化できる制度がある

 行政の共同化という考え方は、制度のないところに新しく仕組みをつくろうとする提案ではない。地方自治法には、自治体が独立性を維持しながら事務を共同処理するための制度が、すでに7種類用意されている。具体的には、連携協約、協議会、機関等の共同設置、事務の委託、事務の代替執行、一部事務組合、広域連合である。これらは同じ共同化でも仕組みが異なり、共同組織を設けるもの、自治体間で役割を分担するもの、他の自治体に事務を任せるものなどに分かれている。

 例えば、一部事務組合は、複数の自治体が特定の行政事務を共同で処理するため、独立した特別地方公共団体を設立する制度である。消防やごみ処理、斎場などに利用されており、組合には独自の議会や執行機関が設けられる。広域連合も特別地方公共団体を設立する仕組みだが、より広域的な行政需要に対応できる制度となっている。

 一方、事務の委託は、ある自治体の事務を別の自治体に管理・執行してもらう方式である。事務の代替執行は、事務の権限を元の自治体に残しながら、他の自治体がその自治体の名において事務を執行する仕組みであり、両者は法的な責任関係が異なる。また、機関等の共同設置を活用すれば、一定の行政機関や内部組織などを複数自治体で共同して設置することもできる。

 連携協約は、自治体間の基本的な連携方針や役割分担を定める制度であり、協議会は事務の共同管理や調整、広域的な計画の策定などに利用できる。さらに、これら7種類とは別に、地方自治法に基づく職員派遣の仕組みも存在するため、必ずしも組織そのものを統合しなくても、人材面で協力することが可能である。

 制度が存在するだけでなく、実際の利用も広がっている。2026年にデジタル庁が公開した地方自治体の事務の共同処理に関する統計資料では、約5万件の共同処理対象事務が分類され、全国の共同処理の状況を確認できるようになった。この約5万件という数字は、独立した共同事業が5万件存在するという意味ではなく、共同処理の対象となる事務を分類・整理した件数である。重要なのは、日本の地方自治制度が、自治体の独立性を維持しながら行政機能を共同化することを、すでに認めているという事実である。したがって、「合併するか、従来どおり全部を自前で行うか」という二者択一は、制度上の必然ではない。

合併とは、会社そのものを一つにするようなものだ

 市町村合併を企業にたとえるなら、複数の会社が一つの会社になることに近い。経理部門だけを共同にするのではなく、経営組織、意思決定機関、管理部門などを統合し、一つの組織として運営することになる。もちろん、地方自治体は利益の最大化を目的とする企業とは異なるため、この比喩には限界がある。それでも、組織統合による効果と、必要な業務だけを共同化することの違いを理解するうえでは役立つ。

 合併すれば、市長や町村長、議会、総務、財政、人事などの組織を統合できる。行政区域が大きくなることで、広域的な公共施設の配置や都市計画を進めやすくなり、専門職員を確保しやすくなる可能性もある。一方で、組織を大きくしたからといって、必ず職員数や行政費用が減るわけではない。旧市町村ごとの行政サービスの調整、施設の維持、情報システムの統合などには費用がかかり、合併後も支所や出張所を維持する必要が生じる場合がある。

 また、合併によって行政上の意思決定単位が大きくなれば、地域ごとの意向が政策に反映される経路も変化する。人口の少ない地域では、議会に選出される議員数や政策上の発言力が相対的に小さくなる可能性があるが、その程度は制度設計や地域の政治的条件によって異なる。ここで忘れてはならないのは、地方自治体が単なる行政事務の処理組織ではないということである。自治体は、地域の住民が代表者を選び、税金の使い道を決め、地域の将来を選択するための政治的な仕組みでもある。

 行政効率の改善は重要だが、それだけで地方自治の価値を判断することはできない。だからこそ、自治体そのものを統合することと、特定の行政機能を共同化することを分けて考える意味がある。

「役場を共有する」のではなく、「専門能力を共有する」

 人口減少が進む社会で、行政共同化の価値は単なる経費削減にとどまらない。むしろ、一つの自治体では維持できなくなった専門能力を、複数自治体で確保することに重要な意味がある。例えば、人口数千人規模の自治体が、高度な情報システム、建築、土木、福祉、法務などの専門職員を、それぞれ十分な人数だけ確保することは容易ではない。専門職員を採用できても、その職員が一人しかいなければ、異動、退職、病気などによって業務の継続性が損なわれる可能性がある。

 ところが、複数の自治体が共同で専門職を確保すれば、単独では配置できなかった人材を広域的に確保できる可能性が生まれる。一定の業務量が集まれば、専門分野ごとに担当者を配置したり、複数人で業務を引き継げる体制を整えたりすることも考えられる。

 ただし、五つの自治体が集まれば必ず五倍の採用力が得られるわけではない。人件費を負担する財源、専門人材の労働市場、勤務地、業務内容、自治体間の指揮命令関係などによって、共同確保の実効性は変わる。専門職員を共同配置しても、担当区域が広すぎれば移動時間が増え、迅速な対応が難しくなる場合もある。

 それでも、行政機能を維持するうえで、自治体ごとに専門家を一式そろえることだけが唯一の方法ではない。複数自治体で業務量をまとめ、人材を計画的に育成し、知識や経験を共有するという選択肢を持つこと自体に価値がある。人口減少社会では、「何人の職員を減らせるか」だけを基準に共同化を進めると、かえって行政サービスの質を低下させる危険がある。重要なのは、必要な専門能力をどの範囲で確保し、どのような体制なら継続的に維持できるかという視点である。

では、何でも共同化すればよいのか

 行政を共同化できるからといって、すべての仕事を共同化すればよいわけではない。行政サービスには、規模を大きくすることで効率化しやすいものと、住民の近くに残した方が合理的なものがある。ごみ焼却施設のように、大規模な設備投資が必要で、一定の処理量を確保することで施設の利用効率が上がる事業には、共同化の利点が生まれやすい。消防指令や情報システムなども、設備や専門人材を共同利用することで効率化が期待できるが、通信設備の信頼性、運用上の調整、システムの移行費などを考慮しなければならない。

 一方、福祉相談や子育て支援の窓口では、事情が異なる。高齢者、障害のある人、生活に困っている人、子育てに悩む家庭などが相談する窓口まで遠方に集約されれば、行政の内部経費が減少しても、住民の時間的・経済的負担が増える可能性がある。相談に行くこと自体が難しくなれば、必要な支援につながる機会が失われるおそれもある。

 そこで考えられるのが、行政の内部業務と住民に直接対応する業務を分ける方法である。税務の計算や情報システムの運用、専門的な審査などは共同化しながら、申請の受付や福祉相談などの窓口は地域内に維持するという設計である。いわば、舞台裏は共同化しても、住民が入る玄関は自治体ごとに残すという考え方である。ただし、窓口を残すには職員の配置や費用負担が必要であり、制度を導入すれば自動的に実現するわけではない。また、共同化する事務の性質によっては、窓口と処理部門の連携や個人情報の取扱いにも十分な配慮が求められる。

 行政サービスの効率性とは、役場の予算が小さくなることだけではない。住民が必要なサービスを利用するまでの時間や費用、サービスの質まで含めて考える必要があるのである。

共同化すれば、本当に行政費用は安くなるのか

 行政共同化の議論では、「複数自治体で一緒に行えば経費が安くなる」と説明されることが多い。経済学では、事業規模が大きくなることで一単位当たりの費用が低下する現象を「規模の経済」と呼ぶ。例えば、ある設備を運用するために年間1,000万円の固定費が必要だとする。処理する仕事が少なくても一定の固定費が発生する場合、その設備を複数自治体で共同利用すれば、一自治体当たりの固定費負担を小さくできる可能性がある。

 しかし、共同化すれば必ず経費が減るわけではない。共同組織を運営するための管理費、自治体間の協議や調整に必要な費用、情報システムの統合費、職員の移動費、施設までの輸送費などが新たに発生するからである。

 仮に五つの自治体が、それぞれ年間4,000万円をかけて同じ種類の専門業務を行っているとする。単独運営の総費用は年間2億円となる。共同化によって、広域組織の運営費が7,000万円、各自治体に残す窓口や連絡機能の費用が合計6,000万円、自治体間の調整費が2,000万円、移行に必要な経費を年換算した額が1,000万円となれば、共同運営の総費用は年間1億6,000万円となる。

 この仮定では年間4,000万円、率にして20%の経費削減が成立する。しかし、これは共同化の仕組みを説明するための仮想的な計算であり、実際の自治体で20%の削減効果が得られるという意味ではない。また、共同化によって住民の移動時間や交通費、行政サービスを利用するための負担が増えるなら、行政予算の削減額だけで社会全体の利益を判断することはできない。

 特に、広い地域で共同化を進める場合には、規模を大きくする利益と、地理的な距離がもたらす不利益との比較が重要になる。ごみ処理施設を集約して建設費を抑えられても、輸送距離が長くなれば収集・運搬費が増加する。水道事業でも、施設の統合による効果は期待できる一方、地形や管路の配置、人口密度などの条件によって費用構造が大きく変わる。

 情報システムについても同様である。国は自治体の基幹業務システムの標準化や共同利用を進めているが、2025年には、標準化やガバメントクラウドへの移行後の運用経費が増加するという自治体の懸念を踏まえ、デジタル庁が総合的な対策を取りまとめた。共同化や標準化は将来的な効率化につながる可能性があるものの、移行費用や運用費用を含めた長期的な検証が不可欠なのである。

 重要なのは、共同化した場合と単独で維持した場合について、同じサービス水準を前提に、長期的な費用を比較することである。共同化によってサービスの質が改善するなら、その効果も評価すべきだが、逆にサービス水準が低下するなら、見かけ上の経費削減だけで成功と判断してはならない。

広域連携の効果は、実証研究でも一様ではない

 行政共同化を考える際には、制度が存在することと、その制度が実際に成果を上げていることを区別する必要がある。広域連携を実施している自治体が多いという事実だけでは、それが人口減少を抑制したり、行政費用を削減したりしたことの証明にはならない。

 例えば、2022年に公表された定住自立圏に関する実証研究では、広域連携を行った自治体と、条件の近い比較対象の自治体について、政策の実施前後の変化を統計的に分析している。その結果、定住自立圏の形成が人口の増加や維持に寄与したという効果は確認されず、一人当たり実質歳出についても、減少するのではなく増加する傾向が示された。

 この結果は、行政を広域で連携させれば人口減少が止まり、財政負担も軽くなるという単純な説明が成り立たないことを示唆している。連携の内容が既存事業の延長にとどまり、費用構造を大きく変える業務改革につながっていなければ、期待した効果が現れない可能性がある。ただし、この研究が対象としたのは定住自立圏という政策的な連携の仕組みであり、消防やごみ処理などの個々の共同事業のすべてについて、非効率であると結論づけたものではない。共同化の対象となる業務が違えば、費用構造も必要な組織も異なるため、効果を一律に判断することはできない。

 また、市町村合併についても、行政費用の削減効果に関する研究結果は必ずしも一致していない。合併によって経費が削減された事例がある一方、統合に伴う費用や施設の維持負担などが生じる場合もある。合併を選択した自治体と選択しなかった自治体には、もともと人口構成や財政状況などの違いが存在する可能性があり、単純な事後比較だけで合併の効果を断定することは難しい。

 したがって、合併と共同化のどちらが優れているかを、最初から決めてしまうべきではない。行政機能の共同化、都道府県による補完、民間への委託、現行体制の維持、さらには市町村合併を含め、複数の選択肢を比較することが合理的である。人口減少を抑制できたかという指標だけでなく、住民一人当たりの行政費用、専門職の確保状況、行政処理に必要な日数、災害対応能力、相談窓口へのアクセス、住民満足度など、複数の指標によって成果を評価する必要がある。

共同化の難しさは、「誰が決めるのか」にある

 共同化には、財政効率とは別の難しさもある。複数の自治体が一緒に仕事をするようになれば、事業の内容や費用負担について、それぞれの自治体の意思を調整する必要が生じるからである。

 人口10万人の市と、人口1万人の町、人口3,000人の村が共同事業を行う場合を考えてみよう。人口に比例して意思決定の影響力を配分すれば、大きな市の意向が強くなる。一自治体一票を基本とすれば、小規模自治体の意見が相対的に大きな影響力を持つことになる。施設をどこに建設するのか、建設費や維持管理費をどのように負担するのか、行政サービスの水準をどこまで統一するのかといった問題について、参加自治体の利害が常に一致するとは限らない。

 もっとも、実際の共同処理制度では、すべての自治体が人口比例か一自治体一票かという二つの方法だけで意思決定しているわけではない。採用する制度によって組織や権限の仕組みが異なり、経費負担についても人口、利用実績、均等負担などを組み合わせることが考えられる。

 例えば、一部事務組合では独自の議会や執行機関が設けられ、組合の事務に関する意思決定が行われる。事務の委託では受託団体が管理・執行する一方、事務の代替執行では元の自治体の権限を残す仕組みとなっている。このように、共同化の方法によって、誰が判断し、誰が執行し、誰が住民に責任を負うのかが変わってくる。

 ここで重要になるのが、住民による行政の統制である。自治体を合併しなければ町長や議会は存続できるが、共同化した事務についてまで、それまでと全く同じ決定権を維持できるとは限らない。共同組織の予算や運営方針が、住民や各自治体の議会から見えにくくなれば、行政効率が改善しても、地方自治の透明性が低下するおそれがある。

 共同化した業務に問題が生じたとき、住民はどこに問い合わせればよいのか。サービスの改善を求める場合、どの議会や行政機関が責任を持って対応するのか。情報漏えいや行政処理の誤りが起きた場合、責任主体は明確になっているのか。こうした問題を制度設計の段階から整理しておく必要がある。行政共同化とは、費用を分け合う仕組みであると同時に、行政権限と責任の分担を変更する仕組みでもある。共同化によって何が効率化され、何が各自治体の裁量から離れるのかを、住民に分かる形で示さなければならない。

これから必要なのは、「全部入りの役場」を見直すことかもしれない

 これまで日本では、小さな自治体であっても、できるだけ多くの行政機能を一つの役場の中に持つことが、自治体の独立性を維持するうえで重要だと考えられてきた。しかし、人口減少と行政人材の不足が進む社会では、この考え方を見直す必要がある。自治体の独立性を維持することと、行政サービスをすべて自前で生産することは、同じ問題ではない。地域の意思決定を担う組織を残しながら、専門的な業務や大規模な設備を必要とする事務については、複数自治体で共同して処理することができる。

 例えば、町長や議会という自治体の統治機構を維持し、住民票の交付や福祉相談などの窓口も地域内に残しながら、情報システムの管理、専門職の配置、消防、施設管理、税務の一部などを共同化するという設計が考えられる。ただし、どの窓口を維持できるかは、行政事務の分担、財源、人員配置などの条件によって異なり、共同化の制度を導入するだけで保証されるものではない。

 このような仕組みが広がれば、自治体の役割は少し変わるかもしれない。行政サービスをすべて自ら提供する組織から、地域に必要な政策を判断し、住民に対する行政責任を果たしながら、必要に応じて周辺自治体と共同でサービスを確保する組織へと、運営のあり方が変化していく可能性がある。

 もっとも、共同化を進めることで、かえって調整の仕組みが複雑になり、意思決定に時間がかかる場合もある。共同組織の維持費が増え、参加自治体の財政事情や政策方針が変化したときに、事業の見直しが難しくなる可能性もある。そのため、共同化を始める際には、参加自治体の範囲をどこまで広げるか、何年程度の期間で費用を評価するか、サービス水準をどのように測定するかを明確にしておく必要がある。共同化後も定期的に成果を検証し、期待した効果が得られない場合には、業務の範囲や費用負担を見直せる仕組みが望ましい。

 地域ごとの独立性を残すことも、共同化によって行政能力を高めることも、それ自体が最終目的ではない。重要なのは、住民に必要な行政サービスを、持続可能な費用と適切な責任体制の下で維持することである。

平成の次に来るのは、「合併」だけではなく「接続」なのかもしれない

 平成の大合併は、自治体そのものを統合することで行財政基盤を強化しようとした。人口減少がさらに進む令和の地方においても、合併が合理的な選択肢となる地域は存在するだろう。しかし、すべての地域が同じ方法で対応する必要があるとは限らない。

 市町村を合併しなくても、消防を共同化し、専門職を共有し、情報システムを共同で利用し、大規模な公共施設を広域的に配置することは制度上可能である。一方で、福祉相談や地域固有の政策判断など、住民との距離が重要になる仕事については、できる限り身近な場所に維持するという考え方も成立する。

 そう考えると、将来の地方自治の地図は、市町村の境界線だけでは十分に表現できなくなる。行政区域の地図の上に、消防、ごみ処理、水道、医療、公共交通、福祉など、それぞれ異なるサービスの区域が幾重にも重なる。もっとも、それらの区域が同じ法制度に基づいているわけではなく、サービスの性質や責任主体によって成り立ちが異なることには注意が必要である。

 人々の暮らしは、もともと市町村境界によって完全に区切られているわけではない。隣の自治体にある病院を利用し、別の市町村で買い物をし、自治体境界を越えて通勤することは珍しくない。生活圏と行政区域が必ずしも一致していない以上、行政サービスについても、その性質に応じた適切な提供範囲を検討することには合理性がある。

 ただし、広い区域で行政を行うことが、常に住民生活に適しているとは限らない。交通事情が悪い地域では、わずかな窓口の集約でも大きな負担になることがある。高齢化が進んだ地域では、デジタル化による利便性の向上だけで、対面サービスの必要性を完全に代替できるとは限らない。行政共同化の成否を決めるのは、参加する自治体の数ではなく、どの仕事を共同化し、どの仕事を地域に残し、その結果として住民がどのような利益や負担を受けるのかという具体的な設計である。

 人口が減ったから町をなくすか、それとも従来の役場機能をすべて維持するか。その二者択一だけが、地方自治の未来ではない。町を残しながら必要な行政機能を共同化することもできれば、合併によって一体的な行政運営を選択することもできる。重要なのは、それぞれの効果と限界を比較し、地域にとって合理的な方法を選ぶことである。

 これから問われるのは、「この町を隣町と合併させるべきか」という問題だけではない。行政サービスの質、専門人材の確保、長期的な財政負担、住民の利便性、地域の意思決定権を総合的に評価し、一つ一つの行政機能をどの範囲で担うべきかを検討することが必要になる。

 この仕事は、本当にこの町だけで行わなければならないのか。そして、この仕事を共同化することで、住民の暮らしは本当に良くなるのか。

 人口減少時代の地方自治は、この二つの問いを同時に考えるところから、組み直していく必要があるのかもしれない。

九条レオンのリベラル文庫

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 1990年代末から2000年代にかけて、日本では全国規模で市町村合併が進められました。いわゆる「平成の大合併」です。1999年3月末に3,232あった市町村は、2010年3月末には1,727まで減少しました。約11年間で1,505の市町村が減り、減少率は約46.6%に達しています。この間、2,093の旧市町村が合併に参加し、588の自治体へと再編されました。

 これほど大規模な自治体再編が進められた背景には、人口減少や高齢化への備え、地方財政の悪化、行政サービスの高度化、地方分権への対応など、複数の政策課題がありました。小規模な町や村がそれぞれ役場や議会を維持するよりも、複数の自治体を統合した方が行政運営を効率化できるのではないか。人口規模を拡大すれば専門職員を配置しやすくなり、財政基盤も強化できるのではないかという考え方です。

 こうした発想には、経済学や行政学の観点から一定の合理性があります。しかし、合併の中心的な時期から約20年が過ぎた現在、その成果を評価するには、行政組織の効率化だけでなく、地域経済や住民生活に何が起きたのかを検証する必要があります。

 結論を先に述べれば、平成の大合併には、行政組織の統合や歳出抑制という面で一定の成果が認められる一方、人口減少や地域経済の衰退を解決する政策としての効果は限定的だったと考えられます。ただし、合併が地域社会に与えた影響は一様ではなく、周辺地域の衰退を加速させたかどうかについても研究結果は分かれています。

 重要なのは、市町村という行政単位を大きくすることと、その内部に存在する地域社会を維持することは、必ずしも同じ問題ではないという点です。

平成の大合併はなぜ進められたのか

 平成の大合併を理解するには、当時の地方分権改革との関係を押さえる必要があります。1990年代には、国の権限や事務を地方自治体へ移す地方分権の議論が進み、2000年には地方分権一括法が施行されました。地方自治体の自主性を高める一方、移譲された権限を適切に行使できる行政能力を確保する必要があり、その受け皿として基礎自治体の規模を拡大することが期待されたのです。

 国が掲げた中心的な目的は、行財政基盤の強化と行政の効率化でした。小規模な自治体では、人口が少なくても住民登録、税務、福祉、教育、道路管理、防災などの基本的な行政機能を維持しなければなりません。加えて、高齢化の進展により福祉や介護などの業務が複雑化し、専門的な知識を持つ職員の確保も課題になっていました。

 ただし、平成の大合併を人口減少への対応だけで説明するのは正確ではありません。当初は地方分権を支える行政基盤の整備という目的が強く、その後、地方財政改革や行政経費削減の要請が重なることで、効率化を重視する性格が強まっていきました。

小規模自治体ほど行政コストが高くなりやすい理由

 市町村合併の経済的合理性を考えるうえで重要なのが、行政サービスに存在する固定費です。人口3万人の町でも人口5,000人の町でも、役場には総務、税務、住民登録、福祉、道路管理などの機能が必要です。人口が6分の1になったからといって、職員数や行政経費を単純に6分の1へ減らせるわけではありません。

 企業であれば、売上高100億円の会社と10億円の会社のいずれにも、経理、人事、情報管理などの基本的な管理機能が必要になることと似ています。企業規模が小さいほど固定費の負担率が高くなりやすいように、自治体でも人口が少ないほど住民一人当たりの行政経費が高くなる傾向があります。

 例えば、基本的な行政組織を維持する固定費が年間10億円だと仮定すると、人口5,000人では一人当たり20万円、人口2万人では5万円、人口5万人では2万円になります。これは現実の自治体経費を再現したものではなく、固定費と人口規模の関係を単純化した例ですが、自治体を統合することで重複する管理部門を減らす経済的な理由を説明できます。

 もっとも、人口規模を大きくすれば際限なく効率化が進むわけではありません。自治体が大型化すると、行政組織の調整費用、職員間の連絡、施設への移動、広域的な事業管理などに必要な経費が増える場合もあります。国内の実証研究でも、人口規模と一人当たり歳出の関係は単純な右下がりではなく、一定の規模を超えると費用が増える傾向や、行政サービスの種類による違いが確認されています。

 したがって、小規模自治体には規模の経済を活用する余地があるものの、最適な自治体規模が全国一律に決まるわけではありません。人口だけでなく、面積、地形、集落の分布、交通網、産業構造、行政サービスの内容などを考慮する必要があります。

国は財政制度によって合併を強く後押しした

 平成の大合併は、自治体が自主的に統合を選択したという側面を持つ一方、その意思決定に国の財政制度が大きく影響した政策でもありました。代表的な仕組みが「合併特例債」と「合併算定替」です。

 合併特例債は、合併後の建設計画に基づく公共施設整備などについて、対象事業費の95%まで地方債を発行でき、その元利償還金の70%を普通交付税の算定に反映する制度です。例えば、対象となる10億円の事業で9億5,000万円を借り入れた場合、元金に相当する部分だけで考えれば、その70%に当たる6億6,500万円が地方交付税の算定上措置されることになります。

 ただし、これは事業費の70%が独立した補助金として直接交付されるという意味ではありません。元利償還金の一定割合が基準財政需要額に算入される仕組みであり、実際の財政負担は交付税の算定状況や償還条件にも左右されます。それでも、合併自治体にとって有利な財源調達制度だったことは確かです。

 もう一つの合併算定替は、合併によって普通交付税が急減することを避けるため、一定期間、旧市町村が別々に存在すると仮定して交付税を算定する制度でした。これにより合併直後の財政運営には猶予が与えられましたが、制度上の保障期間が終了すれば、原則として新自治体を一つの団体として算定する方式に移行します。

 一方で、国は小規模自治体に対する地方交付税の段階補正を縮小し、2000年代には三位一体改革も進めました。この改革は、国庫補助負担金と地方交付税の見直しに加え、国から地方への税源移譲を同時に実施するものであり、単なる地方財政支援の削減ではありませんでした。しかし、結果として地方全体の税財源が減少し、特に財政力の弱い自治体では将来の財政運営に対する不安が強まりました。

 自治体側から見れば、合併すれば財政支援を受けられる一方、単独で存続する場合には厳しい財政環境への対応を迫られる状況でした。このため平成の大合併は、形式上は自主的な選択であっても、国の制度設計によって合併を選びやすい条件が作られていたと理解するのが適切です。

行政効率化には一定の成果が確認されている

 では、実際に市町村合併によって行政経費は削減されたのでしょうか。この問題については、合併直後の支出増加と、その後の長期的な歳出抑制を区別して評価する必要があります。

 2026年1月、日本総合研究所が財務省財務総合政策研究所の研究会で示した資料では、平成の大合併に関する行政効率化の実証分析が紹介されています。この分析は2000~2013年の自治体財政データを用いたもので、合併自治体では合併特例債などによる歳出増加が生じる一方、時間の経過とともに歳出抑制が進む傾向が確認されています。

 同資料では、合併に参加した旧市町村数が3団体で、合併特例債の発行規模が毎年度の歳入の3.5%に相当するという条件を設定し、長期的な歳出の変化を試算しています。その結果、合併に伴う歳出増を単年度の歳出抑制効果が上回るまでの期間は、公債費を除く場合で約5年、公債費を含む場合で約10年となりました。また、過去からの累積歳出増を吸収するまでの期間は、それぞれ約11年、約21年と推計されています。

 ここで注意すべきなのは、この数字が全国の合併自治体で実際に観測された共通の回収期間ではないことです。一定の条件を設定したモデル上の試算であり、特に21年という期間については、2000~2013年の分析で推計された歳出抑制傾向が長期的にも続くことを前提としています。したがって、合併から21年が経過すれば必ず財政的利益が生じるという意味ではありません。

 さらに、合併した自治体と合併しなかった自治体は、人口構成、財政力、産業構造などがもともと異なります。財政状態が厳しかったから合併した自治体もあれば、独自財源に恵まれていたため合併する必要がなかった自治体もあります。このような選択の偏りは、統計分析で合併の効果を検証する際の重要な問題です。

 実際、同研究も、合併の純粋な因果効果を完全に識別したというより、合併した自治体の歳出がその後どのように変化したかを分析したものと位置付けています。そのため、合併自治体に長期的な歳出抑制傾向が確認されることと、合併そのものがどの程度の経費削減を実現したかという問題は、厳密には分けて考えなければなりません。

 それでも、役場組織や議会、管理部門の統合によって重複する機能を減らすことには合理性があり、平成の大合併を行政効率化の観点から全面的な失敗と評価するのは適切ではありません。ただし、行政支出が減少したことと、行政サービスの質を維持しながら効率が改善したことも同じではありません。 支出削減によって住民の移動負担が増えたり、必要なサービスが失われたりした場合には、その社会的な費用も含めて評価する必要があります。

自治体の人口と面積が大きくなっても生活圏は変わらない

 平成の大合併によって、自治体の規模は統計上大きく拡大しました。日本総合研究所が整理した資料では、合併自治体の平均人口は約2万6,000人から約9万2,000人へ、平均面積は約101平方キロメートルから約358平方キロメートルへと増加しています。いずれも約3.5倍であり、行政区域という意味では大規模な再編が実現しました。

 ただし、この平均人口と平均面積は、資料の制約上、1999年と2010年の市町村数の集計とは一部異なる時点の合併区分を用いた数字です。全国的な大型化の傾向を示すものとしては有用ですが、完全に同一条件で集計された一組の統計として扱うことには注意が必要です。

 さらに重要なのは、行政区域が大きくなったからといって、その内部にある地域社会まで一体化するわけではないことです。例えば、人口2万人の町、1万5,000人の町、1万人の町が合併すれば、統計上は人口4万5,000人の市になります。しかし、それぞれの地域に存在していた商店街、学校、医療機関、交通網、住民の生活習慣が、合併と同時に一つの生活圏へ統合されるわけではありません。

 特に中山間地域や半島部では、旧市町村の中心部同士が数十キロメートル離れている場合もあり、行政区域の拡大が住民の日常的な移動条件を改善するとは限りません。合併そのものによって道路や水道管が増えるわけではありませんが、本庁舎や公共施設を集約すれば、従来より遠い場所まで移動しなければならない住民が生じる可能性があります。

 したがって、自治体の大型化を評価する際には、人口や面積の変化だけでなく、公共施設の配置、住民の移動時間、地域ごとの行政サービスの利用可能性まで検討する必要があります。行政上は一つの市でも、住民生活の実態としては複数の地域が存在し続けているからです。

人口5万人でも自治体の経営条件は大きく異なる

 同じ人口規模の自治体であっても、地理的な条件によって行政サービスの提供費用は異なります。例えば、人口5万人が面積100平方キロメートルに比較的集中して暮らしている自治体と、面積500平方キロメートルに分散して暮らしている自治体では、道路管理、上下水道、ごみ収集、公共交通、消防、学校配置などに必要な費用が同じになるとは考えにくいでしょう。

 ただし、面積が広いことだけで行政コストが決まるわけでもありません。面積500平方キロメートルでも、住民の大部分が一つの市街地に集中していれば、サービスの提供効率を高められる場合があります。反対に、面積が比較的小さくても、小規模集落が分散し、地形や道路条件によって移動が難しければ、維持管理費や移動負担が大きくなる可能性があります。

 行政経営に重要なのは、人口密度に加えて、実際に人が住んでいる区域の広がり、集落間の距離、交通網の構造、既存施設の配置などです。合併によって自治体の面積が増えたこと自体が費用増加の原因なのではなく、広域に分散した住民をどのような施設配置と組織で支えるかが問題になります。

 人口減少が進む地域では、道路や水道管などの施設利用者が減少しても、その維持管理費が同じ割合で減るわけではありません。合併によって管理組織を一つにすることは可能ですが、物理的に存在するインフラの総量や老朽化を自動的に解消することはできないのです。

合併後の周辺地域は本当に衰退したのか

 市町村合併に対して住民から指摘されやすい問題の一つが、旧町村の中心部にあった行政機能の縮小です。合併前の役場は住民サービスを提供する施設であると同時に、地域に雇用と人の流れを生み出す事業所でもありました。職員が通勤し、住民が手続きに訪れ、その周辺には金融機関、飲食店、商店などが存在していた地域も少なくありません。

 合併によって本庁舎機能が一か所に集まり、旧役場が支所へ移行すれば、職員数や取り扱う業務が減ることがあります。学校、図書館、保健施設などの再配置まで進めば、住民が旧町村の中心部を訪れる機会も変化するでしょう。その結果、地域内の消費や雇用が減少し、商業機能や生活利便性に影響するという経路は、経済学的に十分考えられます。

 実際、合併後の旧市町村別人口を分析した研究には、本庁舎が置かれなかった地域や本庁から遠い地域で、人口減少が目立ったとするものがあります。行政機能の集約が周辺地域に不利に働いた可能性を示す研究結果として、無視することはできません。

 しかし、ここで最も注意しなければならないのは、人口減少が合併によって引き起こされたのか、それとも合併以前から存在していた地域条件によって進んだのかという因果関係です。もともと高齢化が進み、若者が流出し、商業機能が縮小していた地域では、合併しなかったとしても人口減少が続いた可能性があります。合併後に人口が減ったという事実だけでは、その減少分を合併の影響と判断することはできません。

 近年の研究では、この問題に対する異なる結果も示されています。2024年に公表された国立社会保障・人口問題研究所の久井情在氏の研究では、2005~2010年の旧市町村間人口移動を分析した結果、合併によって周辺部から中心部への移動が増加したとは確認されませんでした。むしろ、中心部から周辺部への移動が増える傾向が示され、合併が人口の中心部集中を促したという仮説は支持されていません。

 さらに、2025年の日本地理学会春季学術大会で発表された中尾太一氏らの研究では、事業所数や従業者数を用いて、合併が新自治体内部の経済格差を拡大したかどうかが検証されています。人口規模や財政力指数などの違いを調整し、合併前後の変化を比較した結果、ほとんどの場合、合併による格差拡大の影響は統計的に有意とは認められませんでした。

 もっとも、これらの研究結果をもって、合併が周辺地域へ悪影響を与えなかったと断定することもできません。人口移動と総人口の増減は異なる指標であり、総人口には出生や死亡も影響します。また、経済格差への影響が統計的に有意でなかったことは、影響が存在しないと証明されたことを意味しません。2025年の研究も学会発表の段階であり、対象期間や評価指標に制約があります。

 したがって、現時点で最も妥当なのは、合併後に周辺地域の衰退が進んだ事例は存在するものの、その衰退を合併そのものの因果効果として一般化することはできないという評価です。行政機能の集約、人口構成、産業構造、交通条件、都市への人口流出などが相互に作用しており、その影響は地域によって異なると考えるべきでしょう。

合併しても人口減少の問題は自動的には解決しない

 市町村合併の限界を考えるうえで重要なのは、行政上の人口規模の拡大と、実際の人口増加を区別することです。人口2万人の町と3万人の町が合併すれば、人口5万人の市が誕生しますが、その瞬間に地域の人口が増えたわけではありません。自治体の境界と集計単位が変わっただけであり、出生数、雇用者数、住宅需要、地域全体の購買力などが自動的に増加するものではありません。

 合併によって行政経営が改善し、その結果として企業誘致、公共交通、子育て支援、教育環境などの施策が充実すれば、人口移動や地域経済に間接的な効果が生じる可能性はあります。しかし、そうした効果は政策の内容や地域条件に左右されるため、合併したという事実だけから人口増加や経済成長を期待することはできません。

 また、人口減少による影響は行政費用の問題だけではありません。地域の購買力や労働力、公共交通の利用者、住宅需要などが減少すれば、民間事業者にとってもサービスを維持することが難しくなります。一方、医療や介護については、総人口が減少しても高齢者の人数や割合によって需要が増加する場合があり、人口減少を単純な需要縮小として理解することは適切ではありません。

 つまり、人口減少社会では、需要が減る分野と、人口構成の変化によって需要が増える分野が同時に存在します。市町村合併は行政組織の再編を通じて対応能力を高める可能性がありますが、地域の人口構造や産業構造そのものを変える政策ではありません。この違いを理解しなければ、行政組織の大型化だけで地方の問題が解決するという過大な期待につながります。

合併しなかった自治体は判断を誤ったのか

 平成の大合併では、すべての自治体が統合されたわけではありません。1999年から2010年にかけて合併しなかった自治体は1,139ありました。しかし、これらの自治体が単独での存続を選んだことを、成功や失敗という単純な尺度で評価することはできません。

 そもそも、合併しなかった理由は一様ではありません。財政力や人口規模に余裕があり、単独で行政を維持できると判断した自治体もあれば、合併を希望していたものの、相手自治体との協議がまとまらなかった地域もあります。総務省の当時の調査でも、合併しないことを積極的に選択した自治体だけでなく、合併条件への合意形成や相手自治体との調整が難しかった事例が確認されています。

 企業の事業所が立地し、安定した税収を確保できる町や、人口密度が高く行政サービスを比較的効率よく提供できる町では、小規模でも独立した自治体を維持する合理性があります。一方、人口数千人規模で高齢化と人口減少が進み、独自税収や専門職員の確保が難しい自治体では、今後の行政運営に大きな制約が生じる可能性があります。

 ただし、財政力のある自治体でも、将来の人口構成や企業立地の変化によって状況が変わる場合があります。反対に、財政力の弱い自治体であっても、近隣自治体との共同処理や県による支援を活用することで、単独の自治体として存続できる場合もあります。

 したがって重要なのは、合併したかどうかではなく、どのような条件の自治体が、どのような行政サービスを、どの程度の費用と品質で提供できているかという実績です。非合併自治体の評価にも、合併自治体と同じく人口構成、面積、財政力、産業構造などの違いを調整した比較が必要になります。

地域社会の維持には行政効率以外の視点も必要になる

 行政効率化の効果を評価する際には、住民サービスの量や質に加え、地域の意思決定への参加機会にも目を向ける必要があります。合併によって議会や行政組織が統合されれば、自治体全体の経費削減につながる可能性がある一方、旧町村単位で見た議員や行政幹部との距離、地域課題を政策に反映する経路が変化する場合もあります。

 特に人口の少ない周辺地域では、自治体全体の人口に占める割合が小さくなることで、地域固有の課題が政策の優先順位に反映されにくくなる可能性があります。ただし、これも合併によって必ず発生する問題ではありません。地域自治区や住民参加の仕組みを整えたり、旧町村単位の意見を行政計画に反映したりすることで、地域の代表性を確保する方法もあります。

 自治体運営を評価する際には、財政支出の削減額だけでなく、住民が必要なサービスを受けられるか、行政への意見を伝えられるか、地域固有の課題が政策に反映されるかという視点が欠かせません。行政効率化によって得られた財源が、住民生活の改善や将来のサービス維持に活用されたのかという点まで検証して、初めて合併の総合的な成果を判断できるでしょう。

これから重要になる行政機能の共同化

 人口減少がさらに進むなか、今後の自治体運営では、組織の統合だけでなく、行政機能ごとに広域連携を進める方法が重要になります。ごみ処理、消防、上下水道、情報システム、介護認定、専門職員の確保などは、個々の自治体がすべて独立して運営するより、複数の自治体で共同処理した方が効率的になる場合があります。

 こうした共同化は、制度的にも既に存在しています。地方自治法には、一部事務組合、広域連合、事務の委託、機関等の共同設置などの共同処理方式が設けられており、自治体そのものを統合しなくても、特定の行政機能を広域的に運営することが可能です。

 一方、住民窓口、地域福祉、防災、日常的な相談対応などでは、地域の事情を把握し、住民との距離を保つことが重要になります。すべての行政機能を一律に大型化するのではなく、規模の経済が働きやすい機能は広域化し、地域密着型の機能は身近な場所に維持するという考え方には合理性があります。

 ただし、共同化すれば必ず経費が削減されるわけではありません。複数自治体による意思決定には調整費用が発生し、費用負担の配分、職員の指揮命令、責任の所在などが複雑になる場合もあります。また、人口が減少すれば、共同化した組織であっても専門職員の確保が難しくなる可能性があります。

 2026年9月、日本総合研究所が公表した研究では、2050年の自治体職員不足を想定し、定住自立圏を単位とする事務の共同処理や組織効率化の効果が試算されています。その結果、職員充足率は平均で約8ポイント改善すると推計されましたが、市町村の統合まで進める場合には改善幅が約20ポイントへ拡大するという結果も示されました。

 これは将来の人口や職員配置を仮定したモデル上の試算であり、すべての自治体で同じ効果が得られるという意味ではありません。それでも、共同化には効果が期待できる一方、それだけでは将来の職員不足を十分に解消できない可能性を示しています。地域によっては、広域的な行政組織の強化、県による補完、市町村の統合なども含め、複数の制度を比較する必要があるでしょう。

 したがって、今後の政策を「合併か単独維持か」という二者択一で考えるのは適切ではありません。行政サービスの種類ごとに必要な人口規模、専門性、施設配置、財政負担、住民の移動負担を検討し、最も合理的な運営単位を選択することが重要になります。

夷隅地域から考える市町村合併の評価

 千葉県の夷隅地域にも、平成の大合併を検証するための具体的な事例があります。2005年12月5日、夷隅町、大原町、岬町の3町が合併していすみ市が誕生しました。一方、近隣の勝浦市、御宿町、大多喜町は合併せず、それぞれの自治体として存続しています。

 この地域を対象に考える場合、単純にいすみ市と非合併自治体の人口減少率を比較するだけでは、合併の効果を評価できません。もともとの人口規模、年齢構成、産業構造、交通条件、財政力が異なるためです。さらに、いすみ市の内部でも、旧夷隅町、旧大原町、旧岬町では人口分布や生活圏が異なり、合併後の変化を市全体の平均値だけで説明することには限界があります。

 例えば、旧3町の人口、自然増減、社会増減、事業所数、従業者数、公共施設、行政機能の配置について、合併前から現在までの変化を比較する方法が考えられます。さらに勝浦市、御宿町、大多喜町などとの比較に際して、人口構成や財政条件の違いをできる限り調整すれば、合併による変化と地域全体に共通する人口減少の影響を区別する手掛かりになります。

 特に重要なのは、行政経費が削減されたかどうかだけでなく、住民の生活利便性がどう変化したかという視点です。役場窓口へのアクセス、医療機関や商業施設への移動、公共交通の維持、学校や福祉施設の配置などを旧町村単位で検証すれば、自治体全体の効率化が地域ごとの生活条件にどのような影響を与えたのか、より具体的に評価できるでしょう。

市町村合併が救ったのは地方より行政組織だったのか

 平成の大合併から約20年を経て、その成果は単純な成功や失敗では説明できないことが明らかになっています。行政組織の大型化によって管理部門の重複を減らし、専門的な業務に対応しやすい体制を整えるという考え方には合理性があり、実証研究でも合併自治体の長期的な歳出抑制傾向が確認されています。行財政基盤の強化と行政効率化という当初目的については、一定の成果があったと評価する余地があります。

 しかし、それが地方の人口減少を止めたことを意味するわけではありません。行政区域を統合しても、若者の流出を生み出す雇用環境、人口の高齢化、地域の購買力低下、公共交通の利用者減少、インフラの老朽化といった問題が自動的に解消されることはありません。行政組織を維持する能力を高めることと、地域社会の人口や経済活動を維持することは、異なる政策課題だからです。

 他方、合併によって周辺地域が一律に衰退したと結論することもできません。旧町村部で人口減少や経済活動の縮小が進んだ事例はありますが、近年の研究では、合併そのものが人口の中心部集中や地域間経済格差を拡大したとは確認できない結果も示されています。地域の衰退を合併だけの責任とすることも、合併が地域社会に与えた負担を無視することも、客観的な政策評価としては適切ではありません。

 この点を踏まえると、「平成の大合併が救ったのは地方より行政組織だった」という見方には一定の説得力があります。ただし、これはすべての自治体に共通する確定的な実証結果ではなく、政策の目的と成果を区別したうえでの総合的な評価です。行政組織の再編という目的では一定の成果が認められる一方、地域社会の維持については、別の政策手段を必要とする課題が多く残されたという理解が、現時点では妥当でしょう。

 これからの日本が直面するのは、平成の大合併が進められた時代よりも厳しい人口減少と高齢化です。自治体職員の不足、公共施設の老朽化、医療・介護人材の確保、公共交通の維持などを考えると、従来と同じ行政組織や施設配置をすべて維持し続けることは、地域によっては困難になる可能性があります。

 だからこそ、次に問われるべきなのは、市町村の数をさらに減らすべきか、それとも現在の自治体をそのまま維持すべきかという単純な選択ではありません。どの行政機能を市町村単独で担い、どの機能を近隣自治体や県と共同化し、どの生活機能を地域の身近な場所に残すのかを、人口、財政、地理的条件、住民の負担に基づいて判断する必要があります。

 人口が減り続けても、医療、交通、介護、水道、消防、買い物などの生活機能を、どのような仕組みで持続させるのか。行政経費を抑えるだけでなく、住民が安心して暮らせる条件をどこまで確保できるのか。そこまで含めて政策を設計し、その成果を継続的に検証することが求められます。

 市町村合併は、行政の仕組みを変える政策にはなり得ます。しかし、行政の仕組みを変えることだけで、地域社会を維持できるとは限りません。 平成の大合併から得られる最も重要な教訓は、自治体という組織の存続と、そこに暮らす人々の生活の持続可能性を区別しながら、両者を同時に考える必要があるということではないでしょうか。

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