リベラル文庫(九条レオン)

物語の境界を越えて、新しい世界へ。

 朝、清水みゆきは台所で味噌汁の火を見ていた。

 鍋の縁に細かな泡が上がり、湯気が静かに立つ。油揚げはもう入れてあって、あとは火を弱めて味噌を溶くだけだった。外はまだ完全には明るくなりきっておらず、勝手口の磨りガラスが薄い灰色をしている。洗濯機は止まったばかりで、脱水の余韻みたいな低い震えだけが床の下に残っていた。

 みゆきはお玉を持ったまま、一度だけ肩を回した。朝はいつも、体のどこかに力が入ったまま始まる。誰に怒鳴られたわけでもないのに、最初から少し身構えている。その感覚は、もう長いこと消えていない。

 居間の方で障子の開く音がした。すぐに、義父の清水隆夫の咳払いが聞こえる。みゆきは無意識に背筋を伸ばした。足音は重くも荒くもない。だがその歩幅と間合いだけで、家の中の空気は少し変わる。

「おはようございます」

 台所から声をかけると、隆夫は居間の卓袱台の前に座りながら、「うん」とだけ返した。それから湯のみを手に取り、まだ茶の入っていないそれを一度見て、また置いた。何かを待っているのでも急かしているのでもない。ただ、その仕草ひとつで「次に何をするべきか」が周囲に伝わる人間の動きだった。

 みゆきは急須を持っていき、湯のみへ茶を注いだ。湯気が立つ。隆夫は一口すすってから、何でもない調子で言った。 「若草さんとこ、昨日返事遅かったな」  みゆきは、背を向けたまま「そうですね」と答えた。振り向かなくてもよかったが、振り向かないのも不自然になる場面では、一度だけ顔を向けるよう体が覚えている。みゆきは火を弱めながら、横顔だけ義父の方へ向けた。 「外におったみたいです」 「そりゃそうだろうけどな」  隆夫の声は穏やかだった。責める抑揚はない。だからこそ、その穏やかさがもう結論になっている。 「ああいうの、最初が肝心だから」 「外から来た人は、どこまでが大事か分からんこともある」 「ちゃんと見といてやらんと」 「お前が間に入れ」

 命令口調ではなかった。頼みごとのようでもない。もっと厄介な言い方だった。これが当然の役割分担であり、みゆきがそこに異を唱える余地など最初から考慮されていない、そういう話し方だった。 「はい」  みゆきはそう答えた。返事の速さまで含めて、もう体の方に染みついている。少しでも間を置けば、それだけで「不満」「ためらい」「口答え」のどれかに見えることを知っている。だから先に返す。内容より先に態度を整える。  隆夫はそれで話を終えたつもりらしく、茶をもう一口すすった。みゆきは味噌を溶きながら、自分の胸の奥がまた少しだけ固くなるのを感じた。

 若草家のことを気にしていないわけではない。むしろ、気にしないではいられない。 昨日の訓練で返事が遅れたときだって、本当に少しは心配した。子どももいる家だ。事故かもしれないし、車の故障かもしれないし、何か面倒に巻き込まれたのかもしれない。そういう可能性は頭をよぎった。

 だが、同時に別の考えも動いていた。  また義父が気にする。  班の中で話題になる。  返信がない家があると、誰が間に入るかという話になる。  自分が「見といてやらないと」と言われる。  最初にちゃんと慣れさせていない、と遠回しに責められる。

 その混ざり方が、みゆきは嫌だった。心配と自己保身が、きれいに分かれないことが嫌だった。  頼まれたのではなかった。いつものように、役目だけが手渡されたのだった。       みゆきは、昔から感じのいい人だったわけではない。

 そう思われることは多いし、実際そう見えるように振る舞っている。笑う角度、相手の話を受ける相づちの速さ、少しだけ声を高くして場を軽くする言い方、踏み込みすぎないように見せながら必要なことはきちんと聞く順番。そういうものを、いまのみゆきはほとんど無意識に使える。使える、というより、使わないと場が壊れると思っている。

 買い物へ出るときも、ただ店に入って必要な物だけを買って帰るわけにはいかない。途中で誰かに会えば足を止める。相手の家の最近の様子を一言聞く。天気の話を挟む。相手の持っている袋の中身から一つ話題を拾う。相手の方が少し元気がないようなら、その原因を直接訊かずに回りから探る。

 それは生まれつきの親切心だけではない。むしろ生き残り方に近かった。  義実家へ入ったばかりの頃、みゆきは何度も「感じが悪い」と言われたことがある。直接ではない。直接言う人はいない。 ただ、あとで義母だった人から伝え聞いたり、夫の口ぶりの端から察したり、場の空気の変化で知ったりする。  挨拶が短かった。  返事がそっけなかった。  あの家の嫁は何を考えてるか分からない。  気持ちが見えない。

 その「気持ちが見えない」という言葉は、今でもみゆきの中に棘のように残っている。気持ちを見せるとは、どういうことなのか。笑うことか。先回りして気を回すことか。相手が聞きたがっている答えを、少し早めに出すことか。結局、そういうことなのだと、この土地では教え込まれてきた。

 だから、みゆきの感じのよさは性格だけでできているわけではなかった。技術だった。摩擦を起こさず、場を冷やさず、自分が「分かっている側」に入るための技術。相手に不快を感じさせない角度で家のことを聞き、相手が断りにくい温度で頼みごとをし、笑いながら踏み込む。そうすれば角は立たない。そのかわり、何を飲み込んだかは見えなくなる。

 若草家に最初に行った日も、無邪気に親切をしようとしただけではなかった。引っ越してきたばかりの家族がどういう感じか、自分が最初に見ておいた方がいい、という意識は確かにあった。義父に言われたからだけではない。言われる前から、そう動く方が先々面倒が少ないと知っていたからでもある。

 子どもの人数、学年、親の働き方、車の台数、生活時間。何をどの順で聞けば相手が警戒しにくいか。どこまでなら「助けるために知っておきたいこと」に見えるか。みゆきはもう、その手つきを考えなくても使えてしまう。

 鏡の前で髪をまとめながら、みゆきはふと自分の口元を見た。笑ってはいないのに、笑い始める直前の形がいつでもすぐ出せるようになっている。口角を少しだけ持ち上げれば、それで「感じがいい人」の顔になる。

 笑っていれば角は立たない、そのかわり、何を飲み込んだかも誰にも見えない。  安否確認訓練の日のことを、みゆきは何度か思い返していた。

 午前十時、隆夫がグループに訓練開始の文面を流した。班ごとの返信が少しずつ並ぶ。どの家も、ほとんど同じ形で返してくる。家族全員無事。在宅人数。外出者の有無。避難可。要配慮者なし。画面の中に整った報告が増えていく。

 若草家だけが、しばらく反応しなかった。

 最初の数分は、本当に軽く「あれ、まだかな」と思う程度だった。子どもがいる家だし、ちょうど手が離せないのかもしれない。スマートフォンを別の部屋に置いているのかもしれない。そのくらいの遅れは、現実にはいくらでもある。  少し時間が経つと、みゆきの中に別のものが混ざり始めた。  まだか。  義父がまた気にする。  班の中で「若草さんとこ、どうした」となる。  自分が様子を見る側に回る。  また「間に入れ」となる。

 そのとき、自分が若草家の無事そのものよりも、「この件が面倒にならないか」を一緒に考えていることに気づいて、みゆきは嫌な気分になった。心配しているのは本当だ。だが、その心配の隣に、自己保身がぴったり貼りついている。

 結局、みゆきは個別メッセージを送った。  大丈夫ですか? 外出中ですか?

 その文面は、どちらにも読めるように書いた。本当に安否を気にしている人の文章にも見えるし、返事を促している人の文章にも見える。たぶん自分でも、その両方だった。

 返信が来た瞬間、みゆきは確かにほっとした。無事だった、という安堵はあった。だがその直後、ほんのわずかに「これで大きくならずに済む」という軽さも混じった。その軽さを感じた自分が、みゆきはたまらなく嫌だった。  無事でよかった、のあとに、面倒にならなくてよかった、が続いたことを、みゆきは誰にも言えなかった。       夫は、そういうとき何の役にも立たなかった。

 役に立たない、という言い方はたぶん少し違う。夫は悪い人間ではない。暴力を振るうわけでもなく、生活費を入れないわけでもなく、みゆきの仕事を露骨に邪魔するわけでもない。ただ、義父に対抗するための力としては、最初から存在しないに等しかった。

 その晩も、食後にテレビを見ながら夫はぼんやりニュースを追っていた。みゆきは洗い物を終え、台所の戸を閉めてから、なるべく何でもない調子で言った。 「若草さんとこ、今日ちょっと大変だったみたい」  夫は画面から目を離さずに「ふうん」と言った。 「訓練の返事、遅かったから」 「外にいたんじゃないの」 「そうみたい」 「なら仕方ないじゃん」  その言い方に、みゆきは一瞬だけ言葉を詰まらせた。仕方ない。そのとおりだ。仕方ないで終わる話なら、最初からこんなに気を遣わない。 「でも、お義父さん、気にしてた」  ようやくそう言うと、夫はリモコンを持ち直しながら「親父はああいう人だから」と言った。 「うまく流しとけばいいよ」 「流して済むならいいけど」 「変に立てつかない方が面倒じゃん」

 みゆきは、その「面倒じゃん」の中に、自分が何を面倒と呼んでいるかの違いを見た。夫にとって面倒なのは、義父と衝突することだ。みゆきにとって面倒なのは、衝突しないために日々飲み込んでいるものの方だった。 「若草さんたち、ちょっとしんどそうだよ」 そう言ってみても、夫は肩をすくめるだけだった。 「慣れてないだけだろ」 「どこでも最初はそんなもんだって」  その「どこでも」が、どこを指しているのかみゆきには分からなかった。少なくとも、自分が知っている「どこでも」は、こういう形ではなかった。  夫はまたテレビへ目を戻した。話は終わったらしい。みゆきはそこで何か言い返そうとして、やめた。言ったところで、義父への防波堤にはならない。家の中でこちら側へ回ってくれる声は、結局どこにもない。

 夫が席を外したあとも、みゆきの中には言えなかった言葉だけが残った。  家の中にいても、みゆきの側へ回ってくれる声はどこにもなかった。  それでも、若草家のことを思い出す瞬間はあった。  百合子が差し入れを受け取るときの、ほんの一拍遅れる手。  翼が大人の話を聞いているようで、実はその外側の空気まで見ている目。  レナの無邪気さ。  仁の、合わせようとしているのにどこか遅れてしまう返事。  みゆきには、その一つ一つが分かった。分かるのは、自分もかつて似たような顔をしていたからかもしれない。義実家へ入ったばかりの頃、何をどこまで合わせればいいのか分からず、それでも感じよくしていなければならなかったときの感覚。家の中に自分のものだけを置いておきたいのに、先に「こっちのやり方」が入ってきた感覚。子どもの頃、自分の家の中でさえ、外の目を意識していた感覚。

 百合子は神経質なのではない。みゆきは最初からそれが分かっていた。境界の線をちゃんと持っている人なのだ。その線があるから、谷野のやり方を「こんなもの」で処理できない。みゆきはむしろ、その線を羨ましいとさえ思った。自分はもう、とっくに曖昧にしてしまったからだ。

 翼の目も、みゆきには少し痛かった。あの子は分かっている。大人が笑って言い換えているものの中身を、もうほとんど見抜いている。そういう子は、ここでは早く大人になるしかない。守られる側にいながら、親の空気まで読もうとし始める。

 ある日、道で百合子とすれ違ったとき、みゆきは「最近どう?」と聞いた。ごく普通の声で、ごく普通の笑顔で。百合子も「ぼちぼちです」と返した。その短いやりとりの中に、みゆきははっきりした疲れを見た。声をかければ答える。でも、自分の家の中までこれ以上入れたくない、という固さも分かる。

 分かっているなら、やめればいいのに。  そう思うことは、自分に対して何度もあった。

 だが、分かってしまうことと、やめられることは、谷野では別の話だった。自分が一歩引けば、その分だけ「感じが悪い」に戻る。義父に何か言われる。周囲に「どうしたの」と見られる。間に入る役を降りれば、自分が外れる側へ回る。その重さを知っているから、完全には止まれない。

 みゆきは、若草家に手を伸ばしかけてやめるような気分を何度も味わっていた。言葉を一つ選べば、相手の息が少し楽になるかもしれない。けれど、その一言が自分をどこへ連れていくかも分かってしまう。  分かってしまうことと、やめられることは、谷野ではまるで別のことだった。      午後、誰もいない台所に一人になったとき、みゆきはようやく顔から力を抜いた。

 シンクには洗った皿が伏せてあり、窓の外では風に干し物が少し揺れている。家の中に人の気配がないと、静けさはある。だがその静けさは休息というより、張っていたものが一時的に浮き上がる時間に近かった。  みゆきは流し台に手をついた。そのまま少しだけ俯いて、自分の右手を見た。

 握っていた。

 いつからか分からない。義父と話していた朝からか、夫との会話のあとからか、若草家のことを思い出していたさっきからか。気づくと指が手のひらへ食い込むほど力が入っている。 怒っているのか、怖がっているのか、我慢しているのか、自分でもきれいには分からない。ただ、言えないこと、止められないこと、分かっていて続けていること、その全部が言葉にならず手へ集まっている気がした。

 握りこぶしは、殴りたいからできるのではないのだと、みゆきはぼんやり思った。飲み込んだ言葉の形なのかもしれなかった。言い返せなかった朝の返事。夫にぶつけられなかった苛立ち。百合子に「ごめん」とも「逃げて」とも言えないまま、感じよく立っている自分への嫌悪。

 しばらくして、みゆきはゆっくり指を開いた。手のひらには何も残っていない。ただ、爪の跡だけが薄く白くついていた。  開いた手のひらには何も残らないのに、握っていた時間だけが確かに痛かった。       夕方になると、みゆきはまたいつもの顔へ戻った。

 インターホンが鳴れば明るい声で出る。  道で会えば相手の子どもの名前を呼ぶ。  地区LINEに補足が必要なら、柔らかい文面を考えて送る。  義父に呼ばれれば、はいと返す。

 そのどれもが、もう反射に近い。感じよくしていれば、大きな波風は立たない。少なくともその日のうちはもつ。だから続ける。続けながら、内側で何かが少しずつ硬くなっていく。

 若草家に対しても、みゆきは今まで通り感じよく接することができた。百合子に会えば笑って話しかけられるし、レナを見れば自然に頬がゆるむ。仁に対しても、困っていそうなら答えられる範囲で教えることはできる。外から見れば、みゆきは相変わらず「親切な人」のままだった。

 だが読者だけが、その親切の裏に握りこぶしがあることを知っている。

 みゆきは若草家の味方にはならない。少なくとも、今はなれない。若草家の苦しさを察していないのではない。察しているからこそ苦い。それでも共同体の外へ一歩出るより、内側で感じよくしている方を選び続ける。その選び方自体が、もう共同体の装置の一部なのだ。

 夜、グループに一つ連絡が入り、みゆきは短い補足を返した。文面はいつも通り穏やかだった。  確認ありがとうございます。よろしくお願いします😊

 送信してから、みゆきはしばらく画面を見た。そこには何も映っていない。自分の笑顔も、握っていた手も、飲み込んだ言葉も、どこにも残らない。ただ、柔らかい文面だけが共同体の中へ流れていく。

 笑っているあいだだけ、握りこぶしは誰にも見えない。 Copyright©2026KujoLeon.Allrightsreserved.